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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
05章 澪湖のいないクリスマス(後編)
44/152

06

「さあて!やっとわたしの番が回ってきましたわねっ?さあ!わたしにクリスマスプレゼントを献上するのは、一体どなたなのかしら!?」ようやく熊のきぐるみから脱出できたらしいお嬢様。「どなたのプレゼントをいただくことになるのかは知れませんけれど、このわたしのメガネに適う物でなければ、わたし許しませんことよ!おーほっほっほー!」

 目を輝かせて、かけてもいないメガネを、くいっくいっと動かすまねをする、これまでの誰よりもテンションの高い彼女。ああ、きっとこのプレゼント交換、お嬢様が一番楽しみにしていたんだろうな。

 あくまで高飛車に、だけどどこまでも無邪気にはしゃいでいるお嬢様。その姿に、あたしはあきれながらも笑顔になってしまう。


 お嬢様の前に七五三木先輩が歩み出た。

「ではお嬢様。こちらをお受け取りください」

 頭を下げて片膝をついて、小さな白い箱を載せた手のひらをお嬢様の前に突き出す。そのへりくだったうやうやしい仕草は、さっきお嬢様が言ったように、本当に高貴な身分の人に献上品を差し出すようだった。


「イ、イクですの…?」顔をしかめて、ひるんでしまうお嬢様。さっき二十六木先輩に熊の絨毯を押し付けられそうになったこと、…というかプレゼント関係なく、熊のきぐるみにさせられたことが相当のトラウマになっているみたいだ。「そ、それはまともな物なんでしょうね!?」

 震える人差し指で白い箱を指しながら、七五三木先輩をにらみつける。でも、先輩の方は頭を低くしたまま、何も答えてくれない。


「な、中身は何なのよ?き、危険なものではないのでしょうね!?」おそらく無意味だろう質問を続けながら、今度は視線をその箱に移す。そして、まるで箱を透視して中身を探ろうかってくらいに、じーっと凝視したまま、その箱に顔を近づけていった。


「ひぃーっ!」急に、飛び上がって後ろにのけぞるお嬢様。「な、なんか機械音がしましたわっ!カチっ、カチっ、って、じ、時限爆弾みたいな音がしましたわっ!」

 驚きすぎて、そのまま床に尻餅をついてしまう。七五三木先輩はやっと顔を上げて、そんなお嬢様に困ったような表情を向けた。

「そんなわけないでしょうが……。お嬢様…、わたくしのこといったい何だと思ってるんですか?爆弾なんてプレゼントしませんよ」

「し、信じられないわっ!そ、そんなこと言ってわたしのこと騙そうとしてるんでしょ!?そうはいきませんわよ、誰が貴女のプレゼントなんてもらうものですか!」

 床に座り込むような姿勢のまま、先輩の持つ箱から離れていくお嬢様。先輩は、やれやれ、といった顔でその箱をあたしたちの座るテーブルの上に置いた。

「それではわたくしのプレゼントじゃない方にしますか?最後に残った、もう一つの方に?」

 お嬢様はすばやく何度もうなづく。

「そ、そうよ!貴女のプレゼントじゃないほうにするわっ!もう一つ残っているはずですものね!?そっちよ!そっちを早く持ってきなさいっ!」

 あーあ、とあきれた顔の先輩。

「お嬢様は、本当に馬鹿ですね」

「な、何がよっ!?」

 なぜか二十六木先輩もそれに続く。

「ぷぷっ、ホント、バカ丸出しっすね…」

「百梨ちゃん、それじゃバカにされてもしょうがないよお…」

 音遠まで。

 あたしとよお子さんは最初よくわからずに、笑う三人の様子を不思議がっていたが、ちょっと考えてすぐに理由がわかった。

 はは……お嬢様、そりゃバカだわ。


「な、何ですのっ!?わ、わたしはなんと言われてもイクのプレゼントは受け取らないわよ!は、早く残りのやつを持ってき……あ」

 しゃべっている途中で、お嬢様の目の前に縦横高さがそれぞれ50cm程度の大きな箱、最後のプレゼントが差し出された。唖然となるお嬢様。

「はい、どうぞ。こちらがご所望の最後に残ったプレゼントですよ、……ご存知かと思いますが、お嬢様ご自身がお選びになったものですね」

 目の前の事態を把握し、ひくひくと顔を引きつらせるお嬢様。


「ぷぷっ、自分のプレゼント、自分で受け取ってるっす…。自分で選んで、自分で買って、自分で受け取って……、それ、もうプレゼント交換じゃなくって、ただの『買い物』っす」

「ぷ、ぷはっ……だ、だめだって、先輩たち…、笑ったら…ははは、か、かわいそう…だって…」

 室内に満ちるあたしたちの失笑。

「そ、そうよお…。わたしこれがどうしても欲しかったのよ。おほほほほ…」怒りの色に埋め尽くされて今にも爆発寸前の顔で、お嬢様は精一杯に強がっていた。




「では美河様?どうぞお納めください」

 あ…。

 さっきの白い箱を、今度はあたしに差し出す七五三木先輩。しまった……。お嬢様が回避したってことは、次の矛先はあたしに向くことになるんだよな。

「はは…、あ、ありがとう先輩。……で、結局これって中身は……?」

 やっぱり先輩はその質問には答えない。しょうがなく、あたしは恐る恐るさっきのお嬢様みたいに顔を近づけてみる。かちっ、かちっ…。ホントだ…。なんかやばそうな音が聞こえちゃってるよ…。

「あ、ああ…そ、そうか時計かい?時計なんだよな?」

「さあ、どうでしょう?」

 ニッコリと笑う先輩。その優しい笑顔が、今は怖すぎる…。

 見回すと、音遠もよお子さんも、不安そうな顔でこちらを見ている。心配してくれてる、って思えればいいんだけど、二人とも部屋の壁沿いにまで後ずさっていて、あたしからなるべく距離をとろうとしているのがちょっと憎たらしい。


 はあ…。小さくため息をつく。ま、このままうじうじやっててもしょうがないよな。いくら先輩が変人だからって、まさか本当に他人に爆弾なんてプレゼントしないだろうさ。あたしは覚悟を決めて、先輩からその小箱を受け取った。


「い、いやあ。何かなあ。楽しみだなあ……」

 箱につけられたリボンをほどき、その蓋を開けた瞬間……。


 ボンっ!

「う、うわあっ!」

 爆発音とともに、箱から煙が勢いよく出てくる。突然目の前が真っ白になったあたしは、何が起こったのか即座には判断できない。で、でもこれってやっぱり爆弾…!


 そう思ったとたん、目の前の煙はすぐに晴れてしまった。かなりの量の煙が勢いよく出てきたから、あたしはだいぶその空気を吸い込んでしまった気がするけれど、不思議と煙たくは無かった。そう、感じとしては、沸騰したお湯から上る湯気とか、ドライアイスみたいな…。

「あ、あれ……?」

 落ち着いてきたので、あたしは蓋を開けた箱の中を見てみる。その中身は、空っぽだった。

「え…?これ、…だけ?」

 相変わらずこちらに笑いかけている七五三木先輩。えっと…、よくわからないけど、さっきの煙がプレゼントってことなのかな…?びっくり箱ってこと…?

「は、はは…。先輩、ど、どうも……」


「ああ……!」リアクションに困っていたあたしの耳に、誰かの深呼吸でもするみたいに深く息を呑む音が聞こえた。「か、かなたちゃあん…そ、それえ…」声のした方を向くと、音遠がびっくりした顔でこちらを見ていた。

「ど、どおしたのそれえ?すすすすすっごおいかわいいよお!」

 え……?

 音遠は両手を口に当てて、感動したような声を上げている。

「うん。思ったとおりです。やっぱり似合いますね」

 満足げにうなづく七五三木先輩。

「か、かなた……さん……か、かわいい………!」

「やっぱすげぇーっすなー!イクちんのコーデセンスぅ。もちろんかなたちんの素材の良さがあってこそなんすけどねー」

「……か、かわいいじゃない……ま、まあ、も、もちろんわたしの次にですけれど!おーほっほ……」

 みんなも口をそろえて、さっき二十六木先輩を見たときみたいなことを言う。全く、いったい何なん……あ、あれ…。

 なんだか体がさっきより軽くなっていることに気づいたあたし。え…、え…。自分の体を見て、『それ』に気づいたあたしは、驚愕した。


 あたしの服装は、確かにさっきまでは学校の制服姿だったはずなのに、今はぜんぜん違う。ピンク地に花柄のワンピースに、随所にレースの装飾が施されたデニムジャケット。それは、この前古着屋で七五三木先輩が選んでいたコーディネートに似ていた。でも、あのときよりも明らかに上等で、色合いも鮮やかで……と、というか、なにこれっ!?なんであたしこんな服着てんのっ!?

「ちょ、ちょっと、え、え、え、え?こ、こんなの、え?」

 焦りすぎて、どうしていいかわからずにきょろきょろとあたりを見回すあたしの挙動不審を、音遠は別の意味に捉えたみたいだった。

「あ、鏡い?こっちあるよおー!」

 すぐさまキャスター付きのスタンドミラーが目の前に出てくる。口で「じゃじゃあーん」と言いながら、音遠がその鏡に掛けられていた布のカバーをはずすと、現れたのは……。


 な、何こいつ…。わ、ワンピースとかそんなの全然『らしく』ねえっ!そ、そんな女子丸出しの格好…、て、てか脚っ!こ、この服、丈が短すぎる!ど、どんだけ脚出してんだよ!変態だろこれっ!うわっ、ちょっ!か、髪ながっ!い、いつこんなに髪伸びたあたしっ!?あ、かつら!?う、ウイッグってやつか…?て、てか頭になんか付いてるし…リボン?あ、髪留め?な、何これ、いる?必要?……留めるくらいならかつらかぶんなよな………はは、しかもよく見たらイヤリングとかもしちゃってるし。え、あたしこれ、どうやってつけるかも、どうやってはずすかもわかんないんだけど……。


 鏡の中の女は、こんな恥ずかしいカッコをして、顔真っ赤にして…。こいつが自分であるということが、どうしても納得できないあたし。

 だ、だってこんなのあたしじゃないよ…、こ、こんな…こんな…。

「勝手なことをして、失礼いたしました」必死に現実逃避していたので、すぐ後ろに七五三木先輩が立っていたことに気づかなかった。「美河様の制服は、こちらにあります」

 そういう手には、きれいにたたまれたあたしの制服。つ、つまり、さっきのびっくり箱の煙の中で、制服脱がされて、この格好にさせられたってこと?い、いや!だってそんな時間なかったしっ!ホントに一瞬の出来事で…!


「この日のために、ヨツハ相手にずっと練習していたのです。早脱がし、早着せの技術を」あたしの疑問に答えるように、そう言って微笑む七五三木先輩。い、いやこれもう技術とかの枠超えちゃってるでしょ!「いやー。全部脱がして全部着せるまでのタイムが一秒きったときは、さすがの自分もちょっとイクちんの変じ…、超人っぷりに恐怖を覚えたっすよー」こ、この先輩、そんなことやってるといつか捕まるぞ…。


「よくお似合いです」

 もう一度、あたしの目を見てそんなことを言って笑う先輩。

「はは、……この服、とか髪飾りとか、…がプレゼントってことなんだ…な。…と、とにかく、あ、ありがとう……」

 言葉では愛想よく振舞いながら、さっさと着替えたかったので、大急ぎで先輩の手から制服を受けとるあたし。いや、だってこんな恥ずかしいカッコもう後一秒だって無理だよ。あたしの気を知ってか知らずか、先輩がダンスのお誘いでもするように、片手を差し出す。

「よかったら、後でその服でデートでもしてくださいませんか?」

「無理無理無理。無理、絶対無理。…と、というか、外でこの服は着れないかなあ…」

「もったいない…」

 どこから脱いだらいいのかわからずに着替えに手間取っているうちに、今度は二十六木先輩の方が後ろに立っていた。先輩は、あたしの肩を持って鏡に向き直らせる。

「見て見て見てみっすよー。自分の姿をー」せっかく目をそらしていたのに、また見てしまった。こ、この姿。こんな……こんな……。「どう思うっすかー?」

 あたしは鏡から顔を背ける。

「い、いやあ。やっぱきっついなあ!らしくない!ガラじゃないんだよ!こ、こんな、こんな…」

――かわいい…――

「こんな恥ずかしいカッコはさあ!」

――いや。かわいいぜ、カナ…――

「荊様は、なんとおっしゃっていますか?今の美河様のお姿を見られて」

――カナ。俺が知ってる人間の女の中で、今のお前が、一番かわいい…――

「いやあ、荊もあきれてるよ!無理すんな、って!そんなカッコしても寒いだけだって……」

――カナ、お前はもっと自分に自信を持っていい――

「そうですか。それは残念。彼には美というものがわからないようです。所詮畜生ですね」

「そ、そうなんだよ!まったくあいつはむっつり畜生野郎でさあ…」

「ホントっすよー、今のかたたちん見て何にも思わないなんてー、ウンコ以下っすよー」

「あ、ああ!エロいだけが取り柄のくせになー、ははは…」


 あたしはメイド先輩たちに適当なことを返しながら、もう一度だけ鏡を見た。そこにうつっているのは、別人のようなあたし。



 そうさ、こんなのあたしじゃないよ。こんな…、こんな…こんな…かわいいのなんて…あたしじゃ……。

――カナ…。そんなことない。お前はいつでも、かわいい女の子さ…――

 荊……。


 へ、へー、お前、お世辞とか言えるんだな。まったく、そんな台詞どこで覚えたんだよ。あたしが読んでた漫画の台詞か?ずいぶん人間らしくなってきやがって。むっつりのくせに、なんだよ、その、イケメンみたいな台詞……。ば、バカみたい、はは…まったく……。

 はは…わかってる。わかってるよ。

――お世辞じゃねえ…――

 わかってるって……。


 あ…ありがとう、荊。

 う、うれしい……よ。


 七五三木先輩も…。

 素直じゃなくて、ごめん…。でも、悪いけどさ、あたし、まだみたい、なんだ。まだ、こういうの慣れないみたい。ちょっと勇気が足りないみたい。でも…、でも、本当にうれしかったよ。かわいいって言われて、うれしかった。


 ありがとう…。ありがとうね、みんな…。

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