08 仮説2
「んんんー……」
教室の一角、窓際の席に座るよお子と机を向い合せていた音遠は、ため息に似た唸り声を上げた。気づけば教室に残っているのはもう数人程度になっていて、かなたさえもどこかにいってしまっていた。
ベランダへと通じる大きな窓から夕陽が差し込んでいて、窓の方を向いているせいで顔に西日が直撃しているよお子は、眩しそうに眼をしばたいている。
「これ全部う…、よお子ちゃんが昼休みにもらったチョコなんだよねえ…?」
「は、はい……」
よお子と音遠の机の上には、無数のチョコの箱が並んでいる。数はおよそ二十個。その全てに、貰ったクラスメイトの名前が書かれた付箋紙が貼り付けられていた。
「もしい、クラスの中にチョコをあげた『犯人』がいるとしたらあ、そのチョコってきっとお、よお子ちゃんにあげようとしたものだと思ったんだけどお……」
よお子は昼休みにクラスメイトたちからバレンタインチョコをもらっている。もし、『よお子が眠っている間に渡された謎のチョコ』の正体が、それらと同じようによお子へのバレンタインチョコだとしたら、その『犯人』は、『よお子が起きている間にチョコを渡した人物以外』ということになる。つまり、よお子が貰ったチョコに貼ってある付箋紙、そこに名前を書かれていないクラスメイトが犯人………と、推理した音遠だったのだが………。
「てかあ……ほんとにクラスメイト全員からバレンタインもらうってえ……よお子ちゃんモテ過ぎだよお……」
正確には、音遠とかなたを除いたクラスメイト全員から、よお子はチョコをもらっていたのであった。
「てことはあ…、あのチョコはあ、よお子ちゃんじゃなくってミオちゃんにあげようとした物ってことお……」
「……そ、そうですね……」
「それはどおかなあ?」
間髪いれず首を振る音遠。
「私はその可能性え、少ないと思ってるんだよねえ…。普通に考えたらよお子ちゃんの方が人気あるしい…。ミオちゃんにチョコあげる人がいるなんてえ、ちょおっと考えづらいんだよねえ…」
澪湖を好きなことがまるで異常なことであるかのように語る音遠。彼女が澪湖のことを意外と客観的に見ることができているということに、よお子は少し感心した。
「でも音遠ー?その可能性もちょっとキツくないっすかー?だって昼休みによお子ちんが起きる前までは、よお子ちんは澪湖ちんだったんすからー」
前置きもなく急に現れて会話に入ってきたヨツハ。よお子はおびえるようにビクッと小さく体を震わせた。音遠は特に驚いた様子もなく、振り向いて「ああ、ヨツハちゃあん」と挨拶代わりの言葉を向けた。
「澪湖ちんが昼休みに眠って、そのあと起きたときによお子ちんが出てくるかどうかなんて、誰にもわからなかったんすよー?……ってことはー、澪湖ちんが眠っている間にチョコを置いていった時点でー、それは澪湖ちん宛ってことになるんじゃないんすかー?」
「うううん……かなたちゃんならあ、それもあり得るかもなんだけどお……」
音遠はまた唸る。
「ううん……正直普通の人がミオちゃんにチョコ、しかもハートのチョコを贈るってえ…やっぱり考えづらいなあ。ミオちゃん結構みんなからウザがられてるとこあるしい…」
何気にひどいことを言う音遠だったが、よお子もヨツハもそれを否定はしない。
「……でもー、かなたちんは頑なに『やってない』、って言ってるんすよねー?」
「そおなんだよねえー……。かなたちゃんの性格なら、恥ずかしがって嘘ついてあんなこと言うってこともありえそうなんだけどおー……、それにしても必死っていうかあ、あれ、照れ隠しで言ってるよおには見えなかったんだよねえ……」
「え」
思わずきょとんとするよお子とヨツハ。
つまり音遠は、かなたの『無実』をほぼ確信していた上で、さっきはあえて道化を演じていたということになる。音遠の心の奥深さを想像した二人は、笑っていいものか、驚いていいものか、恐怖すべきなのか迷ってしまうくらいだった。
「それにミオちゃん宛のプレゼントならあ、ラム酒入りってゆうのちょっと違和感あるなあ……。ミオちゃん複雑な味とか、小細工っぽいの効かせた料理とか、そおゆうのあんまり好きじゃないからなあ。別に嫌いな訳じゃないけどお、いつも食べてるのは『甘い』とか、『辛い』とか、大味で分かりやすい料理でえ……。そのことは、ミオちゃんを知ってる人だったら知ってるはずなんだよねえ………。そういう意味でもお、あのチョコはよお子ちゃん宛ってゆうほおが、しっくりくるんだよねえ……」
「でもー、よお子ちん宛だとしたらー、渡すタイミングがー、おかしいー」
ヨツハはにやけながら、一節一節を区切って言う。
「うううん…………」
深く考えている様子の音遠。
「もーしもー、あれが澪湖ちん宛のチョコだとしたらー」一方、何も考えていないような能天気な調子のヨツハ。「贈った『犯人』はあんまり澪湖ちんのこと知らない子ってことなんすかねー?澪湖ちんがどんなチョコが好きかとかー、眠ってても『自動的に』チョコ食べちゃえることとかー…」
「……?」
一瞬、頭の中で小さな引っかかりを感じた音遠。
「だって誰かが澪湖ちんにチョコを贈ったとしてー、せっかく贈ったチョコが眠ってて意識のないうちに、味わうことも誰がくれたか知られることもなく『自動的に』食べられちゃったとしたらー、それって贈った人からしたら結構ショックなはずっすもんねー?かと言ってよお子ちん宛だとしたらー、なおのこと澪湖ちんに食べられないように工夫するはず………ということはー?」
音遠は何かに気付いて、思わず「アッ」と声を出した。
「もしかしてえ……前提が間違ってるのお?………二択じゃあ、…ない…?…………ん?てかあ」
ヨツハをじとぉー、という顔で見る。
「ヨツハちゃあん……もう『犯人』わかってるのお?」
「ふふーん」
ヨツハはそれには答えず、ニッコリ笑顔を作ってごまかした。
「え………あ、あの…………先輩………ど、どなたが……」
ずっと黙っていたよお子だったが、『犯人』がわかりそうだと思った途端にぐいっと体を前に出してくる。だがヨツハはそれにも答えず、マイペースに続けた。
「そんじゃーここでー、自分から二人にちょっとしたヒントをあげるっすよー……」
…………【二十六木ヨツハの証言】…………
「自分から言えることは、一つだけっすー」
「実は自分ー、さっきの昼休み中にみんなが『証言』してたときにー、こっそりその人の手首とか首筋を触ってたんすよー!」
「それでわかったんすけどー、みんな『証言』しているときはー、普段通りのすっごい自然な脈拍だったっすー」
「普通の人だったら、一個隠し事があるだけでも微っ妙ーに脈拍が乱れるもんなんすけどねー」
「つーまーりー、あの時のみんなの証言には嘘はないってことっすー!」
「…って言い切っちゃうと、ちょっと語弊があるっすかね?ま、少なくとも自分で嘘をついているという意識は無かったみたいっすよー!」
……………………………………………………
ヨツハの証言を聞いたよお子は、今更恥ずかしそうに自分の首筋を隠している。
あ、この人、絶対『犯人』知ってるな………。
音遠の方は、得意げな顔で笑っているヨツハに完全にあきれてしまっていた。




