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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
05章 澪湖のいないクリスマス(前編)
33/152

03

「あぁー…ショック…だぁー…」

 向かい合わせた机に突っ伏したまま、ぐじぐじと文句をたれている澪湖。いつもなら、昼休みになった途端に誰よりも早く昼食を食べ始める彼女から考えると、なかなかの異常事態だろう。まあ、理由は言わずもがなだ。

「…まじかぁー……いないのかよぉー…サンタぁ…」

 周囲ではあたし達と同じように、友人同士集まって騒がしく喋りあいながら昼食をつついているクラスメイトの姿がある。結局二限目ごろになって降りだしてしまった雨のせいか、今日の昼休みは比較的教室にいる人間が多いようだ。


 ホームルームの後、休み時間になるたびに澪湖にサンタクロース概論の特別授業をしてやったのだが、ようやく彼女が一般的なサンタ知識を手に入れる頃には、もう昼休みになってしまっていた。真実を知った澪湖はさっきからずっとこんな調子だ。両腕を机の上で重ね、その上に顔を押し付けている姿勢。まるで、つまらない授業をやり過ごす為に机で眠っているときの様なそのポーズのせいか、時折もらす彼女の声はくぐもって聞こえる。

 いや、もしかしたら泣いているのかもしれない。それを見せないように、あえてそんな姿勢をとっているのかもしれない。彼女の顔が見えないから確かめようがないのだが、だからといって、高校生がサンタぐらいで泣くとかありえない、なんて決め付けるのは、やはり彼女に対する侮辱だろう。


 あたしのときも、やっぱりこのくらいショックだったんじゃなかったか?


 自分の信じていたものが崩れ去ったとき、信じていた人に嘘をつかれていたと知ったとき……。やっぱり、このくらい落ち込んだんじゃなかったか?

 そこまで考えて、この思考の方向は地雷だと気づいた。


 止めだ。違うことを考えよう。

 あたしは、机の上に広げたっきり、澪湖を気にして手をつけるのを躊躇していた自分の弁当箱に目をうつす。

「そうだ澪湖、コロッケ食べるか?今日のやつは、我ながら結構うまくできたと思うんだ」

 自分の弁当箱を澪湖の方に傾けて、隅に二つ入っているそれを見せる。色、焼き加減、食感、そしてもちろん味。これまで結構失敗も繰り返してきたんだが、やっと人に勧められるくらいのクオリティのコロッケが作れるようになってきたと、我ながら思う。だが、澪湖の反応はいまいちだ。

「……ううんん」

 無理もないか…。そうだな…、そうだよな。そういうことじゃ、ないんだよな…。


 えっ…?

 弁当箱をまた元に戻そうとしたとき、急に澪湖があたしの右腕を掴んだ。

「…チーズは?」

 とっさには何のことだか意味がわからなかった。「チーズ?一体なんの…」

「コロッケ…。チーズ、入ってる?」

 あくまで顔を伏せたまま、ぼそぼそとしゃべる澪湖。机と腕の隙間からかすかに聞こえてくる彼女の声には、無駄にドスが聞いていて凄みがあった。やっと言っている意味はわかったが今度は理由がわからない。半ば反射的に、あたしは「入ってないけど…」と答えた。


 その瞬間、澪湖はガバっと起き上がって、人差し指と親指であたしの弁当からコロッケを二つともかすめ取り、すばやく自分の大口に詰め込んだ。

「んぐっ……むしゃむしゃむしゃ……ふむふむ」

 あたしはあんぐりと口を開けて、その様子をただただ見ていた。

 …っていうかこいつ、泣いてなんかいないじゃないか。

「あ、ミオちゃんおはよおー。ミートボールあるよおー」

 音遠はそんな澪湖にも慣れた様子で、何事もなかったかのように自分の弁当からミートボールを差し出す。ばくぅ!そんな音が聞こえるかと思うくらい豪快に、まるで、一週間断食させた池の鯉にえさを与えたみたいに、澪湖は音遠の持つ箸ごとそのミートボールに食いつくと、まだ完全には飲み込んでいないコロッケと一緒にモグモグと口を動かす。

「ミオちゃんはあ、チーズ入りのコロッケ苦手なんだもんねえー?」

「ふむふむ…」

――ふむふむ、じゃねえよ…――

「は、…はは。元気そうだな澪湖…よかった…はは」

 満足そうな笑顔で咀嚼を続ける澪湖。コロッケは彼女のお気に召したようだ。まあ、これでもしマズそうな顔でもしていたら、あたしは澪湖をおもいっきりひっぱたいていたところだけど。




 ごっくん。


「…んだってぇー、サンタがいないってことはぁー、プレゼントもらえないってことでしょぉー?サンタからプレゼントもらえなかったら、三分の二だよぉー?大損失だよぉー」

「ええ-?ミオちゃん損失ってなんのことお?」

 口の中にあったものを勢いよく飲み込んでから、さっきまで落ち込んでいた事が嘘みたいに普通に話し始める澪湖。というかまあ、実際嘘だったんだろう。あたしはもう、彼女の相手は音遠に任せることにした。

「だってお母さんでしょー?お父さんでしょー?そんでサンタさんでしょー…」


 クリスマスか…。

 今更になって、あたしはやっと澪湖たちが話していたことの意味を実感した。散々自分で、サンタの正体はー…、とか澪湖に言っていたのに、さっきまではその言葉に現実感を感じられていなかったのだ。あたしくらいの年代でクリスマスっていったら、相当大きなイベントのはずなのに。

 ここ数年はあたしも父さんもいろいろあって、そういうイベントごとをする機会がなかった。ハロウィンパーティーだって、この前お嬢様に誘われて行ったのが久しぶりだったんだ。だから、普通の人なら当然気にするようなそういう行事でも、あたしたちにはだいぶ縁遠い存在になってしまっていたんだ。

 …でも、今年はあたしの転校もあって色々状況も変わったし、何かしてもいいかもしれないな。


「去年までは三人からプレゼントもらえてたのにさー、サンタさんの正体がお父さんかお母さんってことになっちゃうとぉ、二人からしかもらえなくなっちゃうじゃーん!」

――いや、全部まとめて一つ貰うのが普通じゃね!?なんて欲張りなやつ…――


 あんまり贅沢なことはしたくない。いや、そもそもできない。うちにはそんな金銭的な余裕はないんだ。それにきっと父さんも、そっちのほうが気をつかわなくて済むだろう。


「まあ当面は気づいてない振りして誤魔化すけどさぁー…。お父さんとお母さんにどこまで通用するかなぁー?演技とか自信ねぇなぁ…。あぁーあ…、サンタのプレゼントが一番無茶なリクエスト出来んのになぁ…」


 プレゼント…。そうだな。何かプレゼントの一つでも用意できたら、喜んでくれるんじゃないだろうか?今まで父さんにそんなことしたことなかったから、これまでの分の感謝の気持ちもこめてさ。サプライズってやつだ。


「わたしは今年も来年も、ずうっとずうっと、ミオちゃんにプレゼントあげるよおー!?」

「いや、それは当然もらうんだけど」


 ああ…。でも、何を送ればいいんだ…?あたしが人にプレゼントなんて、いつ以来だろう…。最後に覚えているのは、小学生のときのお遊戯会かもしれない。あの時は確か、コンビニで買ったお菓子とか、そんなものだったか…。あたしの感性は、そのころから止まってしまっているんだ。

 どうしよう…何を贈ればいいか…全然わからない…。


「あぁーショックだわぁー!もおぅうー!どっかにサンタみたいに無闇やたらに他人にプレゼント配ってまわる変人いないのぉー!?」

――貰う側の台詞じゃねえな…――




「そーんな澪湖ちんにー、みみみみ耳寄りなお話っすよー!」

 あたしの背後からいきなりそんな声が聞こえて、無様にも飛び上がりそうなほど驚いてしまった。しかもそいつは、『耳寄り』と言うときに、あたしの耳を引っ張って左右に動かしたりしている。こんな失礼なことするやつはどいつだ、と思って振り返ると、そこにいたのは、生徒のくせに制服でなくボロボロのエプロンドレスを身に纏った日に焼けた少女。さっき澪湖とお嬢様が口げんかしていたときに側にいた、お付きメイドの片割れだった。全身傷跡だらけの彼女は、いったい何がおかしいのかニヤニヤとこちらに笑みを浮かべている。澪湖に話しかけているのに、何で澪湖ではなくあたしの方を向いているんだ?

「知ってましたっすかー?最近の女子ってばー、友達同士でクリスマスにプレゼント交換会とかやっちゃってるらしっすよー!おっしゃれー!」

 今度はあたしの髪の毛を両手でくしゃくしゃとかき混ぜながらそう言うと、「ふふーん」と自慢げに鼻で笑うメイド。


 自分だって『最近の女子』なくせに…。


 もとよりあたしは男子みたいなショートカットで、特にかっちりセットしてるわけでもなかったので髪をいじられたこと自体は別に気にならなかった。にもかかわらず彼女にそんな反抗的な態度をとってしまったのは、たった今自分が『最近の女子』というジャンルに壁を感じていたところだったからかもしれない。

 ちょっとわざとらしいが、いたずらっ子のように可愛らしい笑顔で笑う健康的美人の彼女を、あたしは嫉妬心を込めた厳しいまなざしで見上げていた。

「えっ…とぉ?」

 急に話しかけられた澪湖も、突然のことにちょっと引いているようだ。


「つーまーりぃー」今度はあたしの後ろから肩に手を置いて、あたしを前後に揺らしながら、耳元に向かってしゃべりかけるメイド。…うっとおしい。「みんなでプレゼントを持ち寄ってっすね、交換しあうんすよー。みんなが持ってきたプレゼントをシャッフルしてー、誰が誰のプレゼント貰うかわかんないようにして配るんすー。これはもーりあがるっすよー!」

「あなたたちはいつも急に現れるな…。悪いが、今澪湖はちょっと落ち込んでいるからさ。ほっといてやってくれないかなっ?!」

 一人で勝手に盛り上がっている天然さが、更にあたしをいらだたせる。一学年先輩であることなんてお構いなしで、あたしはメイドを睨みつけながら、その手を払った。口調もだいぶきつめになってしまう。


「んんー…。なーんかめんどくさそぉーだなぁ…」

「ミオちゃんにはわたしのプレゼントがあるもんねえー?」

 澪湖も鼻の頭をかいたりなんかしていて、メイドの話しに興味がなさそうだ。


「あれれー…そっすかー…」大げさにがっかりしたようなポーズを見せたメイド。両手をぶらんぶらんと左右に振りながら、教室の天井を見上げる。「そーれは残念っすねー。自分らとおじょー様ってー、毎年プレゼント交換とかやってるんでー、今年は澪湖ちんたちも是非ーって、思ったんすけどー…」


 お嬢様と一緒にいるとろくなことにならない。それはハロウィンで学習したつもりだ。見回すと、澪湖も音遠も、メイドとは目を合わせていない。適当にあしらって、メイドが諦めて帰るのを待つ、ということであたしたちは暗黙の内に意見が一致したようだった。

 メイドは懲りずにまだしゃべり続けている。

「おじょー様ってばー、見栄張って毎年すごーい高い物とかプレゼントしてくれるんすよー。やーっぱお金持ちって違いますよねー?お嬢様から貰ったやつ、そっこーオークションとかで売っぱらちゃえば、自分らみたいな庶民が欲しいものなんて何でも買えちゃうーってくらいの高価な物とかを、平気でプレゼントしてくれてー…」

「ん…!?」

 澪湖の右眉が素早くピクっと動く。

「去年は自分がダイヤの指輪とか貰ったんすよねー…。えーっと、あれいくらになったんだっけなー。ほーんと、しばらくの間ー、毎日最高級の焼肉とケーキばっか食べてたんすけど全然お金なくならなくってー。むしろちょっと太っちゃって困っちゃったん…」

 ガシぃっ!

 澪湖の手が、メイドの腕をつかんだ。


「シメジ先輩!その話!詳しく聞かせてくださいっ!」

 目をきらきらと輝かせている澪湖。メイドは、してやったり、という顔で、また「ふふーん」と鼻で笑った。

「いっすよー、澪湖ちん。じゃーじゃー、今後のスケジュールの話に入りましょーかー?……ちなみに自分の名前は『トドロキ』っすー。あと、イクちんにしてもシメジじゃなくって『シメギ』っすよー」

「あっはぁー、ごめんなさぁい、ヤキニ…トドロキせんぱぁい!」

 既に澪湖の心は完全にメイドの話に釘付けのようだった。


 そんな澪湖を恨めしそうに見ながら、音遠が異議を申し立てる。

「嘘つき…。ヨツハちゃんが、お嬢様からのプレゼントを売っちゃうわけないもん…」

 日頃お嬢様に悪さばかりしているメイドを、そう簡単に信じられるはずがない。あたしも音遠に援護射撃だ。

「というかだな、さっきまでサンタクロースを誤解していたようなお嬢様が、毎年クリスマスのプレゼント交換会に参加してるって、それちょっとおかしくないか?いったい先輩は何をたくらんで…」


 急にメイドが、自分の顔をぐぃーっとあたしに近づけてくる。くっつきそうなくらいのところまで近づいたところで、突然演技がかった深刻な表情になった。

「『プレゼントを贈りたいのにー、何を送ればいーかわからなーい!』、『あーん、どんなプレゼントを贈れば人に喜ばれるのか、誰か教えてー!』……かなたちんってばー、さっきこーんなこと考えてたりー?」

「くっ…」

 そこであたしは、自分の油断に気づいた。さっきこのメイドが現れたとき、あたしは耳を触れられているんだ。以前彼女自身が言っていたことが確かならば、このメイドにはさっきのあたしの心の声が聞こえていることになる。

「だ、だからどうしたって…」

 そこでまた、メイドの「ふふーん」が出た。

「おじょー様は論外っすけどー、イクちんってば結構そういうセンスあるんすよねー。人が欲しがっているものを見抜くセンスっつーんすかー?むしろ、喜ばれるプレゼントの達人みたいなー?だからぁー、一緒にプレゼント交換会でもやろうって話ならー、いろいろとその辺の相談できる機会もあるんではないかとーぉ、思ったりなんかしちゃったリーぃ?なーんて…」


 やられた…。

 あたしには、そういうセンスが皆無なんだ。確かにあたしが選ぶより、他人の、もっとそういうのを選ぶのが上手な人に選んでもらったほうが、父さんへのプレゼントはいいものが見つかるだろう。

 だからといって、何のきっかけもなく、誰かにいきなり、あたしの父さんのプレゼントを選んでくれ、なんて言いづらい。このプレゼント交換会を逃したら、きっとこんなチャンスは二度と訪れないだろう。メイドはあたしの心を見透かした上で、完全に先回りをしていたのだった。

「あれぇー、もしかしてやっぱりプレゼント交換したくなりましたっすかぁー?」

 あたしは反論出来なかった。


 メイドは微笑むと、今度は音遠の方に顔を近づける。

「それから音遠?今までたくさん澪湖ちんにプレゼント贈ってきたみたいっすけどー…。逆に澪湖ちんからプレゼント貰ったことなんてー、あるんすか?」

 その言葉を聴くなり、心臓を射抜かれたみたいに音遠の顔がショックでゆがむ。

「そ、それは…、それは…」

「100パー、…とは保障できないっすけどー、プレゼント交換会をしたらー、何分の一かの確率で、澪湖ちんが選んだプレゼントがもらえるかもっすよーぅ?」

 いやらしく笑うメイド。音遠はがたがたと歯を震わせている。

「え…、いや、だって、わたしが…、ミオちゃんから…」

 最初、驚きや怒りから音遠がそうなったのかと思ったが、すぐにそれは違うということに気づいた。音遠は、次第に怪しい笑顔になっていった。

「み、ミオちゃんから…プレゼントお…?えへ、えへへ…」

 その表情を見ただけで、メイドの言葉には十二分の効果があったことがわかった。


「うへ…や、焼肉…ケーキ…うへへ…じゅるり…」

「み、ミオちゃんの……ぷ、プレゼント…えへへ…」

「…父さんの為だ。仕方ない」


 あたしたちの心を完全にわしづかみにしたことを確認して、満足そうにうなづくメイド。

「そいじゃー、今度の日曜日にみんなでプレゼント買いにいきまっしょーかー。駅に10時集合でいっすよねー?よろー!」

 そう言うと、彼女は颯爽と教室を去っていった。

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