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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
10章 夏のイレギュラー(前編)
99/152

05

「やっりぃー!またまた一点リードォー!」

 自分では何もしていないのに、音遠がスパイクを決めた瞬間に鬼の首を取ったかのように得意気になる澪湖。しかしそのリードはすぐに相手のイクによって取り返され、点差は一向に開かないままだ。

 先程から、全く同じような展開が何度も何度も繰り返され、試合は延長に延長を重ねて既に十回目。もしかしたら、このまま永遠にこの勝負は決しないのではないかとさえ思われるほどだった。


 審判役のヨツハもいい加減うんざりした表情で、ゲームを続ける四人に言った。

「もー引き分けでいーじゃないっすかー?どうせこのままやったってー、なんも変わんないっすよー」

「だぁめぇ!この勝負に勝った方が、かなたの体に日焼け止めオイルを塗れるっていう特典があるんだからぁ!私絶対勝たなきゃダメなのぉ!ねぇ!かな……」

 かなたのいないところで勝手にそんな特典を決めて、闘志を燃やしている澪湖。パラソルの立っている辺りを勢いよく振り返って、そこにいるはずのかなたに呼び掛けようとする。

「って…あれ?」しかしそこに目当ての人物の姿はない。「かなたいないじゃん!どこ行っちゃったのよぉ!折角私がかなたのために戦ってるのにぃ!」

 周囲を見渡してみるが、少し離れた砂浜にうつぶせで詩歌が倒れているのが見えるくらいで、かなたの姿はどこにもない。そこで一同はやっと、かなたがいなくなったことに気付いたのだった。


「ヨツハ…?」

 百梨とイクが、同時にヨツハの方を見る。

「あれれー?おっかしーすねー?かなたちんが琢己せんせーに絡まれてた辺りまでは、確かに把握してたんすけどー……」

 審判をしながらもしっかりと背後に注意を払って、かなたの事を気にしていたヨツハは、自分がいつかなたを見失ってしまったのか分からなかった。確かについさっきまで、そこにかなたちんの気配を感じていたのに……、と不思議に思いながら、おもむろに目をつむってその場に座り込んだ。

「うーん。しょーがないっすねー。それじゃー、ちーっと待ってて下さいっすねー。探してみるっすからー……」

 そういうと彼女は、全神経を耳に集中した。

 口をつぐみ、目を閉じて、聴覚以外の全ての感覚を完全に封じ込める。次の瞬間には、ただ一つ残された彼女の聴覚は普段の何十倍にも拡張された。


 世界有数のVIPである百梨につかえるために、ヨツハとイクは幼いころから特殊な訓練をつんできていた。そのあまりにも特殊な特殊訓練によって、イクは主に知能を、ヨツハは身体能力や精神力を重点的に鍛えられ、今では二人とも人類の限界を超越するほどの能力を持つまでになっていた。

 その訓練によって自身の体や神経を自由自在に操ることが出来るようになったヨツハは、五感の一部を一時的に遮断することで、残された感覚を超人的なまでに研ぎ澄ますことが可能なのだった。

 今のヨツハは、数百メートル離れた場所で飛んでいる蝶の羽音さえも聴き逃したりはしない。それは、日常生活を送るのには余りにもオーバースペックで不要の長物でしかないが、今のように人探しなどをするときにはとても有用な能力だ。そして百梨とイクは、まさにそれを期待して先ほどヨツハに呼び掛けたのだった。

 事情を知らない澪湖と音遠がキョトンとする中、ヨツハは早速その能力を駆使して、かなた探しを始めた。



   ※



 北東二五十メートル先の声……。

 ……きゅふふ……やっと、やっと完成した……これが黒業魔による秘術……。

「違う」


 西百メートル……。

 え、え、えー。かなたちゃんって…そ、そ、そういう趣味?た、確かに、すっごい男前だとは思うけど……えー、そーなんだー…。

「これも違う」


 それはまるで、テレビ番組をザッピングするような、あるいはインターネット検索して出力された雑多な情報を、一部だけを見て取捨選択していくような、そんな感覚。

 人間の声、それも高校生くらいの、若い女性の声に絞って、ヨツハは自分の耳に流れ込んでくる無数の声を次々と聞き分けながら、かなたの声を探していった。


 北西二百メートル先……。

 ……おっつー……リボンたん…おっひさ……てか…沖縄遠いよー………。

 ……今日の……会場……そ…ビーチ…あってる?………。

 ……貴女た…違うでしょ…まずは…招待して…さった千本木…挨拶…。

「こいつらは初めて聞く声っすね…。つまり、これもかなたちんじゃな…………っ!?」



 そのとき、ヨツハの耳に必死の叫び声が飛び込んできた。


 ……だ、誰か…た…助け……溺れ……。

「これだっ!」

 すぐにヨツハは立ち上がると、声のした方向に向かって駆け出した。

 それは、海岸から南に二百メートル以上先の海上だった。

「ど、どうしたのっ!?」

 その様子に心配して声をかける百梨。しかしヨツハはそれに答えず、一心不乱に海に突っ込んでいく。水中に入ってもその勢いは衰えることなどなく、それどころか、地上よりも数倍は加速する。まるで、魚雷が回転しながら突き進むような、見たこともない泳ぎ方で、ヨツハは水中をものすごいスピードで進んでいった。

 そして十秒もたたないうちに……。



「はあ……はあ……はあ……」

 ヨツハはかなたを抱えて、一同がビーチバレーをしていた場所に戻って来たのだった。


「か、かなたぁーっ!」

 真っ先に駆け寄る澪湖。

 他の少女たちも、ビーチパラソルの下に寝かされたかなたの周りを、心配そうな顔で取り囲む。

 横になっているかなたの顔は真っ青で、力なくぐったりとしている。胸はかすかに上下に動いているが、意識は完全に失ってしまっていて、誰の呼びかけにもこたえない。

「かなたっ!かぁなたぁっ!?どうしたのっ!?起きてよーっ!」

 悲痛な声を上げながら、かなたを揺さぶる澪湖。ヨツハは優しくそれを遮る。

「かなたちんは……」

 何が起こったのか、何をすればよいのか分からない一同は、喋りだしたヨツハの方に、自然と視線を向けた。

「溺れて意識がないみたいっす……。命には別状はないっすけど、一体、どうして溺れちったのか…」

 かなたが泳ぎが得意なことを知っていたヨツハは、そんなかなたが溺れたということが、不思議でならなかった。

「かなた……」

 澪湖が心配そうにつぶやく。


「それで、当初の問題としては……」

 ヨツハは周囲をぐるりと見渡してから、真剣な表情で宣言する。

「意識のないかなたちんのために、誰かが『人工呼吸』をしてあげなきゃ、ってことなんすけど……」

 その瞬間、一同に緊張が走った。


「じ、人工…呼吸……」

 ごくりと唾をのみながら、澪湖がその単語を繰り返す。

「うぅ……」

 そんな澪湖を見ながら、悲しそうにうつむく音遠。

「……人工呼吸ですって?」

 怪訝な顔つきのイク。

「じじじじ、人工呼吸ってことは……か、か、か、かなたちゃんのく、く、く、唇を……ご、合法的に……じゅるりっ!」

 いつの間に戻ってきたのか、詩歌もその輪の中に参加している。滝のようにだらだらとよだれを流しながら、かなたの唇を凝視していた。


 そして……。

「は、はいっ!私やりたいっ!かなたを助けたいですっ!」

 まず最初は、下心半分、言葉通りの気持ちが半分の澪湖が、元気よく手をあげて一歩前に出た。

「はぁ!?」その次に詩歌が、イラついた表情で澪湖を遮る。「こういうのは経験豊かな年長者に任せとけばいいですよっ!人工呼吸の方法もろくに知らないクソガキは下がってろですっ!」

「な、な、なにーぃ!?こ、このちびっこがぁ!ナマ言ってんじゃないよっ!」

 丁々発止で反論する澪湖。

「何だとぉー、ですっ!目上の人間への口のきき方も知らないですかお前はっ!?私は先生ですよっ!?ガキのくせに、先生に口ごたえするじゃないですよっ!ばーかばぁーかっ!」

「はぁー?ただのストーカーのくせに、偉そぉ過ぎるんですけどぉっ!?だ、だいたいあんただって、人工呼吸の仕方知ってんのかよっ!?適当なこと言って、…か、かなたんとキスしたいだけじゃないのかよぉっ!?」

 少し顔を赤らめて、自分のことを棚において、澪湖は言う。

 しかし、対する詩歌は得意気にその小さな体を反らせた。

「ふふっ……当ったり前じゃないです?そんなことぐらい、大人だったら常識なんですけど?」

「う、嘘だぁっ!」

「嘘じゃないですー!マジですー!」

 当然詩歌だって知らないと決めつけていた澪湖は、予想が外れてうろたえる。一方の詩歌は、口喧嘩に勝った子供のように調子に乗った。

「まー?お前みたいなお子様は、人命救助なんてする必要ないのかもしれませんけどぉ、私くらいのしっかりした大人になると、いろいろと責任ん?っていうものがあってですねぇー。保護者として引率する生徒が海で溺れたときの対処くらい、当然知ってなきゃいけないわけなんですよねぇー!」

 「ぐっ…」と忌々しそうな顔になり、澪湖はわずかに引き下がる。

 今日ここに詩歌がいるのは何も学校の生徒たちを引率しているというわけではなく、むしろ百梨に招待すらされていないのに勝手についてきて、プライベートビーチにまで入り込んでいる今の詩歌はただの不法侵入者に過ぎない。だがその事実は、幸いにして誰かに指摘されることはなかった。


「ま、マジで言ってんの……あんた…?」

「だから当然ですってばー!え?むしろお前、人工呼吸の方法も知らずに、さっき名乗り出たんですー?そんなんで、かなたちゃんのこと救えるとか思ってるんですぅー?えー、ちゃんちゃらおかしいんですけどー?」


「ちゃ、ちゃんとした、やり方知ってるんだったら……かなたをちゃんと助けてくれるんだったら……」

 顔は全く納得していないが、澪湖はもう何も反論することができなかった。

「ホントは嫌だけど…あんたに……任せる……」

 人工呼吸の仕方を知らない自分が無理矢理それの真似事をしたことで、もしもかなたの身に何かあったら……、澪湖はそう思って、不本意ながら身を引いたのだった。

「もし……かなたが意識を取り戻さなかったら……私、あんたのこと許さないから………」


「そ、それでは……ぐふふっ!」

 澪湖が下がって、邪魔するものがいなくなった詩歌。彼女は横になったかなたの前に立ち、節足動物の脚のように、指先を気色悪く動かした。

「か、か、か、かなたちゃんに、私の、とっておきの…医療行為を……」

 そのときの詩歌が、「医療行為」と言う直前に小さな声で「性的な」と言ったのは、誰にも聞こえなかったようだ。目をギラギラと輝かせながら、自分の唇をかなたへと近づける。

「…じゃ、じゃあキーちゃん……ちゃんとした人工呼吸の方法を私に教えてもらえますか……?私は、存分にかなたちゃんの唇を堪能しながら…気が向いたらそれを実践して…」

「おい」

 ぐいっ、と詩歌の肩を引っ張る澪湖。

「あんた今なんつった?『キーちゃん』に、『教えて』って……。もしかしてあんた、自分では人工呼吸の仕方知らないんじゃないの?」

「……えー…っと?何のことです?」

 とぼける詩歌。しかしそれは逆効果だった。

「こいつ……さてはマジで知らねぇな?」

「そ、そんなわけないです!ちゃんと知ってるですよっ!知ってるって言ってたですよ!……キーちゃんが…」

 その瞬間、澪湖からブチッと何がキレる音がした。

「キーちゃんってそれ、あんたが勝手に言ってる妄想でしょうがぁ!そんなの知らねぇとおんなじでしょおがっ!」

「だ、だからキーちゃんは妄想じゃないですって、何度言えば…」

 澪湖は力づくで詩歌をかなたから引きはがす。その引っ張られた勢いで、詩歌の小さな体はまたしても砂浜に叩きつけられた。

「お前ふっざけんなよっ!あっぶなぁ!ただのストーカーがかなたにエロいことすんのを、黙って見過ごすとこだったぁ!」

「ふ、ふざけてなんかないですぅ!人工呼吸の方法はちゃんとキーちゃんが知ってるですから、頭の中でキーちゃんに教えてもらいながらやろうとしたんですぅ!キーちゃんが知ってるんだから、私が知ってるって言っても同じだと思ったですぅ!」

「だぁからぁ!そのキーちゃんってのがあんたの頭ん中にしかいないんだから、そんなの意味ねぇーつってんでしょぉがぁ!」

「そ、そうですよっ!キーちゃんは私の頭の中にしかいない存在で……」

「ああっ!?こいつ今、自分で認めたぁ!自白したぁ!」

「はぁー!?何言ってるです!?これだからガキは話が通じなくって……」


 両手でつかみあって、今にも殴りあいのケンカを始めそうな二人。未だに意識を取り戻さないかなたをさしおいて、事態はそんな風にグタグダの様相を呈してきたのだった。



 バンッ!

「どきなさいっ!」


 そのとき、組み合っている澪湖と詩歌を突き飛ばして、素早くかなたのもとに駆け寄る影があった。

 その人影はかなたの側に座り込むと、彼女の胸の真ん中に両手を添える。

「はっ!……はっ!……はっ!……」

 そしてかなたの胸を何回か圧迫して心臓マッサージしてから、なんの躊躇もなくかなたと口をあわせて、マウス・トゥ・マウスの人工呼吸をした。

「あ、ちょっ……」

「な!な!何するです!?かなたちゃんの唇は、わ、私の……も、もの…だから……」

 突き飛ばされた二人は、最初はその人物を止めようとする。だが、その人物の手際があまりにもよく、それがまるで心肺蘇生法の教則ビデオでも見ているように完璧な動作だったので、何も言えなくなってしまった。


「はっ!……はっ!……はっ!……」

 それから数分間、全く休むことなく、流れるように行われる心臓マッサージと人工呼吸。それを、澪湖も音遠も詩歌も呆気にとられて、何も言わずに立ち尽くして見ていることしか出来なかった。

 その輪から少し離れた位置では、ヨツハが何故か先程までの余裕をなくして、わなわなと震えていた。ずっと眉に皺を寄せて黙っていたイクが静かにヨツハのもとに近づく。

「……こうなることくらい、わかっていたでしょう?」

 何も答えないヨツハ。イクは呆れた様子で、小さく首をふった。

 二人の視線は、今も必死にかなたの心肺蘇生を続けるその人物から離せなくなっていた。その人物、千本木百梨から。


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