03
「ごきげんよう!皆さん!」
一限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り止むと同時に、今度は教室に少女の大声が響き渡った。誰もが一斉に声のした方を向く。開け放たれた扉の向こうに立っていたのは、二人のメイドを両隣に携えた、朝のリムジンの金髪少女だった。
「失礼しますわよ!」
そのよく通る声に誰もが驚き、自然と彼女から目が離せない。その注目を自分への賛辞とでも言うように、少女は金髪を左右に揺らしながら自信に満ち溢れたような態度で教室の中に入ってきた。
「うっわ…めんどくさい人が来た…」
いつのまにか起きていた澪湖がそう呟き、金髪少女から顔を背けるが、当の彼女はそんなことを気にせずに、ずんずん澪湖たちの方へと向かってくる。
「知り合いか?」
「これはあんたじゃなくって友達のかなたへの忠告。悪いことは言わないから、あの人には自分に化け物が憑いてること、絶対言わない方がいいよ!」
慌てて荊に耳打ちする澪湖。
「その化け物本人を前にしてそれ言うかね……まあいいや。もとから俺もカナも、俺らの事情を人に言うつもりなんて…」
荊が気付いたときには、目の前に腕を組んで立っている金髪少女がいた。
「き、奇遇ですねえ、こんなところで会うなんてえー!ど、どしたんすか今日は?千本木先ぱ…」
「ごきげんよう伊美澪湖さん。あいにくだけれど、今日はあなたに用があって来たのではないの。あなたのような庶民が、この私と少しでもお話ししたいという気持ちはわからないでもないけれど、今は無理なの。むしろ、少し目障りだから何処かに行って頂けると助かるのですけれど?」
「はあぁー?!」
自分の席に座っていただけで、何も文句を言われる筋合い等ない澪湖は、金髪のぶしつけな態度にあからさまにガンを飛ばす。しかし彼女はそれを完全に無視して、高笑いと共に荊に話しかけた。
「美河かなたさん、喜びなさい!転校してきたばかりのあなたに夢のようなお話を持ってきてあげたわ。あなたを、今日からこの私の下僕として雇って差し上げてよ!あなたのような庶民には、もう二度と訪れることのないこの幸運を、神に感謝することですわ!おーほっほっほ!」
「…あぁん?」
言われていることをほとんど理解はできていなかったが本能的に嫌悪感をいだいたのか、荊はその少女を鋭い視線で睨む。その視線があまりにもおそろしかったので、金髪少女は「ひっ」と小さく悲鳴をあげて後退りした。
「お嬢様、こういった場合、先ず最初は自己紹介から、と言うのが一般的かと」
荊のにらみに素早く反応して身構えた二人のメイド。メガネをかけた方が、目線を荊に向けたまま金髪少女に耳打ちした。
「…そ、そうですわね。そうでしたわ、私としたことが、自己紹介なんてすっかり忘れていましたわ」まだ荊への警戒は捨てきれていなかったが、段々と調子を取り戻して話を続ける。「だってそうでしょう?まさか私のことを知らない人間がこの世にいるなんて、思いもしませんでしたもの!とりわけこの学校の生徒で私のことを知らないなんて、それはもう無知なんてレベルではありませんわ。それはいわゆる、完全に…、すごい……その、…あと、えーと…」
言葉が出てこない金髪。助けを求めるようにメガネメイドの方を見るが、「それぐらい自分で考えろ」とばかりに、恐ろしく冷たい表情で見下した目を返されてしまう。急いで今度は反対側のボロボロのメイド服の方を向く。にやにやと笑みを浮かべていた彼女が金髪少女にだけ聞こえる声で何か呟いたのを聞くと、金髪はまた自信に満ちた顔を取り戻してかなたに言った。
「そう!私のことを知らないあなたなんて、無知を越えた無知。無知中の無知。それはまさに、ガチムチですわ!おーほっほっほ!」
呆れすぎて間抜けな表情になった荊とは対照的に、隣の澪湖は腹を抱えて大笑いした。それ以外の周囲の生徒たちは、誰もがクスクスと小バカにしたような冷笑を浮かべている。
「…な、何かおかしなことをいったかしら…?ま、まあいいわ!」周りの様子が少し気になりながらも、気を取り直して声を張る金髪。「それではガチムチな美河かなたさんに教えて差し上げますわ!私こそはこの千本木高校の創設者にして日本が世界に誇る偉人、千本木零子の一人娘、千本木…」
「七五三木イクです。以後よしなに」
金髪を押し退けて前に出て、荊に一礼するメガネメイド。
「ちょっ!まだ私がしゃべっている途中でしょうが!主の私より先に自分の自己紹介をするメイドがありますか!もう!まったく、何を考えていますの!」
頬を膨らませて憤慨する金髪。
「…こほん。気を取り直して、私の名前は…」
「二十六木ヨツハっすー!うちら、かなたちんのイッコ上の二年生だよーん。よろー」
今度はボロボロ服のメイドの方が元気よく飛び出してきて、荊の手を握る。
「あ、あなたたち!もう、いーかげんにしなさい!今は私の自己紹介をする時間でしょうが!」
無表情で金髪の方を振り返るメイド二人。しばらくすると、やれやれという顔で所定位置の金髪少女の隣に戻った。
「し、失礼しましたわね。それでは私の名前は…」
「あっ、呼び名はかなたちんの好きにしていいっすよー!先輩なんて堅苦しいのは抜きで、とどちん、よっちゃん、ヨツハっぺ等々、フレンドリーに接してほしいっすー」
「お気づきかと思いますが、わたくしたちは双子なのです。性格はともかく、顔はよく似ているでしょう?」
「こらー!」
諦めたと見せかけて、相変わらず金髪に自己紹介させない二人。漫才のようなそんなやり取りを見ているうち、荊の最初の嫌悪感は消えていった。
「双子なのになぜ苗字が違うのかというと、実はそこには涙無くしては語れない、わたくしたちの出生の秘密が…」
「もー!イク!ヨツハ!お黙りなさい!私の自己紹介をさせなさい!」
「しょうがないなあ。じゃあイクちん、もうおじょー様いじめるのも飽きたし、そろそろ言わせてあげよーよ」
「そうね…。お嬢様はお友だちが作りたくて必死なんですもの、邪魔したら可愛そうかもしれないわね。さっ、それではお嬢様、どうぞ存分におしゃべり下さい」
うやうやしく頭を下げて、見た目だけは立派なメイドの仕草で身を引く二人。
「いちいち引っ掛かる言い方ですわね…後で覚えてなさい!…こほん。それでは本当に気を取り直して、今度こそ……」高圧的な、高笑いの姿勢を作って、金髪少女は大声を張り上げた。「よくお聞きなさい!私の名前は千本木…」
きーん、こーん、かーん、こーん…。
無情に鳴り響く、休憩時間終了のチャイム。二人のメイドは揃って吹き出した。
「あ、あなたたち、わかっててやったわね!むきー!許せない!この私をバカにしてー!」
「ぷぷ…。さあ、早く教室に戻らないとまた遅刻ですよ、お嬢様?」
「おじょー様ってば遅刻しまくってるせいで、罰の雑用、あらたかたやっちゃってますよねー。もう校内でおじょー様の出来る雑用残ってないんじゃないっすかー」
「う、うるさいわね!言われなくても行くわよ!美河かなたさん!また、後で来ますから、挨拶はその時にあらためてさせていただきますわね!楽しみにしていらっしゃい!おーほっほっほー!」
金髪少女こと、千本木百梨は双子メイドに引きずられながら、唖然としている荊を残して教室を去っていった。




