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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
08章 Here comes a new ………
80/152

04

 その日の最後の授業が終わったことを告げるチャイムが、校舎内に響いている。

 三年生の教室では仲の良いもの同士が集まって、部活の話をしたり、帰宅途中の寄り道の相談をしている。


 その中でただ一人、誰とも話すことなく席に座り、ぼうっと窓の外を見ている少女がいた。


 ウエーブのかかった金髪ツインテールに、目鼻立ちのはっきりした整った顔。本来ならば周囲を圧倒するような存在感を発してもおかしくないような、美しく派手ないでたちの彼女だったが、不思議と今はそうはなっていない。まるで、フルカラーの映像の中で彼女の周囲だけがモノクロになっているかのようで、完全に風景に溶け込んでいて影が薄く目立たない。その場にいてもいなくても、きっと誰にも何の影響も与えない。まるで、そんなことを体現しているよう。

 彼女、千本木百梨はひどく暇そうな顔をして、ただただそこに存在しているだけだった。


 彼女は全く気付いていなかったが、教室のある校舎から中庭をはさんで反対側、50mくらい離れた建物の窓から、そんな彼女の様子を双眼鏡を使ってうかがっているものがいた。琢己詩歌だった。



 千本木高校では、すべての教員に一人一部屋、専用の教員室が与えられる。そのとき彼女がいたのは、その教員室が入っている、教員棟と呼ばれている建物の一室だった。一年生の数学のみ、という非常に限られた仕事しか担当していない非常勤の詩歌にも、例外なくその教員室は与えられていたのだ。


「ふう…初めからこうしておけばよかったですね。ここなら誰にも邪魔されることなく、あいつらの様子を観察することが出来るじゃないですか。く、くふふ……し、しかも二年生のかなたちゃんの教室だって丸見えですよ。これはこれは…なかなかどうして、良い物件ですねえ。理事長も粋なはからいをするものです。明日からは、望遠カメラも持って来ましょうねえ……」

 締め切ったカーテンの隙間からのぞかせていた双眼鏡を二年の教室に向けて、妖しい笑みをこぼす詩歌。二年生は今から一時間程前に既に授業が終わっていたので今はその教室には誰もいなかったのだが、かなたの机を見ているだけで詩歌の心は際限なく高まっていくのだった。


――xx…――

「ああ…、いけませんですね。かなたちゃんならこれからは生でいくらでも見れるのですから。それより今は、かなたちゃんの貞操を狙う犯罪者予備軍たちの様子を……」

 そう言って詩歌は、そばに置いておいたヘッドホンを装着する。そのヘッドホンのコードは小さなラジオのような機械につながれていて、詩歌がスイッチを入れるとノイズとともにかすかに人の話し声が聞こえてきた。

「本当ならば、離れていてもかなたちゃんが私に助けを求める声が聞こえるようにと用意したものですけれど、こんな風に使うことになるとは思いませんでしたよ……くふふ……」




『…お嬢様。お迎えの車が来るまでは、あと五分ほどかかるそうです。それまでどうか、三年になっても相も変わらず誰にも相手にされない孤独をお楽しみください………』

『…そんなのお楽しめないわよ!……って、ていうか、これは別に相手にされてないわけじゃなくって、皆さん部活動とか勉強でお忙しいから…』

『…あれー、おじょー様何してるんすかー?みんなもうカラオケ行っちゃいましたよー?早く追いかけないと………あ、もしかして誘われてな………』




――x、xxx……?――

「盗聴器?もーう、きーちゃん!そんな言い方すると人聞き悪くないですー?たまたまマイク付きFMトランスミッターを電源オンのまま三年生の教室に忘れてきてしまっただけ。そして自室でラジオを聞こうとしたらたまたまそのトランスミッターが送信する音が混信してきた、ってだけですよ?何も悪いことなんてしてませんし、やましいことなんて無いんですよー?」

 明らかに、『発覚した時に言えるように事前に用意してある』と思われる流暢さで言い訳を口にする詩歌。その表情は完全な真顔で、言葉の通り彼女は罪悪感を微塵も感じていないようだった。

――xx……――


 ヘッドホンからまた音声が届くようになると、詩歌の精神は金髪の少女に集中した。

「ふむふむ……。あの金髪がどうやら、この学校の理事長の一人娘、千本木百梨で間違いなさそうですね。母親と比べると全然オーラがないもんだから、最初分かりませんでしたよ…」

――xxxx、xxxx?――

 詩歌は鼻で軽く笑う。

「どうしてあいつをストーキ……い、いえ観察してるか、ですって?だって私の調べによると、あいつも他のやつらと同じように最近なにかとかなたちゃんに近づいて来ているらしいですからね…。きっとかなたちゃんを狙っているんですね…。くっ、金に物言わせてかなたちゃんを籠絡するつもりなんですね!ああ汚らわしい!これだから金持ちってやつはっ!」

 独り言が段々感情的にエスカレートしていき、音量も大きくなる。

 詩歌は深呼吸して、荒ぶる気を落ち着けた。


 彼女の手元には、ありとあらゆる手段を使って調べた、澪湖や音遠たちの個人情報が記されたノートがある。そのノートの千本木百梨についての項目には、「理事長の娘」以外にも、「友達がいない?」、「ノーマル?百合ではない?」、「友達が欲しくて、かなたちゃんに近づいて来ている?」のような疑問形の箇条書きが並んでいた。


「……確かに千本木百梨については、あまり十分な情報を集めることができませんでしたのです。調査をしようとする度に、あいつに四六時中くっついているお付きのメイド二人、七五三木イクと二十六木ヨツハが先回りして口止めしていたり、ちょっかいを出してきたりして……。あのメイドたち、もしかして私が調べようとしているのに気付いて……?い、いや、そんなわけはありませんですよねっ。きっと偶然でしょう。まったく、運のいい金髪ですよ。まあ、それであきらめるほど、私は甘くないですけれどね…くふふ……」



『……お嬢様、そろそろお車が到着する頃です。ご学友との楽しいご歓談も切り上げていただい………あ、最初から歓談してませんでしたね……』

『……貴女分かってたでしょっ!?バカにしてんのっ!?』

『……そんな、滅相もない。わたくしはただ、お嬢様の惨めなお姿を見て失笑を浮かべるのが好きなだけで……』

『……それをバカにしてるって言うのよ!って言うか何よ失笑って!余計たち悪いわよ……』

『……まあまあ、いつものことではないですか……』



 千本木百梨と、メガネをかけたメイド服の少女、七五三木イクが教室を出ていこうとしていた。盗聴器が拾う二人の話し音も段々小さくなっていく。

「あの三人については、もう少し調査を進める必要がありそうですね…。現時点ではまだ……あれ?」

 詩歌の頭に疑問が浮かび、ヘッドホンをはずしかけていた手が止まった。同時に、同じ疑問を口にする百梨の声が聞こえる。



『………そういえば、ヨツハはどこに行ったのかしら…………?』



 先ほどまでは確かに三人そろっていたはずの教室に、今は二人の姿しかない。

「おかしいですねえ?さっきまではあそこにいたはずなのに、日焼けした方のメイドはどこに………え」


 そのとき詩歌は、後ろから頭をぎゅぅっと押さえつけられるような感覚に襲われた。

 特に痛みがあるわけではない。だが、まるで万力のようなもので完全に固定されてしまったようで、首を曲げることも後ろを振り向くこともできず、何が起きているのかを確認できなかった。

「なんですか?きゅ、急に……」

――xx!x、xx…!――



 緊急事態を告げる心の声。だが、『相手』はあくまで穏やかに、ふざけたような口調で言った。


「自分、空き缶ってー、持ってると無っ性につぶしたくなっちゃうんすよねー…。特に意味とか無いんすけどー、電話してる最中に無意識に変な落書きしちゃうみたいな感じでー、ジュース飲み終わった後に手でもて遊んでるうちにー、…こう、エイってな具合でー、気付いたら手でつぶしちゃってるんすよー。さっさと捨てればいーってことはわかってるんすけどねー…。せんせーは、そういう事無いっすかー?」


 詩歌は気付いてしまった。先ほどから自分の頭を押さえつけている万力のようなものが、実際はただ、誰かが後頭部に手のひらを当ててアイアンクローのように押さえつけているだけだということ。そして背後から聞こえる声から、その誰かとは他でもない、先ほど教室にいたはずの二十六木ヨツハだということが。


「最初はアルミ缶。でもー、それだと余裕でつぶれすぎて全然物足りなくって、そのうちスチール缶になるんすよねー。なんだったらー、つぶしたいって理由で、好きでもないコーヒーとか飲むようになったりしてっすねー……」


 詩歌は何が起こっているのかほとんど理解できなかった。ヨツハがいたはずの教室からここまでは、直線距離でも50m。しかし実際には、教室が入っている校舎から出て、教員棟の入口から入って、今詩歌がいる5階の部屋まで上がってこないといけないので、数百mの距離を移動しなければいけないはずだ。とても、自分がちょっと目を離したその瞬間に来れるはずがない。しかも、やはり盗聴には後ろめたい気持ちがあったので、部屋の鍵が確かにかかっていることは何度も確認したのだ。それなのに、彼女は今、自分の後ろにいる。


「まあスチール缶でもー、指五本を全部使うと余裕過ぎて飽きてくるんでー、そのうち指三本だけー、二本だけーとかになってきてー……それも余裕になってきてー……」

「あ、貴女、さ、さっきから一体……?」

 詩歌にはヨツハの話していることの意味は分からなかったが、それが逆に不気味だった。

「最近じゃあ、もっと固いものじゃないと満足できなくなってくるんすよねー。例えば-……」

 詩歌の頭を押さえつけていた五本の指が、少しずつ力を増していく。体にぞくっと寒気が走る。

「骨とかってー、結構固いじゃないっすかー?そんでー、人間の頭ってー、頭蓋骨ー?とかできっちりがっちり包み込まれてるじゃないっすかー。だからー、その固さとかってどんなもんなのかなーって、試してみたくなるっていうかー……」

「ひっ…」

 万力がゆっくりと閉まるように、詩歌の小さな頭にぎりぎりと圧力がかかっていく。

「ちょ、ちょ、ちょっと……と、二十六木さん……あ、貴女っ!う、うそ、ですよね…?そんなこと…」

 ヨツハの意図を理解し始めてきた詩歌。体がガタガタと音を立てて震えはじめる。


「『中』、まだ入ってますー?だったらつぶすのもったいかなーって思うんすけど-?」

「あ、あの……」

「中身空っぽの『空き缶』じゃないのならー、あんまり愚かしいことはしないでもらえないっすかねー?おじょー様のことを監視するようなことはー…」

 ミシっ…。

 その時、まるで詩歌の頭蓋骨にひびが入ったような音が、彼女の頭の内部からかすかに聞こえた。実際には、恐怖による幻聴だったのかもしれない。床がきしむ音を聞き間違えたのかもしれない。だが、彼女の心を折るにはそれで十分すぎた。

「もし、これ以上おじょー様のこと付け狙うよーならー…」

「し、しませんっ!もうこんなことはしません!だから許してっ!」

「ほんとにー?」

「ほ、本当ですっ!絶対本当です!だ、だから…」


 ベコォッ!

「ひぃーっ!」

 何かがひしゃげるような鈍い音。詩歌は自分の頭が空き缶のようにつぶれてしまったのかと思い、悲鳴を上げた。

 だが気付いたときには、後頭部に感じていた圧迫感は消えていた。


 恐る恐る後ろを振り返る詩歌。そこには誰もいなかった。

 ただ、確かに閉めたはずの部屋の入口のドアは数センチほど開けられていて、そのドアの前につぶれたコーヒーの空き缶が転がっていた。




「ふ、ふぅ……」

 ドアをもう一度確かに閉め直し、危険が去ったことを確認してとりあえずの安堵の息をこぼす詩歌。

――xxx、xx…――

「一体、いつから気付かれていたのでしょうか…?しかもほとんど一瞬で教室からこの部屋までやってくると……。二十六木ヨツハ……、人間離れした運動能力を持っているというのは聞いていましたが、これほどとは……。ちょっと調査プランを練り直さなければいけないかもしれませんねえ……」

――x、xx…――


 一度は折れたはずの彼女の心は、ヨツハが去った途端にすぐに復活してきたようだ。彼女のそのゴキブリ並のバイタリティに辟易する心の声を後目に、詩歌はまた不気味な笑いを浮かべた。

「くふふ……。これくらいではめげたりはしませんよ……かなたちゃんと私の間に入り込む障害は、すべて取り除かなければ……」

 ふと、盗聴器の受信機の電源が入ったままであることに気付いて、何気なくヘッドホンを耳にあててみる。

「恋には障害はつきものですからね。だから、あの金髪お嬢様が何を考えてかなたちゃんに近づいているのかわからないうちは、私は決して調査をやめるわけには……」

『お嬢様は美河様に恋愛感情があるわけではありませんよ。ご安心ください』

「いやあ、それはどうでしょうか?あんな魅力的なかなたちゃんに近づくのに、何の下心も持っていないはずが…………あ、あれ?」

『お嬢様には、そのような嗜好はありません。わたくしどもとしましても、琢己様の恋路のお邪魔をするつもりはございませんので、その点はどうがご理解いただけると光栄なのですが』


 詩歌は再び戦慄させられる。

 ヘッドホンから聞こえてくるのは、三年の教室に仕掛けた盗聴器が拾う音声だ。盗聴器なのだから、当然こちらの声が向こうに届いているはずがない。だから、会話が成り立つはずがない。なのに……。


『ところで琢己様?わたくしの勘違いかもしれないのですが、琢己様は、わたくしどもの教室にラジオの発信機のようなものをお忘れになりませんでしたでしょうか?』

「…い、いえ……」

 詩歌はなんと答えたらいいのかわからずに口ごもる。イクは気にせずにつづけた。

『違いましたか?…そうですか。五限目の移動教室でわたくしどもが教室を留守にしていたときに、琢己様が三年の教室にいらっしゃったようでしたので、わたくしはてっきり琢己様のお忘れ物かと思ったのですが…』

 また体の震えが止まらなくなる詩歌。

 それを見透かすように、ヘッドホンの向こう側から七五三木イクの怪しい笑い声が聞こえた。


『…………先ほどのヨツハのと合わせて、これで二度目ですよ。ふふ……三度目は、ありませんよ?』

 次の瞬間、バキィッという破壊音のあと、ヘッドホンからはノイズしか聞こえなくなった。発信機が破壊されたようだった。



――x、xxx…xxx?――

 詩歌は近くの机にあったハサミをつかむと、大慌てでヘッドホンと盗聴器の受信機、双眼鏡を八つ裂きにして破壊した。

「あ、あの三人は問題ないでしょう!かなたちゃんとは無関係ですっ!うん、間違いありませんです。はいっ!」

 そして、もう二度とあの三人には手を出すまいと心に誓うと、逃げるようにその部屋を出ていったのだった。


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