06
次の日の朝。
「あーもおー!なんで起こしてくれないのよー!」
二階の自分の部屋から、勢いよく飛び出してくる澪湖。リボンタイを結びながら、三段抜かしで階段を降りる。
「起こしたわよぉ?澪湖ちゃん返事したじゃなぁい?」
澪湖の母、美船は、間延びしたおっとりした声で言った。
「うっそ!絶対きいてなーい!今日遅刻したら一週間雑用係って脅されてるのにー!トイレ掃除とかだったら最悪なんだけどー!」
澪湖は洗面所に飛び込むと、すぐにけたたましいドライヤーの音が家中にとどろく。
「…母さんが起こした時は、別の人格の方だったんじゃないのか?」
澪湖の父、港は、眠そうな目を擦りながらテレビの音量を上げる。
「あらぁ?よお子ちゃんが二度寝なんてするわけないじゃなぁい?よお子ちゃんなら起こしたらすぐに降りて来るわよぉ。それにぃ、お母さんは二人のこと間違えたりしませぇん」
優しく笑う美船。港は「確かにそうだな」と呟いたきり、黙ってしまう。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃぁい」
澪湖は食卓に並んでいたトーストを一枚くわえると、あちこちにぶつかってドタバタと音をたてながら、家を出ていった。
バタン!という強くドアを締める音を最後に、静かになった伊美家。港は、今度は大きすぎるテレビの音量を小さくした。
「おっはよっ!」
ボリュームのあるふわもこパーマに、甘ったるいコロンの香り。私は、後ろ姿でも誰だかすぐわかるその友人に、両手を絡ませて抱きついた。
「澪湖ちゃあーん、おはよおー」
いかにも女の子って感じの可愛らしい声で、本前川音遠、通称オンちゃんは私に振り向いた。本人は気にしてるけど、私は絶対チャームポイントだと思ってる彼女のちょっとぽっちゃりした体をひとしきり堪能して、私はやっと彼女から離れた。
「きのお、どおだったあー…?憧れの彼に告白したんでしょー…?」
私の二重人格のことって、家でも学校でも周知の事実なんだけど、普通の人は私が今はどっちの人格なのかってパッと見じゃわからなくて結構戸惑うみたい。でも実は彼女、オンちゃんは家族以外で『私たち』のことを間違えることなく見分ける事ができる数少ない人物。そんで私の親友。なぜかちょっと悲しそうな顔をして、早速痛いところをついてきた。
「あーあれねー、ほんともう最悪だったよー…」
「え、フラれちゃったのお!?」
今度は嬉しそうな顔。オンちゃんはいい子なんだけど情緒不安定というか、言葉と表情を一致させるのが下手なのがたまに傷。なんでもないときでも、私の前では表情をコロコロ変えるんだもん。天然系って解釈出来ないこともないから、私的にはもう慣れたけど。
「フラれるってか、それ以前の問題だよー!もう、こっちからお断りってゆーかさー」
「よしよし、お母さんが励ましてあげるからねえ」
そういって、私の頭を持って自分の豊満な胸に押し付ける。てかあんた私の話ちゃんと聞いてる…?
「だから、フラれてないってば!それより続きは学校ついてからにしよ!私たちこんなことしてる場合じゃ…」
キーン、コーン…。
あーあ…。
学校まであともう少しのところまで来ていたところで、私に厳しい判決を告げる耳慣れた音が聞こえた。私はその場に崩れ落ちる。
トイレ掃除かなあー…。
「やった…。ミオちゃんまだフリーだ…!」
ショックな私とは対照的に、目を輝かせてるオンちゃん。また意味不明な事言ってますけど、毎日一緒に通ってるんだから、当然あんたも一緒に雑用係なんだよ?