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「はあ、どうしてこうなっちゃうのお…」
澪湖、かなた、音遠の三人が、黒塗りのリムジンに揺られながら、百梨の屋敷に向かっている。
「いつもならあ…ハロウィンはミオちゃんと二人きりなのにい…」
可愛らしい赤ずきんの仮装をしている音遠のため息とは対照的に、ドラキュラ伯爵風のマントをつけたかなたは、明らかに舞い上がっている。
「お嬢様の家って言うのは、いったいどんななんだろうな。あたしは片親で、家がずっと貧乏だったからこういうの全然想像付かないんだよ。しかもパーティーだろう?ほんと仮装があって助かったよ、もしドレスでも着てこいなんて言われた日には欠席確定さ。だってそんなもの買う余裕なんてうちにはないんだからね。あ、でもよお子さんのドレス姿は見てみたいな。もし次にお嬢様からパーティーに誘われたりしたら、それ見るためだけに会場に雑用係として潜り混んでしまいそうだ、なんてな。ははは…」
「はあ…」
狼男の仮装をしているのは澪湖、ではなくよお子だった。いつにもなく饒舌なかなたに困った様子の彼女は、なんとか苦笑いを作っていた。狼男と言っても、狼の毛皮があるのは手足と頭だけで、それ以外は毛皮と同じ色の面積が極小のビキニだけ。澪湖ならば、そんな頭の悪そうな衣装でも何も考えずに着こなしてしまいそうだったが、よお子は彼女ほど単純ではないらしい。女性しかいないリムジンの中でも、全身を覆い隠すようなロングコートをしっかりと羽織って必死に肌の露出を防いでいた。
聞きましたわよ、ハロウィンパーティーを企画しているそうですわね伊美澪湖!ツンデレな貴女のことですから、普段のそんなみすぼらしい装いからは想像もできないようなギャップ萌えする仮装を見せてくれるのでしょうね!それでこそ私のライバル!よろしくてよ!その勝負、この千本木百梨、受けてたちますわよ!おーほっほっほー!
澪湖の足元から現れたあの日、百梨はそう言って澪湖に宣戦布告をした。誰も勝負なんて挑んでいない、という澪湖の言葉も聞かず勝手に話を進めて、結果最後には、いつもは音遠の家で慎ましく行われているハロウィンパーティーが、千本木家を会場にした大規模な仮装大会に変わっていたのだった。
「てかさあ、ミオちゃんはホントにこれんのお?」
「あ、は、はい…。な、なるべくチャンス、が、あれば…、かわろうと…思うん、ですけど…そ、その…」
よお子が嫌いな訳ではないのだが、どうしてもきつい言い方になってしまう音遠。よお子は怯えているようだ。
「入れ替わりのタイミングは、よお子さんでも自由に制御できるわけではないんだよ。あたしたちのようにはコロコロ入れ替われない。だから音遠、あんまり無理を言って彼女を困らせるなよ。ねえ、よお子さん?」
「は、はい……ごめん、なさい…」
優しく笑うかなたに、よお子は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
お嬢様のやるパーティーってどんなご馳走でるのかなぁ?!やっばい楽しみすぎるー。私、前の日の晩御飯半分にして、夜のおやつも抜いちゃおっーと!
そんなことを言って、ハロウィンパーティーを誰よりも楽しみにしていたのは澪湖だったのに、実際当日になって集合場所の音遠の家に現れたのは、よお子の方だった。
「ご、ごめんなさい……。澪湖ったら……、昨日夜更かししたみたいで……わ、わたしの方が、起きちゃって…」
ハロウィンパーティーの食事が楽しみすぎて前日眠れなかった澪湖は、当日の朝になって寝坊をしてしまった。その眠りがあまりに深すぎていたためについには気絶と同じような状況になり、人格がよお子の方に入れ替わってしまったらしい。
予定があることだけを聞かされ、何も知らずに音遠の家にやって来たよお子に、音遠は明らかに不機嫌そうな顔で澪湖のために用意した衣装を渡した。理由を尋ねるよお子には、終始無言で何も教えてくれない。かなたの方はといえば、彼女も彼女で理由を言わずに、ただただ衣装に着替えることを目の色を変えて強要してくる。そんなよくわからない断りづらい雰囲気に押されて、よお子は今、訳もわからず半裸同然の衣装に着替えて、百梨の屋敷に向かっているのだった。




