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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
04章 ハロウィンパーティー!
29/152

07

「何をしていますか、ヨツハ?」

 無意識に目をつむっていたかなたが、それに気づいてやっと目を開けたとき、目の前に見えたのはカボチャ色のドレス。それは、二十六木ヨツハの背中だった。

 ヨツハはかなたを庇うように、イクとの間に立ちはだかっていた。イクの構える拳銃に、添えるように当てられているヨツハの右手。そのおかげで、かなたに向けて撃たれた弾丸はあさっての方向にずれていた。

「イクちんなら知ってるっすよね?自分って人に触れただけで、体温とか脈拍とかで、その人の考えが何となくわかるってこと。さっきまで触ってたからわかったんすけど、かなたちんも悪霊君も、そんなに悪い子じゃなさそうっすよ」

「…悪いやつだから悪霊というのです。退きなさい、ヨツハ」

 答えるイクの瞳は、まだかなたを冷たく睨み付けたままだ。

「そうやって言葉尻をとってー。違うんすよー。この子たちってば、自分らと同じなんすよー。自分らがおじょー様のことに命かけちゃうみたいに、この子らもお互いを守るために必死なんすよー」

「ばかな…」

「自分らだってー、今まさにおじょー様を傷つけられて、おじょー様をこの子らから守るために必死だったじゃんすかー。その為ならこの子を殺してもかまわないー、なんてー。この子らもおんなじ。お互いを守るために、どんなことでもやってやるー!っていう気持ちなんすよー。それがちょーっとすれ違っちゃったんすなー」

 イクは小さくため息をつく。

「ヨツハ、あなたはそこを退くつもりがないのね?」

 ヨツハは、イタズラっぽくにやけながら頷いた。

「それでは、もうこんなものに意味はないわ…」

 イクは構えていた拳銃を懐に戻した。かなたと荊は、その事を不思議に思いながらもほっと肩を撫で下ろした。

「かなたちん、さっきまでのマジギレ中のイクちんに話し合いが通用するって思うのはちょーっと甘々だったっすねー。格好よく登場してくれたのに申し訳ないっすけど、あのままだと確実に死んでたっぽいんで、自分が手を出させてもらったっすー」

 イクは、苛立たしそうに首をふる。

「わたくしは、まだそいつを許した訳ではないわ。超人的な行動予測と反射神経で、銃口を当てた状態から引き金を引いても余裕で反応出来るヨツハを前にしたら、拳銃なんて役に立たないと判断しただけ。拳銃を使用しないでそいつを始末する方法なんて、既に七つほど浮かんでいるわ」

「さすがイクちんっすねー。そんでその七つとも、自分を倒すことは折り込み済みってことなんすよねー?」

 笑顔を作ってはいるが全く油断していないヨツハ。一瞬でも隙をつくったら、イクに裏をかかれるとわかっているからだ。

 二人の間を、緊迫した空気が包む。


――いつからこんなバトル展開になってんの…――

 イクの視線が自分から外れたことで一気に恐怖心がなくなって気が抜けてしまったのか、荊が呆けた事を呟く。


 急に、イクが全身の力を抜いて戦意を喪失した。

「たった七つよ…」

 ヨツハも、両手を後頭部にあてて、ひゅーと口を鳴らす。それを契機にヨツハの戦闘モードは解除される。

「美河かなたを始末することが『正しい』と判断出来るパターンは、たった七つしか考え付かなかった。今までヨツハの直感が正しかったことは、その百倍じゃきかないのに…」

「今回も、いや、今回は特に自信あるっす!だからイクちん、かなたちんたちの事を許してあげてほしいっす!」

「…どうなんでしょうね…」

 イクは姿勢を正すと、一度メガネを外してレンズを磨いてからまたかけ直した。その時にはもう、無表情な顔からは殺意がなくなっていた。


 深々と一礼するイク。

「美河様、と美河様にとり憑く悪霊様、先程までのわたくしの言動をどうかお許しください。次にもう一度同じことをされたときは、お二人に生まれてきた事を後悔するだけの苦痛を与えたあとにぶち殺しますが、今回はおとなしく謝罪させていただきます」

 ヨツハは嬉しそうにイクとかなたの間に立って、二人の手を無理矢理繋がせる。

「ほらほら!こうやってイクちんも謝ってることだし、今回はこれでなかなおりってことでー!」

――え、謝ってんの?これで…?――

 先程までの恐怖があとを引いていたのか、荊は無意識に浮かんだ疑問が相手に感づかれないうちに、すぐに頭からかき消した。


「わたくしとしては全く納得出来ておりませんが、統計学的、確率論的考察により、今ここで美河様を始末するのは適切ではないと判断させていただきました」

「イクちん!もう過ぎたことっすよー!そんなに反省しなくてもいいっすってー!」

――いや、反省してねえって…これ――




 緊張が溶けたところで、かなたは自分の知っている荊の事をイクとヨツハに話した。

 自分には荊という、何かの動物の霊が憑いていること。荊は、自分を許してくれる人間を探していること。その助けになるように、かなたは時々自分の体を荊に貸してあげていること。荊の能力はイクの言った通りで、時間がたてば自動的に効力が失われること。荊がかなたに話していないことは「彼のプライバシーは尊重したい。出来れば彼が自分から話すまでは、詮索しないでいてあげたい」という自分の意思を伝えた。

 かなたは話しながら、気にかかっていたことを聞いてみた。

「そう言えば先輩たち、あたしが話す前から荊の存在は知ってたみたいだったけど、それってどういう…」

「ああ、それだったら何でもないっすよー!」

 ヨツハが本当に当たり前のことのように話す。

「自分ってー、人に触ればその人がその時考えてることがざっくりわかるんすけどー…」

――さらっとすげえこと言うな…――

「自分らが自己紹介した日、かなたちんと握手しましたっすよねー自分?そんときになんか感じたんすよー、あれー、『この中』に二人入ってるなーってー!なんかー、部屋のドアに耳あてたら声が二つしたー、みたいな感じっすかねー」

「わたくしはそういった非論理的な考え方はしません」イクは軽く首をふってから、続けた。「わたくしどもが最初にご挨拶させていただいたときと、そのあと、…つまりわたくしが美河様の足元から失礼させて頂いたときですが、その二つの時点での美河様は、まるで別人のようでした。前者は、なんというかがさつでマナーのなっていない、まさに獣という感じでしたのに、後者の美河様はそうではなかった」

 そこでイクは少し頬を赤くする。

「あのときわたくしは、机の下からずっと美河様の下半身を凝視させていただいていたのですが、美河様はしっかりと両脚を揃えて閉じていて、お開きになることはなかった。それはまさにレディの所作でございました。わたくしとしましては、どうせならその機会に美河様のお下着でも拝見しようかと思っていたのですが…」

――カナ、こいつヤバイ…。そうとうクレイジーな臭いがする…――

「しょうがないので、その時は美河様のおみ足をおかずに昼食を頂いた、というわけでございます」

「あ、あれ、なんの話だったっけ…はは」

 あきれすぎて、よく話が理解できなくなっていたかなた。ただ、乾いた笑いをもらすので精一杯だった。

――なんなん…こいつら…――

「二つの人格が同居していることには、その時点で気づきました。伊美澪湖と同じ二重人格かとも思ったのですが、だとしたら、既に伊美澪湖の前例があるのに他人に隠しているのは少し不自然です。いくつかの可能性のひとつとして、獣憑きは考慮済みであった、というわけでございます」



 ふと、何か気になる事があったかのように、イクがかなたの方を見つめる。

「それにしても、ケイ様、ですか…」

 気をとり直したかなた、見つめられるのが気恥ずかしいように目をそらす。

「様なんてつけなくていいさ。そんな大層なもんじゃない」

「ケイ…ケイ…ケイ…?ちょっと今、代わっていただくことは出来ますか?」

 かなたは頷くと、まるで意識の中で荊の背中を蹴り飛ばすように、無理矢理荊と交代した。


「…代わってるぜ…」

 ぶっきらぼうに呟く荊。

「ふむ。これがケイ…」イクは、荊の体を上から下までなめ回すように見る。居心地悪そうな荊。「ケイ、K…、臭い、汚い、気持ち悪い…」

「俺の名前は漢字で『荊』。アルファベットでも、なんかのイニシャルでもねえから。しかもお前、何気に結構ひどいこと言ってんな…」

 ヨツハも顔を荊に近づけて言う。

「獣臭い、獣なのに弱い、獣なのに可愛くない…じゃないっすか?」

「いやイニシャルじゃねえって!しかも獣つければ何でもありじゃねえかそれ!てか『臭い』さっきと変わってねえから!そんなに俺臭いのかよ?!」

 双子メイドが顔を見合わせてボソボソと呟く。

「それは、まあ、ねえ…」

「本人を前にすると、ちょーっと、…言いづらいっすねー…」

「気ぃ使われてんの俺!?え、マジなやつかよ!?すげえショック!」


 イクとヨツハは、二人並んでもう一度仰々しく一礼したあと、メイドらしく優しく上品に微笑んだ。

「それはさておき。改めまして荊様、今後ともよろしくお願いしますね」

「さておくなよ!せめて、ジョークです、とか言ってくれよ!」

 荊は、いつの間にか自分が百梨のポジションにおかれていることに、先程とは異なる恐怖を感じていた。


「気を付けろカナ。こいつら、俺の事知るなり全然遠慮しなくなりやがって…。なんかすげえ絡んでくるぞ」

 荊の呼び掛けに反応しないかなた。

「カナ…?」

――怖がり、ここぞと言うときに使えない、カッコ悪い……とかな。くくっ…――

「イニシャルじゃねえって!てか、カナもそんな風に思ってんのかよ!俺のまわり敵しかいねえ!」

 荊の叫びに、かなただけでなく、イクとヨツハも声をあげて笑っていた。






 長い廊下を、よお子と音遠の二人が並んで歩いている。半裸の狼男姿のよお子。先程のようにコートで隠したりはせずに堂々とその薄い胸をはって歩いているが、恥ずかしさがなくなったわけではないらしい。顔は真っ赤に染まっていた。

「…よお子ちゃん、ほんとに戻るのお?」

 困った顔の音遠。よお子とは対照的に背を丸めて小さくなって、なるべく今の状態を誰にも見られたくないようだ。

「…は、はい……こ、このままじゃ、ダメだから…!」

 おどおどしながらも、決意に満ちた顔。音遠は、諦めのため息をつく。

「……こ、このままじゃ、…澪湖…に悪い…から。澪湖…が、わ、わたしの…せいで…ばかに…されちゃう…!」

「そおかなあ?別にそんなことないと思うけどなあ?そんな恥ずかしい格好を人に見られたらあ、誰だってフツーに逃げ出すと思うけどなあ?」

 音遠は、もう既に何度言ったかわからない説得の言葉を、義務的にまたよお子に言う。何度言ってもよお子が全く折れないため、もう言い方が投げやりになってしまっている。

「…み、澪湖な、ら…きっと…逃げない、から…!」

「いやあ、それはミオちゃんがちょっと抜けてるだけで…」

 別人格とはいえ、さすがに本人を前に言うのは気が引けたのか、音遠の声はだんだん小さくなった。


「そ、それに…」立ち止まって音遠の方を見るよお子。顔は真っ赤で、無理矢理笑顔を作ってはいるが、恥ずかしさで今にも泣き出しそうだ。「こ、こういう…服があるって…ことは…、着ても…おかしくないって…事、ですよね…?誰かが…着るから…こういう、服が売られてるん…ですよね…?」

「い、いやその服はミオちゃんと赤ずきんちゃんプレイするためだけにわたしが作ったやつだから、既製品じゃあ…」

「えぇ…?」

「う、ううん。そおだよねえ…」

 必死すぎるよお子を前に、真実を告げる事が気が引ける音遠。結局、ただただ苦笑いを向ける事しかできないのだった。


「もおう、なんなのよお。その責任感はあ…」


 また歩き出すよお子。一歩パーティー会場に近づくごとに心臓の鼓動を激しくさせていく。「が…頑張る…ぞ…」と虚勢を張っているが、本当の気持ちは真逆で、全身から「今すぐここから逃げ出したい!」とメッセージを発しているようだった。


 どん!

「あ、…痛っ」

「うん?」

 そんなよお子だったから、廊下の途中にあった女子更衣室の扉からかなたが出てきた事にも気づかずに、真っ正面からぶつかってしまった。


「え!?ええ?」

「あ、…ご、ごめん、なさ…きゃっ!」

 自分にぶつかってきたのがよお子だと気付き、わなわなと震え出すかなた。申し訳なさそうに謝るよお子を、両手で思いっきり抱き締めた。

「よお子さん!そんなエッチな格好であたしの胸に飛び込んで来るなんて!それはもう『わたしはいつでも準備OK』ということか!?こんな明るいところでなんて恥ずかしいけれど、よお子さんがその気ならあたしはいつでも…」

――いやいやいや、お前さっきそいつの格好見てるよな?何都合のいい解釈して…――

「え、エッチな…格好……っ!」

 冷静に突っ込む荊。よお子はかなたの言葉に正気に戻って、改めて自分のしている格好を見る。その、どこからどう見ても変態的な衣装に、ついに恥ずかしさのゲージが完全にMAXまで振り切ってしまい、体温が沸騰するほど急上昇する。そしてそのまま意識が飛んでしまった。


「…う、…んんん。よぉく寝たぁ。ってあぁーっ!」よお子に代わって起きる澪湖の人格。「寝過ごしたぁー!今日お嬢様のパーティーの日じゃーんっ!お母さんなんで起こしてくんないのよぉーっ!…って、うわぁー!か、かなたぁー!?な、な、なんでかなたが抱きついて…ってなんじゃこのエロい格好はぁーっ!」

 起きるなり、フルテンションで叫びちらす澪湖。かなたは入れ替わったことに気付かないのか、澪湖に頬を擦り合わせている。

「てゆうかぁ、んんー!こっちからごちそうのにおいがするぞぉっ!この際細かいことはどうでもいいや!わたしは何がなんでもごちそう食べるんだぁ!」

 抱きついているかなたを引きずりながら、しっかり会場の方に歩き出す澪湖。

「はいはーい!ミオちゃんのごちそうはわたしだよお!わたしを食べてえ!」

 そう言って音遠も澪湖に抱きつく。


「よお子さん…最初は優しくしてくれるかい…?」

「ミオちゃーん!音遠はいつでも食べ頃だよおー!」

「うるせぇー!とにかくごちそう食わせろぉ!」

――もう、何が何やら…――

 かなたと音遠を引きずりながら突き進む半裸の澪湖。荊はただただあきれ果てていた。



「まったく、やかましい人達ですね」

「ほんとうっすなー。この子らと一緒なら、おじょー様は退屈しなそうっすなー」

 少し離れた位置で、澪湖たちの塊がうごめくのを見てイクとヨツハは微笑んでいた。

「てか、イクちん。そう言えばおじょー様は?」

「…あら?」






「ううー…」

 その日、眼帯をつけ、ゾンビのように両手を前に出しながら徘徊する百梨の姿が千本木家の敷地内の各所で目撃された。

「うう…、暗いわ…何も見えないのよ…」

 その、あまりに徹底したゾンビへのなりきりっ振りは、パーティーの招待客たちの心にも届き、仮装大会は見事百梨の優勝ということで幕を閉じたのだった。


「誰か…誰かいないのー…イクー…ヨツハー…わたしはここよー…」

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