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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
05章 澪湖のいないクリスマス(後編)
41/152

03

「あらあらあらあ、今日はお友達が随分たくさんなのねえー」


 玄関まで迎えに来た音遠のお母さん、本前川金那子(ほんまえかわ かなこ)さんは、音遠に似てふわふわしたかわいらしい女性だった。

「音遠ちゃんたらあ、いっつも澪ちゃんしか連れて来てくれないんだもおん。こんなにたくさん友達がいるなんてえ、ママぜんぜん知らなかったわあ」

「も、もおう、ママあー!余計なこと言わなくていいからあ!」

 恥ずかしそうに駆け寄って、お母さんの口を封じる音遠。いかにも仲のいい親子と言う感じの、ほのぼのとしたやり取りに、初めて彼女の家に訪れたあたしたちの緊張も霧散してしまうようだった。



 十二月十九日。二学期の終業式が終わったその足で、あたしたちは制服のまま音遠の家に来ていた。


 発端はその二、三日前。プレゼント交換会の言いだしっぺだった二十六木先輩が、「ところでー、会場はどこにしたらいんすかねー?」なんて言い出したことだった。あたしたちはみんな、ハロウィンのときみたいにお嬢様のお屋敷のどこかに場所を確保してくれていると思っていたから、そんなこと言われても困ってしまった。

「だって今回はハロウィンのときとは違って、参加人数がたったの六人だけなんですのよ?わたしの家にそんな少人数用の部屋なんて、どこにもありませんわ!まったく、何を言ってらっしゃるのかしら!?おーほっほっほー!」

 二十六木先輩は、このパーティーを毎年やってる、なんて言っていた気がしたが、それはどうもあたしたちを参加させるためだけの嘘だったようだ。こういう普通の小規模なイベントを開けるような適当な場所がどうしても見つからなくて、どうにも困っていた先輩たちを見かねた音遠が、「もお、うちでやればあ…?」と言ったのが、結局、そのまま実現する形になったというわけだった。




「お母様、本日はお世話になります」音遠に続いて家にあがって、大仰に金那子さんに挨拶をしたのは七五三木先輩。二十六木先輩とお嬢様がそれに続く。

「はあー…、音遠てば、家までいい匂いするっすなー!家全体が女の子の匂いって感じっすー。白いご飯何杯でも食べられそうっすー」

「おーほっほっほー!こんなせせこましい家にわたしのような天上人が訪れたという奇跡、せいぜい光栄に思うことですわね!」

 無数のぬいぐるみがディスプレイされたかわいらしい玄関を通って、あたしも家に上がる。

「せ、先輩たち!もうちょっと抑えて下さいよ!お母さんは普通の一般人なんですからっ………ね、音遠さんのお母さんですよね?は、はじめまして!美河と言います。し、失礼しますっ!」

「…ど、どうも………」

 最後に、いつも通り自信なさげな態度のよお子さん。やっぱり面識はあるみたいで、金那子さんは彼女には笑顔で手を振っていた。


 結局、今日まで澪湖の不在状態が直ることはなかった。心配しないでほしい、澪湖のことは自分がなんとかする、と繰り返すよお子さんにしたがって、あたしたちはもう余りそのことに触れなくなっていた。



 音遠に案内されて、あたしたちは二階の彼女の部屋に通された。八畳くらいの広い部屋には、埋め尽くすようなたくさんの数のぬいぐるみ。レースのカーテンに、レースのベッド。ふんわりと感じる、石鹸のようないいにおい。そこは一分の隙もない、いかにも音遠らしい、ザ・女の子の部屋っていう感じの部屋だった。真ん中にある真っ白い大きなテーブルの周りに、あたしたちは輪になって座った。

 ……って、よく見たら、ちゃっかり金那子さんもその中に混じっているじゃないか。

 途中で気づいた音遠が大急ぎで部屋から押し出していったけど、部屋のドアが半開きだったから、その後の二人のやり取りは丸見えだった。


「マ-マあ!何でいるのよお!?お茶だけ持ってきてくれればいいって言ったでしょおー!わたしの部屋に近寄らないでよおっ!」

「しょぼーん…。クリスマス女子会、ママも混ぜて欲しいよおお…」

 悲しそうな顔をする金那子さん。音遠はいらだたしそうに、両手でお母さんの頬をつねる。

「ま、マーマあ?自分の年わかってるう?わたしたちこれから友達どおしでパーティーなのお……。女子高生以外はお呼びじゃないんだからねえ?母親同伴とかあ、ありえないんだからねえ…?」

 金那子さんは、それでも一瞬食い下がる。

「で、でもお、ママの心はいつまでも高校生のままだからあ……」

 だけど恐ろしい形相でにらみつける音遠をみて、すぐに引き下がったみたいだった。

「…っはあーいっ!ママは居間でTV見てまあーす!」

 そう言ってスキップの音とともに一階に消えていった。音遠はいぶかしげにそちらを睨んだまま、部屋に戻ってきた。




「みんなごめええん。ママ…じゃなくてお母さんが変なこと言っちゃってえ………って、え!?…ちょ、ちょっとお!みんな何、してるのお!」

「あ、……あの」

「あはは……なんかみんな音遠の部屋が珍しいみたいだな…」

 いつの間にか、テーブルの周りにおとなしく座っているのはあたしとよお子さんだけになっていた。ちょっと目を離したすきに、自由に音遠の部屋を散策している残りの三人。



「はあはあはあ、こ、これが音遠の香り……た、たまんないっすねえ…」

 二十六木先輩はベッドに横たわり、顔をしきりに枕にこすり付けている。

「なるほど……音遠は普段こんなのをつけているのですね。……な、なんと…こんな過激な…、え、ええ……!?こ、これは上?…下?どちらにつけるのでしょうか?だ、だってこんなのじゃ、どこも隠せないのに……」

 七五三木先輩は、タンスの引き出しを開けて、下着を物色している。

「わんちゃん……うちにきまちゅか…?んん…?わんわん?」

 部屋の隅にあった大きなダルメシアンのぬいぐるみに抱きついて、何かしゃべりかけているお嬢様。


「ちょっとおー!みんな何してるのよおおっ!」

 音遠は大声を上げて、自由すぎる面々を注意する。それでやっと渋々ながらも、三人はテーブルに戻ってきた。


「ふう、これでやっとパーティー始められるっすねー」

「ってゆうかヨツハちゃん?枕は元の場所に戻してねえ?」

「えっ……あ、ああ、これっすかー?もー、しょうがないっすねー」

 さも、今気づきましたという体で、抱きしめていた枕を元に戻す二十六木先輩。

「あとイクちゃんも!」

「いえ、これはあくまでも学術的好奇心なのです。…え?それでもだめですか。そうですか」

 悪びれもせず、完全に居直っていた七五三木先輩。にらむ音遠に根負けして、ポケットからはみ出していた音遠の下着を、元あった引き出しの中に戻した。


 そこまできてようやく、あたしたちのパーティーは普通の女子会のような体裁を取りつくろうことができたみたいだった。







「さてさてー、それじゃー早速プレゼント交換しますかー」

 そう言って、持ってきた大きな箱を開けようとする二十六木先輩を、音遠が慌ててさえぎった。

「ああー、それよりケーキい!みんなで食べようと思ってクリスマスケーキ買ってあるんだあ。すっごい美味しいやつだからあー、先そっち食べよおー!」

 なんだか澪湖みたいなことを言いながら、音遠は六人が囲むテーブルの上に、持ってきたケーキの箱を置いた。

「マ、……お母さんの知り合いのやってるお店なんだけどお、わたしもめったに食べられなくてえ…」

 箱が開けられると、部屋中に甘いクリームとフルーツシロップの香りが充満した気がした。得意げな顔でお嬢様が笑う。

「ふふ、どれだけ美味しいと言ったところで、庶民が手に入れることができるようなケーキなんて、たかが知れているでしょうね。わたしのように、幼いころから最高級の品に触れているような人間にしてみれば、そんなもの…」

 箱の中にあったのは、キューブ型のかわいらしいショートケーキ。上面に見たこともないような大きなイチゴが載せられていて、四つの側面からも、これでもかってくらいイチゴが散りばめられたゼリーと、ふわふわのスポンジが何層にも折り重っている。見るからにすごい手がかかっているのがわかるし、普段ケーキなんて食べないあたしですら、ちょっと食べてみたい、と思ってしまうような魅力がそれにはあった。

「あ、そおう?じゃあ百梨ちゃんは無しでいいんだあー?」

 音遠はその美味しそうなケーキを慎重に一人一人取り分けていたのだが、その言葉通りお嬢様の前には空っぽの皿だけを差し出した。

「あっ……そ、それは……そ、その、そういうことでは…あ…」

 ショックで言葉に詰まるお嬢様。自分の空の皿と、隣の二十六木先輩に配られたケーキを、恨めしそうに交互に見比べている。恐ろしくナチュラルな動きでみんなのカップに紅茶を注いでいた七五三木先輩も、音遠に合わせてお嬢様のカップだけはスルーした。


「ごくり…」

 うわあ…、向かいのあたしにまで聞こえるくらいの生唾の音。もう見てられないよ……。

 しょうがなく、あたしはお嬢様に助け舟を出すことにした。

「音遠、あんまり意地悪するなよ。箱の中にまだ一つ余ってるじゃないか。これはお嬢様の分なんだろう?」

 そう言ってケーキの箱に伸ばしたあたしの手は空振りする。音遠がすばやくその箱を自分の懐に抱え込んでしまったからだ。

「ぶっぶうー!だっめでえーす!だってこれはミオちゃんの分だもおん!」


 あたしはつい反射的に、よお子さんの方を見てしまった。まあ当然、彼女の分のケーキはあるわけで……。

 ははは……よお子さんと澪湖には、ケーキ一個ずつっていう計算なんだな…。いや、音遠らしいと言えばらしいのだが……。

 二重人格を理解できていないお嬢様は、子供みたいにダダをこねる。

「ず、ずるいですわっ!伊美澪湖はもうケーキもらってるじゃないですの!一人で二個なんて、不公平ですわっ!あ、あんまりですわっ!」

「あ、あの………よかったら、私のを……」

 いたたまれなくなったよお子さんが自分のケーキを渡そうとしてくれているのも気づかずに、お嬢様は立ち上がった。

「わかりましたわ!こ、こうなったらこっちにも考えがありますわよ!?イク!ヨツハ!今から千本木の総力を挙げて、最高の材料と最高の人材を集めなさい!こんなちいちゃいのじゃなく、世界一の、最高級の……」

「うんまぁぁぁーいっ!イチゴもさることながら、クリームも絶品っすー!自分こんなに美味しいショートケーキ食べたことないっすよー!」

「非常に美味ですね、音遠。一体このケーキは、どこに行けば手に入るのですか?よかったら今度買いに行くときに、ご一緒させて下さいな」

 二人にそこまで言われると、あたしも食べずにいられない。

「どれ………あ、うん、ほんとだ。これおいしい。あたし甘すぎるのとかだめなんだけど、これなら全然食べられるよ。というか、かなり好きかもしれない」

「ほんとお?ありがとおー。これ朝から並ばないと買えないくらいのすっごい人気のやつなのお。それにすぐ食べないと味が落ちちゃうからあ、今日マ……お母さんがパート休んで買ってきてくれたんだあ!」

 そう言って音遠もスプーンで掬って一口食べたあと「んんー!」っと、体を震わせ、本当に美味しそうに笑った。


「ううう……うううう……」

 あ、忘れてた。気づいたら、歯をぎしぎしと噛み締めて、お嬢様が泣きそうな顔になっていた。そっと、自分の食べかけのケーキを差し出すよお子さん。

「あ、……あの………、私、甘いの………苦手なので……」

「!」

 やっぱりよお子さんはえらいな。同じ姿の誰かさんだったらこうはいかないだろう。お嬢様の顔がぱあっと輝く。

「い、い、いい心がけよ、伊美澪湖!庶民と言うのはそうでなくてはね!わたしのような上流階級の人間のために尽くすこと、それこそが庶民の本分というものですわ!おーほっほっほー!…ま、まあ?わたしのような上流階級が、伊美澪湖のような庶民から施しを受けるようなことなんて、本来なら出来ないのですけれど、貴女がそこまで……」

「あれえ?やっぱりお嬢様いらないみたいよお?」

 ちょっと調子に乗った瞬間に、お嬢様の前にさし出されたケーキを、音遠がまたよお子さんの元に戻す。えげつないな……。

「残念だよねえー?よお子ちゃんからじゃあ、ケーキもらえないんだってえー」


「…………………も、もぢろんでずわ……ぜんぜん、へいぎ、でずわよ………おほほほ……ほ…」

 下手にプライドが高いお嬢様は、前言の撤回は出来ないみたいだ。悔しがりすぎてもう話し方がおかしなことになっているのに無理に笑う姿は、なんだかすごく痛々しかった。




――カナ。今のケーキ結構いけるな。もう一口食ってみてくれよ!――

 おや、おかしいな?女子高生限定のパーティーのはずなのに、男の声がするぞ?

――………カナ。最近ずっとつれないじゃないか……もういい加減、ゆるしてくれよ……――

 ええ?もしかしてストーカーかあ?怖いなあ。いやだなあ。

――…カナ……カナちゃん……お、お願いするから……――

 うわっ。『ちゃん』とか呼ばれちゃったよ。そういう馴れ馴れしさ、いかにもむっつり野郎って感じだよな。気持ちわっるう。

――……か、カナ……も、もしかしてこの前の俺の話し……他の女の胸がどうの、ってやつ聞いて、自分のと比較して妬いちゃってんのかー、な、なーんて……――

 …………。

――う、うそです……ジョークです。そ、そんなに……怒らないで……――

 …………。

――……本当に、ごめんなさい……――



 最近のあたしの趣味、荊いじめ。すっごい楽しいんだ、これ。あと一週間は楽しめそうだな。

――もう、勘弁してくれ……――




「一口…」ふと見ると、七五三木、二十六木両先輩に、お嬢様がこっそり話しかけていた。「一口だけ……お願い。本当に、なんでも言うこときくから……」

 もう従者と雇い主の立場が逆転してしまっている。プライドどこ行ったよ…。


「しょーがないっすねー」

 自分の皿から、本当に一口サイズ程度のケーキのかけらをスプーンですくって、お嬢様の皿に移す二十六木先輩。

「これ以上は差し上げませんよ?」

 七五三木先輩も、同じようにほんのひとかけらだけ。


 音遠が取り分けたときの、きれいに整ったケーキの影も形もないようなクリームとイチゴの残骸を、全然気にせずに幸せそうに食べるお嬢様。

「うわー!ほんとーにおいしいーですわー!」

 哀れだ……。


「ぷぷ……お弁当忘れてみんなから分けてもらってる子みたいっす…」

 二十六木先輩のそんなつぶやきに、それまで我慢できていたあたしもとうとうふきだしてしまった。

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