07
音遠の家の前には、近隣住民しか利用しないような住宅街の小道が通っている。その細い道の両脇のコンクリートの外壁に、触れるか触れないかのぎりぎりくらいのところで、しかし、実際には絶対に触れたりはしないで止まっているリムジンがある。音遠の家でのパーティーを終えた百梨たちを迎えにきた、千本木の家のものだった。
「じゃあねえ、みんなあ。百梨ちゃんたちはまた来年ー。よお子ちゃんにはまた後でミオちゃんの件連絡するねえ!」
もうすっかり暗くなった空の下、玄関前でリムジンに手を振る音遠。車内では、他の五人が音遠に手を振り返していた。
プレゼント交換が終わった後も、どうでもいい話をして盛り上がったり、さっきとは別のゲームをしたり、音遠が小学生時代に密かに描いていた少女マンガを発見して読みふけったりして、一同は楽しいひと時を過ごした。途中、中学時代の音遠の卒業アルバムを勝手に見ようとした百梨に、音遠がバックブリーカーを仕掛けて、あわやリアルファイト、という事態になりかけたが、他の参加者たちの説得によってクリスマス会はなんとか穏便に幕を閉じたのだった。
「ふう」
やがてリムジンは、慎重に、丁寧に、しかしぎりぎりの横幅であることを感じさせない大胆な運転で走り去っていく。音遠は手を振るのをやめて、家に戻っていった。
リムジンの車内。
五人が座っても十分過ぎるほどの空間、沈み込むようなふかふかの座椅子。下手をしたら、家の自分の部屋よりも広くて落ち着くような車内だったが、かなたは全く気を休めることができずにいた。
それは、音遠が見えなくなってから思いだしたかのように頬を膨らませて、不機嫌さをあらわにする百梨の存在があったからだった。
「だいたい、わたしのプレゼントが最後まで残るって事がおかしいのだわ!まったく!貴女たちには失望ですわ、失、望っ!とんでもなくプレゼントを選ぶセンスの無い人たちねっ!せっかくこのわたしが、直々に貴女たち庶民のために選んで差し上げたというのにっ!」
「…すいません」
「………ごめん、……なさい………」
当然メイドたちはせせら笑っているだけなので、仕方なくかなたたちが謝ることになる。残り物でいい、と言って選択順が最後だったかなたにとっては完全にとばっちりであり、別に謝る理由は無かったのだが、それを言うと余計めんどくさいことになりそうだったので、黙っていることにしたようだった。
「そもそもプレゼントというのはね、相手を喜ばせるためにあるのよ!?それを、何が熊のきぐるみよ!何がコーディネートよ!そんなの、誰かがそれ着てるところを自分が見たいってだけじゃないっ!自分の願望のために人にプレゼントを贈るなんて、本末転倒というのよ!?恥を知りなさい、恥を!」
だんだん調子に乗ってくる百梨。かなたたちはうんざりした様子で、しかし反論することもできずにいた。かなたはもう、イクのプレゼントから制服に着替え直した後だった。
「だいたい、本前川さんも本前川さんよね!さっきは一応ホストとしてのメンツを立てて何も言わないでいてあげたけれども、自分の気に入ったパジャマをプレゼントですって!?どうかと思うわ、そういうの!」
「…あんだとコラぁ…」
そのパジャマをもらった張本人であるヨツハが、完全にケンカ腰の恐ろしい形相で百梨をにらみつける。百梨が気づかないうちに、人が変わったようなヤクザじみた言葉遣いの彼女を、イクが片手で制する。
「だってパジャマというのは、人それぞれ好みと言うものがありますし、第一、既に今現在使っているものがあるでしょう!?それなのに、他人の好みで新しいパジャマを贈られたところで、どうしろって言うのよ!?扱いきれずに困ってしまうだけじゃない!お邪魔よ、お邪魔!パジャマでお邪魔よ!ホントに!」
にやり、と邪悪な笑みを浮かべるイク。かなたはこの瞬間に、「あ、お嬢様そろそろ反撃されるな」と思った。そもそも、どれだけ百梨を泳がせていても、そのうちメイドたちがやり返すことになるだろうということを分かっていたからこそ、かなたは黙って百梨の話を聞いていたのだった。
「そもそもプレゼントというものの始まりはね…」
「…どうやらお嬢様は、わかっていただけていないようですね…。わたくしたちがどれだけ、お嬢様に気を遣って差し上げていたか、ということが」
「にゃ、にゃんですって!?」
急に話の腰を折られ、おかしな返しになる百梨。呆れたような顔で、イクは続ける。
「プレゼントとは、相手を喜ばせるもの……なるほどなるほど。そうですね。そのとおりです。わたくしたち、そして音遠も美河様もよお子様も、お互いのプレゼントで、本日は大変幸せな気分になることが出来ました。どなたのプレゼントも、非常に女子らしい、女子会にふさわしいプレゼントでありましたからね」
「ふ、ふん!そ、それが一体…!」
「みなさん非常に女子らしいプレゼントでした、…よね?ね?ね?」力強い眼力で、百梨をにらみつけるイク。「は、はい…」と百梨はそれを認めてしまう。「それでは…」
イクは、車内にあった直方体の箱に手を掛ける。それは、百梨が自分で持ってきて、自分で回収したプレゼントの箱だった。
「ここで、お嬢様の用意したプレゼントというのを見てみましょう」
言うなり、ものすごいスピードで包装紙をはがし、箱を開けて中身を取り出すイク。それには、先ほどかなたを早着替えさせたのと同じ技術が使われているようだった。
「?」
かなたは首をひねる。
出てきたのは、ほとんど箱と同じサイズの大きな赤い直方体の物体。家電によくあるような金属製のボディに、シンプルなデザインのツマミとボタン。直方体の一面は取っ手がついた黒い半透明のガラスになっていて中は空洞のようだ。それは……、なんのことは無く、実際ただの家電だった。
「……で、電子、……レンジ…?」
「電子レンジ、かな…」
「ええ、電子レンジでございます」
百梨は、ムキになって叫ぶ。
「ええ!電子レンジよ!いいじゃない電子レンジ!何が悪いの!?水蒸気で揚げ物ができるのよ!?ノンフライ調理でヘルシースピードメニューなのよ!」
「はああ?」という、百梨をバカにしたような顔をするイク。
「何ですかこれ?わたくし女子だけのクリスマス会って、女子会するって言いましたよね?女子会のプレゼントで家電って……何考えてるんですか。お嬢様?ありえないでしょう?サラリーマンの忘年会の、ビンゴ大会の景品じゃないんですから」
「だ、だって…わたし、何贈っていいかわからなくて……だって、ネットで一番人気って書いてあったから……一番喜ばれるかもって……思ったから……」
余りのイクの剣幕にぐずりだす百梨。イクは、百梨のおでこを人差し指でつつきながら続ける。
「いいですかー?お嬢様ー?女っ!子っ!相っ!手っ!女っ!子っ!なんですよー?わかってますかー?もしもーし!?どこの世界に女子会に電子レンジもっていく女子高生がいますかー?貴女馬鹿ですかー?」
「で、でもっ!」泣きそうな顔で反論する百梨。「く、熊よりはマシっ!熊よりはマシですわ!熊のきぐるみ持ってくる女子高生だって、この世にはいないはずですわっ!」
やれやれ、といった様子でイクは首を振る。
「いいですか、お嬢様?あの熊はよいのです。あの熊には、その資格があるのです……」そこまで言ってからタメを作って、ゆっくりと百梨に顔を近づける。百梨はどんどん近づいてくるイクの顔から逃げるため、後ろにのけぞる。「熊には、女子会に参加する資格がある……」
「そ、そんな…そんなはずは……」
「だってこの世には、『キモカワ』という言葉があるのですから」
それが何かとても大事なことであるかのように、深刻な表情で言ったイク。百梨は、深く息を呑んで、ショックを受けてうなだれた。
「…………そ、そうでしたわ……」
がっくりと、力なく両手を落とす。それは、百梨の完全なる敗北宣言だった。
「って、いやいやいや……、この人たち、さっきから何言ってんの?」
かなたは、二人のよくわからないやり取りに、ただただ呆れているだけだった。
「……あれ、そういや二十六木先輩がいない……?さっきまで、車の中にいたのに…」
音遠は自分の部屋で、六人分のティーカップとケーキの皿をかたそうとしていた。
「はあ…」
退屈そうに、ため息をつく。
ガタッ。
部屋の扉が開く音に、驚いてビクッとなる。
「どもー」
「…あれえ?ヨツハちゃあん…」
そこにいたのは、二十六木ヨツハだった。彼女は、音遠からもらったときからずっと、ウサギの耳のついたパジャマ姿のままだった。
「なんか、忘れ物お…?」
あまり興味なさそうに片付けを続ける音遠。ヨツハは、「ふふーん」と笑う。
「そんなものっすかねー」
そうは言いながら、何故か開けた部屋の扉のところに背中をもたれかけて、ずっとこちらを見ているヨツハ。そんな彼女を不思議に思いながらも、音遠はとりあえず気にしないことにした。
「適当に探してていいよお?」テーブルを片付け終わって、部屋を出ていこうとしたところで、ヨツハは手を出して音遠の行く手を遮った。「……なあにい?それえ」
「音遠…」真剣な表情のヨツハ。「何か、悩み事があるんじゃないんすか?」
「はあ…」音遠はまた、ため息をつく。
「無いけどお…そんなのお。なあんか、勘違いされちゃってるのかなあ、わたしい…」
「澪湖ちんの事、このままでいいんすか?」
一瞬、ぎろりと冷たい目をヨツハに向ける。だが、音遠はすぐにいつもの笑顔に戻った。
「あ、ミオちゃんのプレゼントおー、わたしに取らせてくれてありがとおねえー!」
ヨツハはそのいつも通りの彼女の顔を見て、「悲しいっすね…」と思った。だが、それを言っても彼女の悲しさを消せるわけではない。ヨツハもいつも通りの調子で返す。
「ああー、気付いてたんすねー。自分とイクちんのマジシャンズセレクト!誰に何のプレゼントを取らせるかはー、完全に計算づくだったんすよー」
「えへへえー、わかるよおー。だってー、ゲームで勝った人順なんてえ、その時点でおかしかったもおーん!」音遠はまた部屋を出ていこうとする。しかし、ヨツハの手は一向にどけられる気配がない。「マジシャンズセレクトってゆうかあ、もう二人がサンタさんだよおー」
ヨツハはばつの悪そうな顔になり、それを隠すように、パジャマのフードを深くかぶる。
「ホントはこれも、澪湖ちんに取らせてあげたかったんすけどね…」
「しょおがないよおー」音遠は優しく笑う。「ミオちゃんは今はいないんだもおーん…」
「音遠…」
俯くヨツハ。その隙に、音遠は道を遮っていたヨツハの手を避けて、部屋を出ていった。
「明日から百梨ちゃんたちと海外旅行でしょおー?いいなあーお金持ちってえー。うらやましーい」
階段を降りていく音遠の後ろ姿に、ヨツハは寂しそうに声をかけた。
「何度でも言うっす、音遠。自分らは、いつだって音遠の味方っすから!」
「はあーい」
音遠の返答は、やはりいつも通りの、間の抜けたものだった。
「じゃあーねえー。また三学期ー。おみやげよろしくうー」
名残惜しそうに出ていったヨツハを、音遠は玄関先で手を振って見送った。
「今のウサギのカッコした人、誰え?」
入れ違いで、終業式の日でもいつも通りの練習メニューのサッカー部から帰ってきた、音遠の弟、火刈が玄関に現れる。
「んー…友達ー」やる気なく答える音遠。
「へえー、姉ちゃんてえー、あのバカっぽい人以外に友達いたんだあー」
中学生だが声変わりしておらず、母親や音遠に似た女の子のような容姿の火刈。バッグから取り出したサッカーシューズの手入れをはじめる。見た目だけでなく喋り方も、彼は音遠によく似ていた。
「なんて名前えー?」
「はっ?何で?ヒカリに関係ないし」
「ええー、いいじゃん教えてよおー」
「……ヨツハちゃん……」
気持ち悪いものを見るような目で、弟を睨む音遠。火刈はぽっ、と顔を赤らめ、恍惚の表情をする。
「ヨツハさん、かあー…」顔を上げ、妄想の世界に入ろうとする火刈。「えへへー……あいたあっ!」
音遠が火刈の頭に何かを投げつけた。
「勝手にわたしの友達のこと好きにならないでくれるう?キモいなあ」
「何すんだよおー。…あれえ、何これえ?」
その、投げつけられた透明なビニールの袋を、人差し指と親指で汚いものを持つように持つ火刈。
「だいたいヨツハちゃんは今恋してんの。あんたの入る余地なんかないから」
「これ何い?おかき?」
「食べたきゃ食べれば?全部あげるわ」
「わあーい。いただきまーす」
火刈はその袋から一かけらを拾い上げると、迷いなくそれを噛み締めた。
「かったあー!ぺっ!ぺっ!何これ、石みたいに硬いよおー?ヨツハさんが作ったのお?」
音遠は興味なさそうに、階段を上って自室に戻っていってしまった。
「……わたしには、もうそれ必要ないからね…」




