02
リムジンは大きな鉄格子の扉を抜けて、千本木家の敷地内に入る。そこからさらに十分程度走って、やっと会場となる立派な建物が見えてきた。
バロックをモチーフにしたであろう、複雑な装飾のされた石造りのファサード。その前には大きな噴水。一見するとヨーロッパの古い演劇場のようなその千本木家のパーティー用ホールの正面入口に、リムジンはゆっくりと停止した。
「…す、すご…い……」
「ここって日本ですよねえ…」
「お嬢様は、本当にお嬢様だったんだな…」
あまりに常識はずれの光景に口々に感想をこぼしていたかなたたちだったが、車からおりて、ホールの中に足を踏み入れると、もはやそれすらもできずに絶句してしまう。
きらびやかな内装のホールには、大きなテーブルが何個も並べられ、その上に鳥の丸焼き、ステーキ、刺し身の盛り合わせ、その他もうよくわからないがとにかく豪華で美味しそうな料理が並べられている。デザートのケーキも、クリーム、チョコレート、フルーツなど多種多様で、とても一人では全種類食べ尽くせないほどのバリエーションがある。
バイオリンの生演奏に揺られながら談笑している他のゲストたちは、誰もが高級そうなスーツやドレスに身を包み、申し訳程度に目の周りを隠すマスクで仮装パーティーとしての体裁を作っているようだった。
圧倒されていたかなただったか、思い出したようにやっと口を開く。
「あ、あれ?あ、あたしたち何だか場違いじゃないか…?」
「ううう、こんな全身仮装してるのお、わたしたちだけかもお…」
「………」
かなたたちの衣装は実は全て音遠の手作りである。手作りの割には縫い付けや生地の選定に配慮が行き届いていて、市販品といっても充分通用するレベルなのだが、ホールにあるキラキラとした人や物と比較してしまうと、どうしても浮いて見える。
特にコートの下に露出度の高い格好を隠しているよお子は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてコートの前が開かないようにしっかりと押さえつけていた。
急に周囲がざわつきはじめる。ホールの奥の方にあった扉が開き、モーゼのように人々の間に道を作ってこちらに向かってくる者があった。このパーティーのホスト、千本木百梨だった。
「ごめんなさいね。仮装に力を入れすぎたせいで、ちょっと顔を出すのが遅れてしまって!改めて皆さん、このパーティーに来てくれてありがとう!」
通りすぎる人々に手を振りながら真っ直ぐ進んでくる百梨。その肌は緑色で、体の様々なところに怪我をしていて赤黒い血が垂れているのが見える。手の指の爪はとれかかっているし、スカートから伸びる太ももは骨が見えるほど肉が削り取られている。一見すると大重体のようにもみえるそれらは、全て映画や特撮などで使われるような本格的な特殊メイクによるものだった。彼女の専属メイドの二十六木ヨツハが着ていたようなボロボロのメイド服を着ているのも含めて、今の百梨はどこから見てもゾンビそのものだった。
「あら、伊美澪湖とその仲間たちじゃない?よくぞ、逃げずにこのパーティーにいらっしゃったわね。まずはほめてあげるわ!」
かなたたちの目の前まできて、ゾンビメイクが気にならなくなるくらいいつも通りに高飛車に振る舞う百梨。その両隣でペコリと頭を下げるイクとヨツハも、パーティー用の衣装なのか、少し過剰なくらいにきらびやかなアクセサリーをつけて化粧をして、見るからに高級そうなドレスに身を包んでいた。
「ふーん…」よお子の獣耳とコートを見て余裕の表情になる百梨。「しばらくはパーティーを楽しんでくださいな。頃合いを見計らって開催する仮装コンテストで、私とあなた、どちらがより意外性があり、ギャップ萌えする仮装ができているか、ゲストの皆さんに評価していただきますから。…まあ、貴女のそれでは、私のこのゾンビメイドの足元にも及びませんでしょうけど!おーほっほっほー!」
「み、み、みんなの前…で、この、格好……、むむむ、無理、です……!」
慌てて、どもりながらも拒否するよお子に、百梨は小さく眉をしかめる。
「くっ!今日はデレの方の伊美澪湖なのね。さしずめ臨戦態勢というわけかしら?ただ、覚悟しておくことですわね。そんなあざといツンデレアピールが通用するほど、ゲストの皆さんは甘くなくもなくもなくってよ。おーほっほっほー!」
頭の上に疑問符を掲げるかなたを見かねて、ヨツハが説明してくれる。
「おじょー様は頭がバカなもんで、いまいち澪湖ちんたちの二重人格のことが理解できてないんすよねー。澪湖ちんがツンで、よお子ちんの時がデレを演じてる、とか思っちゃってるんす。ま、うちらも説明すんのがめんどいんで、そのままほっぽいてるんですけどー」
「ヨツハ、バカとか言ってるの聞こえてますわよ?貴女、自分の主に向かってなんて口のきき方を…」
すかさずイクが口を挟む。
「お嬢様お言葉ですが、せっかく普段のツンツンしたお嬢様から、デレっ…というかダラっとしたゾンビの仮装をしてツンデレを演出しているのですから、ちゃんとそのキャラクターになりきってもらわなくては。ゾンビは基本的に『あー』とか『うー』といった、うめき声しか喋らないのですよ。そんな饒舌にお話しされては、せっかくのツンデレが台無しです」
「そ、そうでしたわね…。ちゃんとゾンビらしくしなくては、立派なツンデレお嬢様にはなれませんわ……あー、うー」
「お見事ですお嬢様!…さて」イクは気をとりなおすようにかなたたちの方を見てから、くるりとその場で一回転してドレスを翻してみせた。「バカは放って置いて、この仮装どうですか?我ながらこのドレス姿、結構似合ってると思うのですが?」
今度はヨツハが空手の型のような動きをして、ドレスを揺らす。
「こうゆう仮装の場合、ちっと動きづらさに難点があるんすけど、暗器とか仕込めばまあ充分戦えるっすよ!」
かなたが呆れながら聞く。
「君らのそれも、何かの仮装なのか…?」
二人は顔を見合わせてから、上品に微笑む。
「決まってるじゃないですか?『久しぶりにパーティーに友人を呼んで、浮き足だつ百梨お嬢様』の仮装ですよ」
「仮装大会するって言ったのは自分なのに、そんなの思いっきり忘れて普通に可愛いドレス引っ張り出してくるんですもん。ほんとバカですよねー」
「あー!うー!(浮き足だってなんてないわよ!何で私と伊美澪湖が友人ってことになってるのよ!)ああー!うー!(あと何よ私の仮装って!それじゃあまるで私が怪物みたいじゃないの!)」
律儀にゾンビ語で話す百梨。イクとヨツハは、やれやれといった様子でまるで彼女を相手にしていなかった。
「あー!うーーー!」




