百梨様ウォッチング
真っ暗な部屋。その中央にスポットライトが当てられた、大きめの液晶テレビがおいてある。今はテレビの画面は真っ黒で、何も写し出してはいない。
暗がりから、一人の少女が現れる。七五三木イクだ。
「皆さんこんにちは。『お嬢様と遊ぼう』のコーナーが始まりました。司会の七五三木イクです」イクは、テレビの前で深々と頭を下げた。「今回から始まりましたこのコーナーは…」
ひょこりと暗がりから百梨が姿を現す。
「イク?何をしてますの?」
「このコーナーは、普段見る事はできない百梨お嬢様の生活を、庶民の皆様にお届けする…」
百梨はイクが話しかけている方を見て、その方向に誰もいないことを確認して不思議そうに首をかしげる。
「一体誰と話してますの?」
イクは百梨を無視して続ける。
「…お届けすることで、より身近に感じていただこうという、非常に高尚で文化的意義のある……まあ、休みの日の早朝にやっている皇室紹介番組みたいなコーナーです」
「説明するのがめんどくさくなりましたのね…」
「こほん…」イクはわざとらしく咳をして誤魔化す。「今回は第一回ということで編集作業が間に合いませんでしたので、録画素材をそのままご覧いただく形で進めさせていただくことをご了承ください」
真っ黒だったテレビ画面が砂嵐になる。
「つまりわたしの勇姿を庶民の皆さんに見せて、その格の違いを思い知らせようということですわね?!」
砂嵐が、次第に映像の形になっていく。
「それでは皆様、どうぞご覧ください」
「よろしくってよ!このわたしの素晴らしさをその目に…」
場面はテレビの映像の中のシーンに移行する。
青空、草むら、その次は白い壁。カメラの方向がしばらく乱暴に移動したあと、やっと一ヶ所に固定される。
写し出しているのは、百梨たちの通う千本木高校の校舎裏。一人の長身の少女が立っている。整った目鼻立ち、スラリとしたシルエットは一見繊細な印象を受けるが、無造作なショートカットと、はるか遠くを見通すような力強い眼差しが凛々しくもある。千本木高校の一年、美河かなただ。
かなたは何をするでもなく、人が滅多に来ることのない、校庭から非常口などに通じている校舎裏のスペースに立っていた。時折腕時計を確認する仕草から、誰かを待っているように見える。
「あ、あ、あー…聞こえるかな…」
イクの、カメラのマイクテストをする声が聞こえる。マイクのボリュームやピント等の微調整が行われ、かなたが立っている位置あたりに最適化されてセッティングされていく。その間、かなたにはカメラに気づいている様子はない。
金髪の派手な少女がかなたの前に現れる。百梨だ。彼女は、今日は誰も従者をつれず一人だった。
「あ、どうも…」
「ごめんなさいね、呼び出してしまったりして。少しお待たせしてしまったかしら?」
人を待たせていた割りには、随分と余裕ある態度で現れた百梨。かなたは自分がなぜ呼び出されたのかまだわかっていないようで、不振な表情で軽く頭を下げた。
「まずは、この前の事を謝罪させて下さるかしら?あなたの事を化け物呼ばわりするなんて、なんて失礼で恥知らずな行為をしてしまったのかしらわたし。本当に、ごめんなさいね?」
ごめんなさいといいながらも、頭を下げるでもなく優雅に微笑んでいる百梨。双子メイドにからかわれていないときの彼女は、優雅で優美で余裕に満ちている。本当に、庶民とは住む世界の違うお嬢様、という感じだった。
「あ、いや…その事だったら、あたしたちも悪かったし…」
逆に、謝られたはずのかなたが萎縮してしまっている。
「イクやヨツハに言われてしまったわ。社会的マイノリティの方を差別するなんて、器の小さな人間のすることだと。そうですわよね、わたしが間違っていたわ。でも、しょうがないじゃないの。わたし知らなかったんだもの。こんなに身近なところに、そんな…、その…、『妖怪』の方がいるなんて」
「えっ…?」
「イクたちから聞きましたわ。あなたって…、ほら…、妖怪なんですってね。わたし、妖怪とかそういうのっていうのは物語の中の生き物だと思っていたわ…。でもそうじゃないんですってね?信じないわけには行かないわ。だって、わたしもあの日あなたがあんな風に魔法めいたことをするのを見てしまったのだもの。あんなことができるのは妖怪だから、という以外には説明がつかないわ。…アニメとか漫画でもカッパとか座敷わらしなんてよく見ますけど、ああいうのも全部ノンフィクションなんでしょう?驚いたわ」
得意気な顔の百梨。
「あ、心配なさらないでね?わたし、あなたが妖怪だとわかったとたん恐れたり、いじめたりするような、そんな人間ではなくってよ。同じ学校に通う仲間としてあなたのこと、今までと同じように優しく接してさしあげてよ?おーほっほっほー」
「ははは…」もう百梨の奇抜な発言になれてしまったのか、かなたはただ苦笑いをするだけだった。「全く、またあのメイドたちに適当な事を吹きこまれて…」
「でね、今日あなたをお呼びしたのはその話ではなくてね…」
この件はもう終わり、と言うように話を変えてしまう百梨。百梨の中では自分が妖怪ということになってしまったようだが、かなたはもう気にしないことにする。
「わたし、最近どうしても欲しくてしょうがない物があってね…。それについてのお話なの。も、勿論、この千本木百梨にかかればこの世で手に入らないものなんてないんですのよ?でもそれっていうのは、本当にとっても希少なものらしくってね…」
百梨の話がかなたにはまったく見えない。
「それにそういうものってやっぱりコネや権力にもの言わせるより、自分の力で手にいれてこそ意味があるというものじゃない?だからわたしもなるべくお母様たちのお手を煩わせる事なく、正規の手段で、穏便に手に入るならそれにこしたことはないんじゃないかと思っていてね…。そんなときにイクから聞いたのよ、あなたならそれを持っているんじゃないか、ってね。そうよね。よく考えてみればそうだわ。きっとあなたならそれを持っている、いえ、持っていない訳はないわね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ…」
「ああ、わかっているわ。勘違いしないでくださいな」百梨は、口を挟もうとするかなたの前に手のひらを突き出してそれを制止する。「それはきっとあなたにとっても大事なもの。わたしが欲しいと言って、はいどうぞ、なんて簡単にいただけるなんて思ってないわよ。…もう。わたしってそんな風に卑しい人間に見えるのかしら?失礼してしまうわ!うふふふ」
百梨は普段より饒舌に言葉を並べ、わざとらしく笑う。
「でもね、でも、でもですわよ。ちょっと聞いてくださるかしら?でもわたし、やっぱりどうしてもそれの事が気になってしまいますの。そのことを考えるともういてもたってもいられなくなってしまって…。そう、本当に夜も眠れないくらいに。それにテレビとかでも最近はそれの事ばかり映るでしょう?いくらわたしが忘れようと思っても、どうしたって忘れることができないんですの。もうこうなったらそれを手にするしか、わたしの心の安定はないのかもしれないわ。ね?ですからね…」
かなたは、慌てて百梨の手をのける。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれお嬢様!あ、あたしにはあなたが何のことを言っているのか全然分からないんだ。そもそもあたしの家は貧乏なんだよ?だから…」
「うふふふ、いやだわ」
百梨は、まるでかなたが冗談を言ったかのようにまるで相手にしないで笑っている。
「だからさ、お嬢様が持ってなくてあたしが持ってる物なんてあると思えないんだよ!お嬢様はきっと何かの勘違いをしているんだとあたしは思うけど…」
百梨は笑顔を続けている。ただ、だんだん目だけが真顔に戻っていく。
「とぼけちゃってー、もう」
「いやいやいや、そうじゃなくってほんとにっ…!」
急に百梨がかなたの手を両手で握り、焦点の合わない不気味な目で見つめる。
「美河かなたさん、お願い…。それをわたくしに下さる、と言って?ね?ね?」
「い、いや、だからお嬢様!ちょっと待ってくれっ!」焦りのあまり、必要以上に乱暴に百梨の手を払ってしまうかなた。「さっきから何のことを言っているんだ!全然分からない!言いたい事があるならはっきり言ってくれ!」
かなたの剣幕にひるんでしまって、おどおどとする百梨。
「だ、だから…あれですわ…その、あなたの…その、腕時計……」
「腕時計?」かなたは自分の左手首を見る。その手には安物の黒いプラスチックのデジタル時計がはまっている。「これは、子供のころ父さんに買ってもらったやつで、1000円くらいの価値しかないよ。譲るわけにはいかないが、お嬢様が欲しがるようなもんじゃ…」
「ち、違いますわ…それではなくて…、その、腕時計というか、…ウォッチ…」
かなたは首をかしげる。
――…同じ意味じゃね?――
いつから聞いていたのか、荊も不思議そうだ。
「そ、その、ゲームは持ってますのよ。それにアニメだって毎週みていますわ。でも、肝心のウォッチとメダルの方が、どれだけ探しても、全然見つからなくって…お母様たちに隠れて、隣町まで行ったんですのよ?それでもどこも売切れなんだもの!入荷するっていう噂を聞いて、行列に並んでみたりもしたわ。でもいつだってわたしの前で整理券がなくなってしまいますの!無いといわれると、余計欲しくなってしまって、…もう我慢できませんのよ!あなたなら持っているでしょう?!妖怪のあなたなら!ウォッチか、せめてあなたのメダルだけでも…!」
――あー…――
やっと百梨の言っていることが分かったが、かなたはなんと言えばいいのか分からずにいた。急に百梨は乱暴に自分の金髪を払うと、かなたに軽蔑するような目を向ける。
「ふん!そういうこと!結局あなたも同じなのね!インターネットとかいうものの中にいる人たちとおんなじ!結局はお金なんでしょう?!プレミア価格とか言っちゃって、意地汚く値段を吊り上げて!」百梨は懐からブランド物の長財布を取り出す。「おいくら!?おいくらなら譲っていただけるのかしら!?わたしが自由にできるお金は毎月決まっていますので、いくらでも、というわけにはいきませんけれど、それでもあなたたち庶民のお小遣いよりは多くもらっているつもりよ!それにクリスマスだって近いものね!多少値が張るのは覚悟してきましたわ!さあ!いくら欲しいのかおっしゃってくださいな!」
かなたは苦笑いしながら、どうどう、と両手の手のひらを広げて百梨をなだめる。
「お嬢様、ちょっと落ち着いてくれ。いや、悪いんだけど、あたし、そのおもちゃは持ってないよ。だってあたし高校生だよ?弟とか妹もいないしさ…」
かなたの広げた両手を見るなり、百梨の顔はどんどん赤くなり、ぷるぷると体を震わせる。そして、かなたを指差して叫んだ。
「じゅ、じゅ、十本ですってっ!?十万円!?定価の何十倍よ!バカにするんじゃないわよ!足元を見るのもいい加減にしてちょうだい!」
広げた両手が数字を表現していると勘違いしたらしい。
――ほんとのばかかよ…――
「ふ、不愉快だわ!」と言い捨て、くるりと背中を向けるとすたすたと歩いていってしまう百梨。かなたは、嵐のように去っていく百梨をただただ呆然と立ち尽くして見送るしかできなかった。
場面は再び、真っ暗な部屋に戻る。
イクがリモコンを操作すると、先ほどまで映像を映し出していたスポットライト中央の液晶テレビが真っ暗になる。
「いかがでしたでしょうか?」
「いかがでした、じゃないわよ!何よこれ!?イクあなた、何隠し撮りなんかしてるのよ!」
再び、顔を真っ赤にしてまくし立てる百梨。イクは全く意に介さずに、百梨を無視している。
「子供のおもちゃに必死になるお嬢様のみっともない痴態をご覧いただいたわけですが…」
「みっともないとか言うんじゃないわよ!て、ていうか美河かなたがメダル持っているとか言うのも嘘でしたのね!?わたしのことだましたのね!?」
「あら?」イクはメイド服の袖をまくって、自分の左腕を見せる。「そんなことありませんですよ?」
その腕には、プラスチック製のおもちゃの腕時計とメダルがはまっている。百梨は、口を開いて間抜けな顔で驚く。
「イサマシ族『美河かなた』、妖力は1200です」
「まじですの!?」
「今回の『お嬢様で遊ぼう』はここまでです。それでは皆さん、また次回をお楽しみに。さようなら」
深く一礼するイク。
「あなたウォッチもメダルも持ってるじゃない!最初っからそれ言いなさいよ!…ていうかタイトルが微妙に失礼になってますわ!」
スポットライトが消え、部屋の中が真っ暗になる。その中で、百梨の叫び声だけがどこまでも響いていた。
「ちょっと待ちなさい!こんなの許さないんだからね、イク!こらー!」




