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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
※ お嬢様と遊ぼう 番外編
94/152

本当にあった…?

 ねえ、こんな話知ってる?

 実はこれ、私の友達の友達が実際に体験したことなんだけど……。


 ………


 それでね、最後にはその友達も、その幽霊に呪い殺されちゃったんだって……。

 今でもその時間になると、幽霊のすすり泣く声が、聞こえてくるらしいよ……。


   ※


「んんー……」

 二十六木ヨツハは、まるで、勉強のできない子供が宿題をやっているときのように、手に持った本を渋い顔で睨み付けながら唸り声を上げた。

 隣にいる七五三木イクも、落ち込んだ表情でうつむいている。



 彼女たちは今、千本木百梨の住む大きな屋敷の一室、メイドである彼女たちのために用意された二人専用の個室の中にいた。メイド用と言っても、その調度品や設備には雇主の千本木零子や百梨が使用している部屋と同じような、世界中から取り寄せられた最高級の物が使用されており、高級ホテルの一部屋と言われても気付かないようなレベルだ。専用の浴室とトイレ、簡単な料理なら作れてしまうような小さなキッチンまでついている3LDK。明らかにただのメイドに与えられるにしては豪華すぎる部屋だったが、それについて今まで誰かから意見や不満が上がったことはない。それは、彼女たちが日頃からそんな豪華な待遇に見合うだけの働きをしていると認められているということであり、その家の誰もが、そんな彼女たちのことを信頼していたからだった。


 広いリビングのような部屋で、金属製のシンプルなテーブルに向かい合って座っている二人。時計はもうすぐ長針と短針が十二の数字を指して重なり、日が変わろうかというところで、早寝早起きを心掛けている百梨はもちろん、使用人たちも夜間帯勤務でない者はそろそろ眠りについている頃だった。

 イクとヨツハについても、いつもならこの時間にはどちらか一人は床についているはずで、今日のように二人揃って起きているということは珍しいことだった。




「やっぱり……分からないわね…」

 眉間に皺を寄せているイク。うつむいたまま、ぼそりと呟くように言う。

「そっすなー……。本当にあった怖い話……。怖い……、恐怖……?あーもー!全然わかんないっすー!」

 やはり難しい顔を作っていたヨツハは、手に持っていた本を投げ出して、テーブルに顔を突っ伏してしまった。

 その本の表紙には、彼女が言ったのと同じ『本当にあった怖い話』というタイトルが、血が垂れているような赤い文字で書かれていた。


「落ち着きましょう。このままじゃあ埒が明かないわ……一旦ちょっと、整理してみましょうか……」

 イクは顔を上げ、ヨツハの投げた本を拾う。そしてヨツハと目を合わせて言った。

「今の季節は夏。夏の風物詩と言えば怪談。だから、次回の『お嬢様と遊ぼう』企画は、怪談をモチーフにしましょう………ここまでは、そんなに悪くない選択だったと思うのよ。……ほら、お嬢様はあの性格の通りかなりの怖がりでしょう?うまくハマれば、相当面白いリアクションが期待できると思うのよね……」

「そっすねー……でも…」

 ヨツハは諦めの気持ちが混じった息を吐き、薄ら笑いを浮かべる。イクは続ける。

「それはすなわち、わたくしたちがお嬢様を怖がらせなければならないということ。怪談を聞かせるなり、演じるなりして、お嬢様に怖いという気持ちになってもらわなくてはならないということ………でも…」

「まっさか、自分たちがー…」

「そう、まさかわたくしたちが…」


「『恐怖』っていう感情を持ち合わせていないだなんて……盲点だったっすねー。これじゃー、どーすれば人が怖がってくれるのかってことが分かんないっすし、お嬢様に怪談を聞かせることだって、無理っすよー……」



 今二人は、定期的に行っている百梨をイジって遊ぶ企画、『お嬢様と遊ぼう』の内容を考えているところだった。『怪談』をテーマにしようという方針だけは決定したが、その詳細については一向に決まらず、企画会議はどうやら暗礁に乗り上げてしまっているようだ。


 実はイクとヨツハは、世界有数の資産家の娘、千本木百梨の専属メイドとしての職務を果たすのに足りる能力を手にいれるため、かつて、軍隊にも勝るようなひどく厳しい特殊訓練を受けていた。その訓練はいつしか彼女たちに強靭な精神力を身につかせ、彼女たちの中の弱い心を完全に取り去ってしまった。だから今では、彼女たちは何かを『怖い』とか『恐ろしい』と思うようなことが、一切なくなってしまっていたのだ。

 そのせいで、何でも万能にこなす彼女たちには珍しく、百梨を怖がらせるという簡単な仕事にこんなにも手間取っていたのだった。


 ヨツハは退屈そうに「ふあーあ…」とあくびを浮かべる。一方のイクはまだ、どうにかしてこの計画を進めることが出来ないかを必死に考えていた。


「ねえヨツハ……」

 何かの発想のきっかけになればと、思いついたことを言ってみるイク。

「貴女、いわゆる幽霊と呼ばれているもののことをどう思ってる?例えば、美河様に憑りついている悪霊とやらのこと……」

「へへ……」

 ヨツハは、まるで好きな食べ物のことを想像している子供のように、天を仰いで口からよだれを垂らす。

「もしもこの世の中に本当に、いわゆる幽霊とか悪霊なんてやつが実在するんならー、自分超嬉しいっすよー…。ぜひお手合わせ願いたいっすよー。だって幽霊ってー、空気みたいにとらえどころがなくって、物理攻撃とか間接技とか全然効かないんでしょー?そんな相手、どうやって戦えばいーんだー、どうしたら倒せるんだーって、もう考えるだけでわくわくしてきちゃうっすよ。しかも『呪い』とかそーゆーよくわかんない魔法みたいな力で、相手のこと殺せちゃうんでしょー?なんすかそれ、すっげー強敵じゃないっすかー。ぜひ会ってみたいっすよー……」

 ヨツハはふふーんと笑う。

「でも、かなたちんの『アレ』は……そーゆーのとはちょーっと違うんじゃないっすかねー。ま、少し変わった二重人格の症状の一種、みたいな?催眠術ってのは確かにスゲーっすけど、別にそれは普通の人間でも出来る人はいるしー、変身能力ってのも、人の頭の中を操作して今見ている物を誤認させるって考えれば、催眠術の応用っしょー?仕組みが分かれば負ける気がしないっすしー…、どっちにしろ怖いとかは感じないんすよねー……」

「貴女ならきっと、そう言うと思ったわ。わたくしも全く同じ考えだもの……。わたくしだってもし本当の幽霊に出会ったら、やってみたい実験が沢山あるわ。幽霊という現象の謎を、科学的に解明出来たなら、世界がひっくり返るものね…………。じゃあ……」イクは少し笑いをこらえながら言う。「ぷぷ……琢己先生は……?」

 一瞬驚いた顔をするヨツハ。

 だが、すぐにそれは破顔した。

「ぷっふふふーっ!じょ、冗談きついっすよー!アレは問題外っっ!全然そーゆーのと違うじゃないっすかー!つか…アレは単純にかなたちんの興味ひきたくて、真似してるだけじゃないっすかー!?だって自分、前に琢己せんせーの体に触ったことあるっすけど、中には一人しか入ってなかったっすよー!?」

「ぷぷ……ごめんなさい。下らない冗談だったわね…。まああの先生も、何をしでかすかわからないという意味では、ある意味恐怖なのだけれど……あははは…」

「イクちん、ひっでー……ぷふふふ……」



 ひとしきり笑うイクとヨツハ。しかし、それに飽きるとまた真剣な表情になって、頭を抱え始めた。

「ああ、だめね……脱線しちゃったわ」

「結局、幽霊が実在してもしなくても、自分らはそれを怖がったりなんかしない。出来ない。だから自分らには………怖い話なんてものが、理解出来ないんすよねー………」


 二人は同時にため息をついた。

 いつもならノリノリで話が進み、三十分とかからずに終了する企画会議が、今回に限っては、もう一週間近くも、毎晩夜遅くまで考えてもほとんど何も決まっていない。そのため、今の彼女たちは相当焦っているようだった。


「じゃー、もーいっすよー…」

 ヨツハはついに限界を迎え、開き直ってしまった。テーブルの上に置いてある怪談本をパンッと一回叩く。

「この本の通りのこと、まるまるそのまんまを、おじょー様に言って聞かせればいーんじゃないっすか?どーせおじょー様なんて、今まで生きてきてこーゆー本とか映画とか、軒並み避けてきてるんすから。ホラーに対する耐性なんかないんすから。世間的には使い古されすぎてて、今更感ばりばりな話を聞かせるだけでも、普通に怖がってくれるっすよ。……それで、夜とか一人じゃ寝らんなくなっちゃって、高校生にもなって、『今夜、一緒に寝てくれない?』とか言っちゃったりして……」

 自分で話している途中で、その光景を想像してゴクリと唾を飲むヨツハ。イクの方も同じことを考えて、思わず顔を赤くして目を泳がせた。


「そ、そうね…」

 イクは慌ててそれを誤魔化す。

「そ、それがいいかもしれないわね……。ええ、それだったら、わたくしたちに恐怖というものの意味が分からなかったとしても何の問題も発生しないわっ。そ、そうしましょうっ」

 彼女は慌てるように早口でそう言って、この企画会議を終了しようとした。だが、途中で何かを思い出して、口ごもる。


「でも……ちょっと待って……」

「なんすか?」

「確かにその本のまま、どれか適当な話をそのままお嬢様に話して聞かせれば、大抵の場合うまくいきそうな気がするわ……。だって、怖い話なのだものね…。一般の方たちにとっては、これが『怖い』として受け入れられている話なんだもの…。でもわたくし、実はこの話の中でどうしても気になるところがあるのよね……」

「……?」

 イクはその本をヨツハから受け取ると、ぱらぱらとページをめくってその本に載っている話のいくつかを確認する。そして、「やっぱり…」と何かに納得したような顔をして、その本の一部分を指さしてヨツハに示した。

「この本に記載されている怖い話の多くが、『これは、私の友達の友達の話なんだけど』で始まるのよ…。これが、どうしても気になってしまってね」

「え?だってそれは………あ、そっか……。確かに、それヤバいかもしんないっすね……」

 イクの言っていることを理解したのか、ヨツハもうなづく。

「もちろん、そのセンテンスの意味が分からないわけじゃないわ。それに、怖い話という文脈におけるその役割も、わたくしは分かっているつもりよ…」

「役割っつーのは、あれっすよね?つまり、ただの友達とか知り合いとか、身近過ぎる人の話にしちゃうと、嘘があったらすぐバレちゃうから、どうしても話を大きく展開しづらい。逆に全然知らない人の話だと、今度はそもそも信憑性がなくって全部嘘っぽく聞こえちゃう。だから、『友達の友達』ってゆー、絶妙に近からず遠からずな人が経験した話とかにしたほうが、いわゆる怖い話の怖さを引き立たせることが出来るってことっすよね?」

「そうよ……。それは別にいいのよ。そういった、言葉の機能的な意味なら、怖いという感情がないわたくしにも分かるの。だけどね、問題はその意味じゃなくって、もっと単純なことで………」

 イクはいたって真面目な顔で言った。

「……そもそも普通の友達すらいないお嬢様に、『友達の友達』なんていう高次元の概念が理解できるかしら?もしかしたら、わたくしたちがこの本を参考に怖い話を聞かせても、『友達の友達』なんて言葉を聞いた時点でお嬢様の頭がショートしてしまって、それ以降の言葉が入ってこない、なんてことになってしまわないかしら…?」

 ヨツハは何度もうなづいている。

「あり得るっすね……だって、ある意味入れ子構造っすもんね……、おじょー様には複雑すぎるっすよね。『友達の友達……?わたしの友達をAさんとして、その人の友達?あ、あれ?それってわたしのこと?』とか言い出しそうっすよね……この言葉一つで、今回の企画が一気に台無しになりそうなリスクを持ってるっすね……」

 同じように難しい顔を作るイクとヨツハ。二人はしばらく考え込んでしまい、無言になった。


 やがて、イクは重々しい雰囲気を醸しながら口を開く。

「仕方ないわ、この言葉は別の言葉で差し替えましょう……。お嬢様を怖がらせる、という目的を達成するには、それが一番リスクの少ない方法だわ……」

「そっすね……」

 ヨツハも同意する。イクは安心して「ふう」と息を吐き、まとめに入ろうとした。

「じゃあ、そういうことで……」

「あ、ちょっと待ってほしいっす!実は、自分も気になっているとこがあってっすね……ここなんすけど……」

「あら、本当だわ。それも直さないとね……じゃあ、ここをこうやって………いえ……、もういっそ、こうやってしまえば手っ取り早くないかしら…?」

「おおー!良いっすね!そっちの方が絶対怖いっすよー!じゃー、じゃー、ストーリーも全体的にこーしてみちゃったりしてー………」

「ヨツハ貴女……天才なんじゃないの?たった今、Jホラーの新たな一ページを開いたわよ?わたくしも負けてられないわ……じゃあ、ここをこんな風に……」


 そんな風に、結局その企画会議はそれからさらに数時間続いた。

 そして……。


「出来たわ……」

「出来たっすね……完璧っすよ……」

 室内に日の光が差し込み、小鳥が朝を告げるころ、その部屋には完成した『怖い話』を満足げに見る二人の姿があった。





 次の日の夜。


「ど、どうしたの二人とも?話があるって言っていたけど一体……って、ていうか、なんだかこの部屋、ちょっと暗いみたいなんだけど…、て、停電かしら…」

 風呂からあがって髪を乾かした後のパジャマ姿の百梨を、二人は自分たちの部屋に連れてきていた。部屋は今は照明を全て落としてあり、テーブルの上に立てられた無数のローソクのみが、百梨と二人のメイドの顔を揺らめきながら照らしていた。


「お嬢様にお聞かせしたいお話というのは………実は……」

 イクは、十分に勿体ぶってから、満を持して例の話を始めた。


「これは、わたくしの友人に憑りついている幽霊から聞いた話なのですが……」

「……え?」

「ある日、その幽霊がいつものように夜の帰り道を、一人で浮遊していたときのこと………」

「ちょ、ちょっと待って……え?な、何の話、これ?いきなり幽霊とか言っちゃってるけど、大丈夫?」

「その道は人通りが少なくて、いつもは他の幽霊が浮遊しているところも、自縛しているところも見かけることはなかったのですが、その日は何故か………」

「こ、怖い話のつもりなの……?だ、だとしたら導入からして斬新過ぎない!?」


 ………


「……ふと、その心霊写真を見ると、人間の肩に手をのせているその幽霊の肩に、誰か別の幽霊の手が………」


 ………


「……その幽霊がTVの画面から這いずり出てきたとき、ゾクッと背後に視線を感じて振り返ると……画面の中には、別の幽霊の姿が………」


 ………


「……そして最後には、その幽霊Bの呪いによって………幽霊Aは…………生き返ってしまったのですっ!」


「へ、へー…そう……」

 話が終わり、自信満々で百梨の顔を覗き込むイクとヨツハ。だが、当の百梨はただ苦笑いを浮かべているだけで、怖がっている様子は皆無だった。

「そ…それは、よかったわね……。え、え……っと話は終わりかしら…?そ、それじゃあ失礼するわね……。二人とも、おやすみなさいね…」

 彼女はそう言って、スタスタと二人の部屋を出ていってしまった。



 取り残された二人は、お互いの顔を見合わせる。

「わたくしたち……もしかして失敗したのですかね……?」

「……っすね」

 そして、昨日よりもさらに大きなため息をついた。


 二人はその日、『深夜のテンション』で考えごとをしてもろくなことにはならない、ということを思い知らされたのだった。

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