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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
09章 Both sides now
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09 side-A 5

 生きることをあきらめて、存在することをあきらめて、『偽物』の人格として、消えることを選んだ私……。

 もう、全部終わったんだ…。

 私という存在は、完全にいなくなって……。


 ブブブ……ブブブ……。


 …のはずだったのに、勉強机の上に置いてある携帯のバイブ音が、意識を消そうとしている私を邪魔する。


 ブブブ……ブブブ……。


 うーん……。いや、あのね…。


 ブブブ……ブブブ……。


 今、いいところだからさぁ……ほら、こういうときって、ムードとか大事じゃん?だから、早いとこ切れてくれないかなぁ……って。


 ブブブ……ブブブ……。


 んもぉう!何なんだよ、っるさいなぁ!静かにしてよぉ!これじゃおとなしく眠れないじゃんかぁ!


 ブブブ……ブブブ……。


 い、いや!てか、眠るんじゃなくって、消えるんだからねっ!?むしろ永遠の眠りっていうか……。もう、そんなのどっちでもいいよっ!それよか、今いい感じで私が『最期』を迎えてるんだからさっ!邪魔しないでって話よ!何なのっ!?空気読めないなあ、誰だよ全く!

 私はいらいらしながらベッドからおりて、携帯をわしづかみにした。


 あ、オンちゃんじゃん………。

 携帯のディスプレイに映ったその名前を見た途端、あの、女の子っぽくって可愛くって、甘ったるくてふわふわした、オンちゃんの笑顔が頭の中に思い浮かんで、いらいらが消えてしまう私。


 そっか……、電話くれたのオンちゃんか…。じゃあ別に、邪魔とか思ったりしないけどさ…。


 でも……。

 でも私、やっぱり……オンちゃんと話せるような、そんな気分じゃないんだよね……。てか、もう消えるからさ…今更オンちゃんと何か話したって……。


 ブブブ……ブブブ……。


 ……。

 だいたい私、今の今まで、オンちゃんのこと忘れてたんだよ?『最期』だっていうのに、オンちゃんのこと、考えもしなかったんだよ…?そんな薄情な私が、今更話すことなんて……。


 ブブブ……ブブブ……。


 ………。


 ブブブ……ブブブ……。


 ………。


 ああー!もうわかったよぉ!でればいいんでしょ、でれば!?

 いつもはメールばっかで電話なんてめったにかけて来ないくせに、こんな時だけなんなんだよぉ!?どうせ大した話じゃないんでしょ!?適当に話して、さっさと切るからね!そんでもう消えちゃうんだよ、私わっ!


 ブブブ……ブ。

 私は手のひらの上で小刻みに震えていた携帯の通話ボタンを押した。


「…はい」

「あ、ミオちゃあん?もしかして寝てたああ?ごめえんねえ?」

「い、いや…。まあ、寝てた……けど」

「ほおんとお?ごめえんねえ?」

 電話の向こうから聞こえるのは、全然申し訳なさそうには聞こえない、いつも通りの甘ったるくてけだるい語尾の伸びた声。

 てか、こんなときでもやっぱり可愛いな、オンちゃんは……。こんな女の子女の子してて可愛いんだから、きっとしょっちゅう男子から告られたりしてんだろうな…。誰かに必要とされてんだろうな……。

 ……まあ、本人は男なんかには興味ないみたいだけど。


「それでさああ、今日これからってえ、暇あるかなあー?実はあー、お母さんからケーキバイキングのタダ券もらっちゃってえ…」

 でも、オンちゃんが人気あるのなんて当たり前だよ。オンちゃんは、私とは違うもん……。すっごいいい子なんだから……。

 だってオンちゃん、こんな私なんかのことを好きとか言ってくれてるんだよ?こんな、みんなからうっとおしがられてる『偽物』の私のことをさ…。ほんといい子だよ…。私なんかにはもったいない。もうすぐ消えちゃう、私なんかには……。


「ごめん……。今日はなんか…、外に出る気分になれなくって……」

「あ、ほんとお?じゃあさあ、これからミオちゃんの家に行っていいかなあ?」



 ……食い下がるね。


 でもさ、それでもやっぱりオンちゃんには会えないんだよ。だって、私はもうすぐ消えるんだから。消える直前に会ったのが自分だなんて知ったら、きっとオンちゃん気まずいもんね。自分のせいで私が消えちゃった、なんて思わせちゃったら、気ぃ悪いもんね。

「…ご、ごめん。今日はちょっと………」

「そおなんだあ?ざあんねえーん!」

「うん、そういうことで…。じゃ…また…」


 それじゃあね…オンちゃん。私なんかのこと、好きになってくれてありがとうね。きっとオンちゃんなら、これから普通に幸せな人生が送れるよ。だからさ、私のことなんかさっさと忘れて………。

 私はゆっくりと耳から携帯を離して、通話切断ボタンを押した……。



 押したのに……。

「ミーオちゃんっ!」

 突然部屋の外から、電話の続きみたいな可愛らしい声が聞こえてくる。急いでカーテンをあけて、窓から身を乗り出す私。家の前には、もう通話が切れている携帯を耳に当てたまま、こっちに手を振る女の子がいた。ていうか……。

「やっぱり来ちゃったあ!」

 ていうかオンちゃん、私の家の前で電話してたわけね…。



 呆れている私を全然気にしないで、家の外でオンちゃんは続ける。

「ミオちゃーん!わたしねえ、ミオちゃんのことが大好きなんだよおおー!」


 …オンちゃんあなた、近所迷惑って知ってる?周囲にバッチリ聞こえるくらいのそんな大声出しちゃって…。ご近所の皆さまに丸聞こえだからね?それどころか一階のお母さんたちだって、何事かと思ってびっくりしちゃうよ…。

「わ、分かったからオンちゃん…とりあえず中入ろう?ね?じゃないと、怒られちゃうの私だから……」

 でも、オンちゃんはやっぱりそのまま続ける。

「ミオちゃん!わたしねえ…ミオちゃんのことが好きい!これからも、ずっとずっと好きだからあっ!」


 オンちゃん…全然私の話聞いてくれないし…。普段から結構非常識って言われる私だけど、オンちゃんも大概だよね…。

 大体さ、そんなこと言ったってダメなんだよ。だって、私は今でもずっとかなたのことを……。


「何があっても!ミオちゃんのそばにいるからねえ!よお子ちゃんじゃなくって、ミオちゃんのそばにいるからねえっ!」


 ありがとうね…。でもさ、多分そんなの意味ないんだよ…。だって、だってさ……。


「困ってる事があるなら言ってねえ!?ミオちゃんのこと、わたし見捨てたりしないからあ!…わたしなら、ミオちゃんを悲しませたりなんかしないからあ!」


 私がかなたのこと好きな時点で、そんなの全然無意味なんだよ…。オンちゃんの気持ちは嬉しいけどさ、それでも、オンちゃんは私なんかのことさっさと忘れて、次の恋を探したほうがいいよ、絶対……。

 私だってわかってるくらいなんだもん。そんなのオンちゃんだったら、とっくに知ってるはずでしょ?なのに、なのにどうして…。


「ミオちゃんは、悲しんでちゃダメなんだからあ!優しくって、みんなを笑顔にしてくれるミオちゃんは、幸せにならなきゃダメなんだからあっ!だから、ミオちゃんを悲しませる全部のものから、私がミオちゃんを守ってあげるからあ!」


 案の定、私の家の前で笑顔で叫び続けてるオンちゃんを、向かいの家の人が窓から顔を出して険しい表情で睨んでいる。たまたま通りすぎた小学生位の男の子たちが、クスクスと笑いながらオンちゃんを指差している。


 ねえ、どうして…。


「ミオちゃんから、いっぱいいっぱい幸せをもらったからあ!わたしもミオちゃんにその何倍もお返しするよお!それまでは、わたしミオちゃんのこと諦めたりしないから!ミオちゃんのこと、ずっとずっと好きで居続けるからあ!」


 どうして、オンちゃんはそんなことが言えるの…?

 オンちゃんは、私がかなたが好きって知ってるでしょ…?私を好きになっても、意味ないって知ってるでしょ…?そんなことしても、何にもならないって…。


「だってわたし、ミオちゃんのこと好きなんだもん!ミオちゃんのこと、好きで、好きで、好き過ぎるから、だから好きなのお!ミオちゃんのことが好きだから、ミオちゃんのことずっと好きで居続けられるのおっ!」

 何それ……。全然、日本語おかしいよ……。そんな、そんなのってさ……。


「だからミオちゃんは、ずっとそのままでいてね!ずっとずっと、今のミオちゃんでいいんだからね!わたしが好きな、今のままのミオちゃんでいてね!」

「そんなの……、ずるいよ…」

 ずっと黙っていた私は、そこで微かな声を出した。二階にいる私のそんな声が、家の外まで聞こえるわけないのに、オンちゃんはそこでニッコリと笑った。


「ミオちゃんが好きっ!」

 そして、もう何度目かわからないその言葉を、はっきりとまた言った。

「ミオちゃんが好き!ミオちゃんが大好き!好きだよっ、ミオちゃん!」

 しかもそれを、さらに三回も繰り返した。我慢出来なくなっていた私は、無意識のうちにそれに負けない大声で返しちゃってた。


「私はかなたのことが好きなのっ!」



 今では、私のその想いはもう確信になってた。


 全部が『偽物』で作り物の私の中で、その想いだけが、唯一嘘をつくことが出来ない部分だ。それはつまり、伊美よお子が持ってなくて伊美澪湖が持っている、唯一の部分。持ってても何の意味もない、余計な部分……。

 それがあるから、私はかなたにうっとおしがられてる。オンちゃんを悲しませてる。完璧なあいつはそんなことしないのに、『偽物』で、不完全な私はそんな気持ちがあるせいでみんなを傷つけてるんだ。

 そんな気持ちがあるせいで、私は『偽物』なんだ…。


 ずっとしゃべり続けていたオンちゃんは、そこでやっと黙ってしまった。

 私も、その先に続ける言葉なんてない。

 辺りは急に静かになった。



 オンちゃんもこれで、やっと分かったでしょ?

 どれだけ好きになってくれたって、どうせ私はその気持ちにこたえることなんか出来ないんだから、そんな気持ちには全然何の意味もない……。

 それが分かったでしょ、って思ったのに……。


 でも、オンちゃんは変わらず笑ってこっちを見ていた。そして声を絞って、口だけを動かして、もう一度、その言葉を言った。




 それでも大好きだよ、ミオちゃん。




 その瞬間、私はオンちゃんから目が離せなくなった。

 オンちゃん以外の、部屋の壁も、家も、道路も、全部全部見えなくなって、真っ白な空間にオンちゃんと二人きりでいるような感覚になった。

 オンちゃんの気持ちが、手に取るようにわかるような気がした。私の気持ちが、包み隠さずオンちゃんに伝わっているような気がした。お互いの心臓の鼓動さえもはっきりと聞こえるような、そんな不思議な感覚の中、離れた場所にいるオンちゃんのつぶやきが、耳じゃなくって頭の中にダイレクトに伝わってきた。



 ミオちゃんがいてくれたから、今のわたしがいるんだよ…。

 ミオちゃんが笑ってくれたから、今のわたしも、笑えるんだよ…。

 だからミオちゃんがいる限り、これからもずっと、わたしはミオちゃんが大好きなんだよ…。


 そんなの、当り前なんだよ……。




 瞬間、私の目の前がパアッと開けた。




 頭の中にかかっていたモヤが、強い風が吹いて一瞬で全部飛んでいってしまったみたいな。同時に、真っ白だった空間が途端にカラフルに色づき始める。まるで絵具箱を踏んづけて、チューブから色が飛び出したみたいな。チューリップのお花畑に頭から突っ込んだみたいな。前よりもずっと色鮮やかに、生き生きと世界が輝き始めたみたいだった。


 不思議な感覚から目覚めた私が、ぼうっとした気持ちのまま部屋の窓から下を見下ろす。するとそこには、さっきと変わらず、優しくにっこりと私に笑いかけるオンちゃんがいた。




 ……なあんだ。


 そこで私は、やっと分かったんだ。

 今までずっと、分かってなかったのは私のほうだったんだ。


 オンちゃんは、こんな私にずっと笑いかけてくれていた。優しくて、暖かくて、私を包み込むような微笑みで、ずっとずっと私を励ましてくれてたんだ。何でもできるよお子じゃなく、でき損ないの、『偽物』の私のことを、ずっとずっと好きだって言ってくれてたんだ。

 私が好きなのは、かなたなのに…。オンちゃんの気持ちにこたえられないって言ってるのに、そんなの関係なく……。


 ほんと、バカだなあ私……。

 自分のこと、作り物の嘘の人格とかいって、消えたほうがいい、とか言ったりして……。


 そんなわけないじゃん…。

 こんなに私のことを好きでいてくれる人がいるのに、嘘なわけないじゃん…。ただの作り物が、誰かにこんなに好きになってもらえるわけ、ないじゃんか…。



 私は私で、あいつとは違う……そう、なんだよね。


 最初っから、分かってたつもりだったのに。私ほんとは、何にも分かってなかったね…。

 私が私であること…。私が確かにここにいるってこと…。

 私のことを好きでいてくれる人がいるんだから、そんなの、疑う必要なかったんだよ。

 ありがとうオンちゃん……。オンちゃんのお陰で、私、やっとそれに気づけた…。


 偽物だとか、本物だとか、もうそんなのどうだっていいよ。私は確かにここにいて、誰かの気持ちを動かすことが出来る。誰かに私のことを考えてもらうことが出来る。

 それだけでいい。私が生きていく理由なんて、それだけで十分だよ。

 私もう、迷ったりなんかしないよ…。




 ねえ……かなた、知ってる?

 『好き』って、こんなにすごい力があるんだね…。一方通行でも、叶わない気持ちでも、全然無意味なんかじゃ、ないんだね…。

 もし、かなたが知らないんだったら私、かなたに教えてあげたいよ……。


 ねえ……かなた……。

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