04
ああーあ…。ホント、バカみたい……。
機械のように事務的に、自分の部屋の模様替えをしている音遠。彼女の目はかつてのように完全に冷め切っていた。
なにそれ…。
あいつまで、女の子好きだとかさあ……。
部屋の中央に陣取っていた、一メートルはあるような大きなウサギのぬいぐるみをビニール袋に包み、乱暴に段ボール箱に押し込める。
じゃあ、わたしの嫌がらせなんて、全然意味なかったんじゃん。
あのバカに思い知らせようと、散々色んなことしてやったのに…。あいつ鈍感だから、全然気づかなくって…、わたしもむきになっちゃって……。その努力が、全部わたしの空回りだったわけね。
ホント、一番のバカはわたしだ。……もう、笑えるわ。
――わ、わたしいー…初めて見た時から、ミオちゃんのことが好きでえー――
――あ、まじぃー?私もオンちゃん好きだよぉー!――
――もおう!違うのお。わたしの好きはあ、そういう意味じゃなくってえ――
彼女の顔は変わらず無表情のままだ。
レースのついた真ピンクのカバーをベッドから剥がし、きれいに畳んでタンスの奥にしまう。そして、代わりに出した黒と灰色の蜘蛛の巣柄のカバーを被せた。
でもこれで、やっとあのめんどくさいのから解放される。あいつの痛い趣味に合わせんの、いい加減うんざりだったんだよね。
ぬいぐるみたちはドクロの置物や血を流した一つ目のモンスターのフィギュアに。壁に掛けられたデフォルメされた海外のアニメキャラのイラストは、ゾンビ映画のポスターに。それまで彼女の部屋を構成していたかわいらしいピンクの品々は撤去され、代わりに黒、灰色、赤を配色されたおどろおどろしいイメージのインテリアに交換されていった。
――わぁー、オンちゃんの部屋ってすっごいかわうぃー!私、こういうの大っ好きなんだぁ!――
――ほんとおー?うれしいい!わたしとミオちゃんって、趣味合うんだねえー――
ふう…、こんなもんか。
黙々と作業を進め、とうとう完全に部屋の内装を変えてしまった音遠は、ベッドに腰掛けて一息ついた。
カーテンやカーペットは所々破けたり、血痕のようなシミがついている。ベランダへ通じる窓はシャッターが下ろされており、ロウソクを模した照明の揺らめく明かりだけが、薄暗く室内を照らしている。
そこはもう、元のかわいらしく女の子らしい音遠の部屋の面影は全くなく、むしろ吸血鬼の寝床というほうがしっくりくるような、廃墟のようなボロボロの内装になっていた。部屋の主のはずの、スカート姿のフェティッシュな恰好でポツンと座っている音遠の姿があまりに不釣合いで違和感があり、まるでへたくそなCGで後から合成したみたいだった。
ぐるっと部屋を見渡してから、音遠は力なく首を振る。
今見ると、なんかいまいちだな……。小学生のころに選んだインテリアだし。あの頃はホラーとゴスロリがごっちゃになってて、とにかく自分が好きなもの集めただけで、全然まとまりなんかないし…。後でちゃんと選びなおさなきゃ…………でも。
でも……、やっぱりしばらくはこのままでもいいかも。だって、この部屋には特別な思い出があるから。ナナちゃんはこの部屋に来て、このベッドで……わたしと……。
音遠はベッドの蜘蛛の巣をいとおしそうに撫でる。それとともに意識がどこか遠くに行ってしまい、彼女の表情が恍惚の色に変わる。
呼吸が荒くなる音遠。ベッドに横たわり、抱きしめるように自分の体を両手で包む。
……ナナちゃん……。
――うふふぅー!オンちゃんてぇー、結構甘えんぼさんなんだねぇー?そんなにしっかり抱きしめられたら苦しいよぉー――
――み、ミオちゃん……こ、こおゆうの、嫌じゃないの……?――
――えぇー?嫌じゃないよぉー?だって友達同士なら、スキンシップって普通でしょー?それにオンちゃんてぇ、すっごいやわっこくって、すっごいいい匂いするんだもぉーんっ!なんかイチゴ大福に包まれてるみたいな気分だよぉー!――
気持ち悪…。
小学生の頃の妖しい思い出は、別の記憶に邪魔されてかき消された。音遠はすぐに我に返って、ベッドから起き上がった。
……ああ、服も買いに行かなきゃ。こんな女の子女の子した服、わたしの趣味じゃないし。いつまでも着てらんないし。前よく行ってたあの店、まだやってんのかなあ……。髪も切んなきゃだし…。
前髪を触りながら、自分がかつてどんな髪型をしていたかを思い出そうとする。だが、あいまいな記憶をどれだけ掘り起こしても大した成果を得ることはできなかった。自力で思い出すことをあきらめて、音遠は卒業アルバムの入っている本棚に手を伸ばした。
「えっ……!?」
そこで音遠は驚きの声をあげる。
な、なんでこれが…、ここに……。
わなわなと体を震わせる。だが、すぐに何かに気づいたように、忌々しそうに顔をゆがめ、舌打ちした。
ちっ……何なのよ、あの先輩。
音遠が手を伸ばした本棚には、クリスマス前にみんなで買い物に行ったときに見つけた水色の魚のヘアクリップが、何食わぬ顔でしれっと本と本の間に挟まれていた。
クリスマス会のときに置いていったの…?
いや、今まで全然気づかなかったわたしもどうかしてたけど、こんなものいらないって言ったじゃん。
しつこいんだよ、あの人。
音遠はあのとき、その髪飾りを買いはしなかった。だが、今確かにここにあるということは、あのとき一緒にいたヨツハか、ヨツハから話を聞いたイクが買って、置いていったのだろう。いつか澪湖が着ていた服の柄と同じ、魚のイラストのそれを。
今のホラーな内装とはもちろん、元のかわいらしいピンクの部屋でも浮くような、ばかばかしいくらいにコミカルなデザイン。なぜ今までそれが自分の目に留まらなかったのか不思議に思いながらも、音遠はめんどくさそうにため息をついて、そのヘアクリップを手に取った。
あの時音遠はヨツハと話していて気づかなかったが、その髪留めはよく見ると七宝焼きで出来ていて、光沢のある輝きがとてもきれいだった。
…どうでもいいし。
音遠は首を振って、それを部屋のゴミ箱に投げ入れようとする。だが、日ごろから母親に、燃えるゴミ以外はキッチンのゴミ箱に分別するように言われていたことを思い出し、億劫そうに立ち上がって部屋のドアへと向かった。
途中、先ほどの模様替えのときにドアの隣の壁に取りつけた、フレームに木の枝が絡まったようなゴシック調の装飾が施された鏡の前で立ち止まる。その鏡は、小学生の音遠が一目惚れして、母親にネットオークションで買ってもらったもので、輸送時の不手際で大きなヒビが入っているところも含めて、かつての彼女のお気に入りだった。
だいたいこんなだっさいアクセ、誰が使うかっての。
そんなことを言いいつつ、何か意味があったわけではないが、そのヘアクリップをあの時のようにもう一度つけてみることにした。ふわふわした髪を簡単に後ろにまとめて、それをとめるようにクリップで挟み込む。改めてつけてみると意外に重量感があって、頭にずっしりとした違和感を感じる。
ないな。やっぱない。こんなガキっぽいの、わたし絶対無理だわ。
すぐに興味をなくして、音遠はその髪留めを外そうと手をかける。
――あああ、何それかわうぃー!私とオソロじゃぁーん!――
なんてね、あいつならきっと、そんなこと言うんだろうね。
――いいじゃんいいじゃん!オンちゃんがこれつけて、私があのときの服着てたらさぁー、私たち仲良し姉妹みたいに見えちゃうんじゃなぁーい!?――
――実はわたしぃ、音遠ちゃんみたいなかわいい妹欲しかったんだぁ!もううちに来ちゃいなよぉ!うちの子になっちゃいなよぉー!――
うっさいバカ。
姉妹?何言ってんの?
あんたなんか、わたしの友達でさえないんだよ。
もうあんたに用なんてないし。これから一生、あんたなんか無視だよ。あんたのバカにいつまでも付き合ってるほどわたし、暇じゃないんだから。
じゃあね。バイバイ、『ミオちゃん』。
音遠は髪飾りを外すと、階段を下りてキッチンに行き、金物や危険物をまとめている小型のゴミ箱にその髪飾りを投げ捨てた。




