03
「はあー…」
ホールの隅の壁にもたれ掛かり、つまらなそうにため息をついている赤ずきんがいる。
周囲に目を向け0れば、テーブルに並ぶ豪華な料理に舌鼓を打ちつつ、給仕係に熱心にそのレシピを聞いているドラキュラ伯爵や、ゾンビメイドにからまれているうちに人だかりの中心に置かれてしまい、困った顔をしている狼男が見える。
キラキラとした会場、料理、人…。ホストである百梨のやり過ぎな位の仮装のお陰で、自分たちの場違い感はだいぶ薄まった。それでも、当初思い描いていた自分の理想のハロウィンパーティーとはかけ離れている光景に、音遠はため息をもらさずにはいられないのだった。
ミオちゃん…。
音遠の理想のパーティー、それはいつも通りのハロウィンパーティー。
ケーキにつられてやって来た澪湖に、自分好みの格好をさせて、二人だけで過ごすハロウィンパーティー。クリスマスはいつも家族を優先してしまう澪湖と、唯一二人きりになれて『恋人ごっこ』ができる日。勿論、澪湖の方にはそんなつもりはどこにもないのだが、音遠にとってはそんな幻想を見れるだけでも幸せだったのだ。
そんな年に一度の音遠の楽しみが、今は完全に別物になってしまっている。
「お隣、よろしいでしょうか?」
音遠がもう一度大きくため息をつこうとしたところで、横から声をかける者があった。無数のプリーツが入ったブルーのワンピースが、細身のシルエットと相まって大人びた印象を与える。メガネの奥からは、包み込むような優しい瞳。それは、七五三木イクだった。
「何かよおですか?」
プイッとそっぽを向いて、つっけんどんに応じる音遠。イクは気にした様子もない。
「本前川様。本日は、お嬢様のパーティーに皆様をお連れいただき、ありがとうございました」
いつもの、百梨に接する時のイクからは想像し難いが、身内以外の人間に対する時の彼女の礼儀作法は完璧だった。だが、仰々しく頭を下げるイクを見ても音遠の不機嫌さはかわらない。
「みんなが来たいって言ったのお。別にわたしがみんなを連れてきた訳じゃあないですう」
「いえ、そのようなことはありません」音遠の隣にきて、彼女と同じように壁にもたれ掛かるイク。「毎年開催している、本前川様主催のパーティーを今年はキャンセルして下さりました。そのお陰で、大変スムーズに皆様がこちらのパーティーにご参加いただけたのです。本前川様にとっては、そのパーティーはとても大事なものであったとお察しします。それなのに…」
「べっつにい。あのお嬢様がどうしてもって言うからだしい」
音遠は途中で口を挟む。
音遠の澪湖への想いは、周囲に隠していることではない。クラスメイトのほとんどはおそらく知っていることだろうし、一部の生徒達からはその事をからかわれもしている。だが、当の澪湖本人のみがその事にまったく気付いていないため、誰に何を言われようと、全然気にしてこなかったのだ。
音遠としては、そんな自分の気持ちや悩みを、誰かに聞いてもらいたいと思っていたわけでもなく、イクとの話を続かせるつもりもなかったので、そのまま黙ってしまった。
二人の間に沈黙が流れ、パーティー客たちの談笑だけがよく聞こえる。
沈黙を破ったのはイクだ。
「あちらのケーキはお召し上がりになりましたか?千本木家のパティシエの自信作で、きっとお気に入りになりますよ?それから、あちらの…」
「あのお!」音遠はイクの方を向いて、苛立たしげに話す。「はっきり言わなきゃあわかりませんかあ?わたしいまあ、一人になりたいんですうっ」
一瞬驚いた様子のイク。だが、すぐに先程の態度に戻った。
「それから、あちらの鳥料理。なんでも年に数羽しかとれないと言う貴重な鶏肉を使っていて、少しクセがありますが非常にまろやかな…」
「なんなんですかあ!もおう!」
我慢しきれず大声を出して座り込んでしまう音遠。その声に驚いて、何人かのパーティー客が音遠の方に注目する。だが、急に会場の中央でヨツハがワイングラスを使ってジャグリングを始めたため、その興味はすぐにそちらにうつってしまった。
「申し訳ありません」膝を曲げて、イクも音遠と目線を合わせる。「本前川様にこのパーティーをお楽しみいただきたかっただけなのですが…。わたくしはどうもこういったことは苦手で…」
小さく舌打ちする音遠。
「ってゆうかあ、変な仲間意識とかだったらやめてくださいよお。めえわくです。わたしとミオちゃんのことはあ、放って置いてください」
音遠はうつむいたまま、冷たくいい放つ。だが、その言葉にイクは、感銘を受けるかのように目を輝せた。
「ほ、本前川様、もしかしてわたくしたちのこと、わたくしたちとお嬢様のこと、お気付きでしたか?」
音遠は最初、イクを無視するつもりだった。だが、イクは問を投げ掛けたきり黙ってしまい、立ち去ることもなく、ただただ熱い視線を向けてくるだけ。仕方なく、音遠はポツポツと途切れ途切れに答えた。
「わかりますよお…見てればあ。……二人とも、からかう振りして遊んでるんだもん。ホントに楽しそうに…お嬢様と遊んでるんだもん……それって、嫌いな相手にだったら…絶対出来ないもん」
「流石でございます」
すぐにそっぽを向いてしまって、無反応になる音遠。イクは気にせず続ける。
「やはり、同じような恋をされている方にはわかってしまうのですね」イクは何故か嬉しそうに微笑む。「お察しのとおり、わたくしとヨツハは、お嬢様のことが大好きなのです。従者の身でありながら、百梨お嬢様のことを愛してしまっているのです。そのことで、本前川様に恐れ多くも連帯感のような感情を抱いてしまっているということは、あるのかもしれません」
「先輩たちは…何時だってお嬢様と一緒にいれるもん…わたしのとは違うもん…」
音遠は興味無さそうに遠くを見ながら言った。イクは答える。
「確かにわたくしたちは、朝お目覚めになってから、夜お休みされるまで、お嬢様と常にご一緒させていただけております」
「ほらあ…」
「ですが、それは従者としてのこと。ひとたびその立場を外れてしまえば、わたくしたちとお嬢様は赤の他人。わたくしたちにはお側にいられる理由はなくなってしまいます。わたくしたちには越えることの出来ない一線があるのでございます」
「…てゆうかあ、今でも充分普通のメイドの立場を外れたこと、してるしい……」
少し意地悪く言う音遠。イクは小さく笑う。
「ふふふ…。でも、好きな子をついついいじめてしまうというのは、いたって普通のことでしょう?」
「…!わ、わたしはそんなことないもん…。ミオちゃんのこと、いじめたりしないもん…」
一瞬の間を置いてから音遠は答えた。その瞬間、イクには彼女が笑っていたように見えた。
イクは立ち上がると、手のひらでパーティー客の一人を指し示した。
「あちらの黒髪のお美しいお嬢様をご覧いただけますでしょうか?」
音遠は億劫そうに顔をあげてその方向を見る。
「平良様といって、全国的に有名な資産家のご令嬢で、東北にある、さる名門女子高に通われています。そこで、同じ学園に通う同性の方と現在恋人関係にあるそうです。本前川様ともお年も近く、なにかとお話も合うかと思います」
今度は別の方を指す。
「…それから、あちらの白髪の紳士はロジュンベルク博士。ヨーロッパの大学で、民族学的、人類文化学的な見地から同性愛に対する肯定的な論文を数多く書かれています。あの方からも、本前川様にとって興味深いお話が聞けるのではないかと思います。日本語もお上手な方ですので、よろしければご紹介いたしますが?」
音遠はいぶかしそうにイクをにらむ。
「もしかしてえ…わたしのために…?」
「ええ。お二方とも、本前川様にこのパーティーを楽しんで頂けるようにとお呼びしました。いかがでしょう、こちらに来ていただきましょうか?」
音遠はちらりと二人のパーティー客を見てから、首を振った。
「別にいいです。言いましたよね?わたしい、一人になりたいって…」
「かしこまりました」
イクはそういうと、軽く右手をあげて誰かに合図を送る。たちまち、屈強な体つきの黒服の男たちが先程イクが指し示した二人を取り囲む。
少女の方は、黒服に何か言われると小さく一度うなづき、黒服に取り囲まれたまま毅然とした態度で会場を出ていった。
白髪の紳士の方は、事態が飲み込めない、という風にあわてふためき何か騒いでいたが、すぐに黒服に鎮圧され、両肩を押さえつけられて会場から追い出されていた。
その一連の動きがあまりに手際良かったのと、いつの間にかサーカスのようにアクロバティックになっていたヨツハのパフォーマンスに誰もが目を奪われていたお陰で、その出来事に気づいたものはいないようだった。
「な、何したのお!?」
目を丸くする音遠。イクはなんでもないことのように答える。
「本前川様がご用のないようでしたら、あのお二方にはもう居ていただく理由がありませんので、お帰り願いました」
絶句する音遠。だがすぐに、こらえきれずに吹き出してしまった。
「あはははは!ひっどおい!わざわざ東北とヨーロッパから呼んだのにい!?ちょっ、ええ!?なに考えてるんですかあ!もおう!」
「良かった」イクも笑顔で返す。「本前川様に楽しんでいただけたのなら、遠方からあのお二方をお呼びした甲斐があったというものです」
音遠は立ち上がってイクの方を向いて、目を合わせる。そして彼女が小さく「…へっんなのお」と呟いたのをきっかけに、音遠とイクはもう一度、声を揃えて笑いあった。
笑いが収まると、音遠がいたずらっぽく言った。
「てゆうかわたしい、先輩たちのこと聞きたあい!先輩たちと恋バナしたあいっ!ねえねえー、先輩はあ、どうしてあのお嬢様のこと好きになったのお?」
イクは一瞬何か言おうとしてから、すぐに口をつぐむ。そしてやさしく微笑んだ。
「…それは、どうかご容赦ください」
「ふうんん、三人だけの秘密なんだあ…」面白くない、という顔を作る音遠。だがさっきまでの音遠とは違い、今のそれは明らかにふざけていると分かるような、笑みの混じったものだ。「じゃあじゃあ、そのペンダントはあ?わたし、ずうっと気になってたんだあ」
音遠が見ているのは、イクの首からかかる三日月型の青いペンダントだ。一見宝石のようでもあるが、よく見ると宝石にしては輝きが安っぽい。そしてさらに注意深く周囲を見渡して見ると、同じような青いペンダントをヨツハと百梨も首からかけていた。
「デザインは七五三木先輩が月、二十六木先輩が星、お嬢様が太陽の形でえ、みんな違うみたいですけどお、全部統一感があるから同じメーカーのですよねえ?それってもしかしてえお嬢様からのプレゼントですかあ?」
「はは…敵いませんね。本前川様には」イクはまたも感銘を受けたような顔をして、首を振った。「これはイミテーション、ただの硝子細工です。わたくしたちにそんな安っぽいものを与えるようなお嬢様ではありませんよ」
音遠の問には答えず、何かを思い出すように遠くを見つめるイク。その表情は生きる喜びと慈愛に満ちていて、いつもの彼女が持つ冷酷なまでに落ち着き払った様子とは全く違って見えた。
「それも秘密なんだあ…」
「申し訳ありません」
音遠は悲しそうに笑う。
「なんかいいなあ、そおゆうのお…。わたしとミオちゃんには、そおゆうの無いなあ…」
音遠も遠くを見つめる。その表情にまた陰りが見え始める。
「お気をおとされないでください。本前川様が落ち込んでおられると、わたくしも悲しいです」音遠の隣の壁にもたれ掛かっていたイクは、移動して音遠の前に立ちふさがるような形になる。イクの表情は音遠にしか見えなくなる。「代わりになどなり得ませんが、わたくしのとっておきをお見せいたします。どうかそれで…」
イクはメガネをはずす。そしてオーバーなほど口をあけて、顔を緩ませてニッコリと笑顔を作り…。
「音遠ちん!元気だすっすー!自分がついてるっすよー!」
その時のイクは、表情、声、しぐさ、何をとっても双子の片割れ、二十六木ヨツハにそっくりだった。思わず音遠は、会場の真ん中で、今はテーブルナイフを同時に三つ飲み込んでまた口から出す、という曲芸を成功させパーティー客の拍手をうけているヨツハと、目の前のイクを何度も見比べてしまう。それでも彼女には、そのとき何が起きたのか正確に把握するのは困難だった。
「実はわたくしたちには、どちらが七五三木イクで、どちらが二十六木ヨツハ、という明確な区別はないのです。二人で一人、一人が二人。どちらもイクであり、どちらもヨツハたりうる」メガネをかけ直しながら、さっきまでと同じ調子でイクは言う。「元々『七五三木イク』は、双子メイドのうちアカデミックな知能が高い方に、『二十六木ヨツハ』は、スポーツや運動能力の高い方に、それぞれの分野でのお嬢様の教育係として与えられた名前、つまり記号にすぎません。しかし、七五三木イクはその膨大な知識とそれに基づく考察力から、的確かつ効率的に自己鍛練を行うことができたため運動能力についても常人以上のパフォーマンスを発揮出来るようになった。二十六木ヨツハはその超人的なまでの直感力と勘から、あらゆる問題や計算について、その本質的な意味を理解することなくフィーリングのみで答えを導き出せるようになった。つまり気づけば、お互いにお互いの分野でもそれなりの成績をあげられるようになっていたのです」
イクは音遠に顔を近づけ、耳打ちする。
「だから時々、わたくしたちは入れ替わったりして遊んでいるのです。これはお嬢様でも知らないこと。わたくしとヨツハ、そして本前川様だけの秘密です」
「えっ!?ええ!えええー!」
説明されてもまだ混乱気味の音遠。イクの顔をまじまじと見つめて、必死に頭の中を整理する。
「ああ、いけない。そろそろわたくしは仮装大会の準備をしなくてはまいりません。申し訳ありませんが、一旦席を外させていただきます」
イクはマイペースにそう言うと、深く一礼してその場を立ち去ろうとする。だが、数歩歩いたところで足を止めて立ち止まった。
「わたくしたちとお嬢様のこと、そしてこのペンダントのこと。今はお話しできませんが、いつの日か必ず本前川様にご説明いたします」
音遠に背中を向けたままそう言って、また立ち去ろうとした。
「音遠っ!」今度は音遠が声をかけた。「…それか、オンちゃんって呼んでください。友達はみんなわたしのこと、そお呼ぶから…」
イクは振り返ると、また深く一礼した。
「かしこまりました。オンちゃん様」
音遠は頬を膨らませて憤慨する。
「もおう!ちがうう!」
「冗談ですよ、音遠」
呟くようにそう言って、イクはパーティー会場に消えていった。
残された音遠は満足そうに、一人うつむいて微笑んでいた。




