04
「さてさてー!余興はこれくらいにして、そろそろこのパーティーのメインイベント!仮装大会をはじめるっすよー!」
落ち着いた室内楽が作っていたムードある雰囲気をぶち壊し、突然会場中に響き渡る二十六木ヨツハの声。そのせいで、誰もが驚きのあまりそちらの方向に顔を向けることを余儀なくされた。
「さあさあー!みんなこっちに注目っすよー!」
だからそのヨツハの台詞は、実質蛇足だった。
「あれ、よお子ちゃんは…?」
色とりどりのケーキを取り皿にのせているかなたのもとに、音遠がやって来て話しかける。
「なんかお嬢様とそのお付きのメイドたちに、どこかに連れ去られてしまったんだよ。音遠こそ、どこかで見かけなかったか?」
「わたしは見てないけどお…」
かなたと音遠は顔を動かして会場中を見回すが、やはりよお子の姿は見えない。
「かくなるうえは……」
かなたが何か思い詰めたような表情で呟いたとき、またヨツハの声が会場中にとどろいた。
「それでは仮装大会のはえあるトップバッターを紹介するっすー!……つっても出場者二人だけなんすけど……。まずはこの人ー!」ヨツハがそう言うと、会場中のライトが消えて、ステージの右隅をスポットライトが照らす。
「あー、うー」
スポットライトの中に現れたのはゾンビメイドの千本木百梨だった。両手を前につきだし、ゆらりゆらりと左右に揺れながら、ゆっくりとステージ中央に歩いてくるその仕草は、まさにゾンビそのものという感じだった。
「おお!すごい、お嬢様なりきってるなあ」
会場中から歓声があがる。かなたも思わず称賛の声をこぼした。
「千本木百梨おじょー様っすー!わざわざハリウッドからスタッフを呼び寄せただけあって、ゾンビメイクは完璧!昨日遅くまで映画を見て研究したという歩き方も様になってるっすー!…怖いからといって、映画に付き合わされた自分らの努力も報われるというものっすなー」
ステージ中央までついたところで、会場を見渡したゾンビ。自分に向けられる拍手と称賛の嵐に、ついつい調子にのってしまう。両手を腰に当てて、胸を張って歓声を気持ち良さそうに受け止める。
「うがー!(見なさい!これがわたしの実力よ!)うががー!(普段のわたしとはかけ離れたこのゾンビとのギャップ萌えに酔いしれるがいいわ!)うーうっうっうー!(おーほっほっほー!)」
「こら」
ゾンビ語で高笑いする百梨を、いつのまにか背後にたっていたイクが思いっきり蹴り飛ばす。百梨は「ぐえっ」と無様な声を出して、前のめりにステージの床に倒れた。
「そんな元気なゾンビはいないと言いましたでしょう?お嬢様は記憶力ゼロですか?しょうがありませんね。ゾンビらしく這いつくばっていられるように、わたくしが協力して差し上げますよ」
そう言うと、倒れている百梨の背中に自分の右足をのせ、百梨を床に押さえつけてしまった。
「おお!這いつくばりながらにじりよるゾンビ!これは実にそれっぽい!おじょー様、これはポイント高いっすよー!」
「うー!(ちょっと!なにするのよ!)あー!(その足をどけなさい!)」
「すごい!ほんとのゾンビが背中にショットガン撃たれてうめいてるみたい!迫真の演技っす!おじょー様も今きっとゾンビの仮装をやりきったという満足感を噛み締めていることっすなー!」
「あー!(噛み締めてないわよ!普通に怒ってんのよ!)」
「わたくしにもお嬢様の気持ちが伝わって来るようです。皆さんに楽しんでもらえて嬉しい、イクとヨツハ、協力してくれてありがとう、と…」
「うー!(こんなことされて感謝するわけないでしょ!あなたたち後で覚えてなさいよ!)」
ノリノリなのは双子メイドだけで、会場の観客もさすがに暴走気味の二人にドン引きしていた。
「うーがー!(絶対許さないんだからー!)」
「さて!それでは続きましてー、このおじょー様に挑戦するのはー…」
必死に抵抗している百梨と、百梨を足蹴にしたまま優雅にお茶を飲み始めたイクを放って、ヨツハが進行を続ける。先程と反対側にスポットライトが点る。
「いつもはか弱い子羊キャラが、今日は獲物を狩る側、肉食系に大変身!狼男の仮装をしたのはー、伊美よお子ちんだー!…ってあれ?」
スポットライトの中でもじもじとしているよお子。相変わらず体はコートで隠していて、先程となにも変わっていない。
「あ、あの…わたし、やっぱり…無理で…」
「よお子ちん?仮装はそれで完成なんすか?」
嫌がるよお子の手を引いてステージ中央まで連れてくるヨツハ。上から下までよお子を見て、不満げに言った。
「うーん、なーんか全体的に中途半端っすよねー…。狼部分は頭と手足だけで他は普通の人間。どうせなら全身仮装しててほしかったってのが正直なとこっすかねー…。しかも狼男がコートって、あんまりイメージないからなーんか違和感あるしー…」
不満げなのはヨツハだけでなく、会場の観客もなんだか盛り下がってしまったようだった。かなただけは必死に、「違うな。よお子さんは狼男に新たな解釈を与えることで、既成概念にとらわれたあたしたちに新しい風を…」と無理矢理な解説を加えていたが、そんなものは誰も聞いてなどいなかった。
「んんー?」
急に何かに気づいたように、ヨツハがよお子に近付く。
「あれあれあれー、もしかしてー…」
素早くよお子の背後に回り込み、よお子の両肩に手をかける。
「な、なん…です…か…」
よお子が恐る恐るヨツハの方を向くと、ヨツハはニッコリと笑顔で答えた。そして…。
「えいっ」
勢いよくよお子のコートを剥ぎ取ってしまった。露になる、ビキニ姿のよお子の肢体。
「い、いやーっ!」
よお子は顔を真っ赤にして、その場に座り込んでしまった。パーティー客たちはあまりに破廉恥なその格好に、目をそらしたり、哀れみの表情を作る。
「こ、こ、これはすごいっすー!狼男かと思っていたよお子ちんの仮装は…なんとなんと、変態さんでしたっすー!」
「違うのお…あれはあ、赤ずきんを食べちゃうイケナイミオちゃん狼なのお…」
音遠の呟きなどステージ上にまで届くはずもなく、ヨツハはつづける。
「ハロウィンには怪物の仮装をする、という自分らの先入観を利用した意外性あるアプローチ!それは変態さん!変態さんこそは、現代社会の闇、ある意味では現代のモンスター!モンスターである以上、仮装大会ではこの仮装をみとめざるをえないっすよ!そしてそんな変態さんの仮装を、まさか内気なよお子ちんがするというギャップ!これはお嬢様を越える高得点が期待できるっすよー!」
「うー?!(なんですってー?!)」
会場中の、「いやいやいや…」という覚めた空気の中、ヒートアップしていくのは一部のみだ。
「冗談じゃない!こんなのはダメだ!すぐに中止させよう!」
「そおだよお、あれはミオちゃんがわたしの前だけで着るやつなのお。こんなことになるなんて思わなかったからあ…。あれじゃあよお子ちゃんかわいそおだよお…」
怒りに震えるかなたと、責任を感じて泣き出しそうな音遠は、急いでステージの方へと向かっていた。
「あんなに美しいよお子さんを変態扱いだなんて!あれこそは芸術!美の化身だ!それをこんな風に雑に扱うなんて言語道断!ちゃんとお金を払った人だけが見れるように、しかるべき手筈を…」
「ちょっとお…かなたちゃあん…?」
怒りのポイントのずれているかなたにあきれている音遠だった。
「あっ、よお子ちん!」
ついに羞恥心に耐えきれなくなったのか、よお子は半裸の格好のまま、ステージを降りて会場から走り去っていってしまう。かなたと音遠も躊躇することなく彼女の後を追う。
ステージには、床に這いつくばる百梨と双子メイドだけが残されていた。
「…ちーっと、やりすぎちったみたいっすね…はは」
ばつの悪そうなヨツハ。
「お嬢様になら何をやってもいいけれど、他人にあれは度が過ぎたわね。反省なさいヨツハ」
「ごめんイクちん…。同じガッコーの人と遊ぶことなんて久しぶりだったから、つい…。おじょー様と同じ感じでやっちゃった…」
「……しょうがない子ね…ヨツハ。次からは気を付けましょう?」
イクはヨツハに優しく微笑みかける。ヨツハは頬を赤らめ、イクに近寄る。
「イクちん…」
両手を重ね合わせる二人。二人の唇の距離がだんだん縮まっていく。
今はイクだけでなくヨツハにも踏まれている百梨がいらだたしげに言う。
「うー…。(あなたちね…、いつまで自分の主の上に乗っているつもりなのよ…)う、あー!(まあいいわ。そんなことより伊美澪湖を追うわよ!このまま勝ち逃げなんてさせるもんですか!最もツンデレお嬢様に相応しいのは、この千本木百梨様なのよ!)」
「かしこまりました」
二人のメイドは百梨の上から降りると、うやうやしく頭を下げた。百梨は立ち上がって走り出す。
「うー!(伊美澪湖はきっとどこかであの破廉恥でいかがわしい仮装から早々に着替えてしまうつもりなんだわ!)あー!(そうはさせないわよ!わたしとの勝負に決着がつくまで、あの格好はやめさせはしないんだから!)」
走る百梨の後を双子メイドもついていく。
「そういうことでしたら、更衣室かトイレ辺りでしょうか?」
「ここからだとー、ホール二階の女子更衣室が近いっすねー」
「うー!(そこよ!きっと伊美澪湖はそこにいるわ!二人とも行くわよ!)」
「かしこまりました」
声を揃えてこたえるイクとヨツハ。
「うう?(あれ?)」
わずかな違和感を感じはしたが、百梨はゾンビ語が双子メイドに通じていることには全く気づかなかった。




