姪のこと。 後
「そうだ!リアね。ママに教わった通り、このお家の中の秘密の場所もちゃんと探しておいたよ。」
年上の友達に教えてもらった、暗い夜道に現れる幽霊の話を私に教えてくれようとしていたリアが、突然そんな事を言い出しました。
秘密の場所。
貴族の家には確実に隠し通路があるという話はしたことがありますが、それのこと?ということは、幽霊が出る夜道から思い出したのかしら?
「隠し通路のこと?そんなものを見つけてしまうなんて凄いのね、リア。」
私だったら壁を叩いたり、埃の跡だったり、そんな方法で見つけるのだけど、リアはどうやったのかしら。
「風でビュオーってやった時に、変なところに風が入っていったの。ママにも後で教えてあげるね」
「ありがとう、リア。これで、何かあっても大丈夫だわ」
隠し通路は逃げるのにも隠れるのにも使えるから、貴族の屋敷に連れて行かれたら探して置きなさいと教えておいたもの。
それをちゃんと実践したリアを抱きしめ、褒めました。
「まだ、幼いのに・・・」
呆気に取られているユリア。最近の貴族では、サルド騎士候家についてを教えないのかと首を傾げたくなりました。そういえば、王太子もベルデ公爵家の息子も、マリアが来る前から随分とサルド騎士候家を嘗める発言をしていましたね。特例で男子に混ざり訓練に参加していた私に対して、女のくせに、野蛮だなどと言っていましたっけ。
「サルド家ですもの。」
「軍に関わる家だから、ですか?でも・・・」
あぁ、ユリアが言いたいことは分かりました。騎士候家が無い今、教えることの意味を疑問に思ったね。
マークが来なければ、ただの町人として生きる筈だったのにと言いたいのでしょう。
例え、騎士候の称号を失おうと、私たちサルドの血は安穏とする事は出来ない。私たちがサルドの血を持っている限り。
だからこそ、今までと変わらぬ教えをリアに教え込まないといけないのです。
「サルドに生まれた者は、生まれたその日から危険と隣り合わせに生きることになるわ。だから、幼い内から生き延びる術を学び続けるの。自分で満足に戦う事が出来ない幼子以外は、全員戦い続ける。それがサルドなのよ。」
言葉だけにすると、流石は始祖様の末裔といいたくなる一族ですね。
ユリアが口を開けて呆けています。中々面白く、笑いが抑え切れず、漏れてしまいます。
「強さを求め、最強を求めて、強さを持つ者たちの血を引き入れ続けてきたサルド家の血や肉体は、あらゆる魔術・呪術で最高の媒介と生け贄になる、最上級の素材として有名なのよ。だから、腕に覚えのある者はサルドに挑んでくる。現役で戦えるものに挑むものは少なくても、幼子や年老いた者を狙ってくる。一番に狙われるのは、一族の墓。骨の一欠けらでも何かの力を宿しているって裏では有名な話なのよ?」
だからこそ、私達が王都を離れた途端に、一族の墓は荒らされてしまった。骨となっても王都を守ろうと、領地ではなく王都に墓を持ったというのに、曽祖父の骨が王都にあったままならマリアから王都を守ることは出来たかも知れないのに。
・・・もしかして、墓を荒らし壊したのは、マリアなのかしら?
なら、マリアが私を殺そうとしたのも、破邪の力を排除する為?
「リア。お願いがあるの。」
早く逃げた方がいい。改めて、そう思った私はリアの顔を真っ直ぐに見て、姿勢を正しました。
私の声音が変わった事に気がついたリアも、笑顔を消して真剣な顔で聞く姿勢を取ります。
本当に、しっかりした子です。私が必要なくなるのも、早いかも知れませんね。そう思うと少し寂しくなります。
「何?」
「あまり使うなと言ったくせに、こんな事を言うのはおかしいわ。でも、助けを呼ぶ為にはリアの風を貸して欲しいの。お願いできる?」
リアに負担をかけるのは心苦しい。リアが苦しむことになる。酷ければ寝込むことになるでしょう。でも、彼に連絡を取るには私の力では弱過ぎる。町からならともかく、王都からは明らかに無理なのです。
「何をすればいいの?」
しっかりと頷いて、リアがやる気を見せました。
この術は、これまた曽祖父が故郷から持ち出してきたものです。
紙を鳥の形に折り、術を込めて飛ばすという伝令術。
紙で折った鳥に、届けたい相手の名前を書き、魔力を込めて息を吹きかけるだけの術ですが、コツがあるのか、何かが違うのか、家では私とジェイド兄様だけが取得しました。従兄や又従兄たちにも何人か使える者いますが、全体から見れば使い手は少ない術です。
難点を言えば、遠い場所には飛ばせない点です。
込める魔力の量が多ければ多い程、遠くに飛ばすことが出来ますが、息を吹きかけるだけで大量の魔力を込めるのは困難で、その上私はそもそもの魔力量が少ない。ジェイド兄様でさえ、隣町に飛ばす程度が限度だったのですから程度が知れます。
「この鳥を空高くに舞い上げて欲しいの。そうすれば、方向は伝令術自体が決めて、風に乗って遠くへも届けることが出来るから。」
リアの部屋にあった紙を手に取り、紙には素早く文を書き込み、それを二つ用意し、鳥の形に折りあげます。
この布を取れる術を持つ彼と兄に向けて。
「分かった。」
何処なのか、風に指向性を持たせるよりは、ただ上へ上へと舞い上がらせるだけならば、そんなに負担はないでしょう。
「ねぇ、ママ。これは誰に出すの?」
「テイガ兄様と、シギに。」
「シギ?」
紙の鳥を手に取り、宛先を聞くリアに教えましたが、シギの名に首を傾げました。
そういえば、シギのことはリアは覚えていないでしょうね。
なんせ、2歳の時に会ったきりです。
「私の又従兄にあたる人なの。あまり会いたいとは思えないけど、今回はどうしても協力してもらわないといけないから。えぇ、本当に、どうしても。」
彼の事を考えると、全身に力が入ります。
幼い頃には頻繁に顔を合わせていた彼ですが、どうしても苦手なのです。でも、今はそんな事を言っている場合ではありません。
「ねぇ、ママ。一枚、リアに頂戴?」
「えっ?」
一枚って、紙で折った鳥の事?それとも、リアも伝令術を使いたいということかしら?
「テッド君たちと遊ぶ約束してたの。でも、遊べないから。」
テッドは確か、リアの友達の一人でしたね。
家に篭り気味だったリアを、調子が良い時だけではあるけど外に連れ出して遊んでくれた、町のガキ大将みたいな男の子。今では、リアの大切なお友達です。よく、家にもお見舞いに来てくれていました。
「・・・用事があって、遠くに来ています。それくらいしか書いては駄目よ。分かった?」
「うん。ありがとう、ママ。」
大喜びで、手渡した紙に字を書いていくリアの姿が微笑ましく感じました。もしかしてテッド君のこと、なんて下世話な事を考えてしまいます。それなら、何時かはあの町に帰れるようになれればいいと思います。
「出来たよ!」
どうやら、私が折るところをちゃんと見ていたらしく、リアはしっかり鳥の形に折りあげ、私に渡してきました。そんなことをされると、中を覗きたくなるのですが、そんな事をしたら嫌われるわよ、と亡き母や近所の奥様たちに教えられているので、頑張って我慢します。
目を瞑り、集中力を上げます。
深く、ゆっくりと息を吸い、手の中にある三羽の鳥へと、ゆっくりと息を吹きかけました。吹きかける息の中に魔力を込めて、「飛びたて!」と念じて。
「わぁぁ!」
「・・・凄いですね。」
リアとユリアの感嘆の声に目を開ければ、手の周りを三羽の鳥が羽ばたいています。
成功ですね。
「リア、お願いね。」
「うん。」
ユリアに指示し、意気込むリアを庭に連れて行ってもらいます。
本当は着いていきたいのに、この首に巻かれた魔道具のせいで・・・。
バルコニーに続く窓を開けて、外に手を出すだけでも許されないようでした。
小指の先でさえ、見えない壁に阻まれます。
見えない壁に触れていると、チリチリと痛みを感じてきました。
でも、手がチリチリと痛み、次第に熱くなっていくのも気にせず、私は庭に出たリアとユリアの動きを見守りました。
上手くいきますように。
リアに何事もありませんように。
そう、願います。
リアの周りに風の渦が生まれ、その風と共に上空へと三羽の鳥が舞い上がっていく様子を見送り、そして庭で満面の笑みを浮かべているリアと近くにあった木にしがみついているユリアの様子に、ホッと息をついたのです。
これで、今の所出来る手は打った。
あとは、あれを受け取ったシギとテイガ兄様が動いてくれる事を祈るだけ。
いざとなったら、リアだけでも逃がす手を脳裏の片隅で考えながら。
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「ユリアお姉ちゃん。大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。」
風が空に向かっていくのを見送り、少しだけ息を早めながら、リアは笑顔を浮かべる。エリザの頼みを果たすことが出来た達成感で心が満ちている。
あまりに強力な風に、庭にあった木に必死にしがみ付いていたユリアは髪をボサボサにしながら、リアのその笑顔を見て、伯父の笑顔を思い出した。サルド家が消えた後に、絶望した顔を最後に行方が分からなくなった伯父の笑顔を。
「早く来ないかな、アルト先生。」
「えっ?テッド君じゃなかったの?」
「ママには内緒。アルト先生と約束なの。ママとリアに何かあったら絶対に教えてねって。何があっても助けに行くからって。」
ユリアは驚いて言葉を失った。
「内緒だよ、ユリアお姉ちゃん。」
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風にのり、上へ上へと昇っていく三体の紙の鳥たち。
それを見上げる一人の男がいた。
そこは、足場もない、周囲に男と並び立つものが一切ない、空の上。
男は黒いローブをはためかせ、顔色一つ変えることなく空中に浮かんでいる。
空を見上げて、上空高く舞い上げられた三体が、それぞれの向かうべき場所に飛んでいくのを見送り、男は鳥が放たれた屋敷を見下ろした。
その顔には、喜びに溢れる、純粋な笑顔が浮かんでいる。
助けがようやく呼べた・・・
最後の男は、多分皆さん予想が付くと思いますが・・・




