04 side-B 2
「どう、学校?なんか、変わったとこなんだってね?カナちゃんが今行ってるとこって」
励歌は慣れた手つきでピンクの細長いタバコの箱をバッグから取り出して、その一本を口にくわえる。だがすぐに、「あっ、ごめん」と言ってそれを戻した。
「吸えば?そのために、喫煙席にしたんだし…」
「ううん、大丈夫。つい癖でやっちゃっただけだから」
何の感情もこもっていないかなたの声。励歌はわざとらしく周囲を見回してから、「なんか、ここうるさいね?場所かえよっか?」と言って、携帯を取り出して何かを調べ始めた。
「用って、何?」
あくまで気のない素振りのかなたは、励歌の言葉を無視して先に進めようとする。
「え、っと…」
口ごもる励歌。
かなたをよく知る彼女には、その態度が、かなたの本心から来たものではないということがよく分かっていた。だからかなたではなく、むしろ彼女にそんな風な態度を取らせてしまっている自分に対して、腹立たしさを感じた。
「うん」
小さくうなづいて、励歌はしっかりとかなたに目を合わせる。
「あたし…あたしね…、カナちゃんと、ちゃんと話したいって思ったの。だから、カナちゃんと会いたかったの。呼び出すようなことしちゃったの」
「別に、今更話すことなんて………」
手を伸ばして、かなたの手を取る励歌。かなたは一瞬ひるむ。
「あたし、今から自分で勝手に言いたいこと言うからね?聞きたいこと、聞くからね?だけどカナちゃんは答えたくなかったら答えなくていいし、帰りたくなったら帰っていいからね」
一方的なのに、不思議と相手に嫌な印象を与えない、独特の話し方。励歌はほとんど無意識に、高校時代からずっと続けているキャバクラバイトで培った、そんなテクニカルな話し方をしていた。
「ねえカナちゃん…」励歌は呟くように言う。「カナちゃんは…、母さんのこと嫌いなの…かな?」
瞬き一つしない励歌。かなたはその眼差しから、逃げることが出来ない。
「嫌い……って言うか…」
「うん」
「嫌いなわけじゃないよ……別に……」
だから自然に、本心を口走ってしまっていた。
「よかった…」
励歌は視線を外し、大きな窓ガラス越しにファミレスの外の通りを見る。
「母さんもさ、カナちゃんのこと今でも大好きみたい。カナちゃんのこと、いっつも気にしてるんだよ。もうしょっちゅうあたしにカナちゃんのこと話してくるしさ…、なんかあるたびに『かなたはどうしてるかしらね』とか『こういうの、かなた好きだったわね』なんて言って…。そうそう、去年のクリスマスの時だってさ、結局朝までずっと……あ、違う…えと…」
思わず励歌は言うつもりのなかったことまで言いそうになった。
かなたの胸が、チクリと痛む。
「か…、母さんは、ほんとはもちろん、カナちゃんと一緒に暮らしたいと思ってるみたい。でもね、そうじゃなくっても、それでもいいとも思ってるみたい」
胸の痛みは、どんどん拡大していく。
「カナちゃんが一番幸せなら、それが自分にとっても一番の幸せなんだってさ。すごいよね。それが親の愛ってやつなのかなあ……」
ぼそりと「あたしはダメだな……一緒じゃないと、嫌なんだよ…」と呟く励歌。その一瞬だけ、彼女の話術はどこかに消えてしまっていた。そのときそこにいたのは、かつて一緒に住んでいた時にかなたがよく見ていた、わがままで可愛らしい、年の近い姉でしかなかった。
だが、すぐに励歌は元に戻った。
「母さんがその気になれば『あの時』、法の力で、カナちゃんをあの人から引き離して自分のところに連れてくることなんて、簡単に出来たと思うよ。ううん、多分今でも、その権利は残ってるんだと思う。でも、これまでも、これからも、母さんは絶対そんなことはしないの」
とうとう胸の痛みは抑えきれなくなり、かなたは目を閉じて胸を強く抑えた。心の中では、かなたを心配した荊が何度も声をかけているのだが、かなたは答えない。もちろん、励歌がそのことに気付くこともない。
「カナちゃんがあの人と…、父さんと一緒にいたいって言うんなら、そっちの方がいいっていうんなら…。そうするのがカナちゃんの中の『正しさ』と違反しないっていうんなら、それはそれでいいやって、母さんはそう言ってるんだね。カナちゃんが好きなようにしていいよって、そう言ってるんだよね。……あたしも、そう思う……だからそれに従うよ。だって、カナちゃんの人生だもの。何をするかは、カナちゃんが自由に選んでいいんだからさ…………でも」
かなたはもう、励歌の目を見ることが出来ない。彼女の次の言葉を、聞きたくないと思った。
でも、励歌は変わらない調子で言葉を続けた。
「カナちゃんはどうして……、父さんのことも避けているの?『あの時』、母さんじゃなく父さんを選んだのに、どうして今、父さんのことを嫌いになっているの?一人きりで…一体何と戦っているの?」
「ご、ごめん……」
かなたは勢いよく立ち上がると、トイレに向かって駆け出した。
励歌はさみしそうに息を吐き、タバコを一本取り出して火をつけた。
※
「か、かなたちゃんったら、彼女さんのことを『姉さん』だなんてっ!姉妹プレイですかっ!?年上好きですかっ!?こ、これは俄然、私にも可能性が出てきたってことじゃないですかー!?」
隙をついてヨツハの拘束から逃げ出した詩歌は、突っ込みどころ満載の台詞を大声で叫んだ。
幸いにして、同じ瞬間に店内の反対側で鬼ごっこをしていた子供が食器を割って、盛大な破壊音をたてたおかげで、その声がかなたたちの耳にまで届くことはなかった。ヨツハはすぐにもう一度詩歌を拘束した上で、今度はしっかり首を絞めて、一秒とかからずに彼女の意識を飛ばしてしまった。
「てゆうかあ、あれ絶対ただのお姉さんだよお……。わたしもお、帰っていいかなあ……」
音遠は退屈そうにテーブルに突っ伏しながら、ストローの包み紙に水滴をたらしてふやかしたりしていた。
詩歌を絞め落としたヨツハは少し腑に落ちないことがあるらしく、励歌のことを見つめながらいぶかしげな顔を作っていた。
「……どうして、別居してるはずのかなたちんのお姉さんが、かなたちんとお父さんの不仲を……知ってるんすか……?」




