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千本木零子。
日本有数の資産家といわれる千本木家を、十二歳の時にその身一つで飛び出し単身渡米、知人も協力者も誰一人いない状態から、個人の力のみでのしあがり、その人並外れた経営の才能と先見性で、遂には世界経済を先導する存在とまで言われるようになったいわゆる規格外、超一級の天才だ。その功績は今や中学、高校の歴史の教科書でも紹介され、現代を生きる人間でその名を知らない人はいないとまでいわれている生きる伝説。
それまで世界中を股にかけてその才覚を振るっていた彼女が、なんの前触れもなく一人の赤ん坊を連れて日本に戻ってきたのが十五年前。そのときには彼女個人の資産が既に本家の千本木の一千倍以上あったので、結果として零子が本家を吸収する形で彼女はその活動の拠点を日本にうつした。
そんな彼女が、自分の子供のためだけに作ったと言われている特別な教育機関が、かなたが転校してきた高校、私立千本木高等学校だった。
意味不明の授業の退屈しのぎに荊は、転校前にかなたと一緒に学校について調べたことを思い出していた。
「あいつを追いかけてなんて……ふん、大嘘つきめ」
かなたの転校先がこの学校に決まったのは、澪湖に出会うずっと前だった。
その決め手はたった一つ。私立にもかかわらず費用がほとんどかからない、という点だった。創設者にして理事長の千本木零子にとっては学校経営にかかる諸経費なんて微々たる額であり、勿論金儲けが目的の学校でもなかったので、全学生の学費はほぼ免除されていた。それは経済的に余裕のないかなたの転校先としては、この上ない好条件だったのだ。
荊はふと、隣の席で豪快な寝息をたてながらよだれを垂らして眠っている澪湖の姿を見て、呆れ果ててしまう。
「俺ですら起きてんのに、こいつは…」
学校に着くなり荊に話しかけてきた澪湖。
「あ、あのさ…さっきの、その…かなたが抱きついて来たときの…あれ。あれさ、冗談だからね…さっきも言ったけど…」
「お前、もしかしてカナのこと好きなのか…?女のくせに、女のカナのことを?」
荊がそう言うと、顔を真っ赤にして意味不明な罵声をまくし立てた澪湖。彼女のそんな分かりやすい照れ隠しは、荊の疑問を確信に変えるのに充分過ぎるものだった。




