03
「同一性障害、ダブルパーソナリティーディスオーダー、んー、ぶっちゃけ二重人格ってやつ!」
喫茶店のテーブル席で、周りの目も気にせずにカチャカチャと食器のぶつかる音をたてている少女。向かいの席で静かにコーヒーを口にしているもう一人の少女は少しあきれている。
「ワケわかんなくなるくらい焦っちゃったり、意識とんじゃうくらいすっごい驚いたり、気絶したりするともう一人の『あいつ』が出てきちゃうのよね。かなたもテレビとかマンガで見たことあるでしょ、二重人格なんて言うと大袈裟だけどさ、ま、軽い発作みたいなもんだと思って気にしないでよ!」
馴れ馴れしく相手を呼び捨てにして、その少女、伊美澪湖は好物のナポリタンを大口にかきこんだ。
発色のいいセミロングの茶髪は、先ほど走ったせいかボサボサに乱れている。制服の白いワイシャツには勢いよくナポリタンのソースが飛んで、前衛的なデザインの柄を絶賛作成中だったが、本人はそんなことに気づく気配もない。
出会って十数分という関係だったが、向かいの少女、美河かなたは、澪湖のがさつな性格をこれでもかというほど見せつけられていた。
「だけどどこか憎めない、そんなだらしないところも、彼女にとってはチャーミングな魅力の1つなのだ、みたいな!?」
――普通それ、自分で言うかよ…――
そして『彼』にいたっては、澪湖に完全に引いていた。
「ああー!もう食べなきゃやってらんない!次パフェ頼んでいい!?てか絶対おかしいでしょーよ!こんなにイケメンのくせに女の子って!やんなっちゃうわー!あ、これって当然かなたのおごりでいーんだよね!?当たり前だよね。私のこと、だましたんだからさー!」
かなたの容姿は、確かにお世辞にも女の子らしい、とは言いがたいものだった。ボーイッシュなショートヘアーに、丸みの少ないすらっとした長身は、まるで外国人のファッションモデルのようだ。細いつり目も、他人に媚びない孤高の男という雰囲気で、澪湖がイケメンと表現したのも無理の無いことだった。
「騙したつもりはなかったのだが…。いや、同じようなものだな。ああ、好きなだけ食べてくれ。それで気がはれるなら」
そういってかなたは、メニューのデザートのページを開いて澪湖に差し出す。そして「やりー!」と嬉しそうにメニューに飛び付く澪湖の顔を、じっくりと眺めた。
「それにしても…、本当に別人だな。さっきの、もう一人の人格の時の君とは…」
澪湖はメニューとにらめっこしたまま、何でもないように言う。
「結構こうゆうもんらしーよー、二重人格ってー。人格変わる度に、性格どころか人相まで変わっちゃったりとか、しまいにゃ女の子が男の人格になったら体格まで変わって、すごいガタイよくなっちゃった、なんて例もあるらしんだからー」
かなたはさっきの不安そうな少女の顔がまだ頭から離れない。もともとかなたがこんなところで澪湖にナポリタンとデザートをおごらなければいけなくなったのも、あの少女を自分が傷つけてしまったのを心配したからなのだ。
「…信じていない訳ではないのだが…、その、さっきの人格をまた見せてもらうことは出来ないだろうか?」
澪湖はあきれたような顔をつくる。
「あのねー、そんな『また、あの鉄板の一発芸見せてよー!』みたいに簡単に言わないでよー。さっきも言ったけど、気失うか、よっぽどびっくりするようなことがないと、そんなコロコロ変えられないんだって!見せ物じゃないんだぞ!」そこで、声のトーンをぐっと落とす。「それに私あいつちょっと苦手だし…」
かなたは腕を組んで考え事をするようなポーズだったが、急に力強く頷いた。
――二重人格ね。俺も見るのは初めてか。まあ、そうそう俺らみてえな境遇のやつがいるわけねえよな。こいつの存在は、俺らにとっちゃ悪いジョーク以外の何者でもないな――
「あたしにも、君と同じような特徴があってな…。それを見れば、少しは驚いてもらえるかもしれないな」
――おいカナ!なにをしようとしている!まさかこんなやつに俺らのことを…――
「まあ、二重人格に似たようなものだ。あたしの中には、もう一人の人格がいるんだ」