表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/54

弟のこと。  前

私を外に出さないよう生まれた見えない壁に手を添えたまま、二階にある部屋の窓から庭を見下ろします。リアを中心に巻き起こった風により三羽の鳥が空に放たれる光景に、少しだけ安堵覚えました。


まずは、第一歩。


リアがユリアと、屋敷の中に戻ろうと歩き出したのが見えます。

具合が悪くなってないか心配ですし、何より頑張ってくれたあの子を抱き締めてあげたい。

庭から屋敷に入ってくるのを出迎えたい、と私は部屋を出ようと窓に背を向けました。



カタンッ。



背を向けた窓から、音を聞こえました。

窓が風に揺れた音か、何時もならそう思う程度の音です。

けれど、今日はどうしてなのか、心の隅に引っ掛かりを覚えて、後ろを振り返りました。


「っ!!」


窓は開いてはいない。

何一つ、部屋の中で変わったことはありません。


ですが、窓のまえには一人の男が立っていました。


黒いローブを纏った、若い男です。

銀のボサボサに伸ばされた髪に、私に向けられた喜色を含んだ赤い目…


これは…

この色彩を持つのは…


私が覚えている姿からは、随分と変わっている。

あの頃、私よりも小さな背で、小柄な体つきでした。

目の前に現れた姿は、見上げる程背は伸びていました。

別人のようにも見えます。

けれど、その顔は確かに、忘れたくても忘れられない顔。


「イザーク…ッ」


喉をうならせ、絞り出すように口にした名前。

久しく口にすることの無かった名です。

口に出してしまえば、イザークが私達家族を裏切ったのだと、家族よりもマリアを選んだのだと思い知らされるから。


成長したイザークの容姿は、お母様の顔を思い出させます。お父様に似て表情を余り表に出さないところがあっても、瓜二つだと言われていたままに成長していました。


最後にイザークの姿を見たのは、あの日。

マリアの後ろに立って、何処を見ているかも分からない、何の感情も映し出さない目で私を見下ろしていた姿。

王都から去る馬車の中で目覚めた時、家族の中にその姿だけはありませんでした。


私達家族との縁を切ることをマリアに付き添われて陛下の前で宣言し、何処かの貴族に養子入りしたのだとお父様に教えられました。家族に一瞥も向けることの無かったイザークの言葉は、それを見ていた家族の心を深く傷付けたのです。


確かに忙しさにかまけて寂しい思いをさせたのかも知れない。

そう、両親は頭を抱え苦しんでいた。兄たちも姉も、悔しげにしていた。

けれど、蔑ろにしていた訳でも、虐げていた訳でもない。生まれてからずっと共にあった私達家族よりも、出会ったばかりのマリアを選ぶだなんて。

そして、今でも王都にいる。


家族がどうなったか、知らないのかも知れない。

理不尽かも知れない。

けれど・・・


「イザーク!!」


懐にしまっていた媒介に魔力を集め、術を練り上げます。



今ここで、イザークをどうにかしてしまわないと。


私の心を一瞬で支配したのは、そんな思いです。


イザークは、マークや王太子を始めとするマリアの取り巻き達の一人、一番最初にマリアの側に寄り添い始めた人間です。

「彼女、気になる事がある」そう言って、入学してすぐのマリアを見ていたのは私も知っていました。

そして、その数日後にはマリアの傍に寄り添う姿を見るようになっていました。

マリアの周りに取り巻きが増え、取り巻き達がお互いに牽制を始め反目しあい、多くの生徒達が現状に危機感を抱いても、イザークはただマリアに寄り添い、その稀有な魔法をマリアの為に惜し気もなく使っていました。

同じ学園内にいた私も、忙しい仕事の最中にも時間を作ってイザークに会っていた兄様達も、幾度と無く苦言を呈しましたが聞く耳を持たず、イザークは家に帰ることも、私に近寄ることもしなくなった。


もとより、兄様たちの様な戦う術も、姉様の様な護る術も乏しく、イザークの様に強い魔力も魔法も持たず、小手先の術を扱うしか能の無かった私を見下し、姉と呼んでもくれなかったイザークの事ですから、私の言葉になど耳を寄せるとは思いはしませんでした。ですが、あの時に手をあげてでも言い聞かせておけば…

マリアから引き離しておけば…

そう、何度兄達と後悔し合ったことでしょう。


今もまだ、イザークはマリアの側にいるのか。

マークに協力している魔法使いがもし…いえ、この国であれだけの魔術や魔道具を用意出来るのは、イザークだけ。

サルドがかき集め続けた魔法使いの血が凝縮されて生まれた、遥か昔の、歴史の上にしか確認されていなかった、全属性を自在に操る魔法使い。

通常では難しい魔道具も、術も、イザークならば簡単なことです。

マークに協力しているのはマリアの指示なのか?でも、マリアの利益になるような事でもないのに何故。誰かの指示なのか?それとも、イザーク自身の思惑があっての事なのか?

どうであろうと、このままイザークを帰せば、マリアに私達の事が伝わるでしょう。それだけは阻止しなくては。



練り上げた風を刃にして乱雑に放ち

イザークの足下に火を生み出し

空気中に存在する水を凍らせ氷柱を作って投げつけ


イザークに攻撃を繰り出します。



「ッ。」


それぞれの攻撃が、イザークの身体に吸い込まれていくのを確認しました。

その後は、風と火と水が混ざり合ったことで生まれた大量の蒸気と熱風で、視界を失いました。

放つ術の選択を間違えたと思いましたが、即席で作った媒介で私が使える攻撃の術は、この三種類だけ。

少しでも、視界が効くようになったら、一気に近づき関節を狙おう。

目を細め、白い蒸気に満たされた視界の僅かな異変も見逃すまいと集中しました。



「だめ」


久しぶりに聞く、イザークの声。

それは、覚えているものよりもずっと低く、別人のようでした。

長い月日を突きつけられました。


空気が動きました。


白く染まった視界の中で、風が巻き起こり、蒸気が移動していきます。

うっすらと晴れていく視界。


私が攻撃する前と変わらない場所に立っているイザークの姿。

その黒に包まれた体に一切傷は無く、魔法を使って風を動かしたのだというのに、その腕は床に向けて下ろされたまま、気負った様子もありません。


今日だけで何度も魔術を使い、どれだけ魔力を使ってしまったのか。

魔力が枯渇し始めているせいか、体に倦怠感が生まれます。

それでも、ダメージの無いイザークの様子に唇を噛みしめ、魔力をもう一度練り上げる。これで最後になるでしょう。


無謀でしょう。

けれど、助けは呼べました。

リアの事はきっとテイガ兄様が助けてくれます。

イザークが何かしようというのなら、シギが動いてくれるでしょう。

シギはイザークの天敵ですから。


コッ


コッ


先程よりも強い魔術を。

そう思い、残った魔力を練り上げる私に向かい、イザークがゆっくりと足を進めてきました。火によってボロボロになった床の上を、蒸気を払いのける為の風がまだ動いている中を、コツコツと足音を立てて近づいてくる。


魔術を体に纏い、イザークに直接叩き入れれば、あるいは・・・


そんな考えが過ぎる。

右手に作り出そうとしていた術を纏わせます。

魔法に特化していたイザークと私は、体術では勝ったり負けたりを繰り返していました。

だから、魔術をただ放つだけよりは可能性があるでしょう。



早く。


早く近くに。


幾つかの術を重ね合わせ、電流を渦を右手に纏わせる。

パリッ パリリッ

右手に拳を作り、イザークが近づいてくる様子をジッと見つめます。

その体に一発、何処でもいいから一発でも入れることが出来れば。


近づいてくるイザーク。

本当に別人のように成長しています。



あと、三歩。


近づいてきたイザークに、体が固くなります。

きつく拳を握り締め。



「だめ」


ただの笑顔です。


「きゃあぁ」


突風が部屋の中に巻き起こり、私の体が宙に浮かび上がりました。

私が作り出す風なんて、そよ風にも感じられるような強力な大風。

腕を振ることも、魔力を練り上げるような素振りも見せずに生み出された風は、イザークにとって何てことのないものだという事。それだけの差が、私とイザークにあるという事。


体を宙に舞わせる、息も出来ない程の風に、魔力を練り上げていた集中力は乱れ、腕に纏っていた術が解けていくのを、床から足を浮かせ、喉を押さえて呼吸がまま成らない苦しみを堪える私も感じました。


長い時間だったと、私は感じました。


風が無くなり、力の抜けた体のまま床に落ちる私を、冷たい体が抱きとめます。

全身の力が抜けた私の体を受け止め、床に下ろす事なく抱き絞めていたのは、イザークでした。


失っていた空気を取り戻そうと深い呼吸を繰り返し、涙が滲み出るせいでぼんやりとした目で見たイザークは、満面の笑顔でした。


「おかえり、ねぇね」


これは、誰?

弟イザーク登場。

(近親相姦ルートは無いのでご安心下さい。)

弟に関して、皆様の期待には添えなかったかもとドキドキしています。


今日は、多分ここまでになります。途中ですみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ