07 仮説1
六限目の授業と、その後の帰りのHRが終わって、クラスメイトたちがみんな部活や帰宅の準備を始めている。帰宅部のあたしたちも、いつもならそのまま家に帰っているところだ。だが今日はいつもとは違う。昼休みに起きた、『例の事件』の捜査をする必要があるのだから。
「よし、まずはクラスメイトに聞き込みかなっ」
今はまだ二年生のお嬢様たちは来ていないので、『捜査員』はあたしと音遠とよお子さんの三人だけ。あたし以外の二人に向かって、わざとあたしは声に出してそう言ってアピールした。
「ふううん…。じゃあわたしはもう一回、ちゃんとよお子ちゃんの話聞いてみよおかなあ…」
音遠はそう言って、あたしに声が聞こえないところまでよお子さんを連れていって何か話し始めた。
勝ったな…。
あたしは心の中でガッツポーズを作る。
――くく…悪いやつ…――
あたしの考えていることがわかっている荊が、それに合わせてふざけて笑う。
だって、これでもうあたしの『勝ち』だろ?この『事件』、『クラスメイトに聞き込み』を取った時点で、一番早く真相にたどり着くのはあたしだろ?
だってさ。この『事件』、正直そんな複雑なもんじゃないんだよ。昼休みの、あたしが先生の手伝いをしていた二十分間…、いや、実質は音遠がトイレに行っていた十分間くらいか。その間に、寝ていた澪湖のところに来て、チョコを置いていった人物、それが誰かわかればいいんだ。
その時間、何も教室は澪湖しかいなかったわけじゃない。昼ご飯を食べたり、友達と話しているクラスメイトたちが何人もいたんだ。そしたらその中には、確実にこの『事件』の『犯人』を目撃したやつがいるはずじゃないか。
だからあたし、さっき誰よりも早く『聞き込み』を宣言したんだ。一番確実で、一番簡単に『犯人』に辿り着けそうな方法を、真っ先に選んだんだ。みんな別々に捜査するっていうことは、当然他の人はあたしとは違う捜査方法を選ぶだろう?三組に分かれて捜査するっていうことはそういうことだ。つまりこの事件、最初に『クラスメイトに聞き込み』っていう選択肢を選んだ組が、一番『真相』に到達できる可能性が高いってわけ。そして、そのベストな選択肢を選んだのは、あたし……。
ま、音遠に恨みがあるわけじゃないけど、なんかいろいろ言われてちょっと対抗意識も生まれてたし、よお子さんに貸しを作っておくのもいいかなって思うし。そういうわけであたし、悪いけど今は『勝ち』に行かせてもらうから。
あたしは軽く周囲を見回して、今教室にいるなかでも一番話しかけやすそうな、あの馴れ馴れしいクラスメイトの元に向かった。
……【クラスメイト渕上茶央美の証言】……
「おっすー、かなたちゃーん!」
「あ、ねーねー。かなたちゃんってさー、よお子ちゃんの誕生日っていつか知ってるー?」
「あとそれとー、なんか欲しがってるものあるかー、とかー……え?」
「何それー?えー、よお子ちゃんのためー?」
「まあ、そう言われちゃうとー、手伝わざるを得ないよねー。いいよー、協力するよー」
「…今日の昼休み……?んー………そんな昔のこと…覚えてねーなー……」
「なーんて、うそうそー!だってさー私、バレンタインまでに絶対よお子ちゃんにチョコ渡したかったからさー。ここんとこずっとよお子ちゃんの方、……ってか澪湖の方見てたわけなんすよー」
「今日はよお子ちゃんかなー?そろそろよお子ちゃんにならないかなー?って、毎日毎日、そりゃあもうストーカーのごとく?ずーっと見てたわけよー」
「だもんでー、最近じゃあもう、彼のことよりよお子ちゃんのこと考えてる時間の方が長いっていうかー、あれ?私もしかしてよお子ちゃんのこと好きなんじゃね?みたいなー」
「そうそうーそれであんまり私がよお子ちゃんの話するもんだからー、彼ったらー……え?」
「……何だよー!初めてできた彼なんだぞー、のろけくらい聞いてけよー!ぶーぶー!」
「あ、っとー?それでー何の話だっけー?」
「澪湖のところ……に?うん、知ってるよー。昼休みに澪湖のところに来た人ー。私、見たよー」
「ええー?かなたちゃん聞きたいのー?どっしよっかなー……教えてあげよっかなー……でもなー……」
「わ、わわわ………ちょ、ちょっと、な、何、何、何、何?冗談じゃん……」
「んもう…何なのー………冗談通じないなー……」
「あー、もしかしてかなたちゃんってさー、お笑いとかわからない人ー?こういうの緊張と緩和じゃーん?」
「一回じらしといてー、緊張感高めといてからのー、その後ばーん!って言うのが面白いんじゃーん!?」
「面白い必要はない?…あ、そりゃもっともで」
「……はいはい、言えばいいんでしょ。言いますよ。その代りよお子ちゃんに、私のことよろしく言っといて下さいですよっ、まったくー」
「それでは……」
「昼休みに澪湖のところに来た人……それは………」
「………かなたちゃんでしょー、音遠ちゃんでしょー、あとお嬢様先輩たちもいたでしょー?」
「ちょ、ちょっとー……また怒ってるー……」
「だから冗談だってー……かなたちゃんキレやす過ぎだよー、もー……。ストレスで早死にするよー?」
「……だからー、これは応用編でねー……ゆるゆるの緩和で油断させてからのー、こっから衝撃の事実どーん!ってところだったのにー、もー………」
「なんか、知らない子がきてたよ?」
「え?だからー、誰だかわかんないから、知らない子って言ったんじゃん」
「クラスの子じゃないよ。ってか、一年の子でもないよ?私、これでも結構顔は広い方。その私が見たことないんだもん。もしかして、学校の生徒ですらないんじゃない?うわ、やっべー。不審者だ、不審者」
「うーん、なんかー、真面目そうだったしー。そんなに悪い子には見えなかったからー、こんな季節に転校生でもきたのかなー、次の時間に先生が紹介してくれんのかなー、くらいに思ってー、別に気にしなかったんだー」
「でも今考えるとー、ちょっと……変だったかも?」
「ふらふらっと教室にやってきて、誰に話しかけるわけでもなく、澪湖の隣の席に座って、澪湖のこと見てんの。私思わず、音遠かお前わ!って心の中でツッコんじゃった。………そんでしばらくしたら、よくわかんないうちにまたふらふらっと教室出て行っちゃったの」
「時間はー……、あー、ちょうど時計見たから覚えてるわ。確か、一時二、三分くらい?…うん、そんくらいだった」
「え?それで?あの子一体なにしたの!?事件?殺人!?」
「ハートのチョコ?澪湖に………?」
「うーん……そう…なの?……うーん……」
「ってかー……、あの子別に、チョコなんて持ってなかったけどなー……」
……………………………………………………
「ふっふっふっふ………」
――怪しいな…そいつ…――
「はーはっはっはー」
――な…カナ?急におかしくなって……――
情報を聞いたクラスメイトに礼を言って別れた後、あたしは教室を出て一人になったところで笑い出してしまった。
「だから言っただろう!やっぱり聞き込みが正解だった!その不審者が、澪湖にチョコをやった『犯人』なんだ。間違いない!音遠悪いな、どうやら先に真相にたどり着くのはあたしみたいだよ!あーっはっはっはー!」
夕日の差し込む学校の廊下を、思わず笑い声を上げながら早足で歩いていくあたし。
犯人はわかった。後は守衛にでも話を聞いて、その『不審者』が学校に侵入した証拠の一つも見つけてくれば、それでこの『仮説』は立証される。あたしの『無実』も証明できるし、『犯人』が不審者なら、よお子さんがお返しなんかする必要ないってことになる。
――でもカナ……さっきのやつは、不審者はチョコを持ってないって……――
ん?そんなの彼女の見間違いじゃないか?まあいいさ、詳細なんてどうとでもなる。とにかくこれで一件落着。あたしの勝ちだ音遠!あーっはっはっはっはー!
――てか……なんでそんな悪者みてえな笑い声……?――
あまりにも事態が自分の思い通りになったことで勝ち誇ったあたしは、おかしなテンションのまま廊下をずんずんと歩いて行った。




