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激しいギターを模した電子音が部屋に響く。
ベッドに寝転がってぼうーっとファッション雑誌を読んでいた音遠は、億劫そうに、テーブルの上でその音を発している携帯電話を拾った。
しかしそこに表示されている電話の発信者の名前を見て、退屈そうにまた携帯電話を元の場所に戻してしまう。
それから五分間、携帯は鳴り止まずにずっとギターサウンドを奏で続ける。
「ああ…もおう…」
音遠はいらだたしそうに頭をかいて、もう一度携帯を拾おうとする。だが、今度は音遠の手が携帯電話に触れたところで、ちょうどその音が途切れてしまった。
「ふう」
音遠が無感動にまたベッドに戻ろうとすると、今度は別の音がなった。それは、携帯電話に入れているメッセージアプリが、新しいショートメッセージを着信したときの音だった。
音遠は観念して雑誌をベッドに投げ、携帯を手にした。
イク:
『音遠、本当にこれでよかったのですか?』
ネオン:
『旅行楽しんでるうー?写メ送ってえー』
イク:
『美河様と澪湖様は今、ご一緒にいらっしゃるらしいですよ』
「ふうーん…」
音遠はつまらなそうにまたベッドに寝転がって、携帯電話を操作する。
ネオン:
『かなたちゃんはあー、ミオちゃんのこと気づいてたのかなあー?』
イク:
『そうでしょうね』
『貴女たちは、一つミスを犯しましたから』
『聡明な美河様でしたら、きっとそのことに気づいていらっしゃったことでしょう』
イクの返信は、音遠の書き込みからほとんど間髪をいれずに届く。音遠は少し考えるようなポーズをとってから、返信を打ち込んだ。
ネオン:
『ゲームのことお?ミオちゃんが、よお子ちゃんほどはゲームが上手じゃなかったからあ?』
イク:
『違います』
ネオン:
『よお子ちゃん役のミオちゃんが、真っ先に一番高いものが入ってそうな、一番大きなプレゼントを選んじゃったことお?』
イク:
『違います』
ネオン:
『よお子ちゃん役のミオちゃんが、…うーん…なクッキーを、ろくにチェックもしないでプレゼントとして持ってきたことお?』
イク:
『それも違います』
『ゲームについては、よお子様ほどではないにしろ、澪湖様も多少は心得があったご様子。初心者の美河様に対してなら、ゲームの達人を装うのは不可能ではありません。まして相手は共犯者の音遠でしたしね』
『そして、二つ目と三つ目を人格判定の証拠とするには、美河様が、よお子様の人柄を知り尽くしている必要があります』
『プレゼントの件とクッキーの件は、いずれも、澪湖様がやりそうなことではありました。ですが、だからと言って、よお子様ならばやらない、ということを証明する積極的事実はどこにも存在しませんでした』
『つまり、あの場にいたのがよお子様ではなく澪湖様だった、と言うことを直接証明するのは、至極困難なのです』
『ですが少し視点を変えれば、同じ意味のことが、既にあの場で提示されていたということがわかるのです』
『それがすなわち貴女たちの犯したミス。つまり、「澪湖様が消えた」という発言が嘘だと、自分から言ってしまっているということなのです』
そこで、イクのメッセージとして、人差し指をビシッと向ける探偵のイラストが挿入される。音遠も、ムンクの『叫び』のような、驚いている人のイラストでそれにこたえる。
イク:
『貴女はなぜ、澪湖様の分のケーキを確保したのですか?』
『なぜ、早く食べないと味がおちるケーキなんてものを、いつ戻ってくるのかもわからない澪湖様の分まで、確保したのですか?』
『あれでは「澪湖様にすぐにでもケーキを渡すことが出来る状態である」ということを言っているのと同じです』
ネオン:
『ええー…、で、でもおー、わたしがミオちゃんの分をとっておかなかったらあ、その方が不自然じゃなあーいー?これまでのわたしならあー、ダメになっちゃうかもしれなくてもお、ミオちゃんの分のケーキは取っておくと思うけどおー?』
イク:
『そうですね』
『だからこそ貴女も、わたくしたちにケーキを配る段になってから、澪湖様の分を確保したのです。お嬢様の分をスキップできるチャンスを利用して』
『それは不用意でしたね、音遠。貴女は最初から、七個のケーキを用意しておくべきだったのです』
『パーティーの参加者は、澪湖様を除いた六人。澪湖様のためのケーキを貴女が確保するなら、ケーキは最初から七個なければ足りなくなってしまう。そのことは音遠、少なくとも貴女だけはわかっていたはずなのですから』
『六個しか用意しなかったのは、六個でも足りると思ったから。パーティーに参加できない残り一人の人格には、個別にケーキを用意するまでの思い入れがないから』
『それはつまり、「ケーキが出て」、「プレゼントをもらえる」パーティーに、必ず澪湖様が来ると知っていたということ。「澪湖様が消えた」というのは嘘だということです』
『ケーキが六個しか用意できなかった?人気の商品なので売り切れていた?』
『ならば別のケーキを用意してあるはずです。足りない分の一つ、あるいは、七個すべてを、別のケーキで用意してあるはずなのです』
『ケーキを用意したのは音遠のお母様。あらかじめ七個用意してほしいと言っておけば、あの場に六個だけが現れることはありえないのです』
ネオン:
『むううう…』
そこまで入力してから音遠は、携帯をベッドに置いて起き上がり、部屋を出て階段を下りた。そして、キッチンでホットミルクを作って、また自分の部屋に戻ってきた。高温の牛乳を吐息で冷ましながらベッドの上の携帯を覗き込み、先ほどの状態から増えているイクのメッセージを飛ばし飛ばしで読んだ。
イク:
『音遠、このままで本当にいいのですか?』
『音遠、貴女は、澪湖様のことをどう思っているのですか?』
『音遠、貴女の本当の気持ちを教えてください』
音遠は、「お土産よろー!」という文字の入った、熊のイラストを送信すると、携帯電話の電源ボタンを長押しして、機能を停止させてしまった。
部屋中央のテーブルの上にホットミルクのカップを置いて、本棚の奥から中学の卒業アルバムを取り出す。
「ミオちゃんのこと、どう思ってるってえー…」
自分と澪湖のクラスの、一人一人の写真が並べてあるページを開く。
「そんなの決まってるじゃあーん…」
右手にはボールペン。それで、そのページのある一箇所を力いっぱい塗りつぶす。そこは既に今までにも何度も何度も塗りつぶした後があり、本来は写真があるはずの領域が、真っ黒に染まっていた。
「だいっきらーいー!」
最後に、そのボールペンを真っ黒の領域の真ん中に、力いっぱい突き立てた。
そこは本来、ふざけた顔をした、澪湖の写真が張ってあるはずの場所だった。




