13 真相3
「え……だ、だって……あれ?そんなのおかしくない?え、えっと…」
一度にたくさんの情報を入れられて混乱し、頭に疑問が浮かんでいてもそれを言葉にすることが出来ない百梨。
ヨツハは、いつものような得意げな笑みを浮かべている。
「そもそもの複雑さは、おじょー様が昼休みに『二度』、澪湖ちんの教室に来ているってことっすよー?しかも一回目には、澪湖ちんの机の上にチョコを置いていっている…。どうしてそれをみんなに言わなかったんすか?それを言えば、『事件』はすぐに解決したはずなのにー?」
「そ、そんなの……!」
当然のことだ、と言わんばかりの百梨。
「だって、皆さんが話しているチョコが、わたしのチョコのことだとは思わなかったんだもの!だ、だって……」
イクが先回りする。
「お嬢様が持ってきたチョコは、『ハートの形』なんかしていないから?」
「そ、そうよ!わたしのチョコは、そんな破廉恥な形ではなくて、わたしの大好きな………桃の……形………」
イクが懐から携帯端末を取り出した。それは、千本木高校の入学時に生徒全員に配布される特製スマートフォンで、千本木高校の学生証も兼ねていた。その端末の電源ボタンを押下すると最初に表示されるロック画面には、高校の校章でもある、シンプルな形の桃のマークが表示されていた。
「桃の形は、逆さにするとハートによく似ている……」手をひねって、携帯端末の上下を逆になるようにする。「マーク下部の葉の部分を切り離してみてみれば、残った実の部分は完全にハート型です。お嬢様の持ってきたチョコは、その二つの部分を別々に作って組み合わせるような作り方をしていたのではありませんか?」
「……ええ……」
イクに言われるまでもなく百梨には、上下逆の携帯の画面にうつっているマークがほとんどハートにしか見えなかった。
「まして、口の中で舌だけで形を知ろうとするのならば、それらを区別することなんて、まず不可能でしょうね…」
「そ、そういう………ことね……」
忌々しげにほぞを噛む百梨。
「それに、さらにもう一つ『事件』を複雑にしているのが、吉中様の発言です」
そのイクの言葉の意味は、百梨にはわからなかったようだ。「へ?」と間抜け面になる。イクは、小さく笑ってつづけた。
「ふふ…、お嬢様にはわからないでしょうね。でも、『お嬢様が聞いた吉中様の証言』を、お嬢様が別の方に話した場合、その証言はとてもトリッキーな役割を果たすのです。そう言った意味で、吉中様にはとても『いい仕事』をしていただけました」
「吉中朋さん……?たしか彼女の証言は……『十三時以降は、クラスメイトしか教室を出入りしていない』っていう……」
百梨には、イクの言っている意味がまだ分からない。
「そうです。その吉中様の証言です。お嬢様には、その証言は自然なものに聞こえたでしょう?でも、お嬢様以外の方はおかしいと思ったはずです。そんなはずはない、と……」
百梨はやっぱり何の事だかわからない。探偵風の衣装で呆けている彼女の姿は、いつもの数倍情けなくて、みじめに映った。
「だって、『十三時以降に澪湖様の教室に出入りしたクラスメイト以外の人間が、明らかにいる』のですから。なのに吉中様は全く逆のことを言っている。だから複雑になる」
腕を組んで、考えているふりをしている百梨。実際には何も考えていない。
「あっ、もしかして『不審……」
「違います」
イクは百梨が回答を言い切る前に切り捨てる。百梨は地団太を踏む。
イクは続ける。
「それはお嬢様です」
「は……?」
それの何が問題なのかわからない、という様子の百梨。イクは勝手に話を進めてしまう。
「そうなんです。あのときの吉中様の証言の本当の意味は、『お嬢様とそのメイドたちを除いては、犯行時刻にクラスメイトしか出入りしていない』ということだったのです。お嬢様が質問したから、お嬢様たちが出入りしていることは当然知っているだろう、あえて言う必要もないだろう、…吉中様はそう思った。だから、良かれと思って、気を利かせて、『お嬢様とそのメイドたちを除いては』という前提を省いて、吉中様は証言をしたのです。もしあの証言が、『お嬢様たちとクラスメイトしか出入りしていない』というものだったなら、先ほどの検討中に、きっとどなたかが真相に到達していたことでしょう……」
話が大体終わると、ニッコリと微笑むイクとヨツハ。百梨は、必死に頭の中で検討を続けていた。
「ふ、ふんっ!」
だが、結局は何も理解できなかったようで、開き直ってまた歩き出した。
「ま、まあ何でもいいわっ!とりあえず、さっきの検討会を見る限りこの『事件』は迷宮入り、『犯人』がわたしだってことは、気づかれずに済んだんだものねっ!?皆さんの前で恥をかかなくて済んだんだものっ!なんの問題もないわよ!」
「…だといっすねー」
思わせぶりな態度のヨツハ。百梨はそれには気付かなかった。
「それにしても…、貴女たちにもわからないことがあるのね!ちょっと安心したわ!」
自分のことを棚に上げて、えらそうな態度の百梨。
「だってそうでしょう!?その、『不審者』の正体については、貴女たちでもわかってないんでしょう!?そ、そんなんじゃあ、わたしの従者としてはまだまだ半人前なんだからねっ!?お、おーほっほっほー!」
強がって笑う百梨。イクとヨツハは、あきれた様子で顔を見合わせた。
「まったくー…」
「どれだけ失敗しても、このお嬢様は落ち込まないのですから……」
二人は小さく笑い合うと、前を歩く百梨を追いかけた。
「同級生の方々に相手にされないあまり、ほとんど交流のない後輩たちにまでチョコレートを贈るなんて、お嬢様いよいよ必死ですね?チョコ言葉はさしずめ……『誰でもいいから友達になって』…でしょうか?」
「うるさいわよっ!」
「ところでおじょー様ー?実はおじょー様は、朋ちんの証言をちょっと間違って覚えているってことー、わかってるっすかー?」
「………?…??」
「あ、やっぱいいっすー。なんでもないっすよー……」
百梨は少し勘違いをしていた。
イクとヨツハは、『不審者』の正体について、ある程度ならわかっていたのだ。
そうでなければ、彼女たちが不確定要素をそんな風に放っておくわけがなかった。その人物が百梨に害なすものでないということが分かっていたからこそ、『不審者』は、『不審者』のままだったのだ。
その人物の『職業』ならば危険はないから、と……。
……………………………………………………
一つのドアの前を、百梨たちが通り過ぎる。しばらくしてそのドアから、一人の『少女』が頭を下げながら現れた。
「すいませんでした……今後は、気を付けます……」
そこは、生徒指導室だった。
言葉とは裏腹に、その『少女』の顔は完全に開き直った表情で、反省の色など見られない。室内で彼女を見送っていた教師が、そんな彼女の態度を苛立たしそうににらみつけていた。
ドアを閉め、生徒指導室から充分離れてから、その『少女』は大き目の音量で独り言を始めた。
「ひっどいですねえ。普通こんなことぐらいであんなにガミガミ言いますかねー?失礼してしまいます!」
『少女』の着る制服は、まるでおろしたてのように清潔で、皺ひとつなく滑らかだった。
「わざわざこの学校の制服まで用意して、生徒のふりして潜入してきたんですよ?これのせいでただでさえ少ない前職の退職金が飛んじゃいましたし、その努力を評価してほしいと思うわけですよっ、私は」
確かにこの学校の制服に身を包んでいるのだが、実は『少女』はこの学校の『生徒』ではなかった。いや、それどころか『少女』ですらなかったのだ。
「ちょっと……。それひどくないですか?そりゃ三十路で女子高生の制服着てるって、冷静になって考えると結構ヤバいですけどー……」
身長は140cm程度。あどけなさの残るような童顔に、女性らしい丸みのない貧相な体つき。シルエットだけ見ると小学生と言っても通じそうな彼女だったが、近寄ってしっかりと観察すると、肌や髪には年相応の年季と、それを隠そうとする化粧の跡が見える。
「でも、しょうがないじゃないですか。この学校が融通聞かないのがいけないんです。どうせ四月になったら、いやでも毎日来るんですよ?だったら、ちょっと早く来て雰囲気掴んでおいたって、変わらなくないです?私ただ、あの子の教室に行って、あの子が日頃どんなふうに授業受けてて、どんなクラスメイトが一緒なのかとか、知ろうと思っただけなんですから…」
彼女こそが、昼休みに澪湖の教室に現れた『不審者』だった。
「わかってます、わかってます。せっかくこの学校に採用されたのに、こんなところでヘマして、授業が始まる前にクビ、なんてならないように気をつけますよ。こんなことはもうしませんって。四月まで大人しくしてればいいんでしょー?」
さっきから、『まるで誰かと話しているかのように』、彼女は独り言を続けていた。
「ええ、そうですね。まだ私、あの子に会ってないんですもんね。これでクビになったら、意味ないですよね……」
そこで彼女は目をつむり、一年生の教室の方を向いて呟いた。
「かなたちゃん…お待たせしましたね。先生は、かなたちゃんを追いかけて来ちゃいましたよ……。あとちょっとだけ待ってて下さいね。かなたちゃんのこと、絶対助けてあげますからね?だって、かなたちゃんを幸せに出来るのは、先生だけなんですから…!」




