05
残されたかなたは、また一人うつむいた。ただ、今度は落ち込んだからではなく、笑いをこらえようとした無意識の動作だった。
――あいつ…、ほんとにバカか…――
「くっ、くっ、くっ…」
――ああいうバカには関わらない方がいいぜ。カナまでバカと思われる――
「…はっ、ははっ…」
――カナは男じゃねえって言ってんのに、さっきもイケメンって……それどころか、他にもいろいろつけすぎてもう訳わかんねえ呼び名になってんじゃねえか……――
「…あっはははははは!」
とうとう我慢しきれなくなって、声を上げて笑い出すかなた。お腹を抱え、肩を揺らして一人で爆笑する。
「モノマネ似てないー!なんだあれ、ひどいにも程があるって!だいたい、せ、セクハラ、イケメン、痴漢モンスターって…!どんなモンスターだよそれー!…だ、だめだ面白すぎるっ!はぁはぁ……」
――ツボってんじゃねえよ……――
笑い続けるかなた。荊はそんな彼女の様子を見ていると、自分までほほえましい気持ちになってきた。荊がかなたの前に現れたのは一年前、徹弥が離婚して、かなたが父親と二人暮らしになってから少したった頃だった。その時にはもう、かなたは滅多な事では人前で笑ったりはせず、常にクールで孤高の存在。周囲からは距離をおかれ、孤立していた。
しかし、かなたの中に入った荊だけは知っていた。そんな彼女の強がりの裏には、友達と下らないことを言って笑い合うのがすきな、どこにでもいるような普通の女の子がいるということに。
今のかなたは、そんな普通の女の子そのものだった。
「はぁ、はぁ…はぁ、はぁ……こほん。ああ、こんなことをしている場合ではなかったな。このままでは学校に遅刻してしまう」
――ああ、急ごうぜ――
ひとしきり笑ったあと、やっと落ち着きを取り戻してきたかなた。荊は、きっと今のようによく笑う少女だったのであろう、昔のかなたを想像していた。そして、長らく失われていたそれをこうも簡単に取り戻して見せた、かなたの新しい友人のことを。
――てか、最後のやつは化け物って意味か?俺のこと化け物って思ってるから…――
「ぶふっ!昨日は化け物って言ってたのに、今日はモンスターってなってるっ!ちょっとカッコよくなってるうっ!」
――いや、カッコよくはねえよ…――
せっかく落ち着いたのに、また顔をくしゃくしゃにして笑うかなた。
――それでいい…カナ、お前はずっと笑っていろ……――
そのとき感じた荊の気持ちが、かなたに向けて言われたのか、彼の独り言だったのか。心が繋がっているはずのかなたにもそれはわからなかった。
「セクハラと痴漢って……ぷぷ、ちょっと意味かぶってるし…そもそも自分だってさっきやってたのに…ぷふ」
――いや、さすがにもう飽きろよ……――
それからしばらくして、まだ顔をにやけさせながらも、かなたは澪湖たちの後を追って学校に向かった。




