01
荊は、退屈のあまり大きなあくびをした。人目を気にせず大口を開けた女性らしさの欠片もない所作。だが、黒板に難解な数式を羅列することに夢中だった教師、そして半ば義務的にそれをノートに書き写していた生徒たちの誰も、そんな荊の様子には気づかなかった。
今度は人差し指で耳を掘じくり、指についた垢をふうっと吹き飛ばす荊。事情を知らない誰かが見たら、かなたにとっての著しいイメージダウンになってしまうようなそんな動作も、ちょうど同じタイミングで発せられた「ここテストに出すぞ」という教師の言葉のお陰で、その場の集中力は荊に向けられることはなかった。
「…つまんねえな。学校ってのは…」
遅刻せずに無事学校に到着したかなただが、登校途中の久しぶりの爆笑で笑い疲れてしまったのか、「すまない、荊。後は頼む…」と言い残して、自分の席に座るなり眠りこんでしまった。
一つの体に意識が共存している荊とかなたは、お互いが覚醒している間は、相手の考えが全て筒抜けになる。しかし、どちらかが意識を失ったり、今のかなたのようにぐっすり眠ってしまっている間は、その経路は遮断される。一つの体に一つの意識。すなわち今の荊は、外見も中身も、普通の人間とかわりないのだった。
荊が呪いから解放されるには、条件にあった人間を探さなければいけないんだろう?役に立つかはわからないが、あたしが眠っている間はあたしの体は好きに使ってくれ。責任はとるよ。
かなたは、荊にいつもそんなことを言っていた。
「男前過ぎるぜ…カナ…」
荊はやろうと思えば、毎晩かなたが眠ったあとに、かなたの体を使ってどんな悪事を働くこともできた。しかし、今まで一回もそんなことをしなかったのは、そんなかなたの男気に荊が憧れていたからなのかもしれない。
結局、今もこうやって、まったく内容なんて理解出来ない授業に、大人しく出席している荊なのだった。




