07
姿かたち、髪形も格好もさっきのまま。にもかかわらず、その雰囲気はいつものかなたとはまるで違っていた。もう、さっきまでのボーイッシュで親しみやすい少女の面影はどこにもない。獲物を狙って殺気を隠しているような、緊張感のあるオーラを発した別の生き物がそこにいるだけだった。
そのときの詩歌がよほど注意深ければ、若干目がツリ目になっているのと、さっきはこげ茶色だった瞳の色が紫に変わっているという物理的変化を、見つけることが出来たのかもしれない。だがそれがわかったところで、そんなことにはほとんど意味がないのだろう。とてもそれだけでは説明がつかないほどに、そこにいる人物の印象は一変してしまっていたのだから。
「え?え?え?……か、かなたちゃん……じゃない……?」
その豹変ぶりに怯えはじめる詩歌。何度か見たことのあるはずの澪湖も未だに慣れることが出来ていないようで、若干後退りして警戒している。
「こ、これが……荊……。入れ替わる、って…?こ、こんなことが……?」
「ああ……」
詩歌に顔を寄せる荊。
「それに、こんなことも出来るぜ…?」
言うなり、詩歌の顔を暖かい風が撫でる。思わず目をつむり、また開く、その一瞬の間に、荊の姿は詩歌と全く同じになっていた。
まるでそこに大きな鏡でもあるかのように、顔も身長も完全に詩歌と鏡写し。ただ詩歌の体が恐怖で震えているのに対して、荊が変身した方は余裕ある態度で不気味に微笑んでいた。
しばらく向かい合う同じ顔の二人。だが突然、まるで何事もなかったかのように、偽物の詩歌は元のかなたの姿に戻っていた。
「…てな感じでさ?あたしと荊は、好きな時に入れ替わったり出来るんだよ。あと、荊は容姿を好きに変えることが出来る。びっくりしたかな?きっと、先生に憑いている『キーちゃん』ってのも、おんなじようなことが……」
荊のそれとはまるで違う、フレンドリーで親しみやすいかなたに戻ったのを見ても、詩歌は簡単には立ち直れなかった。恐怖の表情が顔にはりついてしまったみたいに、かなたへの警戒はなかなか解くことが出来なかったのだ。
だが、段々状況が飲み込めていくと………。
「え……え……?え…?ちょ……、え?い、い、い、今のマジですか!え?キーちゃんも今のやつ出来るですか!?聞いてないですよ!そんなの!」
急に大声でわめき始めた。
「え、何で早くいってくれなかったんですかー、もおう!容姿変えられるってことは、誰にでもなれるってことですか!?そ、そんなの便利過ぎるじゃないですか!美味しすぎるじゃないですか!そ、そ、そしたら…、キーちゃんがかなたちゃんの姿に変身して、エロい格好とか、エロいポーズとかしてもらって、それを写真にとって……い、いや違いますね!動画ですよね動画!業務用のハイビジョンカメラって、どこで売ってるんですかね!?」
よだれを拭いながらまくし立てる。
「ちょっとキーちゃん!何黙ってるです!?やらないとは言わせませんよ!だって私、キーちゃんにこの体貸してあげてるんですからね!?その分のお返しはちゃんとしてもらわないと!ああもう!こうしちゃいられない!今から理事長に有給の申請書出しにいかないとー!これは、明日から忙しいですよー!……あ、あれ?」
そんな詩歌を、かなたと澪湖は軽蔑の眼差しで見つめていた。
「ち、違いますよ!?かなたちゃん本人に何かするわけじゃないから、これはギリギリセーフじゃないですか!?だ、だってだってこういうのって、『私的利用は自由』って言うじゃないですか!だから、だから……」
澪湖はおもむろにポケットから携帯を取り出すと、いくつかのボタンを押下した。
「…あ、すいません警察ですか?あの、とりあえず、至急来てほしいんですけど……はい、なんかすごいヤバいやつが、目の前にいて……」
「ちょ、ちょっとぉー!何でそう言うことするんですかー!」
冗談でも言われたかのように、照れ笑いのようなものを浮かべながら澪湖の携帯を取り上げて、通話を切ってしまう詩歌。
澪湖の方は心底気持ち悪そうな顔をして、すぐさま彼女から携帯を取り返した。
かなたも、詩歌の態度にはすでにドン引きしていたのだが、先程までの体裁もあるので、出来ることならフォローしてあげたいと思っていた。
「へ、変身の件は、置いといてさ…。あたしらは、先生にとり憑いてるやつと話がしたいだけだから……」
しかし詩歌にはかなたのそんな気遣いなど届いていないようで、いやらしくかなたを見回して、舌舐めずりをするだけだった。
「ちょ、ちょっと試しに変身やってみますね……上手くいったら、そのままちょっとお手洗いに行かせてもらいますけど…ぐふっ…ぐふふ…。で、ではではキーちゃん…お、お願いしますよ…!」
そう言って目をつむり、仰々しく両腕を広げる詩歌。そして、すぐに目を開く。
だが、彼女の姿は何も変わっていなかった。
「……あれ?」
詩歌は取り乱し始める。
「あ、あれ?ちょ、ちょっとキーちゃん!?どうしたんですか?かなたちゃんに変身してくださいよ…?で、出来るんですよね…?」
焦りのせいか、落ち着きなく教室を動き回ったりしている。
「え、え?もしかして、変身出来ないんですか?い、入れ替わりも?ホントに!?だ、だってそれじゃあ…!」
「ふぅ……」
かなたは、心の底から安堵のため息をついた。
澪湖の方は完全に白け顔だ。
「てかさあ、これ…。こいつが適当なこと言ってんじゃないのぉ?キーちゃんとか言ってんの、ただのこいつの妄想じゃないのぉ?」
「ち、違うですよ!かなたちゃん、信じてください!私は本当にかなたちゃんと同じ境遇なんです!…た、たしかにキーちゃんには私と入れ替わったりとか、変身は出来ないみたいですけど……」
「だってさぁ…。入れ替わりも、変身も出来ないってことは、私らに悪霊がとり憑いてるってこと、証明出来ないってことだよねぇ?それって、いないのと同じじゃないのぉ?」
「な、何言ってるです!キーちゃんは確かに私の中に……!か、かなたちゃん!し、信じ……」
かなたは詩歌の言葉を遮り、優しく詩歌に微笑んだ。信じてくれたと思った詩歌は、喜びで顔をほころばせる。だが…。
「あ、あのさ……あたしと荊って、ほんとは声を出さなくても、頭の中で意志疎通は出来るんだよ……。めんどくさいから、いつもは喋ったりしてるけどさ……だからさ……」詩歌の肩に手を置き、ゆっくりと首を振った。「あたしたちのマネするなら、人前で声は出さなくて良いと思うよ……?そっちの方が悪目立ちしなくていいしさ…。どこであたしたちのこと知ったのかは知らないけど……あんまり他人の前では、さっきの憑き物ごっこは、やらないで欲しいな…」
「……ご、ごっこ遊びじゃあ…ないです……のに…」
がっくりと膝を落とす詩歌。
澪湖とかなた、そしてちょうど意識を取り戻した音遠は、詩歌を置いて教室を出ていってしまった。
「……今度からぁ…人前であんまり荊の話しないでおこうよぉ……今みたいな変なやつに、また絡まれちゃうよぉ」
「……そ、そうだな……」
「……ねええぇ?なんの話い?……」
だんだん小さくなる三人の話し声を恨めしそうに聞きながら、詩歌は最後にぼそりと呟いた。
「かなたちゃん……私、絶対にあきらめないですから……」




