ゆく年くる年
年が変わり、日付が一月二日にかわってから一時間弱。言い換えるなら、日本が新しい年を迎えてからまだ二十五時間もたっていない。
元日は、家族揃って年越しと共に神社に初詣に行った本前川家。流石にその時の夜更かしがきいているのか、両親は今日はもう早くに寝てしまった。音遠の弟の火刈は部活の友達の家に泊まりに行っているので、今家で起きているのは音遠一人だけ。彼女は眠い目を擦りながら、半ば義務的にリビングのテレビでバラエティー番組を見ていた。
そんな彼女の眠気を覚ますかのように、急に携帯電話からギターの音ががけたたましく鳴り響いた。時間が時間だけに音遠は大急ぎでそれを掴み、通話ボタンを押す。
「ど、どおしたのお…百梨ちゃあん…そっち今何時いー……?」
既に眠っているだろう両親に配慮してか、彼女の声は小さい。
「おーほっほっほー!もうすぐですわね本前川さん!」
しかし、電話の主はそんなことお構いなし。最初の笑い声から既にフルボリュームだ。
音遠はすぐさま電話を耳から離して、ボタンを操作して通話音量を下げた。一旦ミュートにまで落として、周囲の様子を伺う。百梨の声に驚いて、家族が起き出してきたりしていないことを確かめてから、音量のレベルを一つだけ上げた。
「……でしょう!?だから皆さんに電話しているというわけなのよ!」
再び携帯電話を耳に近づける。向こうはずっと話し続けていたようで、話の途中からになってしまったが、わざわざ聞き返すのも面倒だった音遠は適当に話を合わせることにした。
「そ、そおだよねえ…あ、てかてか百梨ちゃんあけまして…」
「だってね、聞いて下さるかしら本前川さん!?さっき伊美澪湖にも電話かけたんですけど、『眠いから…』とか言って勝手に電話切っちゃうのよ!?失礼してしまうわ!」
自分も切りたいなー、と思いつつも、音遠は「そおなんだー」と心ない相づちをうった。
「じゃあしょうがないから本前川さん?ご一緒にカウントダウンしましょうか!あっ、もう一分前ですわ!やだもう!わたしったらなんだかドキドキしてきてしまったわ!」
「…え?百梨ちゃあん?」テンション高く畳み掛ける百梨に、音遠は嫌な予感がよぎる。「カウントダウンってえ…?」
「あ、じゃあじゃあ、残り一分で今年の反省会でもしちゃう!?しちゃいます!?えーとですわね…。わたし、我ながら今年はちょっと落ち着きがなかったと思っているのですわ!来年はもっと落ち着いた大人の女になることを約束致します!だって来年はもう三年生ですもの!」
「来年じゃなくってえ、今年から落ち着いてよお…」
「あ!それから、さっき占い師の方に来年の運勢を占ってもらったんですけどね!?なんと、大吉なんですって!今年の残りの時間は近年まれに見る不幸が続くんだけど、その分来年は輝かしい栄光の日々ですって!素晴らしいじゃない!だって今年なんてあとちょっとしか無いんですものね!もう今さら不幸なんて起こらないと思うの!だから…」
「もう年あけてるんだよお…」
「あ、見て!もう五十秒過ぎましたわ!そっちでもカウントダウン始まってますかしら?行きますわよ!五ー…」
「百梨ちゃあん…ごめんだけどお」
「四ー…もう!ちょっとなんですのー?いい感じの時にそんな水をさすような…」
「もうこっちー、2015年なんだけどお…」
「えっ?」
急に言葉が詰まる百梨。申し訳なさそうに音遠は続けた。
「そっち今元日の零時ってことお…?こっちってえ、もう一月二日になっちゃってるからあ…」
「ふ、二日!?えっ、だって…えっ?」
取り乱す百梨。しばらくして、電話の向こう側から怒鳴り付けるような声が聞こえてきた。
「ど、どういうことよ!この国は日本より時間進んでるって言ったじゃない!こっちの五時が日本の元日になるって…」
「と、隣の国と間違えたですって!?日本より二十時間遅れ!?ごめんねっすー、って、そんなのじゃ済まないわよ!わたし、この時間に合わせてあけおめメール送るように手配もしちゃったのよ!?どうしてくれるのよー」
「こーらー…!」
電話の向こう側で遠ざかる百梨の声に苦笑いしながら、音遠は通話を切った。百梨の台詞を裏付けるようにさっきちょうど届いた百梨からのメールに、どんな返信を返そうかとニヤニヤする音遠だった。
「今年も相変わらずだなあ……あけましておめでとお。今年もよろしくねえー……」




