テイガ・サルドという男。 中
少し残酷描写があります。御注意下さい。
たった四人の男女、その内の一人の顔に見覚えのあったホークス候爵や一部の貴族、兵士たちは眉を顰め、疑問を覚えた。
彼等が皇国の東の果てにいる事に疑問を感じ、彼等が本来守るべき場所が事の発端に関わるシャール王国である事に緊張を露にし、そして彼等がシャール王国を追われた事を思い出し「もしや」と口に出した。
「テイガ・サルド。」
何度か、言葉を交わした事があるホークス候爵が、4人の男女の中で一番目立つ男の名前を呼んだ。シャール王国を守る番犬と呼ばれていた一族、その次期当主として生まれ認められていた男が何故、今この瞬間に現れたのか。一つの疑念が幾つもの疑念を呼び、混乱するホークス候爵の頭を覆いつくしていく。
「まぁ、何だ。成り行きだ。」
問い掛けにテイガが答えるまでの僅かな瞬間、窮地に立たされていた候爵たちが息を飲んで返答を待っていた。サルドの名前を持つ者たちが味方となるか、敵となるか。それは、ただ生と死しかない分かれ道だと言われていた。それ程までに、サルドの名は強く、恐ろしい。
だが、テイガから返って来た答えは呆気にとられるものだった。戦場で出されるには不適切な軽い声音で、頭の後ろをボリボリと掻きながら本当にどうでもいいように答える姿に、戦場にあるという緊張感など一欠片も見出すことは出来なかった。
「だが、元凶は同じだ。手を貸そう。」
手を貸そう。
テイガのたった一言で、疲れと絶望で狂いそうになっていた反乱軍たちの頭が晴れ渡り、歓喜の声をあげ涙を流す者までいた。
頭を掻いていたテイガの手が離れ、横に一線振り抜かれた。
たったそれだけの動作で、テイガの近くで待機していた3人の男女が皇国軍の中へと身を投じ、赤子を撫でるように皇国軍の兵士たちを肉塊に変えていった。
その光景にホークス候爵の背後からは歓喜の声が高らかに上がった。
勝てる!国を元に戻せる!
そう言って咽び泣いているのは、故郷を奪われた者か、人形となった仲間や友人、家族と戦うことになった者たちか。
「いや。」
歓喜の声の中でも、テイガの体に響く重低音の声は全ての者の耳に届いた。
「言っておくが、勝てるかどうかは分からん。だが、俺達サルドは元凶を葬るまで血肉一欠片となろうと止まりはしない。」
細胞の一つから強さを求めるというサルドの直系である男が、勝利を確信出来ない。
そんな事があるのか、何が起こっているというのか…
心強い味方を得たというのに、不安と恐怖がホークス達を襲った。
「はぁ、エリザとリアに会いてぇな。」
「無駄口叩いてないで、さっさと結界作りなさい。二人なら、あの街にいれば大丈夫よ。ましてや、『破邪の巫女』の適性持ちなんだから。」
大柄なテイガの身長よりも大きな大剣を振り回し、敵である兵士たちを切るというより叩き潰すテイガ。そんな彼が呟く声をはっきり聞いた、集中しろとアリス・サルドは味方であるテイガの背中に小刀を投げつける。そんな彼女は武器を持つことなく小柄な体型を駆使して兵士たちの間を擦り抜け、兵士たちの頭を握り潰している。
「でもよぉ。そろそろ、王国内も掌握してんじゃん、あの毒女。ここが片付いたら二人を避難させる準備した方がよくない?姫さんに頼んでティグ王国に置いて貰おうや。」
二本の棘がビッシリとついた鞭を振り回し、兵士たちを地面に沈めていく痩せ型の男は、カーズ・サルド。
「そうだな。その方がいい。二回、あの女は何らかの方法で力を増している。次には破邪の力を破る方法を得るかも知れない。そうなれば、エリザ達が危険だ。」
東方の島国で作られたという刀という剣で兵士たちを薙ぎ払っていく小柄な少年はバーグ・サルド。
彼等は皆、破邪の力をサルドの血に加えた曽祖父オウキの孫と曾孫たち。彼等には破邪の血が流れ、悪意ある力を撥ね退ける事が出来る。それぞれの血に宿る破邪の力を越える悪意の力を注がれれば負けてしまうだろう。だから、彼等はテイガから意識を逸らさない。この四人の中で破邪の力が一番弱いのはテイガだからだ。彼に何かの異変が見られれば、出来ることならテイガを連れて、無理ならばテイガを捨てて逃げるよう、テイガ自身に言われていた。
「なら、アルトに頼みましょう。今も、街の近くに待機しているでしょ?」
「あぁ?何言っちゃてるの、アリス!?そこは俺だろ?俺が迎えに行くべきだろ!兄で伯父の俺が!なんで、アルトに頼まなきゃならないわけよ!!」
「五月蝿いわね。黙って戦えないの?」
「だってよ、アリス!俺、家族。アルトは他人だぞ?」
「ハッ。私だったら、二年も顔を出さない奴より、親身に面倒を見てくれている人の方がいいわね。貴方、リアに顔覚えてもらえていると思ってるの?」
「うっ。グギギギッ!待ってろ、リア。おじちゃんがすぐに会いに行くからなぁ!!!」
アリスの冷たい一瞥と言葉に、激しい歯軋りの音を周囲に撒き散らしたテイガ。
「うわぁ。ウザッ。」
「エリザとリアが結婚相手連れてきたら、どうするんですかね、この男。」
カーズとバーグが、心底嫌そうな顔に薄っすらと笑いを浮かべた。
その為にも、早くこの戦場を片付けてしまおう。
そして、あの元凶マリア・テレースが皇国を我が物にした道具を壊してしまおう。
決意を胸に、テイガ達はその身を滑り込ませた皇国軍の中で、兵士たちを叩きのめしていった。
その目は、皇国軍の中心で担がれる御輿に向いていた。
これは、エリザとリアが王都に連れ去られる前日の事。
この数時間後、テイガ達の思惑は在らぬ方向へと流されていく事になった。
そして、戦場は混迷する。
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「ふふふ。神様がくれたアレ、役に立ってるかしら。」
皇国が欲しいな、と『お願い』したアズルに持って行かせた便利な道具を思い出し、早くアズルが帰って来る事を望むマリア。
「でも、神様ったら、本当に優しいわ。」
妹のせいで死んでしまったマリアを可哀想にと助けてくれた神様との出会いを思い出し、寝台の上に寝転んだマリアはうっとりと呟いた。
「イザークに私の魅了が効かなかっただけで、ゴメンねって『お願いの力』をくれて。
私の事を苛めようとする貴族を100人、神様にプレゼントしただけでパワーアップしてくれて。私の相手をさせてあげてるのに使えない馬鹿たちを100人プレゼントしたら、アレをくれて。
今度は何をくれるのかしら。」
戦争になったのは王太子妃の責任だと、この世界の主人公であるマリアを責めた意地悪な貴族たち。まるで、妹に惑わされた家族たちの様でイライラした。
そんなマリアに、神様は優しく話しかけた。君が要らないと思ったものは僕が貰ってあげるよ、と。そして、それに喜んで了承したマリアに、お礼だと言って、この世界に来た際に貰った魅了の力とお詫びに貰った『お願いの力』の力を強めてくれた。
マリアの相手や世話も満足に出来ない馬鹿を捨てていたら、何時の間にか100人になったいたのだと、その時も神様はプレゼントをくれた。
アレは本当に役に立つ。マリアがマリアになった時には鬱陶しくて、どうでも良かったものだったが、それに神様がオプションをつけてくれた後は、とっても役に立っている。アレがあれば、マリアは城で優雅な生活をしてるだけで世界の女神様になれるのだから。
さぁ、次は何をくれるのかしら?
ニコニコと笑う侍女達を部屋の隅に控えさせ、マリアは機嫌よく笑い続ける。




