04
最寄駅から一駅電車を乗り継いで、およそ三十分くらい。そこはそれほど大きな駅ではなかったが、付近に飲食店、カフェ、おしゃれな古着屋、小物屋などがたくさんあって、高校生や大学生の女子に人気が高いらしい。
でも、あたしがこの駅で電車を降りたのは今日が初めてだ。もともとそういうことにはあんまり興味がなかったし、中学時代はほとんど友達と遊んだりもしなかったので、あたしはせいぜい、休日の昼間にやってるTVの情報番組でこの辺の特集されていたのを見たことがある、くらいの印象しか持ち合わせていなかった。
――カナ、キマってんじゃん。今日の格好――
珍しく荊の方からあたしをからかってくる。今は周りに人がいるので、「放っておいてくれ」と頭の中でぶっきらぼうに答えるだけにしておいた。
でも調子に乗るなよ。後で目いっぱいいじめてやるからな。
…よく考えたら、友達と私服で遊びに行くというもかなりの久しぶりなんだな。ハロウィンパーティのときは、私服ではなかったし。
駅の改札前で壁に寄りかかっているあたしの前を、同じくらいの年頃の女の子たちが何人も通り過ぎていく。みんながみんな、かわいらしい服装で、髪型で、もう見るからに女子、という感じ。
それに比べたら…。
視線を落として自分の格好を見てみる。
男物の無骨なライダースジャケットにジーンズ、黒のハット。こんな男みたいな格好をしておいて、自分のことを『あたし』なんて言っているのだから、笑ってしまう。
――………――
でもまあ、しょうがないとも思う。昔から、美河家の女子成分は全部姉さんが担当していて、あたしはその反動でずっと弟みたいな役割を演じてきたのだから。よく、『カナちゃんデートしよう!』と姉さんに男装させられて色んなところにつれ回されたものだ。
中学生になって、父さんの事があって学校で孤立したときもそうだ。一向にめげる様子のないあたしに先生は、『ま、美河はその辺の男子より強いから大丈夫か』なんて言って笑っていた。ああ…、『美河さんには女の子の気持ちがわかんないんだよ!』って怒ってたクラスメイトもいたな。あの子は今どうしているんだろう。もうあたしの事なんか忘れてしまったかな。
とにかくまあ、そんななんだから、普通の女子と違ったってしょうがないんだあたしは。いや、むしろあたしが女子っぽい格好なんてしたら、気持ち悪いって笑い者になってしまうさ。
――……そんなこと…――
「そんなことないっすよー!」
急に右側から大声が響く。だんだんこんなのにも慣れてきたあたしは、右耳を押さえながら声の方に振り向く。
予想通り、そこにいたのは日焼けした千本木のお嬢様お付きのメイドの一人、……二十六木先輩だっけ。
「かなたちんはかあいい服だってちゃあんと似合うっすよー!自分が保証するっすー!」
一体何を言って…、あきれる暇もなく、今度は左側から同じような声。
「その通りでございます。そのようなロックでマニッシュなお召し物もよくお似合いですが、ご機会がありましたら美河様には是非、女の子らしいお洋服にも挑戦して頂きたく思いますよ?」
二十六木先輩と顔はまったく同じなのに、こっちは随分と落ち着きがあって静かな声色。声の主は、メガネをかけたもう一人のメイド。えっと確か…七五三木先輩か。
「あ、どうも…」
左右の双子メイドに、挨拶ともお礼ともつかないような適当な声を返す。一応先輩であるからには、そんな態度はやっぱりちょっと失礼な気もするが、いつもいつもいきなり登場して驚かされていることを考えるとおあいこだろう。今回も、一切気配を感じないうちにパーソナルエリアまで侵入を許してしまった。恐ろしい人たちだ。まあ、ちょっとそれを面白がってるあたしもいるんだけど。
…ただ正直言って、二十六木先輩が勝手に人の心を読むことには少しイラついていた。機会があれば止めてくれるように言っておきたいのだが、そうなってくると自動的に七五三木先輩の心象も悪くなる。とりあえず今日のところは波風をたてないでおくことにするか…。七五三木先輩には、父さんのプレゼントを選んでもらわなければならないんだ。
「あたしが女子の服?いやあ、無理だよー。なんか恥ずかしいし、だいいちあたしじゃあどう頑張ったって今日の先輩達みたいには可愛いくならないだろうしさ、はは」
謙遜やお世辞ではなかった。先ほどから双子メイドとか、お嬢様のお付きメイドとか言っているが、その台詞は今日に限っては適切ではないと思う。今日の二人の格好は、いつも着ているいかにもメイドっていう感じのエプロンドレスなんかではなく、可愛らしい私服姿だったから。
七五三木先輩は、下はサルエルパンツ、上は厚手のロングカーディガンにアジアンな柄のショールを羽織っている。胸まで届く綺麗な長髪とスラッとした細身の体つきから、クールできっちりしているのが先輩の印象だったが、それとは正反対のゆったりした着こなしもよく似合うみたいだ。服装に合わせて、メガネもいつもの縁の細い金属製のものではなく、色とりどりの模様の入ったおもちゃみたいなプラスチック製のフレームだ。どうやら七五三木先輩にあるのは、プレゼントのセンスだけではないらしい。あたしにはどう転んでも真似できないような、とても女の子らしい可愛いコーディネートだった。
一方の二十六木先輩の方は、全然別の意味であたしには真似できない格好をしていた。フードにファーのついた黒いコートと茶色いロングブーツ、そこまでは分かる。そこまでだったら、似たような格好の人をさっき何人も見たし、まあ、十二月の一般的な装いと言っていいと思う。ただ、そのコートの下はジーンズのホットパンツと赤いビキニブラだけ。前のボタンを留めていないコートの隙間からは、結構な割合の肌色が露出してしまっている。それでもそんなの全然気にせずに、まるで自分の身体中に痛々しく残っている無数の傷跡を見せびらかしてでもいるように、コートのポケットに両手を突っ込んでニヤニヤと笑っている先輩。
…いや、奇抜だけど確かにすごく可愛らしくて、アクティブな二十六木先輩の印象にもぴったりなのだが、どうしてもあれを連想せずには…。
――まるで変質者…――
あたしと全く同じ事を荊も考えていたようだ。また心を読まれたらどうしよう…。
「み、澪湖たちはちょっと遅れるらしい。さっき連絡があったよ」
「そうですか」
七五三木先輩はピンと背を伸ばして、あたしに微笑んでいる。見ているだけで安らげるその笑顔は、この前あたしを殺そうとした人のものとは思えなかった。少なくとも表面上は、あのときの事を根に持ってはいないらしい。
「こーするとお似合いのカップルみたいじゃないっすかー?」
なぜか二十六木先輩の方は、そんなことを言ってあたしの腕と自分の腕を絡ませてくる。落ち着きなく身体をくねっているせいか、コートがはだけて柔肌が直接あたしに当たっているのは、わざとやっているのだろうか。
…何だか変な気分になってしまいそうだったので、誤魔化し半分、世間話ついでに、あたしは七五三木先輩に自分の要件を伝えた。
「問題ありません」七五三木先輩は表情を変えずに、つまりにっこりと微笑んだままそう言って、上半身を九十度に曲げてお辞儀をした。「むしろ、わたくしごときが美河様のお父様のプレゼント選びにご協力させていただけて、光栄です」
以前あんなことがあっただけに、断られても文句は言えないと思っていたんだが、それは杞憂だったようだ。良かった。
「助かるよ。正直プレゼントなんてやったことなくて、何を選べばいいかのヒントすらない状態だったんだよ。もう、先輩に全部任せるからさ。先輩のセンスで何でも好きに選んでくれよ」
そこではじめて七五三木先輩の顔が曇った。眉間に少し皺を寄せながら、メガネの位置を直す。
「はー…かなたちんってば…」
二十六木先輩もやれやれといった感じでため息をつく。
あたしは、何か自分がまずいこと言ってしまったのかと考えを巡らせたのだが、全然思い当たる事がない。
「えっ…と、あたし何か…」
恐る恐るそう言いかけたとき、ちょうど邪魔が入った。
「ちょっと…、あ、あなたたち…ちょっと…!」
小声で何かいいながら、七五三木先輩と二十六木先輩、二人の服の裾を引っ張っている女の子。
カーキ色のミリタリージャケットにスカート、アウトドアブランドのスニーカー。背中には、黒地に無数の桃のマークがレイアウトされたデイパックを背負っている。いわゆるストレート系ファッションってやつだろうか。おそらく伊達であろう大きめの黒ぶちメガネをかけたその顔は、あたしのよく知る人物、千本木のお嬢様だった。いつもはツインテールにしている金髪は、今日はニット帽をかぶっているからか、編み込みが太めのおさげになっている。
「あ、あなたたち、い、一体何を考えてますのっ…」
どうやらお嬢様の方ではあたしの事が分かっていない様子で、「ど、どもー」と他人行儀にあたしに軽く会釈してから、照れた感じで二人を少し離れた位置まで引っ張っていく。そこで、いつも通りのよくとおる声で話し始めた。
「あなたたち!自分で何をしているかわかっているんですの!?少しは千本木の人間と言う自覚を持ってほしいものだわっ、まったく!いいこと?あなたたちがそんなことでは、わたしまで笑われてしまうのよ!恥を知りなさい!恥を!」
叱責するお嬢様を小馬鹿にしたような表情でせせら笑っている二人。お嬢様は気づかずに続ける。
「二人して、いきなり道端の知らない男性に話しかけて!あ、あろうことか、ヨツハなんて抱きついたりなんてして!ハ、ハレンチだわ!そういうのは『ギャクナン』と言って、とても低俗な行為ですのよ!私たちのような高貴な人間は、みだりにそういったことをしてはいけませんのっ!」
全く無遠慮なボリュームで叫び散らすお嬢様の周りには、何事かと観客が集まりはじめている。
「そ、そりゃあ確かに、あの男性…、ちょっとカッコよくて、話しかけたくなるような容姿をしてますけど…」
もじもじしながらあたしの方を見て、目が合うと「きゃっ」と顔をそらすお嬢様。
まったく…。
あたしは気まずさで苦笑いしながら、ハットを取って、軽くお嬢様に会釈した。そこまでして、お嬢様はやっとあたしに気付いてくれたみたいで、うっすらとピンクに染まっていた顔を、真っ白、真っ青、そしてだんだん真っ赤に染めていく。
そのあとは、今度はあたしも巻き込んで、さっきよりも大きな声で言い訳じみた叫びをわめき散らし始めた。やれやれ。彼女は今日も通常運転みたいだ。
お嬢様の言い訳を延々聞かされること、それから十分。ようやく澪湖と音遠が待ち合わせ場所に到着した。
「見て見てかなたぁ!お祭りでもないのに道端でたこ焼き売ってたんだよぉー!すごくなぁい!?」
挨拶も何もなしに、いきなりあたしに話し掛けてきた澪湖。手には残り一個のたこ焼きが入ったプラスチックのパック。おそらくパックの空白部分は既に彼女の口の中だろう。クチャクチャと音をさせながらしゃべる澪湖の口の周りには、点々とソースと青のりがついていて、隣にいる音遠はそれを嬉しそうにハンカチで拭っていた。改札からやって来たということは、この状態で電車に乗ってきたのだろうか…。
しかもその服装…。いや、ファッションのことをあたしが言う資格なんて無いのだが、それにしたって、その服はあんまりだろう。
ピンクのスウェットには、デフォルメされた魚の絵が大きく中央に描かれている。スカートは目が覚めるような真緑。緑には気持ちを安らげる効果があるというが、そのショッキンググリーンを見ていると、あたしの心はどんどん不安な気分になっていった。肩にかけた安っぽいトートバッグには、今人気の少女漫画のキャラクターがでかでかとプリントされている。スウェットに合わせているのか、マジックテープのスニーカーも真ピンクだ。
…色々と言いたいことはある。あるんだが、まずは遅れてきたことを謝るべきだろう。仮にも、先輩三人を待たせているんだからな。
「お前なあ…」ちょっときつめの顔を作ってから、説教しようとしたところを音遠に先回りされてしまう。
「ごめんなさあーい。待っちゃいましたあ?」
謝罪の台詞とは裏腹に、満面の笑みを浮かべている音遠。
袖と襟口にレースをあしらったクリーム色のワンピースに、羽織っているのもレースのカーディガン。リボンのついたレザーブーツにベレー帽なんて、どこで売っているのかの想像すらできない。完全にあたしとは別世界の住人の格好、いわゆる森ガール、…っていう言い方はもう古いんだろうか?
音遠はちゃっかり澪湖と腕を組んで身体を密着させていて、それが楽しくて仕方ないという感じだ。そんなの人に謝る態度じゃないだろう!なんなんだお前らは!
非常識な二人に、あたしのイライラは完全にピークに達していたのだが、肝心の先輩たちは全然気にした様子がない。
「音遠の私服初めて見たっすー!」
「伊美様、あちらの通りには焼きそばもございましたよ」
「皆さん揃いましたわね?それじゃあ行きましょうか。こっちよ!ああ、楽しみだわ!この先に、この前テレビで特集していたおしゃれな通りがあってね…」
あたしより付き合いの長い先輩たちにしてみれば、こんなことはもう慣れっこなのかもしれない。先輩たちが大人になって対応しているのに、あたしが怒りをぶちまける訳にもいかないか…。二人への説教は後でみっちりすることにして、あたしは満面の笑みでずんずん一人で歩いていってしまうお嬢様の後を、二人のメイドと一緒に追いかけた。
「かなたも食べたいぃ?うーん、どっしよっかなぁー?」
「いらん!」
横にならんで馬鹿っぽく笑う澪湖。あたしの怒りは、やっぱりそうは言っても簡単には抑えられない。
「あーっげないっ!」
大口をあけて、最後の一個をぱくりっ、と飲み込んでいる澪湖を、あたしは視界の外に追いやる。後でちゃんと説教はするが、それまではいちいち相手にしてられるか。こんなやつ無視だ、無視!




