04
「あーあ、こりゃ目ぇつけられたねー」
授業中、ばれないように小声で話す澪湖と荊。
「何のつもりなん?さっきのやつ」
「千本木百梨先輩。あの有名な千本木財閥の一人娘で超、超、超がつくほどのお金持ちのお嬢様。でも、お嬢様のお約束にもれず、世間知らずでちょーっと一般人の常識からはずれてるんだよねー。遠くで見てる分には面白い先輩なんだけどさー…」
意味ありげに言葉を切る澪湖。
「友人じゃないのか?あいつのさっきの話ぶりを見るに」
「いや友達ってわけでもないんだけど、なんか向こうが一方的に私のこと意識しているって言うか…、ことあるごとに突っかかってくるって言うか…」
荊は少し考える素振りを見せてから言う。
「友人でないなら、…それじゃあ、恋人か?」
「はあー!?」
机をバンと叩いて、大声を出す澪湖。すぐに気づいて教室の前方を向くと、驚いた様子の他の生徒たちと、その奥で厳しい表情で澪湖を睨んでいる教師が見えた。
「は、はは、…すんません」
薄ら笑いを浮かべながらへこへこと頭を下げる澪湖。だが、教師が黒板の方を向くとまたすぐに荊に向かって小声で喋りかけた。
「どうしてあんたは私をそういう風にしたがんのよ!私ノーマルだから!そういうの全然ないから!」
「ああ、そうかい」
愉快そうに笑みを浮かべる荊に、小声をたもったまま必死に弁解する澪湖。
「あの先輩が私に絡んでくるのは『あいつ』のせいなの!あの先輩、私の二重人格みたいな、何て言うか性格に裏表っていうか、そういうのがある人を見ると、なんだか知らないけどやたらライバル意識出してくんの!『ギャップ萌えを狙うなんてあざとい!許せないー』とか言っちゃって!ギャップじゃねーっつうの!こっちだって好きでこんなんじゃないっつうの!私あの人のことぶっちゃけ苦手なんだから!」
「ふーん」
「あーもう!今朝のだってほんとにジョークだからね!ほんと、私そういうの絶対ないんだから!」
「はいはい」
「くっそ。信じてないなあ…」すぐに、ふんっ、と顔を背ける。「いーもん、別に!あんたなんかにどう思われようと、私気にしないもん!きっとかなたの方はわかってくれると思うし!」
「つまり本命は相変わらず、カナってことか?」
「……!」
ゆでダコのように一気に真っ赤になる澪湖。
「そ、そ、そ、そ、そんなわけ、ないでしょーが…!」
立ち上がって荊につかみかかろうとした澪湖だったが、それが成し遂げられることはなかった。それは、血管を浮き上がらせて澪湖の背後に立っていた教師が、物凄い殺気を込めて澪湖の肩に手をかけたからだ。かくして澪湖は、理科準備室の掃除という今週二つ目の雑用を仰せつかることになったのだった。
――ふふ…――
「随分気に入られてんじゃねえか…あいつに」
――冗談はよせ。澪湖もそんなつもりはないといっていただろう?――
「どうかね…。俺には照れ隠しにしか見えねえけどな」
――それが本当なら、複雑な気分だよ…――
「それにいつのまにかあいつ、俺がカナの格好しててもカナと俺の区別がつくようになってるみてえな…」
不思議そうに呟く荊。かなたはそれに気づいて、心のなかで小さく笑みを浮かべた。
「………てか、いつから起きてんの?」
――そうだな……一時間目の授業が始まったくらい、かな――
「ほとんど最初からじゃねえか…」
――どうしてだろうな。隣で澪湖が豪快に眠ってるのを見てたら…なんだか目が覚めてしまったよ――
呆れる荊と、笑うかなた。二人の感情は一つの意識のなかで複雑に絡み合っていたため、かなたはその時の自分の感情をうまく理解することができなかった。




