05
その駅の南口からは、何棟も連なる巨大な団地へ続く道、大きな電器店や映画館に繋がる中央通り、地元の人間がよく利用するアーケードの商店街など、バラエティーに富んだ道が扇状に伸びている。一行を先導する百梨が入っていっていったのは、その中でも一際小さな、ともすればそれが道であることさえ気づかれないような裏通りだった。
通りに入ってすぐ、駅の周辺は、居酒屋やコンビニ等のあまり飾り気のない風景だが、それからしばらく歩くとやがて可愛らしいアクセサリーや雑貨の店が道の両脇に並んでいるのが目に入ってくる。かなた、澪湖、イクは、壁や天井が全面こげ茶色の板張りの、カントリー調の洋服店にいた。残りの三人、百梨、ヨツハ、音遠は、その店の向かいにある雑貨屋の方だ。
交換会まではなるべくお互いにプレゼントの中身を知られないようにしたかったのと、そもそもこの通りは、数百メートル程度の道に個性的な店がたくさん並んでいる事が一つの売りにもなっているくらいだったので、六人が一緒に行動するのは物理的に不可能だった。そこで誰から言い出すでもなく、一行は自然と三人ずつに別れて行動していたのだった。
「お嬢様のくせになんかおしゃれなとこ知ってるよねぇー。似合わなぁー。ってか今日さむいよぉー!あぁ、あったかぁいラーメン食べたいなぁ…」
六畳程度の小さな店内に、鼻が詰まったような澪湖のイラつく大声が響く。スウェット姿の彼女は、両腕で体を抱えるようなポーズでぶるぶると肩を震わせて、店の空調の近くに陣取っていた。
店内には三人の他に茶髪の男性店員が一人いるだけ。有線は最新の洋楽ヒットチャートにでも合わせているのだろうか、どこかで聞いた事があるようなノリのいいR&B曲が流れている。薄暗いオレンジの照明が、カントリー調の内装によくあっていて、清潔な店内にどこかホコリをかぶったような古びた雰囲気をまとわせる。
澪湖の食い意地の張った独り言に相づちをうつように小さくうなづいてから、イクはかなたに笑いかけた。
「もう冬ですからね。防寒具など喜んでいただけるのではないでしょうか?その日の服装に合わせるバリエーションとして、複数持っていても困るものではありませんし」
店に入って右側、男性用のコーナーから、イクは青と黄色の毛糸のマフラーを手にとる。
「そういうものかな?」特に何を考えるでもなく、ぼうっと店内を見渡していたかなた。「…まあ、いいか。うん、それでいいや。それにしよう」
男性用、女性用どちらのコーナーにも、あまり興味がもてずに居心地悪そうにしていたかなた。イクの提案を聞くなり即決して、そのマフラーを受け取ろうとする。しかし、イクはそれをすぐに棚に戻してしまい、今度は店の左側の女性用コーナーに飾ってあったサンタの格好をした熊のぬいぐるみを手に取る。
「?」
「あるいは女性らしい贈り物として、こういった物も面白いかもしれませんね」
ぬいぐるみをちょこんと手のひらに乗せ、かなたのほうを向かせて自分の顔と同じ高さまで持っていく。
「あえて男性に可愛らしいものを贈ることで、これを見るたびに自分の事を思い出して欲しい、自分と思ってかわいがってほしい、というような意味を持たせると言うわけです。そういった類の贈り物は恋人同士で行われるのが一般的ですが、だからこそあえて感謝の気持ちをこめて親族に、というのは、とても印象に残るのではないでしょうか?例えば、愛する自分の娘からこのぬいぐるみのようなプレゼントを贈られるというのは、男親にしてみたらたまらなく嬉しいものなのだと思いますよ?」
かなたはぬいぐるみの熊と目を合わせたまま苦笑いする。
「ちょっとそれは……恥ずかしいな。えっと…そ、そうなのか?その…最近の女子ってみんな、父親にそんな感じの物を送ったりするのか?まあ、それが普通だっていうのなら…いいか。うん…わかった。プレゼントは、それでいこう。で、いくらだい?」
「ねぃねぃ、さっきから何の話ぃ?」
いつの間にか隣にいて「うふふふぅ」と気持ち悪く笑っている澪湖は無視して、かなたはイクに手を伸ばしてぬいぐるみを受け取ろうとする。しかし、イクはそれも元あったところに戻してしまう。
「??」
「それって交換用のプレゼントぉ?うぅん、メイドちゃんに選んでもらってるんだもぉん、そぉじゃないよねぇ。あぁー!もしかしてそぉゆぅことぉ?えっ、気づいちゃってたぁ?えぇもぉ、どこで知ったのぉ?オンちゃんから聞いたのぉー?いやぁ、悪いなぁ、申し訳ないなぁー!」
「……………。お父様のお仕事は、スーツをお召しにならなければいけないような類のものではありませんですよね?でしたら、ああいった少しカジュアルなタイプのバッグというのも有りかと…」
今度は天井近くの高い位置にディスプレイされている革のショルダーバッグを指差すイク。かなたはよくわからなくなってしまう。
「…それでさ、えっと結局、先輩はどれが一番いいと思うんだ?予算の都合はあるけど、あたしは先輩のセンスを信用している。先輩が選んだものなら、どれでも受け入れるつもりだよ」
「そぉなんだよぉー!実は私の誕生日ももぅすぐなんだよぉ!十二月ぅっ、二十一日!」 台詞に合わせて、両手で順番にパーとチョキ、人差し指一本を作る澪湖。組み合わせを間違えているので、そのハンドサインが表す日付は十月四十二日になってしまっているのだが、誰もツッコんではくれない。
「ってことはえぇ!?これってもしかして私のぉ?!クリスマスと誕生日でふたっつもプレゼントくれるのぉ?ほんと悪いなぁ、えへへぇ。あ、でもぉ、出来れば食べられるやつがいいなぁ…なぁんちゃってぇー!?……って、ねぇーえー!」
澪湖は自分が無視されていることに気づいていないわけではなかった。気づいていて、それに焦りを感じてもいた。かなたに放って置かれたくない。自分のことを見てほしい。それでも、自分からはそれを言いたくない。だから澪湖は無邪気を装って、さっきからずっとかなたの腕を揺すっていたのだった。
「…はぁ…」
イクは小さくため息をつく。そして、澪湖は当然として、かなたの言葉さえも無視してしまう。まるで二人のことなど見えないかのように、店員に軽く会釈だけしたかと思うと、何も買わずにその洋服店を出ていってしまった。かなたは、自分の質問に答えてもらえなかったことにいらだつよりも、イクの行動の意味がわからず、疑問で頭を一杯にした状態で、それでもイクを追いかけた。かなたにしがみついていた澪湖も、その後を金魚のフンのようにあわててくっついていった。
向かいの雑貨屋。
「…はぁ…」
こちらの雑貨屋も、向かいの店と同じでそれほど敷地は大きくない。込み入った店内には、ところ狭しと可愛らしい人形やぬいぐるみ、ポストカード、アクセサリーなどが並べられている。この店では、まだ無名のアーティストや、趣味で小物を作っている兼業作家や美大生たちに店の棚の一部を提供し、その作品の委託販売を請け負っていた。
「かわいい…」
手作りの、毛糸で出来た黒猫のぬいぐるみがついたキーホルダーを、うっとりと恍惚の表情で眺めている百梨。キーリングの部分を左手で持って、右手の人差し指で時々つんつんとその黒猫をつつく。つるされている黒猫のぬいぐるみが左右に揺れる様子はまるで、猫が猫じゃらしにじゃれついているようでもあった。
「…にゃあちゃん…にゃんにゃん」
誰にも聞こえないように小さな声で、猫語でぬいぐるみに話しかける百梨。その様子は、普段の高飛車なお嬢様からは考えられないような純真で無邪気な、ともすれば幼すぎるくらいの仕草。しかし、それこそが誰にも見せることのない、お嬢様という衣で周囲から隠してきた、本当の百梨の姿なのかもしれなかった。
「何やってんすか?」
「ひぃぃー!」
急に背後に現れたヨツハに、完全に取り乱す百梨。
「あ、あらヨツハ!にゃ…なんでもにゃくってよ!おーほっほっほー!」
「にゃ…あ?」
百梨はすばやく自分の背中にぬいぐるみを隠したが、ヨツハの動体視力はそれを見逃さなかった。「しまった!」という表情で、明らかに慌てて冷や汗をたらしている百梨。ヨツハの方は、「いいもの見ちゃったー」とでも言うようにニタァと笑う。
「にゃあ?にゃあって何すかー?にゃにゃにゃにゃあ?ごろにゃあん?」
「な、何よ?!言いたいことがあるならちゃんと言いなさいよ!そんな馬鹿みたいに…」
猫のまねをしながら、百梨に頭をこすりつけるヨツハ。百梨は顔を真っ赤にして抵抗する。
「う、うるさいわね!猫が何だって言うのよ!馬鹿じゃないの?!そ、そんなの意味がわからないわよ!」
「にゃっ!…にゃっ!…にゃっ!……にゃあーん」
猫のキーホルダーを自分の背後の棚に戻した百梨は、それを左右から覗き込もうとするヨツハを自分の体で必死にブロックする。どんなにしつこく迫っても百梨がその背後を見せてくれないので、ヨツハも一旦後ろに引いて、本当の猫のように舌を出して丸めた手で頭をかいた。雑貨屋の店主の中年女性が、「あらあら」と楽しそうに微笑んでいる。
「もうこんな店出るわよ!ほら!そんなこと早くやめなさい!まったく…なにが『にゃあ』よ!」
ヨツハは百梨を無視して、今度は入り口近くで向かいの店の様子を伺っていた音遠の方に向いた。
「にゃにゃん!にゃにゃにゃにゃ!」
「ん?ヨツハちゃんどおしたのお?」
音遠が不思議そうな顔をしながら近づいてくる。
「にゃにゃ!」
丸めた手で百梨を差し示しながら、猫語を繰り返すヨツハ。
「何してるのよ!ばっかじゃないの!」
百梨はまったく相手にしていない様子で、ぷいっと横を向く。ヨツハは猫語を止めない。
「にゃあ、にゃにゃにゃ!」
「もおう?お嬢様がどおしたのお?さっきからヨツハちゃん…」
「にゃあにゃあにゃあ!」
「にゃあにゃあ、って、なあにい?………にゃあ?」
「ヨツハ!だからいい加減そんな恥ずかしいまねは…」
「にゃあにゃあ、にゃーあー」
「にゃあ…?にゃあって…?にゃ……にゃにゃ?!」
「にゃにゃにゃ!」
「にゃにゃ、にゃにゃにゃあ!」
話しているうちになぜか音遠のほうまで猫語になる。二人は完全に意気投合して、百梨に向かって猫まねをしはじめた。うっとしさは二倍だ。
「にゃにゃにゃ!」「ごろにゃあん、うにゃにゃにゃあん!」
「なんなのよ!もうー!二人してー!」
「にゃにゃにゃー!」
猫パンチで百梨にじゃれつく、ヨツハと音遠の二匹の猫。百梨はプルプルと体を震わせてそれらを我慢していたが、とうとうそれも限界を迎えた。
「わかったわよ!もー!言うわよ!言いますってば!」執拗に絡みついてくる二人からなんとか逃れて、顔を真っ赤にして叫ぶ百梨。「ちょっとこのキーホルダーが可愛いなって思ったの!それでちょっと話しかけちゃったのっ!それだけ!それだけじゃないのー!」
後ろの棚から猫のキーホルダーを出して、ヨツハと音遠に見せ付ける百梨。
「これでいいんでしょっ!何なのよ!もー!」
途端、二人は打ち合わせでもしていたかのように同時に人間に戻った。
「ええ、うっそおー。お嬢様ってえ、お人形に話しかけちゃったりする系の人なんだあ。ちょっと幻滅うー」
「正直、高校生にもなってそれは残念が過ぎるっすねー。まあ、趣味は個人の自由だと思うっすよ。あっあー、大丈夫っすー。自分、人に言いふらしたりなんてしないっすからー、…多分」
「な、な、な、何言ってるのよ!冗談に決まっているでしょーが!そ、そんなの本当なわけないでしょうがっ!」
くすくすと笑い合うヨツハと音遠。いつの間にか自分と息ぴったりで百梨を馬鹿にすることが出来るようになっていた音遠に、ヨツハは感慨深い気持ちになった。
「って、ていうか貴女たち!わたしいじめて親睦深めてるんじゃないわよ!わたしの立場なんなのよー!むきー!」
結局この後百梨は猫のキーホルダーを買うことにしたようで、なんだかんだと言い訳を並べ立てながらもちゃっかりレジに向かっていった。




