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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
04章 ハロウィンパーティー!
28/152

06

「うががー!(電気がついていますわ!やっぱりここですわ!)」

 女子更衣室の前まで来た百梨は、扉を指差して鼻息を荒げる。

「そうみたいっすねー!いちおー用心しておじょー様は、下がってて……て、あー」

 ヨツハの忠告も無視して、百梨は先頭に立ってその扉を開けた。その先にいたのは…。




「ああー!?わかんねえーよ!さっきのとどう違うのさ!…これじゃ人面犬って…人面犬も狼男もおんなじようなもんじゃねえの?!」

 不思議な生き物が、一人鏡の前でいらだたしげに叫んでいる。全身には狼のように毛が生えていて、間接や骨格も獣のそれだ。だが、見るからに狼でないと分かるのは、その生き物が二本足でたっていて、顔のある部分に申し訳程度に美河かなたの顔が、人間の時のままくっついていたからだった。

「じゃあ、狼三、人間七の割合でやってみるぜ。…いや狼男十って、…それがわかんねえからこんなんになってるんじゃねえーか!」

 そう言うと、そのおかしな生き物は目をつむって何かを呟く。すると、その体を生暖かい不思議な風が包み込み、みるみるうちに形状が変化していった。


「ふうー…どうよ?これは今までの中で一番『普通』っぽいんじゃねーの?」

 風がなくなったとき、そこにいたのはさっきよりもずっと人間寄りの生き物。全身に銀色の毛皮を纏ってはいるが、体つきは人間そのもの。体と同じ銀色の髪からは狼の耳が生えているが、パーティーグッズ等でよくある獣耳のカチューシャをつけているように見えなくもない。先程と同じで、顔はかなたそのもの。但し、頬からは左右三本ずつ猫のような長いひげがはえていた。

「なっ?ギリで、人間が変装しているように見えなくもないよな?ちょっとメイクとか頑張れば、こんな感じになるよな?」

 そう言って、鏡の前で一回転する荊。自分の仕事が思いの外上手くいったのが嬉しいようだ。ふさふさの尻尾が、無意識に上下している。


 完成した変身形態をひとしきり堪能したあと、荊は我にかえったかのように真剣な表情になり、鏡に顔を近づけた。

「さあて、あとは顔をあいつ、よお子ってのと同じににすればいい。それは余裕でできるぜ…え?」

 そこで、やっとドアのところに立ち尽くしてた百梨たちに気づいたのだった。




「う、がが…(ど。どういうことですの…)」

 ゾンビ姿でたじろぐ百梨。それとは対照的に、左右に寄り添っている双子メイドは大分落ち着き払っている。

「こういう事もできるのですね、なかなか興味深い…」

「なるへそー!かなたちんに憑いてる子は、なかなか優秀なようっすなー」

 驚きで満たされていた百梨の表情が、次第に恐怖の色を帯びてくる。顔は荊の方を向いたまま、一歩後ずさる。

「う、うが…(ば、化け物…)」



「おい、バレてんじゃねえのか…どうする?」

 百梨たちをギロリとにらむ荊の瞳。それは完全に獣が狩りをするときの目だった。

「いいのか?もう一つの『力』を使っても…」

 イクとヨツハが、荊の殺気に反応して百梨の前に立ちはだかる。

「大丈夫っすよー、おじょー様!この子におじょー様を傷つけさせたりなんかしないっすからー!」

「こういった場合の対処法については、既にパターンが決まっております。お嬢様はご心配なさらずに、そのバカみたいなゾンビの真似事を…」


 荊は独り言のようにつぶやき、微笑んだ。

「…了解。心配すんな。万事上手くやるさ」

 そして、イクとヨツハ、それに二人の隙間から恐る恐る覗き混んでいる百梨と目を合わせながら、いつもとは異なる不気味な声を発した。


「千本木百梨、七五三木イク、二十六木ヨツハ、お前らは、俺の事を人に話すことは出来ない。もし話せば、全員…死ぬ」

 その言葉が終わった瞬間、また生暖かい風が吹いた気がした。


 イクは、窓のついていない部屋に吹くその奇妙な風に、何かよくない事が起こるような予感を覚え、それを打ち消すために今後起こりうる出来事十個の可能性を想定し、その全てについての必勝パターンを考えた。ヨツハは、その人並み外れた聴覚で、百梨、自分、イクの心音に乱れがないのを聞き取り、現時点で特に異常なことは起こっていないと判断した。

 だがその二人の考えを裏切り、急に百梨が体を斜めにして倒れた。


「お嬢様!」

 床にぶつかりそうになった百梨を、すんでのところで支えるイク。ヨツハの方は一瞬で全神経を戦闘モードに移行させて、百梨をかばうように体で隠しながら荊を睨み付ける。その睨みはまるで、一ミリでも動いたらお前を殺す、とでも言っているようであり、動物的な本能でそれを感じ取った荊はその場に硬直してしまった。


「う、うう…」

 呻き声のような声を出す百梨。

「どうしました、お嬢様!?そんなゾンビみたいな声を出して。最近のゾンビは普通に話したりするんですよ?何があったかお聞かせください!」

「……だ、ダメよ。言えない…、言ってはいけないわ…。早く、早くここから逃げなきゃ…」

 言いたいことがあるのに言うことが出来ないようなもどかしい顔つきで、百梨はひたすら首を振っていた。


「かしこまりました…では、ここは任せてお嬢様だけでもお逃げください」

 そう言うと、イクは自分の着ていたドレスの裾から眼帯と耳栓を取りだし、素早く百梨に装着する。

「…きゅ、急に暗くなったわ!停電なの!?イク、ヨツハ、どこにいるの?!」

 眼帯で両目を覆われた事に気づかずにわめき出す百梨を放って、イクはヨツハの隣に並んで荊を睨み付けた。その瞳は機械のように冷めていて、まるで感情がこもっていないようだった。



「最低の気分です」声すらも機械が読み上げているかのように無感情のイク。「本当に、なんという不覚。あるまじき失態。わたくしたちは、お嬢様をお守りするためだけに存在しているというのに、こんな畜生風情にお嬢様を蹂躙することを許してしまうとは…」

 またドレスの裾から何かを取り出したイク。それに気づいた荊は事態の重大さを認識し、なりふり構わず逃げ出そうとした。だが、体が全く言うことを聞かない。

「動かない方がいいっすよー」

 全く気配を感じさせず、いつの間にか荊の背後をとっていたヨツハ。彼女に左右の腕を捻りあげられているだけなのに、荊は全身の自由が奪われていた。

「二本足の生き物を動けなくする方法、自分はあと三つ知ってるんすけど、今やってるの以外は、どれもちょー痛いっすからー」

 いつも通りのフレンドリーなしゃべり方が逆に不気味だ。ヨツハに捻り上げられた荊の両腕が、思い出したかのように痛みを感じ始める。既に充分苦痛なそのヨツハのサブミッションを受けて荊が叫び声をあげなかったのは、荊の意思が強かったからではない。イクが懐から取り出した拳銃を、荊の口の中にしっかりと押しつけているからだった。


「これからわたくしが五つの数を数える間に、あなたには選ぶことのできる二つの可能性があります。一つ目は…」荊の口の中でひんやりとした冷たさを感じさせている拳銃が、グイッとさらに奥の方に押し付けられる。「この銃の弾丸で脳天を貫通されて、脳味噌を散乱させて生き絶えるか」

 イクはそう言いながら銃を荊の口から外し、眉間に押し当てる。

「あるいもう一つは、ヨツハの正拳づきを食らって全身の骨と心臓を粉砕されて絶命するか…。どちらにしろ痛みは一瞬です。すぐに意識を失って気持ち良く昇天できる方法をご用意させて頂いたのは、美河様がパーティーに来ていただいたゲストということでの、わたくしどものせめてもの配慮でございます」


 荊は激しい悪寒に襲われる。この二人は本気だ、このままでは自分は殺される、そんな事を本能で感じ取ってしまう。なんとかしなければ…。


「それではカウントダウンを始めます。辞世の句でもこの世の恨みでも、どうぞお好きな言葉をお話しください。リクエストがなければ、ゼロと同時にこの拳銃の引き金を引きます」

「もしあれならー、死んじゃう前にさっきおじょー様に何したのかとか、どうやったら治せるのかーとか、話してくれてもいんすよー」

「まあ話していただいたところでそれが真実という保証はどこにもありませんから、わたくしたちはわたくしたちで勝手に調査して、先程あなたがお嬢様にした呪いのようなものを治して見せますがね。…五」

 話ながらも、淡々とカウントダウンを開始するイク。

「てかてかー、君ったら未だに隙を見てもう一度同じ技を自分らにかけようとしてるっすねー。懲りないっすねー」

 荊は、一瞬でヨツハか自分の思惑を見通したことに驚く。そしてその圧倒的なまでの力の差に、本当に自分の死を覚悟した。せめて、せめてカナの命は…。

「無駄です。先程お嬢様にかけた呪いは、わたくしたちには通用しません。あなたも、さっきの『力』がわたくしたちに効かなかったのを不思議におもっているのではありませんか?…四」

 イクは、目隠しをされた状態を停電と思い込み、部屋のなかを「イクー、ヨツハー、どこですのー?」と間抜けにうろついている百梨をチラリと見る。そしてすぐに視線を荊に戻した。


――荊、代わってくれ――


「わたくしの考察によって、あなたの能力の大体の見当はついています。あなたの『力』の正体は、まず間違いなく催眠術の一種でしょう。口に出した言葉を相手に絶対的に信用させ、相手の心を縛る拘束力をつくる。わたくしたちに正体を知られてしまった事を隠したかったから、『それを人に言ってはいけない』という枷を作った。さっき言ってましたね?人に言ったら死ぬ、って。ただの催眠術だから、しゃべったからといって本当に死ぬわけではないんでしょうけれど。…三」

 荊は、もはや恐怖のあまり声を出すことはできなかったが、意識の中でかなたの申し入れを拒否した。

「お願いするよ…俺のことはどうなってもいい。カナは、カナは見逃してやってくれ…」

――大丈夫だ。あたしに考えがあるんだ。代わってくれ――

「ですが、その『力』にはルールがある。それは、力を使うときに『相手の本名を呼ばなければならない』か、『相手と目を合わせなければならない』のどちらか。…まあ恐らくは両方でしょう。残念なことに、そのどちらもわたくしたちには通用しません。…二」

「自分らの名前ってー、実は偽名なんすよー。ここに来たときにおじょー様からもらった名前なんすよねー。だから君が自分らの本名を呼ぶことは絶対出来ないんすよねー。あとー、目を合わせるってもの無理っすねー。さっき君が目を合わせてきたときー、あーなんか企んでるなーって思ったから自分ら、その瞬間に目をつむれたくらいっすもん。そんくらい、君のあの技はモーションが大きくてかわすの簡単ってことっすー」

 イクの言っていることは全て真実だった。荊は、かなたにすらはっきりと話したことのない自分の『力』の事を少ない時間で正確に言い当てるイクに感心すらしていた。

「…確かに、巻き添えを食う形になってしまった美河様には、多少の同情心を感じ得ません。できることなら、美河様の中の、『あなた』の人格のみを消去して差し上げたい。それが出来るなら、そうする方がより正当なのではないかと思います。…ただわたくし個人としましては、美河様にも全く責任がないとも思っておりません。同じ体を共有しているのでしたら、少なからず監督責任は発生するはずですし…。飼い主ならちゃんと縄で縛っとけって話でございます。…一」

 かなたのことを考えても、彼女の殺意は微塵も変わらなかったらしい。あくまで事務的に淡々と、それでいてどこまでも冷酷に告げるイク。

 万策がつきたことを悟った荊は、自然と身体中から力が抜いてしまっていた。すまない…カナ。浮かんでくるのはかなたへの謝罪のみだった。

 その荊の隙をついて、かなたは自分の体のコントロール権を獲得した。


「先輩たちに言われた通りです。全ての責任はあたしにあります」

 真っ直ぐな目でイクを見つめながら、かなたは一息に言葉を並べた。

「それに荊の事を隠したい一心だったとはいえ、お嬢様や先輩たちの事を侮辱するような行動をしたことは事実です。怒られるのも当然です。許してとは言いません。ただ荊には、あたしの中のさっきの人格には、事情があるんです。それが解決するまでは、どうかあたしたちを…」

 その言葉には、一ミリの嘘もない。かなたは既に自分の死を覚悟し、その上で心から荊の事を助けたいと思っていた。ヨツハに拘束されていて体を動かすことは出来ないが、全身から謝罪の気持ちが伝わってくるかなたの言葉。

「生かしておいてください!」

「うるさいお前もう黙れ。…(ゼロ)

 しかし、イクの心にはその言葉は届かなかった。無情にも、イクは拳銃の引き金を引いた。


 荊、お前の願いを叶えてやれなくて悪いな…。


 その銃声は、防音加工の更衣室の中だけに鈍く響いた。

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