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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
10章 夏のイレギュラー(前編)
95/152

01

「ねーねー、ビーチに出たらさー…。誰が一番ナンパされるか勝負しなーい?」


 渕上茶央美(ふちがみ さおみ)は、部屋の壁に備えつけの大きな鏡の前でポーズを決めながら、そう言った。

「隣の部屋の音遠とかには負けるかもだけどさー…、この部屋のメンツだったら私ー、結構いい線いってると思うんだよねー!」

 彼女は白いビキニの水着姿で、胸元を強調するようにかがみこんだり、ベッドに横たわって腰をくねらせたり…、まるで、セクシーアイドルが水着写真集で見せるようなポーズを恥ずかしげもなく繰り返していた。

「え、え、え……っと…」

「きゅふふ」

 吉中朋(よしなか とも)はオロオロとうろたえながら、花藤優芽(はなとう ゆめ)はニヤリと微笑みながら、そんな茶央美の姿を、少し離れた場所にあるソファーから見ていた。



 彼女たちが今いるのは、沖縄の離島にある、リゾートホテルのスイートルームだ。

 壁の一面が全てガラス張りで、ブラインドも上がっているので太陽の光が燦々と室内に差し込んできている。そしてそのガラスの向こうには、雲一つない爽やかな空と、宝石のように輝くエメラルドグリーンの海が広がっている。まるで、観光地にある土産用のポストカード、あるいは、世界の絶景を集めたカレンダーの、八月の写真として出て来そうな、完璧すぎる真夏のオーシャンビューだった。

 もちろん外だけでなくスイートルームの部屋の中も完璧で、一般家庭の家まるごと一つ分くらいの間取りがある広い室内に、キングサイズのベッドが四つ、ジャグジー付きのバスルーム、プライベートプール付きのテラスまであって、文句の付けどころのなどあるはずもない。それは明らかに、一泊数十万円はしようかというような、上流階級専用の部屋だったのだ。

 そんなところに、ただの高校生である茶央美たちが泊まることが出来ているのには、もちろんそれなりの理由があった。


「お嬢様には感謝だよねー、タダでこーんな、いーとこに泊まらせてくれるなんてさー!しかもしかも、私たち以外で今このホテルに泊まってるのって、お嬢様のお母さんの知り合いの、ちょーセレブな人たちなんでしょー?もー、みんなー、さっさとビーチに繰り出して、ナンパ待ちしよーぜー!玉の輿狙おーぜー!…ま、私が一番いい男捕まえるんだけどねー!」


 彼女たちの先輩にあたる、世界的資産家の一人娘の千本木百梨が、自分の通う高校の一年から三年までの全生徒を、そのホテルに招待してくれたのだ。招待ということはもちろん、ホテル代や交通費はおろか、滞在中にかかるあらゆる費用を、百梨が全額負担してくれるということを意味する。

 だから、昨日の夜に千本木家所有の自家用ヘリコプターでこの高級ホテルに連れてこられた彼女たちには、この沖縄旅行中にお金の心配をする必要は一切なかったのだった。


 百梨としては、表向きは「新しく作ったリゾートホテルの開業前の試験運用として、普通の高校生たちの率直な意見を聞きたい」という立派な建前を掲げていた。だが、その裏には、これをきっかけにして同じ高校の生徒たちと仲良くなりたいという強い思いを持っており、だからこそ、招待した生徒たちにはなるべく快適に過ごしてもらえるように、そして、なるべく自分のことを気にいってもらえるようにと、普通に考えたらやり過ぎともいえるような手厚い待遇を用意していたのだった。

 そんな事情もあり、当初の予想としては、この旅行に参加する人間はさぞ大勢になることになるだろうと思われていた。ホテルスタッフを増員し、同時に開催するホテルのオープン記念パーティー用の食料も、不足することがないように数か月前から手配して、万全の体制を整えていたのだ。


 だが蓋を開けてみると、百梨の招待を受けてこのホテルにやってきた生徒たちは、全員でたったの十人程度しかいなかった。断った生徒たちに理由をちゃんと聞いたわけではなかったが、二百人近くいる全校生徒のうちの九割以上に断わられるという驚きの参加率の低さとなり、ホテル側の準備はことごとく無駄になってしまった。

 百梨はそのことを知ったとき、自分はそれほどにも人望が無いのかとショックを受け、数日間寝込んでしまったくらいだった。




「…ってちょっとー!もー、誰か突っ込んでよー!さっきから私、すっごい性格悪い子みたいじゃーん!」

 茶央美は笑いながら、室内のクラスメートたちを振り返って怒ったマネをする。

「あ、あああああののの……、で、で、ででももももも……ふふふ、渕上さんはははは…かかか、彼氏ささささんがががが………ひいいいい!な、なななな何でもないですすすう!ごごごごごめんなさいいいい!」

「きゅふ……灼熱の日に焦がされた貴様の肉体はやがて暗黒面へと堕ち、無間の苦しみに囚われることになるだろう………呪いから逃れたければ我と契約し、偉大なる黒業魔リグナンへの生贄として、その身を捧げるがよい……きゅふふふふ……」

 朋は、言おうとしたことを一人で勝手に抑え込んで、体を震わせてひたすら謝り続ける。一方優芽の方は、昨日の夜から部屋に備えつけのキッチンでグツグツと火にかけている鍋の様子をうかがいつつ、茶央美には少しも理解出来ないことを呟き続けていた。


「はあ……」茶央美は、期待したようなリアクションが得られなかったことが面白くなく、白けた表情でため息をついた。「なんか……、絡みづらい子ばっかりだなあ……」



「ねっみい……」

 そのとき寝室の方から、そのスイートルームに泊まっているもう一人の少女が現れた。

「あ、りぼんちゃん!おっはよー!」

「ああ?」

「ひっ!」

 黒いボクサーパンツにTシャツ姿の増子(ますこ)りぼんは、起き抜けに突然自分の名前を呼んだ茶央美をギロリと睨む。

 赤いロングヘアーと、太ももに入った大きな瞳の形のタトゥー。ただでさえ他人から避けられがちなインパクトある彼女の風貌に、さらに今は、低血圧らしい機嫌の悪い態度が加わっている。その相乗効果が作り出す彼女のオーラは、もはや人殺しかヤクザのようで、茶央美は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。


 りぼんはやがて相手に悪気がないことに気付いたのか、睨んでいた顔を元の眠そうな表情に戻して、「ああ…」と茶央美に適当に挨拶を返した。そしてキッチンに向かい、冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出すと、それを一口だけ飲んでまた戻す。


「ね、ねーねー…りぼ……増子さんはさー、どんな水着持ってきたー?なんかー、すっごいセクシーなのとか持ってそうだよねー?」

 茶央美はめげない。

 高校生にしては貧相な体つきの他の二人、朋と優芽に比べると、身長があってスタイルのいいりぼん。茶央美は、彼女とならきっと自分の望むような会話ができると踏んで、最初に言っていたナンパ云々とは少し言葉を変えた質問を投げた。


 だが、その話しかけられたりぼんの方も、いたってマイペースだ。

 朋たちが座っている大きなL字のソファーのところに来て、何も言わずに空いている場所にごろんと横になる。その衝撃があまりに大きすぎて、もともと座っていた二人は反動で少し浮かんでしまった。


「んんー…、水着ぃ…?」りぼんは茶央美に顔を合わせず、寝っ転がったまま投げやりに言う。「…それ、うちに言ってんの?」

「う、うん……い、一応」

「持ってきてねー……けど?」

「え?なんで!?」

 茶央美は理解できないという風に驚く。

「いや……だって、さあ……」

 頭をかきながら、気だるそうに起き上がるりぼん。眠さで瞼が上がらないので目を細めているのだが、それが茶央美にはガンを飛ばしているように見える。一瞬、りぼんに殴られるのではないかと怯えて、茶央美は身構えてしまった。

「うちらさー…、この旅行に遊びに来たんじゃねーんだわ…。今日の夜に海岸でパーティやるらしんだけど、そんときのステージでうちらのバンドに好きに()らしてくれるって……お嬢様が言うから、こんなとこまできた……わけ。他のメンバーも、午後には来る予定になってんだけど……、それまではちっと、うちは部屋でだらだらしてよーかなって…さ…」

 それだけ言うと、またりぼんはソファに寝っ転がってしまった。


「ええ……?沖縄まで来といて、海で遊ばないとかぁ…勿体ないよおー……」

 茶央美は納得がいかず、ぶすぅと頬を膨らませる。


 それまでおろおろと状況を伺っていた朋も、今だ、とばかりに茶央美に言う。

「あああああ、あのののの……じじじ実は、わわっわわ私ももも…、こここの旅行は……あああ新ししししい、しょしょしょ小説のカンヅメのののためにきききたから……、みみみみみ水着はももももってきてなくててててて……」

 やれやれといった調子で、優芽も続ける。

「……かぐわしき芳香を放つ我が衣は、黒業魔の生血(エキス)を擦り込んだ闇の法衣…故に我にはこれを脱ぎ捨てることなど出来ないのだ……。これを失えば我が業魔術はたちまち力を失い、食物も喉を通らずに、我は朽ち果ててしまうだろう……きゅふう…」

 パジャマ代りのTシャツとハーフパンツというラフな格好で、起きてからずっと私物のノートPCの前に付きっ切りで小説を書いている朋。その隣の優芽に至っては、あえて空調の温度を低めに設定して、いつも学校で彼女が身に着けているフード付きの黒い厚手のローブを着込んでいる。もちろんその下に水着を着ているなんてこともない。

 りぼんと同じように、その二人にも海に遊びに行くという選択肢はないようだった。



「もおう、なんなんだよぉ、この部屋のメンツぅ……」

 朝食を食べた後にすぐに水着に着替えて、同室の他の三人の準備が出来るのを待っていた茶央美。当然、三人も海に行くものとばかり思っていたので、その当てが外れて、呆れてしまっていた。


「あーあ……私、隣の部屋が良かったなあ……」

 彼女はそんなことをぼそりとつぶやきながら、水着の上にTシャツを羽織り、一人とぼとぼと部屋を出ていくのだった。

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