05
みんなで持ち寄った、大きさも包装もバラバラのプレゼントは、今は音遠の部屋の一角に集められている。その中から、さっきのゲームの勝った順で好きな物を一つずつ選んでいく。
「……あ、じゃあ……私、は………これ……を」
穴あき手袋をはずして、自身なさそうにプレゼントを選ぶのはゲーム優勝者のよお子さん。さっきのプロゲーマーっぷりが嘘みたいに、いつも通りのおどおどした態度に戻っていた。
というかよお子さん、一体何基準で『それ』を選んだのだろう?彼女が選んだのは、みんなが持ってきた中でも一番大きくて、豪華な包装のされたもの。高さは一メートル以上はあって、人一人くらいは、余裕で入ってしまいそうなビッグサイズのプレゼントボックスだ。今日あたしたちはお嬢様の家のリムジンで学校からここまで送ってもらってきたのだが、あたしたちがリムジンに乗ったときには、確か既にその箱が積んであった気がする。ということは、お嬢様サイドの誰かの……。
「あっ!それ自分のっすー。あー、よお子ちんにあたっちゃったっすかー」どうやら、二十六木先輩のものだったみたいだ。「ホントはおじょー様に贈りつけたかったんすけどねー」
「……え……?」
聞き捨てならな過ぎる先輩の台詞。そ、それって、完全に嫌がらせグッズってことじゃないか…。よお子さんもそれに気づいたみたいで、困った表情を作る。
「あ……、あの……こ、これ……何です……か……?」
「それはー、あけてからのお楽しみっすよー」
「ヨツハがわたしに向けて用意したもの?このわたしにふさわしい、さぞかし高貴で優美なるものなのでしょうね!?良かったわね伊美澪湖!どうやら、その箱は『当たり』のようですわよ!」
いや、それはない。
「ちょっとお、ヨツハちゃあん…」怪訝な顔で音遠は箱を小突く。「これナマモノじゃあないよねえ?もしかして開けちゃうと部屋汚れちゃうやつう?」
「……あ、あの……痛いやつ、ですか………?」
明らかに箱の中身に警戒している二人。まあ、それが正しい反応だろう。
「くん、くん……なんだか、獣くさいですね」
「ちょ、ちょっとお!?うち動物禁止なんだけどお!?」
その上、七五三木先輩がそんなこと言うものだから、みんなの恐怖は極限まで高められてしまった。まさか生き物が入ってるってことは無いと思うのだが、……あたしもついつい後ずさってしまう。
というか荊、今の聞いてたか?獣くさいやつは、この家立ち入り禁止みたいだぞ?
――……――
さすがに最近ちょっといじりすぎたか。とうとうあいつ、あたしのこと無視し始めやがった。ちぇ、つまらん。
「だーいじょぶっすよー!動物だけどー、ちゃーんと死んでるっすからー」
そう言って二十六木先輩がその大きな箱を勢いよく開けると、中から出てきたのは真っ黒な塊。と、というか…。
「う、うわあ!熊っ!?」
というかそれは、実物大の熊の毛皮の絨毯だった。思わず本物と勘違いして変な声を上げてしまったあたし。照れ隠しで周囲を見渡すと、さっきまでより明らかにお嬢様の様子がおかしくなっている。なんでもないように取り繕ってはいるが、顔は真っ赤で、明らかにその熊の方を見ないようにしている。
「ヨぉ、ツぅ、ハぁ…、何でソレ買ってきてるのよぉ……!」
胸の前に小さくゲンコツを作って、二十六木先輩をにらむお嬢様。ああ、またどうせ何かお嬢様にとっての恥ずかしい思い出のあるアイテムなのだろう。メイド二人が必死で笑いをこらえているのからも、それは間違いなさそうだ。うん、いつものことだな。もうかわいそうだから放っておいてあげよう。
「あ……、ど、どうも………」
どう考えても『ハズレ』なそのプレゼントに、よお子さんは明らかにいらなそうな顔をしながら感謝を述べていた。構図的には、昔話とかで大きなつづら選んで失敗する人みたいだ。ふふ、ちょっと笑える。
「じゃあねえ、わたしはこれえ!」
次に音遠が選んだのは、さっきのよお子さんのとはうって変わって、片手に乗るくらいの透明なビニールの小さな袋。小さい子の服とかによく描かれている可愛らしいネコのキャラクターの包装紙に包まれていて、キラキラしたラメのリボンが巻いてある。
「あ、……そ、それ……」
控えめに手を上げたのはよお子さん。どうやら彼女のものらしい。
「ええ、何かなあ?開けていいーい?」音遠はそう言いながら、答えを待たずに包装紙を外し、袋を開ける。そこまでの彼女は、目一杯に顔をほころばせて、今日一番の笑顔のようだった。「あ………」
だが、中身をみた瞬間に、その笑顔のまま絶句、硬直してしまった。「……う、うわあいっ!やったあ。クッキーだあー」それからコンマ数秒遅れての喜びのリアクション。わざとらしい。
でも、それはしょうがないことだと思う。その袋の中に入っていたのは、茶色いコーンフレーク状の物体。いや、コーンフレークにしたら塊が大きくて、そのサイズもばらばらで………というか音遠、よくそれが粉々になったクッキーだってわかったな。
「あ……そ、それ……、澪湖が……用意した……やつで……、こ、こんなの、だなんて……知らなくて、私………ご、ごめんなさい」
萎縮して小さくなってしまうよお子さん。…はあ、やっぱりあいつの仕業か。まったく、あいつはいつもろくなことをしないな。
「ううんんー!すっごい美味しいよおー!ありがとおーってえ、言っておいてえー!」
絶対嘘だ。
音遠はフレークのひとかけらを口に入れ、ものすごく歯ごたえありそうに、あごの力を入れて噛みしめながら笑っていた。
「くふふっ!な、なんですの、そのまっずそうな、出来損ないの駄菓子わっ!?伊美澪湖!貴女、クッキーもろくに焼けないんですの!?しょーもなっ!ホントしょーもないですわっ!こ、高校生にもなってクッキーなんて簡単なものもつくれないなんて貴女、どんだけ不器用………も、もが!あがが…!」
健気な音遠に情を感じたのか、よお子さんを馬鹿にするお嬢様の口を、後ろから自分のハンカチで押さえつける七五三木先輩。その上から、二十六木先輩がさっきの熊の絨毯でお嬢様をぐるぐる巻きにしてしまって、「もごもご」とうめくだけの大きな熊のきぐるみが一瞬で出来上がっていた。
さて、気を取り直して。
「次はわたくしですね?」
ゲーム大会で三位だった七五三木先輩は、自分の番になると、迷うことなく一つの紙袋を拾い上げた。…………あっちゃあ、よりによって七五三木先輩に選ばれちゃったか…。
「…それ、あたしの…」
「まあ」わざとらしく笑顔を作る先輩。「美河様のお選びになった品ですか?一体なんでしょう。楽しみですね」
あたしが持ってきたのは、他のみんなが持ってきた綺麗に包装された、いかにもプレゼント、って感じのキラキラした商品と並べると、明らかに見劣りするものだった。無地の、薄いぺらぺらの茶色の紙袋を、百均で買ったクリスマスツリーの形のシールで閉じただけ。中身もスカスカなので、手に持った感じも軽くって、だいぶ安っぽいと思う。
実はゲームでプレゼント選ぶ順番を決めようって聞いたときに、正直あたしちょっと喜んだんだ。
その方法なら、一番大したものが入ってなさそうで、誰も欲しがりそうにないあたしの品は最後まで残るだろうし、そうなれば、「あたしは余り物でいいよ」って言えば、自分の持ってきたものを自分で回収できるんじゃないかって思ってたから。そうでなくっても最後の方まで残ったような物だったなら、『余り物だからショボくてもしょうがないよね。残念でした』っていう感じで、この貧相さも冗談になって許されるんじゃないかと思ったから。
それがこんな早い段階で、しかもよりによって、七五三木先輩が選ぶことになるだなんて…。だ、だって、あの先輩…、ファッションとかにさ、こだわりありそうじゃないか…。
「えっ……!?」袋を開けるなり、さっきとは違う、本当に驚いたような声を上げる先輩。というか、中身が想像以上に酷かったもんだからヒいているんだろう。「こ、これはニットの…マフラー……?て、手編みですか……!?」
なんでこんなものがここにあるんだ?とでも言うような先輩のリアクション。…そうだよな。あたしはいたたまれなくなって、無意識に顔がどんどん下に俯いていってしまう。もう恥ずかしすぎて誰かと目を合わせることさえできない。
「こ、…この前さ、先輩言ってたじゃないか……。そ、その、マフラーとかそういうのって、……何個か持ってても、困らないって……」意味もなくへらへらと笑う。「い、いや…はは、それにさ……プレゼントは、自分で選ぶべきだって………ってことはさ、自分で作ったりなんかしたら、もっといいのかなあ………なあんて……ははは」
「かなたちゃんてえ…」
呆れたような、音遠の声。ああ、言われなくてもわかってるよ。はは、馬鹿だよな。こんな、あたしみたいな男女が、手編みのマフラーだなんて。何やってるんだろ、ほんと…。七五三木先輩のアドバイスを真に受けて、勢いでこんなの作ってしまって…。これのために、今週は毎日夜遅くまで作業して……。それで、出来上がったのはこんな、見るに耐えないような、編み目ガタガタで、長さだってぜんぜん短くって、とんでもない完成度の低いもので……。
「ときどきすっごおい女の子っぽいよねえ。そおゆうとこ、すっごいギャップ萌えー。かっわいいよねえー」
え……。
「い、イクちん……か、かなたちんの手作りとか、そ、それ、ちょっと羨まし過ぎるじゃないっすか。ちょっ、ちょっ、ちょっと、じ、自分にも、触らして…」
「だめですよ、何言ってるのですか?これはわたくしがもらったのです」
「ううぅー。こんなのがもらえるなんて知ってればぁー、さっきの勝負わざと負けてやったりなんかしなかったっすのにぃー!」
ど、どういうこと?二人は何故かあたしのソレを取り合うような仕草をする。
「ふふ、負け惜しみは見苦しいですよ。…ああ、それとも、これをかけて、もう一勝負やりますか?」
「やる!やるっす!全財産かけるっす!」勢い勇んでゲームのコントローラを拾う二十六木先輩。「ほらっ!早く準備するっす!イクちん!ほーらー!」
七五三木先輩はゆっくりと二十六木先輩の肩に手をかけて、にっこり笑う。
「馬鹿ね。嘘に決まってるでしょう?こんな良い物、賭けたりなんかしませんけど?」
「う、ううぅーっ!」
演技だとは思うけど、あたしのマフラーなんかを悔しがってくれてる二十六木先輩。七五三木先輩の方も、得意げに自分の首に巻きつけてくれたりなんかして…。彼女にかかると、不細工な形したあたしのマフラーが、アバンギャルドでおしゃれなデザインに見えてしまうから不思議だ。
……いや、どうせ二人とも社交辞令ってやつだろう?それはわかってる。わかってるんだけど、やっぱりなんか恥ずかしいよ。そこまでやられるとさ。
「これゴム編みい?かなたちゃん編み物初めてだよねえ?ええーぜんぜんそんな風に見えなあい!すっごおいかわいいよお?」
「あ、あの、もういいから……。先輩それ、もう仕舞ってくれないかな?……はは、下手くそだろう?一応、マフラーのつもりなんだけどさ……ま、まあ鍋敷きくらいには使えると思うからさ…」
きょとんとした顔の七五三木先輩が、首をかしげる。
「え?鍋敷き?何のことです?」
「い、いや、だってそんなのさ……」
「普通に、宝物ですけど?」
「なっ!?何言って…」
あたしとしっかり目を合わせる七五三木先輩。
「美河様」
「あ、あの、もしいらないようだったらさ…」
「出来るじゃないですか?」その目は、わが子を見る母親のように優しかった。「誰かを喜ばせること。誰かの喜ぶことを想像して、行動すること。出来たじゃないですか?」
「せ、先輩、そんな気を使わなくってもさ……」
「意外と、簡単だったでしょう?」
「せ、先輩…」
そして、先輩は深々と一礼した。
「この贈り物は、美河様のお優しい気持ちであふれています。わたくしたちへのプレゼントを作るために、慣れない編み物に挑戦してくださったこと。このパーティーのために時間と労力をかけ、努力してくださったということ。それが、本当にうれしいです。美河様、ありがとうございました」
努力なんて……。
そんな大したことはしていないさ。
ただ、暇だっただけだよ。帰宅部で、毎日家に帰ったら寝るまでずっと一人で、あ、あたし、やることがなくて暇だったんだ。
その暇つぶしに、なんかできることないかって考えて、はじめただけなんだよ…。
あ、あとさ、プレゼントもさっさと決めなきゃって思ってから、自分で作れば安上がりだー、って…。
……作ってる最中も、ついさっきまでも、ずっと、ずっと不安だった。
こんなの喜んでくれるわけない。馬鹿にされるだけだって。
はは…、でも、冗談として笑ってもらえるなら、それはそれでいいか、なんて。
…でも。
…本当はちょっと期待していた。これをもらう誰かが、喜んでくれればいいな、って…。
あたしの作ったもので、ちょっとだけでも笑顔になってくれればいいな、って…。
ホントだ……。
なんだ、こんな簡単なことだったんだ……。あたし、何をあんなに恐れていたんだろう……。
精一杯やったら、ちゃんと喜んでもらえるんだ。先輩の言うとおりだ。よかった…これなら、もうひとつ作った方も……。
「ええ…。きっとお父様も喜んでくれると思いますよ…」
目の前のあたしにも聞こえるかどうかってくらいの小声でつぶやく先輩。……まったく、この先輩は全部お見通しなんだから…。
「……どうも…」
あたしはちょっと照れながら軽く頭を下げた。
「……うーん…」気づいたら、二十六木先輩は残り三個のプレゼントの前でうなっていた。「残りは三つ……、おじょー様のやつは、どうせ趣味悪いくっだらないやつだからー…。それ以外ならどれでもいいっちゃあ、いいんすけどー」
「…!…!」熊のきぐるみが何かをアピールするかのように手足を動かしているが、だれも気にしない。
「あ、そっれえ、わたしのお」
「よっし!」
リボンのついたピンクの箱は、音遠のプレゼント。中身も負けないくらいにピンク色の、もこもこ素材のパジャマだった。
「なんすかこれぇー!?すっごいかわいいじゃないっすかぁ!」
「この前みんなで買い物行ったときに買ったのお。かわいいよねえ。すっごい気に入っちゃったからあ、自分の分と二つ買っちゃったあ」
「えええー!このかわいいの、音遠とオソロっすかー!やりぃー!」
「ねえー、いいよねえー?あ、しかもしかもねえ…」両手を小さく叩きながら二十六木先輩に近寄る。「フードにケモミミつけちゃったんだあ。ここお!」
「うわあー!何これ!すっげー!かわい過ぎっすよー!」
「相変わらず器用ですね音遠。素晴らしくかわいらしいアレンジです」
「うふふー。わたしのは狸ちゃん耳でえー、ヨツハちゃんのはウサ耳だよおー」
「あ…、いい、な……かわいい………」
「ええ、本当にかわいいです」
ほんとだー、か、かわ……かわ……。
……だめだ。女子力が高すぎて、女子の出来損ないみたいなあたしには会話に入っていけない。ここは危険だ。は、早く逃げなければ……。
『かわいい』で埋め尽くされた高女子力空間に高い壁を感じたあたしは、そんなことを考えて自分を慰めていた。
「今着てもいーっすかこれー?」
そう言うなり、制服を脱ぎ出す二十六木先輩。だ、だめだ先輩っ!そのパジャマは危険だっ!着てはいけない!
「どっすかー?」
着替えたパジャマがよく見えるようにくるんと一回転してから、先輩は両手を丸めて片足をあげてポーズを決めた。そのときの、「ぴょんっ」という動きに合わせて、フードについた長い耳が前後に動く。
し、しかも、一回転したときにちらりと見えたお尻の部分、丸いウサギの尻尾までついていた……。
ぐああー!か、かわいいー!かわい過ぎて目がつぶれるー!溶けるー!
――……ノリノリじゃねえか……――
そうかな?はは…、あたし今、ちょっと気分がいいからな。
…って、やっべ。ストーカーと話しちった。
――…………――
というかお前っ!?今、二十六木先輩が着替えるとこ見てた!下着姿見てた!
――……いや、俺とカナは感覚を共有してるから、前と同じで、カナの視覚が伝播して、不可抗力で………つうか、俺の意思じゃねぇから……――
やっぱ見てた!そんで興奮してた!この変態!むっつりエロモンスター!
――……もう、いい……――
ふう……、今日のノルマはこれくらいかな。




