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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
※ お嬢様と遊ぼう 03
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世界ももり発見!

 白い砂浜。透明感のある青い海。視界の向こうには、南国特有のヤシ科の植物が群生しているのが見える。空には雲の姿はなく、青というよりも藍、いや、むしろ宇宙に繋がる黒を思わせるような、澄みきった快晴が広がっている。ゴミひとつない美しいビーチには、少し離れた場所で健康的に日焼けした数人の男女が談笑している他は人の姿は見えず、喧騒からは程遠い。

 そこは、『地上の楽園』という言葉を使用せずに説明することはどうやっても不可能だと思えるくらい、誰もが憧れる、理想的典型的象徴的地上の楽園だった。



「はあ…」

 藁葺きのパラソルの下で、白いビーチチェアに寝転がりながらトロピカルジュースを飲んでいる百梨。花柄の水着に、同じ柄のパレオを腰に巻き、額には大きなサングラスを載せている。

 学校が冬休みに入ってすぐ、彼女はメイドたちを連れてこの南国にやってきた。来た当初こそ、子供のようにはしゃいでメイドたちに注意されるくらいだったが、滞在期間が二週間程度にもなった今ではもう大抵のことはやりつくしてしまって、ビーチでまったりと休んでいるところだった。

「退屈ねえ……」

 くつろぐ、というにはあまりにつまらなそうな顔で、さっきからため息をついてばかり。少なくとも今の彼女にとっては、そこを楽園と呼ぶことは出来ないようだった。

「……皆さんも誘ってみればよかったかしら……」




 ビーチの端から、百梨の方へと歩いてくる人影が見える。

 ボーダーのビキニとショートパンツの水着を着たその少女は、百梨の従者、七五三木イクだ。彼女はハンディカメラを自分に向けて持ち、そのカメラにしきりに何かを語り掛けながら砂浜を歩いていた。



「皆さんこんにちは。『お嬢様と遊ぼう』のコーナーです。わたくしは今……」立ち止まると、彼女は手に持ったカメラをぐるっと動かして、自分の周囲のビーチと海のパノラマ映像を映す。「御覧の通りの常夏の島国、サモアに来ています」


 カメラを再び自分に戻して、イクはまた歩き始める。

「高温多湿の熱帯気候に属するここサモアでは、一年を通して気温が二十度を下回ることがなく……」

 歩きながら、何かうんちくめいたことをカメラに向かってしゃべり続けるイク。

「……近隣のニュージーランドなどと比べると、日本人観光客が少なく、日常を忘れて休暇を過ごすには絶好の……」

 そんなイクの異様な行動を見て、近くを通り過ぎる観光客が不思議そうな顔を作る。

「……今回はそんな島国サモアにバカンスに来ているお嬢様の様子を、皆さんにお伝えしたいと思います」


 ついに喋りながら百梨のところまで到着してしまったイク。百梨はうんざりした様子で、チラリとそれを見て、苦言をこぼす。

「まったく、何下らない遊びをしてますの……貴女がそんなバカをやっていると、同行者のわたしまで同じように見られてしまいますのよ」

 そして、カメラから逃れるように、サングラスを額からおろしてかけた。


 イクはそんな百梨のことを気にも留めず、カメラのレンズをまっすぐ見つめて左手の人差し指をピンと立てる。そして、はっきりとした口調で言った。

「それではここで、クエッションです」


「えっ……え?何、いま…何て?」

 急におかしなことを言い出したイクに、百梨はサングラスをずらしながら慌てる。イクは気にせず続ける。

「実はこれからお嬢様の元に、『日本語のわからない外国人の方が道を聞きにくる』というハプニングがあるのですが、そこでお嬢様は一体、どのような行動をとるでしょうか?」

 イクが言い切ると同時に、どこからともなく軽快なメロディが流れた。

「ちょ、えっ?な、なにこれ?え?あ、貴女一体……」


 百梨はますます混乱して、周囲をキョロキョロと見回していることしかできなかった。




 一転して舞台は切り替わり、どこか室内の風景になる。





 たくさんの拍手が響く中、室内を俯瞰気味にとらえていたカメラがズームインしていく。


 そこは、学校の体育館くらいはあるような、広いスペースの撮影スタジオだった。古代遺跡をモチーフにしたようなハリボテのセットが組まれており、そのスタジオのカメラから見て右側には、電飾のついた四角い座席が数個、一列に並んで置かれていた。

 カメラのズームはその席を通り過ぎ、セットの中央にいた一人の少女を中心に映し出した。その少女は百梨の従者の一人、二十六木ヨツハだった。


「皆さんこんにちわーっす。さあ、始まりました『世界ももり発見!』、司会の二十六木ヨツハっすー。ということでー、今日のももりの舞台は、南国の島サモアからお送りするっすー」

 その光景は、まさしくクイズ番組のそれのようだった。


「これから、おじょー様に関するクイズを出題するんでー、皆さん答えるといいっすー。見事トップしょーの人には、この年末年始の旅行でおじょー様が買ってきたお土産…、センスの悪い置物とか、ゴミにしかならないポストカードとか、何入ってるか分かったもんじゃないようなくそまずいお菓子なんかを差し上げるっすー!」

「い、いらなっ!」

 カメラの外から、聞き覚えのある声が入り込む。

「そしてそしてー、今週見事パーフェクト賞の方にはー…」

 カメラが切り替わり、透明なガラス細工でできた、こぶし大くらいの人形をアップで映し出す。その人形は可愛らしくデフォルメされた百梨の顔をかたどってあり、冒険家のようなデザインの帽子と服には、桃の形の凹凸が模様として入っていた。

「こちらのクリスタル百梨ちゃん人形を差し上げますっすー。みんな頑張ってくださいっすー!」

「あ、可愛い。あれはちょっとほしいな」


「さてさてではではー、『突然外国人に絡まれたおじょー様はいったいどう対応するのか』。第一問の皆さんの答えを見ていくっすー!」

 カットがまた切り替わり、カメラは先ほどの四角い席の一つを映し出した。

「さあ、まず一組目は、中学からの仲良し二人組、澪湖ちんと音遠チームっすー」

 盛大な拍手とともに、一つの席に腰掛けている二人の姿が映る。

「っしゃぁー!クリスタル人形ゲットするぞぉー!そんで速攻オークションじゃーいっ!」

 やる気満々でガッツポーズを決める澪湖。

「もおう、ヨツハちゃあーん。わたしたちがラブラブカップルなんて言ったらあ、かなたちゃんに悪いよおー」

 誰も言っていない台詞に勝手に照れる音遠。


 一組目からペースを崩されそうになるのを立て直して、ヨツハは進行を進める。

「…え、えーと、二人の答えはー、『金で解決する』…澪湖ちん、一体これは?」

「うんとね!お嬢様ってバカだけど、お金だけは持ってるじゃん!?どうせ英語とか出来ないから、話しかけられた瞬間にテンパっちゃうと思うんだけど、最終的に相手にお金を渡して帰ってもらう、的な!」

「そおそおー。ミオちゃんあったまいいー、これ絶対正解だよおー。一問目からスーパーももりちゃん人形だもんねえー!」

「おおう…なるほどー……」

 一年後輩とは思えない遠慮も気遣いもない回答に、ヨツハは若干たじろいでしまった。



 カメラは隣の席を映す。

 「それでは次にお隣はー、イケメン女子とヘタレ獣のデコボココンビ、かなたちんと荊君チームっすー」

「い、いや、あたしたちのことチームって言っちゃうんだ……。ま、まあいいんだけど…」

 席に座っているのは当然かなた一人だ。

「それでそれで、かなたちんたちの答えはー…、『身振り手振り』。なるほどー」

 かなたは恥ずかしそうに頭をかく。

「い、いや……そもそもサモアって英語通じるのかな、って思ってさ。もし通じなかったとしても、ボディーランゲージで気持ちだけでも伝われば、ある程度は意志疎通できるんじゃないかなあって…はは」

――俺とカナの関係なら、ボディーランゲージすらいらねえけどな――

「うわ、気持ち悪っ」

――………――



 カメラは最後に右端の席を映す。

「それでは最後の回答者はー、千本木グループ会長の一人娘、千本木百梨様っすー」

 一段と大きい拍手とともに、カメラは席についている百梨の姿を映す。

 彼女は完全にしらけきった顔をしていた。

「……なによこれ?」

「おじょー様の回答はー……あれ?白紙?無回答っすかー?んー…そういうの困るんすよね―……あー、一回カメラ止めてー」

 ヨツハはわざとらしく困った顔を作ってから、カメラに向かって大きく右手を振って合図を送る。そして、百梨に顔を近づけて耳打ちを始めた。

「ちょっとおじょー様ー、空気読んでくれなきゃ困るっすよー…。思いつかなくても何かしら書いてくれないとー、TVの前の視聴者が興ざめしちゃうじゃないっすかー…。素人じゃないんすからー…」

「素人よっ!ばりばりの素人よ!ていうかただの被害者よっ!」顔を赤くして怒る百梨。「イクが変なことやってると思ったらこれだったのね!何よこれ!なんでわたしが見世物みたいになってるのよ!」

「まあまあ百梨ちゃあん…」

 二つ隣りの席から百梨をなだめようとする音遠。

「う、うるさいわよ!とゆうか、貴女たちの回答もなんなのよそれ!失礼すぎるわよ!どんだけわたしのことバカだと思ってるのよ!」

 止まらない百梨。ヨツハはやれやれ、という感じで両手を開いて天井に向けた。

「と、とにかくすぐやめなさいよ!さもないと許さないわよ!こんな…、こんなわたしの恥を広めるようなことをして!このまま続けるのは絶対だめよ!」

「ああ…正解映像は、恥ずかしい感じになってるのか……」

 百梨の言葉を聞いて、かなたが気まずそうにうつむく。

「あれ…、これお嬢様、答え知ってるんじゃない!?あっ、ずるいぃ!こんなの絶対正解できるじゃん!反則だよぉ!ハンデつけてよおぉ!」

 澪湖は今更そんなことを言い出している。



 いまだ怒りは収まっていない様子の百梨だったが、そこで、急に得意げになって腕を組んだ。

「ふ、ふん!ともかくこれで終わりよ、終わり!こんなのさっさと撤収なさい!いつまで待ったってわたし、回答なんて書かないんだからね!?そうしたらこの先には進行できないし、この番組自体成立しないでしょう!?残念でした!せいぜい…………!?………!」

 急に百梨の姿だけが画面から消えてしまい、音声も聞こえなくなってしまった。映像にCG加工が施され、百梨につけられていたピンマイクの音声がOFFにされてしまったのだ。

 ヨツハはカメラの方に向いて、自分に向けられたカンペを確認する。そして、何かを理解したかのように何回かうなづいた。


「……っはい!ということで…」編集点を作るヨツハ。「それでは回答者全員の答えが出揃ったところで、正解VTRを見てみましょーっすー!どうぞー!」


「………!……!」

 百梨がどれだけ抵抗しても、画面上には何の影響も現れない。あたかも初めから回答者は二チームであったかのように取り繕って、そのまま番組はつつがなく進行してしまった。


………



「あ、あれ……え、誰?」

「あの…ええと…、は、ハロー…はは……ちょ、ちょっとイク、どこよ!?どこに行ったの!?通訳は貴女の役目でしょ!?」

「あー…、ワタシ、エイゴ、シャベレナーイ……ね?OK?」

「え、わからない?あー…、ソーリー…バット………アイ……アイ……もう!なんでわからないのよっ!?」

「え、なに?あ、英語じゃないの!?サモア語?……デモダメ、ワタシ、ドッチニシロムーリー。ね?…ああ、もう!全然伝わらないわっ!早く諦めて別の人のところに行けばいいのに!どうしたらいいの!?」

「あ、あのね、わたしは日本語しか…………誰か他の人に……」

「…だ、だからぁ、あ、あの…………」

「……わ、わたしは……言葉が……」

「…………」

「…………」

「…………」

「ピ…」

「ピー、ガー…」

「……エラーガハッセイシマシタ……」

「……エラーガハッセイシマシタ……サポートセンターニレンラクシテクダサイ…」

「……レンラクシテクダサイ…レンラクシテクダサイ…レンラクシテクダサイ……」

「………カンベン、シテ、クダサイ………モウ……ミノガシテ、クダサイ…」



………


「はい!というわけで正解は『ロボになる』でしたー。二チームとも、不正解!残念っすけど、ももりちゃん人形ボッシュートっすー!ちゃら、ちゃら、ちゃーん」

 コミカルな音楽とともに各自の席の中に吸い込まれていく人形。

 自分に対する失笑に包まれていたスタジオの中で百梨は、自分もいっそ穴の中に吸い込まれてしまいたいと思い始めていた。



「それでは次はラストミステリー…ももり、発見!」

「……もう、勘弁して…クダサイ……」

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