07 side-A 4
「…あ、あのね、かなたっ!わ、私っ、実は……!」
電話は切れていた。
私は途端に手の力が抜けて、電話を床に落としてしまった。
そっか…。そうだよね…。
かなたはいつだって、私のことうっとおしがってたもんね。
私がもともと存在してなかったかもしんない、ただの作り物の、『偽物』だったかもしんない、なんて話聞かされたって、そんなの全然興味無いよね…。
バカだなぁ私…。一回キスしてもらったくらいで舞い上がっちゃって…。彼女になれた、とか、友達になれた、なんて思い込んで…。
かなたにはかなたの悩みがあって、私のくだんない二重人格のことなんて、いちいち考えてる暇なんて無いに決まってるのに…。
でも…。
それじゃあクリスマスの日、どうしてかなたは私に、キスしてくれたの…?
私のこと……伊美澪湖のこと、認めてくれた訳じゃ……なかったのかな…?
ああ……ダメだね…。
多分かなたへの私の気持ちは、嘘じゃないよ。
曖昧で、『偽物』っぽい私の中でも、それだけは本物だって、そんな気がするんだ私……。
でも結局、それが一方通行でしかないなら、きっと意味なんてないんだよね…。私がどれだけかなたのことが好きだって、その気持ちがかなたに届かないんだったら、それって無いのと同じだもんね。
私が居ないのと、同じだもんね。
ごめんねかなた、いきなり変な電話かけちゃってさ。
でも多分、ううん……きっと。さっきのが『最期』だよ。
二重人格ってさ、元々の人格じゃ出来ないことが何かあったから、人格を二つとか、三つとかに分裂させて増やしちゃうんだってね。メインの人格に代わって、その出来ないことをやってくれるサブの人格を作っちゃうんだって。
昔、一応調べたんだ私。二重人格のことを、いろいろとさ。
きっとその出来ないことってのが、メインの人格だけで全部出来るようになるとか、サブがやる必要がなくなったりすれば、二重人格でいる必要がなくなる。きっと、二重人格は治る。
なったすぐの頃どうだったかは覚えてないけど、少なくとも今、あいつに出来なくって私だけが出来ることなんて、何もないんだよね。だってあいつは、なんでもできちゃうから……。
だから……、だから実のところ、もう私には存在意義なんてないんだろうね……。
きっと私が「やーめた」って言えば、それで私っていう『偽物』の存在は消えて、元々のメインの人格一つに戻るんじゃないかな…。
それでみんな、きっと幸せになれるんじゃないかな…。お父さんもお母さんも、かなたも……。
私は席を立って、二段ベッドの上の段に上って寝っ転がる。そして覚悟を決めて、目をつむった。
私はもう目覚めない。次にこの体で目を開けるのはあいつ、この体のもとの持ち主、伊美よお子だ。
伊美澪湖っていう人格は、もうこの世から消えるんだ。
瞼の裏には、ただただ一面真っ黒の暗闇が広がっていて、まるで宇宙の真ん中に放り出されたみたい。
今までに経験したいろんな出来事がよみがえって走馬灯みたいになったら、それってすごくロマンチックだなって思ったけど、まあしょうがないのかも。みんなにウザがられてる私には、こういう味気ないのがお似合いなのかもね。
……でも時々は、「あ、そういえば昔、澪湖なんていう人格がいたよね」なんて、思い出したりしてくれたらうれしいな。
じゃあね…。バイバイみんな。
かなた、ありがとうね……。さよなら……ね。
だんだん意識が遠のいていく……。
私という存在が……薄まって……溶けて……曖昧になっていく……。
本当に……、きっと……これで………。
そのときの私は、無意識に涙を流していた。




