03
昼休み。
受け持った授業を忘れていたことをこっぴどく怒られても、詩歌の気持ちは全く変わってはいなかった。なんとかそのあとは真面目に教師をこなし、その日の数学の授業をすべて終えてやっと自由になった彼女。今は二年生の教室のドアをわずかに開けて、中の様子をうかがっているところだった。
目線の先には、美河かなたと二人の少女が、机を寄せあって昼食を食べている姿があった。
「くふふ……そうやってのほほんとかなたちゃんのそばにいられるのも、今のうちですよ……」
――xxx…、xxxx……――
「あの二人は、一応他の生徒たちからはかなたちゃんの友達、ということになっているそうですけど……はたしてどうなのでしょうね……。あ、ほら!見てくださいよ、あのかなたちゃんの顔!」
教室の中を指さす詩歌。彼女としてはいつも通り『居候』に話しかけているだけのつもりなのだが、はたから見ると独り言を言っている怪しい人物にしか見えない。そんな状態の彼女は他の人たちにとって純粋に迷惑極まりない存在で、実際、教室に入りたいのだが彼女がいるせいでドアに近づけずに、彼女の背後で途方に暮れている生徒もいた。
「ううぅーん……ボォーノ!ボォーノ!オンちゃぁん、今日のお弁当も美味しぃよぉ!もう永遠に食べていたいくらいだよぉ!」
大口を開けて弁当をかき込んだあと、それをまだ咀嚼しながらしゃべり始める少女、伊美澪湖。そのせいで他の二人の机の上にご飯粒が飛んでしまっているが、頭の緩い彼女はそれに気付いた様子もない。
「ほんとお?嬉しいいー!ミオちゃんさえ良かったらあ、わたしが毎日三食ご飯作ってあげるよおー?…その為にはあ、わたしたち一緒に住んだりしないといけないよねえ……うふふふう…」
もう一人のエアリーな茶髪の少女、本前川音遠が、懐からピンクの可愛らしいハンカチを取り出して、机の上に飛んだご飯粒を片付ける。しかも何故か、そのご飯粒を集めたハンカチを大事そうに折りたたみ、食品を冷凍保存するときに使うようなジッパーつきのビニールパックの中に入れて、通学鞄の中にしまい込んでいた。
二人の様子を見ていたかなたは、「うえぇ…」と顔をしかめて首を振る。そして、食欲を削がれてしまったのか食べかけていたサンドイッチをゴミを集めていたビニール袋の中に放り込んだ。
「私の調べによるとあの伊美澪湖……かなたちゃんに告白したことがあるらしいですけど……ふ、ふざけんなですっ!あいつの家には鏡もないんですかね!?自分のことをもっとわきまえろですよ、まったくっ!てめえがかなたちゃんに釣り合うわけねえっつうのですっ!」
――x、xx…xx……――
「ふぅー!ふぅー!」
息を荒げて澪湖をにらみつける詩歌。心の声がなだめているおかげで、なんとか三人のところに突入するのを我慢できているような、ギリギリの状態だった。
「ああ…、イラつくです…。それにあの伊美澪湖、噂では二重人格だとか…。はああ?普通そういうのって、人に隠すもんじゃないです?だってキーちゃん、聞いてくださいよキーちゃん。二重人格のことは、学校でも家でも周知の事実なんだそうですよ?しかもしかも、その別人格の伊美よお子の方が、人間が出来てて周囲からの人望が厚いとか…。ふんっ!なんだそれっ、です。もう、あいつの存在価値ゼロですよ。まったく、意味わかんねえですよっ」
後ろで教室に入るチャンスをうかがいながらおろおろとしてた生徒が、一人でしゃべり散らかす詩歌を見て怯えて、ついに逃げ出してしまった。
「……あとそれから、もう一人のあいつ。あのきゃぴきゃぴした、本前川音遠てやつの方は、なんとその伊美澪湖のことが好きらしいですね…。これもわりと周知の事実ってやつみたいですよ。ちょっと前に、公衆の面前で告白してたとかいう情報も入ってますし。はあ、またですか?この学校どんだけ百合が多いですか?もしかして入学の選考基準それですか、って感じですよ。……というか…………うーん……」
じとぉーっと音遠の方を見る詩歌。その音遠の方はといえば、弁当を美味しそうに食べる澪湖を、とろんとした目で見つめている。
「この世にあの伊美澪湖のことを好きになるような人間がいるとは、私とても思えないです。どうもあの本前川音遠、過去に結構な闇を抱えていたみたいで、それを澪湖によって救われたっていう………、いや、やっぱりこれは無いですね。うん、私の調査が間違っていたんだと思います。じゃあ音遠がどうしてあんな風に澪湖にくっついているのか………理由は一つしかありませんですね……」
――xxxxx……?――
「違いますです……、かなたちゃんですよ。やっぱりあいつも、かなたちゃんの魅力に惹きつけられてるんですよ!それで伊美澪湖が好きな振りしてかなたちゃんに近づいて、隙あらばちゃっかりかなたちゃんに取り入ろうと……!くぅー、忌々しい!ああいうやつは、裏で何考えてるか分かったもんじゃねえですからね!みんなが油断している間に美味しいところをかっさらっていくハイエナなんですよ!ちょっと顔が可愛いからって調子に乗っちゃってっ!ほんと、かなたちゃんのまわりにはどうしてこう変態チックな奴が集まってくるんですかねっ!?私がかなたちゃんを守るために来てなかったら、このままだとどうなってしまっていたことか……」
その時、詩歌の後ろにまた先ほどの少女が現れた。やはり先ほどのようにおろおろと怯えて、詩歌を指さして何か言っている。
――xx…、xxxxxxxxx……――
「ええ?キーちゃん、何言ってるです?私はかなたちゃんを守りにきたですから、こういう風に周囲の人間の身辺調査するのはしょうがないじゃないですか?ストーカー違いますよ?私がストーカーだったら、世界中の恋する女子はみんなストーカーってことに……」
詩歌の背後から、誰かが肩をたたく。詩歌は目線を教室に向けたまま、その誰かの手を乱暴に払う。
「ん?うっさいですね。ちょっと静かにしてもらえます?こっちは今、獰猛な野獣に狙われている美女を助けるのに必死で……」
払った手がまた彼女の肩をたたく。詩歌は苛立ちながら振り返った。
「ああ、もうっ!どうして私の純愛には、次から次へと邪魔するやつが………」
詩歌の目に映ったのは、怒りに震える生徒指導担当教官の姿だった。
「あ……、どーもー……はは」
そこから先は、数時間前と全く同じパターンだった。
生徒指導室に連れていかれた詩歌は、性懲りもなく、これでもかというくらいに徹底的に説教を受け、次におかしな行動を取ったら理事長に報告する、という最後通牒まで突き付けられてしまうことになるのだった。




