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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
※ お嬢様と遊ぼう 04
76/152

ももりん’Kitchen

 太陽の光が優しく射し込む室内。

 見回すと、シンク、蛇口、まな板、その他たくさんの綺麗に整頓された調理道具がある。そこはキッチンだ。


 部屋の中央には、フリルの着いたエプロン姿の千本木百梨と美河かなたの二人がいる。自慢げに腰に手をあてて仁王立ちのポーズをしていた百梨だったが、隣のかなたが深く頭を下げるのを見て、それに合わせて慌てて不格好な礼をした。


「え、えっと…皆さん、こ、こんにちは。も、ももりん’Kitchenのコーナーですっ!」

 緊張した様子で、完全に棒読みで喋っているかなた。彼女の目線の先には、七五三木イクがカメラに映り込まないようにしゃがみ込んでスケッチブックに書いた文字をかなたに向けて見せている。

「わ、わたしは、あ、アシスタントの美河かなた、で、です。そ、そして…」

「ごきげんよう、みなさん!今日はこのわたしが直々に、不器用な貴女たちのために料理の作り方をレクチャーしてあげるわ!こんなこと、なかなかないことなのよ!?感謝なさい!」

 かなたの緊張とは対照的に、百梨はいたっていつもの調子だ。

「こ、このコーナーは、普段は滅多に見ることの出来ないお、お嬢様のお料理姿を拝見し、『うわっ…マジで塩と砂糖間違える奴なんているんだ…』とか、『ええ…食材を洗剤で洗ってるし…。これはもう世間知らずとかいうレベル超えてるでしょ…』といったようにドン引きしていただく事を目的とした……」

「違うわよっ!」

 イクの隣の業務用の本格的なビデオカメラに舞い上がってしまったかなたは、本来の自分が出せなくなってしまっていた。緊張のあまり自分が何を言っているのかもわかっていなかったらしく、百梨の大声に飛び上がって驚いている。

 張本人のカンニングペーパーを持ったイクは、カメラの外から声をかける。

「お嬢様。調理場であまり大口を開けて叫ばないでいただけますか…。唾が飛んで不衛生です」

「くっ……」百梨は怒りをあらわにしてイクを睨みつけるが、すぐにふん!と鼻を鳴らしていつもの調子に戻った。「ま、まあせいぜい勝手に言ってなさい!貴女たちがどう思ってるかは知りませんけどね、わたしは料理だけはちょっと自信があるんだから!」


 百梨は綺麗に整頓された棚からボウルを何個か取ると、その中の一つに、側に用意してあった小麦粉をふるいにかけて入れた。

 小麦粉が終わるとバター、砂糖、卵。それぞれをクッキングスケールで計りながら、適切な分量だけボウルに取り分けていく。その彼女の手際は慣れたもので、動きには全くムダがない。

「…あーあ……ポンコツキャラがぶれてしまうじゃないですか……」

 二人には聞こえないような小声で、ぼそっと呟くイクの声をマイクが拾う。


「さて、材料はこんなものかしら?」

 冷蔵庫から取り出したばかりのバターを入れたボウルを、十秒程度レンジにかけて柔らかくした百梨は、最後によく見えるようにそれらすべての材料をカメラの前に並べた。

「は、はい!」相変わらず緊張が溶けないかなた。「と、ということで今日の料理は、ホワイトデーのお返しに最適の、て、手作りクッキーでお送りしたいと思います!」


 軽快な音楽がインサートされ、どこからともなく拍手の音が響く。カメラは一旦二人から遠ざかってズームアウトしたあと、すぐにまた別の固定カメラに切り替わった。



「そ、それではも、百梨先生さっそく、り、料理を始め……わ、わあっ!」

 バターのボウルに勢いよく砂糖を流し込むかなた。焦りすぎて砂糖が半分近くボウルから調理台にこぼれてしまう。

「も、もう、美河かなたさん!そんなに焦らないでいいから!ゆっくり、ゆっくりよ!」慌ててかなたから空いたボウルを受け取り、こぼれた砂糖を集める百梨。「お菓子作りは材料の分量と手順、そして工程にかける時間の適切さが何より大事なのよ?美味しいお菓子を作りたいのなら、焦ってはダメ。落ち着いて、ひと手間ひと手間に気持ちを込めて。ね?」

「は、はい…」

 かなたは何度もうなづいてから、新しくスケールで計った砂糖をバターのボウルにいれて、混ぜ合わせる。満足そうに、百梨はその様子を見て微笑んだ。

「そう、そうよ。それでいいのよ美河かなたさん。じっくりと…。ふわっとするようになるまで、ね?クラスの皆さんに、ホワイトデーに美味しいクッキーを贈りたいのでしょう?美味しくなりますように、みんなが喜んでくれますように、って。気持ちを込めて混ぜてね……」

「そ、そうだな…。よお子さんの足引っ張らないように……。ちゃんとしたやつが作れるようにならないと……」

「…うん、もういいかしらね……次はこれを……」

 そう言って、百梨は卵を取り分けたボウルをかなたに渡す。

「は、はい!そ、それでは次はこの中に卵を混ぜます!」

「あ!…んん、もう…!」

「えっ!?え?」

 またしても勢いよく卵をボウルに流し込んでしまうかなただったが、今回は材料がこぼれることなくきちんと全部が入った。だが、百梨はやはり不満そうだ。

「卵はね……、混ぜ合わせながら少しずつ入れて、って言おうとしたのよ。ううん…でも、大丈夫よ。ちゃんと混ぜれば、大丈夫だから……」

 百梨に励まされて、ますますしょぼくれるかなた。百梨は「大丈夫だから…」と何度も繰り返す。


「……よ、よく材料が混ざった…ら、ここで小麦粉を………」

 うつむいたかなたは、混ぜ合わせた材料の入ったボウルを台の上に置き、近くにあった小麦粉の袋を手に取った。

「あ、ちょ、ちょっとっ!?小麦粉ならここに分量を取り分けたのが……!」

 百梨が止めようとするのも間に合わず、かなたはそのボウルの中にどさっと小麦粉をぶちまけてしまった。その分量は明らかにもあらかじめボウルに取り分けたものよりも多い。

「あ、ああ、そっか!や、やばっ!ご、ごめん…」

 自分の失敗に気付き、焦ってパニックになるかなた。なんとかしなければと、手に口を当てて、小麦粉の粉じんがふわりと舞い踊るキッチン中をきょろきょろと見回す。

「だ、大丈夫!大丈夫だから!とりあえず材料と触れていない部分だけでも一旦袋に戻して……」

「そ、そうだ…!と、とりあえずこれで水分を加えてバランスを……」

 混乱したかなたはまともな思考が働かない。朝食用に置いてあったガラス容器の中のヨーグルトを取ると、ボウルの中に盛大に流し込んでしまう。

「あ……、あ……、ああ…」

 自分のやってしまったことが起こした事態の深刻さに自分でショックを受けて、もう言葉が出ないかなた。「は、はは…」とひきつった笑顔を浮かべながら、振り返った。


「はあ…」

 そこにいたのは、完全に呆れ切ってしまってため息をつく百梨だった。


「やってられませんわ…」

 手に持っていた、生地を冷蔵庫で寝かせるときに包むラップのロールを引き出しに乱暴にしまって、百梨はかなたに背を向けて遠ざかっていってしまう。

「お、お嬢…様……」

 かなたは小麦粉とヨーグルトが山盛りになったボウルを前に、ただただ立ち尽くすことしか出来なかった。






「お嬢様、料理番組のホストが途中で料理を投げ出してしまうなんて、前代未聞ですよ?」

 百梨のそばに近づいてきたイク。百梨は顔を合わせようとはしない。


「知らないわよ!美河かなたさんったら、わたしがいくら言っても全然聞いてくれないんだもの!勝手にすればいいのだわ!」

 機嫌悪そうに壁の方を向いたまま、そう言い放った。



「そうは言いながら……その手はなんでしょうか?」



 百梨が向いている壁には、大型のオーブンが埋め込まれていた。彼女の手は、その三つ並んだオーブンのうちの一つのつまみを捻り、スイッチを入れたところだった。


「……だ、だって、見なさいよ…。あんなにヨーグルトなんて入れてしまったら……混ぜ合わせても生地がゆるくなり過ぎて型抜きなんて出来ませんし、だったらいっそチョコチップかクルミでも入れてカントリークッキー風にそのまま焼いたほうが美味しくできるわ…。それなら生地を寝かす必要もないのだから、そろそろオーブンを予熱しておかないと……」


「クスッ…」

 彼女にしては、可愛らしい笑いをこぼすイク。

 だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。

「口ではさんざん否定しておいても、ちゃんと美河様のことを尊重して下さるのですね?美河様の失敗を、失敗でなかったことに出来るような最善の策を探すことをやめない……」

「そ、そんなんじゃないわよっ!ただ、せっかく作るなら美味しく作れるようにしたほうが、材料が無駄にならなくて……」

「照れなくてよいですのに……」

「だ、だから!そんなんじゃなくって……」

「デレなくてよいですのに……」

「違うっていってるでしょーがー!」



 貴女はそれでいいのですよ。

 それがいいのですよ……。

 だってわたくしは、貴女のそんなところが好きなのですから……。


 最後の台詞は、百梨には届かないように言ったイクの心の声だった。





 最終的に出来上がったかなたのクッキーは滑らかな口当たりにヨーグルトの酸味がアクセントになった完成度の高い出来栄えだった。

 後日、同じものをよお子とも一緒に作ったかなたは、それをよお子との連名という形でクラスメイトたちに配り、その誰もが美味しいと言って感謝してくれたのだった。

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