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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
07章 チョコレートは誰が為に
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01 導入

2月12日

12:40―


「あぁあ…、非常においしゅうございましたっ!」

 弁当を食べ終えた澪湖は幸せそうな顔でそう言って、揃えた箸を弁当箱に置いた。

「ほんとお?良かったあ、ミオちゃんのお口に合ってえ」

 作った当人の音遠も、うふふふうーと嬉しそうに笑っている。


 冬休みも終って、三学期が始まってからもう一か月が経った。

 今は昼休み。二学期までのように、お互いの机を合わせて昼食を食べていた、あたしと澪湖と音遠の三人。ただ、最近のあたしたちの間には、二学期と違うところがいくつかある。


「あ、ミオちゃあん、ほっぺにご飯粒ついてるよお?」

「え、まじぃ?どっちどっち?」

「…だめ…動かないで…………はむっ。うふふふう……ミオちゃんの味がするう…」

「ちょ、ちょっとオンちゃぁんっ!かなたも見てるのにぃっ!」

「えええ?だってえ、美味しそうだったんだもおん…」


 ……はあ…。


 変わったことの一つは、今まではコンビニや購買で買って済ませていた澪湖の昼飯が、音遠の作ってくる弁当に変わったということだ。もともと澪湖のお母さん、美船さんは仕事が忙しくて、とても弁当なんて作ることは出来なかったみたいだし、今までも澪湖は、結構な量をあたしと音遠の弁当からつまみ食いしていたので、それがちゃんとした弁当に置き換わったという感じだ。

 ……それだけならいい。それだけなら、友達同士の美しい助け合いって感じで、あたしとしては何も言うことなんてないんだけど…。


「も、もぉオンちゃん!いきなりそうゆぅの反則だよぉ!?」

「ええー?だってキスとかじゃないよお?口でご飯粒取っただけだよお?」

 慌てて左頬を制服の袖口で拭っている澪湖。音遠は気にせず妖しく笑っている。

「だってわたしってえ、かなたちゃんみたいにすぐに口にキスしたりとかしないもおん。そおゆうのってえ、ちょっとガッツイている感じして、どおかと思うなあ。それにわたしならあ、口にキスしなくったってミオちゃんのことお、すっごい気持ちよくさせられるよお?試してみるう?」

 得意げに澪湖にそう言いながら、音遠は横目でこっちを見ている。


 な、なんすか?

 別にあたし、『きー!悔しいぃー!』とか、思ってないんすけど……。


 冬休み中に面と向かって澪湖に告白してから、音遠は完全にあたしに対抗意識を燃やして、はっきりと澪湖にアピールするようになってきた。あたしとしてはそんなの、二人で勝手にやってくれよ、って感じなんだけど、音遠はどういうわけかことあるごとにあたしに絡んでくるんだ。ああ、うっとおしい…。


「そ、そんな……だって私は、かなたと一緒ならぁ…それだけで、いつだって気持ちいぃよ……でゅふっ、言っちゃったっ!」

「き、気持ちいいって………かなたちゃん、ミオちゃんに普段どんなことやってるのお?……ここ学校だよお?付き合ってるからってえ、あんまり時と場所わきまえずにミオちゃんに変なことするのお、やめてくれないかなあ?」

 それはお前だろ…。


 前は澪湖だけだったのに、今では音遠も一緒になってあたしをいじめるんだ。何なんだよこれ?あたしが何したっていうんだよ…。

――大元の原因は、この前のクリスマスの……――

 っるっさい。お前は黙ってろ、ムッツリ野郎のくせに。


 友人二人に囲まれて逃げ道のないあたしには、もう荊に八つ当たりするくらいしか心の平穏はなくなっていた。


 ただ、音遠に関していえば、あたしと彼女は別に険悪な関係にあるというわけではなかった。澪湖と一緒にいるときはこんな感じになるけれど、二人きりになったらちゃんと今まで通りに接してくれるんだ。彼女の中で冬休み中に、何か澪湖に対する心境の変化があったのかもしれない。でも、それはあたしにはわからないことだった。



「ところでかなたぁ、なんか甘いもの持ってなぁい?」

 さっき音遠の大盛り弁当を平らげたばかりなのに、すぐにそんなことを言う澪湖。いつものことだ。あたしは別に驚いたりはしない。

「ああん!ミオちゃあん!わたし今すぐコンビニ行ってくるよお!何食べたあい!?」

「……澪湖、どうせ今日の授業が終われば取り上げられたお菓子は返してもらえるんだ。それまで間食は我慢したらどうだ?」

 バッグから財布を取り出して、今にも走り出しそうな音遠を手で引き留める。当然敵意むき出しの目を向けられるわけだが、それでもあたしはやめない。やっぱりそういうのはいけない。いくら好きな人のためでも、そんな使い走りみたいな真似はするべきじゃない。


「えぇ?これは間食じゃなくてお昼ご飯の続きだよぉ?お肉と野菜食べたからぁ、甘いものも食べないと栄養のバランスが悪いんだよぉ?」

 はあ…。

 学習能力がない澪湖に、嫌気がさすあたし。


 実は、さっきの四時限目の現国の時間、ちょっとした事件があったんだ。

 いや、事件、っていうほどのこともない。澪湖がバカやって、それに現国の先生がキレちゃった、っていうだけ。遅かれ早かれ、そのうち起こるだろうと思っていた出来事が今日起きた、ってだけだ。


「んにしてもっ、あんの先生ひっどぉいよねぇ!授業中に普通にお菓子食べてたってだけじゃんねぇ!?たったそれだけでお菓子全部ボッシュートなんてぇ、あんまりだよぉ!完っ全に職権乱用だよぉ!」

 いや、授業中にお菓子食べるのは、多分普通のことじゃないぞ澪湖…。


 むしろ今まで、すべての授業中でバリボリ音をさせてお菓子を食べてた彼女を、野放しにしていた方がおかしかったのだろう。今までの澪湖といったら、家でくつろぎながらレンタルビデオ見てるみたいな感じで、お菓子片手に授業を受けていたんだから。

 今日とうとう、そんな彼女の態度に我慢の限界を迎えたらしい先生が、授業を中断して澪湖のお菓子をその場で取り上げてしまった。しかもそれだけじゃ収まらず、澪湖のバッグから何から全てひっくり返して持ち物検査までやって、あいつが隠し持っていたキャンディ一粒、ガム一枚すらも見逃さずに全部没収してしまったのだった。


「言っとくけど私、お菓子無しで授業なんて受けられませんよっ?糖分と塩分が脳にいきわたんないの!全っ然勉強が頭に入ってこないんだから!」

 お菓子有りなら勉強が頭に入ってくるやつだけが言っていい台詞を、恥ずかしげもなく言う澪湖。糖分はともかく、塩分が脳にいきわたるのはやばくないんだろうか…。


「もぉやだ!こうなったらふて寝してやる!お菓子無しで起きてても良いことなんてないもぉん!」

 とうとう澪湖はそう言って机に突っ伏してしまった。間髪入れずに聞こえてくる、女子らしからぬイビキの音。まったく…、やれやれだ。




12:45―


 食べ終わったサンドイッチの袋をゴミ箱に捨てて、動かした机を眠っている澪湖ごと元に戻し、さて、あと三十分以上ある昼休みをどう過ごそうかな、と思っていたところで、教室の出入り口のところからあたしを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、あたしたちのクラス担任の老教師が、ドアの向こうであたしを手招きしていた。


「美河かなたさあん、ちょっと雑用を手伝ってもらえませんかあ?」

 ドアのところまで行くなり、しわがれた声で先生はそんなことを言ってきた。特に断る理由もなかったあたしは、その先生に連れていかれて午後の授業で使う教材の準備を手伝うことになった。

 作業自体は特に大変でもなかった。誰にでもできる、簡単な仕事。それでも仕事を終えた時には、あたしはだいぶ疲れてぐったりしてしまっていた。



 そのときの先生の本当の目的は、あたしの家庭のことを聞き出すことだったらしい。作業を手伝っている間中、先生はずっとあたしに、父さんのこととか、母さんのこととか、二人をどう思っているかとか、何か困っていることはないかとか…。そんなようなことを聞いてきた。

 そうやって大人の人たちは、ある程度表面上は、あたしを気にかけた振りだけはしてくれるんだ。中学でもそうだった。だからあたしもそういう大人のあしらい方については完璧に出来上がっていた。それは、いつも上辺だけで交わされるやり取りだった。


 もしかしたら、その先生の今回の行為には、今までの大人たちとは違う、あたしのことをちゃんと熱心に考えている気持ちがこもっていたのかもしれない。でも、今のあたしにはどっちにしたっておんなじことだ。意味のないこと。取り返しのつかないこと。終わってしまったこと。

 ずっと澪湖の家にお邪魔していた冬休みが終わって、自分の家に戻ったあたしは、ただでさえ少なかった父さんとの会話をもうほとんどしなくなっていた。弁当もご飯もあたしが作るのをやめてしまって、お互いに勝手に買ったり外食したりして済ませるようになっていた。

 去年のクリスマスの出来事、やっぱりあたしは少しこたえていたみたいだった。





13:05―


 あたしが用を済ませて帰ってきたとき、教室の様子は行く前と特に変わっていないようだった。何か違いがあるとすれば、行く前には澪湖にぴったりくっついていた音遠が、その時はいなくなっていたことくらいだ。きっとトイレにでも行ったのだろう。

 ちょうど隣の席で突っ伏していた澪湖が目を覚ましたみたいで、起き上がってあたしの方を向いたのには気づいたけれど、どうせまた面倒臭いことを言われる気がしたのでそれは放っておいた。

 次の授業は数学で、とくに準備する必要もなかったので、あたしは適当に時間つぶしでもしようかと携帯を取り出した。そこで、隣の『彼女』が話しかけてきた。




「あ、あの…、かなたさん…ちょ、……ちょっと聞きたい……ことが……」

 ちゃんと本物の『彼女』と話すのは、久しぶりな気がする。あたしはめいっぱいの笑顔を作ってそれにこたえた。

「うん?どうした?よお子さん?」


 父さんに似た、不安そうな表情の彼女の顔を見ていると、少しだけ胸の奥が痛むような気がした。



「か、かなたさん……み、…澪湖……に、………チョコ、レートあげま…した?」


 そんな彼女の言葉が、今回の騒動の始まりだった。

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