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王太子妃のこと。  前

前回に引き続き、不快に思われるかも知れません。

先にお詫びします。

「マーク、マークは、どこ?今日はマークとお茶でも飲みたいわ。」


現在、王城の中心は何処かと尋ねられれば、城に仕える者、貴族たち、そして王族までもがニコニコと笑みを浮かべながら「決まっているじゃないか。マリア様の部屋だ」と答えるだろう。


そんな、人々のうっとりと空ろに微笑む視線を集める王太子妃マリアの私室では、今日も変わらず甘い芳香が漂っていた。


数人の侍女たちに囲まれ、爪を手入れさせ、髪を結わせている王太子妃マリアが、周囲の侍女たちに唐突に問いただした。その際、淡いピンクの髪を結わせているというのに顔を動かした。

「ッ!もう、痛いじゃないの!貴女、もう要らないわ『消えて』。そっちの、代わりに私の髪を結わせてあげる。さっさとして。」

自分が顔を動かしたというのに、髪を引っ張られたと顔を顰めて、髪に櫛を入れていた侍女を睨みつけた。ニコニコと笑い続けている侍女が、マリアの叱責にも睨みにも臆するとこなく、再び髪に手を伸ばすが、それはマリアの手によって弾かれた。それでもニコニコ笑う侍女。

「はい、マリア様」

「消えて」侍女はマリアのそんな言葉を受けると、崩れることのない笑顔のまま、他の何にも目を向けることなくバルコニーに繋がる窓へと足を進め、窓を開け静かにバルコニーへと出て行き、自分で開けた窓を閉める。そして、迷いの無い足でバルコニーの下へと姿を消していった。

締められた窓の外から鈍い小さい音が聞こえてきたが、部屋の中からも、バルコニーの下に広がる庭園からも、音一つ聞こえてはこなかった。そして、部屋の中にいる侍女たちは変わることなくニコニコとマリアの周囲に侍るだけ。マリアに視線一つを向けられ命じられた控えの侍女が、先程の侍女がやっていたようにマリアの髪に櫛を入れ始めた。


「それで、マークは何処?今日はまだ、挨拶にも来てくれてないわ。」


「マーク様は職務中ですので、近衛隊の方にいらっしゃるのではないでしょうか。すぐに使いをお出し致します。ですが、本日は重要な訓練の予定が…」

侍女達の中の一人がニコニコとマリアの問いに答え、そして軍部以外にまで知らされている大規模な訓練の予定を告げたのだが、マリアの顔が不機嫌に歪んでいく様子に言葉を詰まらせた。


「どんな用事があったら、私より優先されるっていうの?私を一番優先しなくちゃいけないの、当たり前でしょ?そんな事も分からないなんて、貴女も要らないわね。『消えなさい』」


「はい、マリア様。」

彼女もまた、先程の髪結いの侍女と同じ行動ととった。

窓の外から姿を消していく侍女。そして、そんな光景を見ながらも、誰も何も言わずニコニコと笑っている光景も先程と同じだった。


「まったく、モブだからって役に立たない奴ばっか。でも、シオンたちにはお願いを叶えてくれるまで帰ってくるなって『お願い』しちゃったし、イザークは構ってもしょうがないし。

もう、マークったら。どうして来ないのよ。こういう時は私の傍で、私を楽しませてくれないといけないのに。

…でも、そうね。いいわ。たまには私から会いに行ってあげましょう。たまには優しくしてあげなきゃ。マークは私の『お願い』をちゃんと叶えてきたんだもん。ご褒美は必要よね。」


「マークに会いに行くわ。そうね、うんっと着飾ってあげましょう。私の姿を見たら、マークは喜ぶわ。」


さっさとして とマリアの声が飛び、ニコニコと笑う侍女たちが慌しく準備を始めていく。この城の中に、マリアの行動に声を上げる者などいない。眉を顰める者でさえ。



…………………


「ねぇね。おばけがくるよ。」


私が目覚めてから数日。

イザークの様子に変化は無く、誓約書で嘘偽りが無い事、裏切らない事を誓わせても罰は下らず、確かにイザークが壊れてしまったのだと実感しました。


イザークは部屋を与えられているという王城に戻ることなく、この屋敷に留まり私やリアと寝食を共にしています。私とリアを同じ部屋にさせ、イザークはユリアに言って部屋を用意させました。なのに、朝目が覚めると部屋の隅で膝を抱え込んで座ったまま眠っているイザークがいるという状態が二日続き、仕方がない為、私とリアの部屋のソファに寝かせることになったのです。


陽の光が当たる温かな場所に座り込み、リアと手遊びをしていたイザークが突然顔を上げたかと思うと、それまで浮かべていた笑顔ではなく、泣きそうで辛そうな表情を出して訴えてきました。

おばけ?


「こわい おばけがくるよ。また、ねぇねいなくなっちゃうの」


舌足らずなイザークの言葉がより一層聞き取りづらくなり、握っていたリアの手を握り締めている。この数日でイザークを弟みたいなものと認識して相手をするようになったリアは、そんなイザークに文句を言うでも無く、腕を伸ばして頭を撫で、慰めようとしています。


「……エリザ様……」


音一つ立てないようにドアを開け、ユリアが部屋に入ってきました。

その顔は青褪め、苦しげに顔を歪めている。

そのユリアの様子と、先程のイザークの言葉。

何か、嫌な予感がします。


「何かあったの?」

「…先触れが着ました。マリアが来ます。」

「はっ?」


マリアが来る?

この屋敷にということ?


王太子妃ともあろうものが、王太子の側近とはいえ、たかが側近候補でしかない一介の貴族の屋敷を訪ねるだなんて、そんな話聞いたこともない。

いえ、マリアに常識など求めるなんて愚行でしょうね。分かっている筈なのに、幼い頃から学び頭に染み付いた貴族の常識が邪魔をします。


「マークが何かしたの?」

「分かりません。一昨日指輪は渡して伝言も伝えたのだけど…。まさか、それが…」

マークが裏切った?

私達のことがマリアに知られてしまった?

でも、そんな事であのマリアが自分から足を動かすかしら?

周囲を動かして、その様子を見て楽しんでいたあのマリアが?


マリアが持っている力も謎だわ。

だから、まずは様子を見るべき。


リアが見つけた隠し通路に潜んで、マリアの様子を窺いましょう。


その間、リアとイザークはこの部屋に隠れさせておいて…


「マリアの様子を見てくるわ。リア、いざと言う時は逃げなさい。分かったわね。」

「……うん。分かった。」

言いよどんではいるけど、リアはきっと私の言葉を聞いてくれる。

いざという事態になったのなら、私が徹底的に抵抗して騒ぎを大きくすれば、注目は私に集まる。その隙をつけば、リアなら逃げ延びる事が出来るでしょう。大丈夫。


「イザーク。リアを守りなさい。出来るわね。」

「うん。セーラねぇねは僕がまもるよ」

「リアだってば。」

この数日で数回に一度はリアと呼ぶようになったイザークだけど、やはりリアにセイラ姉様を重ねてしまうようだった。

そんなイザークに、リアは頬を膨らませながら何度も叱り付けていた。


「ユリア。」

「わ、私も、ここに居てもいいかしら。」

両手を合わせ、胸の前で握り締めたユリアが懇願してきた。

その手の中には、何時も持っていた指輪は無く。今の所、屋敷の中でなら自我を保っていられるようだ。昨日、試しにと誰も近くに居ない状態で庭に出てもらったが、死ななくては、という思いに襲われ、一分も立たない内に近くにあったレンガの角に頭を自ら打ち付け始めていた。普通、そのような方法は誰であろうと、覚悟があろうと躊躇いを見せるはずなのに、その時のユリアには躊躇いも何も無く、目は空ろで「いらない」と呟く声が屋敷の中にいた私の耳にも届く。あまりの異様さに背筋が凍りついた。

屋敷を出られない私のかわりにリアがユリアの傍に近づくと、ユリアはレンガに頭を打ち付けるのを止めた。それでも、まだ「いらない」と空ろに呟いているユリアをイザークに言って屋敷に引き摺り入れた。そして、イザークに傷を癒され、私が触ることで正気に戻ったユリアは、庭に出てからの記憶が無かった。

「…好きにしなさい。でも、リアに危害を加えたら許さないから。」

「分かっているわ。そんな事、絶対にしない。」

マークがイザークを利用したことを知り、許せないという思いに駆られた。王家の思惑による婚約だったけど、幼馴染ということもあって好意はあった。尊重しあえる家庭が作れると思っていた。そんな相手が私やリア、イザークを利用した事を私は絶対に許さない。

そして、そんなマークと行動を共にしていたユリアも、何かをするかも知れないと疑ってしまう。誓約によって戒めているのに、疑うことをやめることが出来ないでいる。

けれど、自我を奪われ死のうとしている姿を見てしまっては、ユリアが私達の傍に居続けたいと真剣に考えていることは間違いのないことだと確信出来た。だから、ユリアは私達を裏切れないだろうと嘲け笑っている自分が心の中にいた。



「ねぇね。きたよ、おばけ。」


「早いわね。先触れから最低でも一刻は置くものでしょうに。」


「マリア、だから。」


分かっているのに、マリアの常識の無さに苦言を呈してしまう。


私は部屋を出て、近くの壁にある隠された扉から狭く薄暗い隠し通路へと身を滑らせた。リアが見つけた隠し通路の全容は頭に入れてある。賓客を案内する応接間の位置も把握してある。


さぁ、6年ぶりのマリアに会いに行きましょう。


緊張に逸る胸を押さえ、私は薄暗い通路の中に足を進めました。




…………………………

「待っててね、マーク。私が会いに行ってあげるわ。」


ニコニコと笑う王都の住人達の、うっとりと惚ける視線を一身に集め、甘く濃厚な芳香を漂わせた馬車が走り抜けていく。

窓から覗く馬車の中には、上機嫌に笑うマリアの姿。


「マーク、会いに来てあげたわ」と可憐な笑みを作って近衛隊の許を訪れたマリアだったが、膝をついて頭を下げる騎士達に、マークの不在を知らされ、笑みを消し去って不機嫌を露にした。

せっかく会いに来てあげたのに、と綺麗に整えられた爪を噛み、舌打ちしているマリアの姿を見ても、連れ立った侍女たちも、騎士達もうっとりと惚けているだけ。

「あぁ、麗しき方。どうか、私達の勇姿を御観覧下さい。貴女の姿を見るだけで…」

「大した顔でも無いのに、私に話しかけないでよ。『消えて』」

近衛隊長を務める、厳ついながらも優美な動作でマリアに申し出た男の言葉を遮り、マリアは吐き捨ててるように『お願い』をした。

すると、近衛隊長は笑顔を浮かべたまま歩き出し、何処かへと姿を消して行った。


「もう。何処に行ったのかしら?」

誰も近衛隊長の動向に気を向けることなくマリアを見つめている中、マリアはマークの事を考える。

「もしかして、家?風邪でも引いたのかしら?…それもいいわね。大切なお友達の為に看病する私。そういうシナリオもあった筈…確かイザークのシナリオだったかしら。お馬鹿なイザークは神様のおかげで一発クリアだったからシナリオ楽しめなかったのよね。マークでも良いか。」

マリアはフフフッと笑い、「マークの家に行くから馬車を用意して、早くしなさい」と指示を出すと、近衛たちが整列していた訓練場を後にした。


「それにしても、私をここまで振り回すなんて悪い子。未回収のシナリオを楽しんだら、イザークやリヴァイみたいに壊しちゃおうかしら。そうしたら、イザークみたいにペットとしてまた、可愛がってあげようっと。」


私って頭良い~

マリアは鼻歌を奏でながら、用意された彼女専用に造られた、ピンク色に金の装飾や宝石が飾り付けられた馬車へと乗り込んでいった。

続きは明日更新します。


悪女・妖女と色々と想像して下さり、ありがとうございます。

結論から言いますと、「ヒロイン気取りの馬鹿に力を持たせてみた」です。

次回・次々回で、マリアの力について、マリアが考えている事を書きます。


三月まで続く繁忙期突入…話は浮かぶのに書く時間が無い…


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