04
「だから何度もいってるとおりー、私はこれまでの人生を半分しか生きてないわけよ。知識も経験も、全部『あいつ』と半分こなんだから。こう見えて私、まだ十歳にもなってないお子様ってことなんだからね!大概のことは大目に見てよね!」
「何でそれをそんな自慢気に言えるのお…」
いつもの通学路、オンちゃんと私はいつもみたいにダベりながら学校に向かっていた。。
「で、でもでも!だからってセクハラは犯罪なんだからね!いきなり抱きつくのは、わたし以外の人にやったらダメなんだからねえ!」
いつもみたいに出会い頭にオンちゃんに抱きついたせいで、朝から盛大に説教くらってる私。てか正確には、「何でいつもわたしばっかりに抱きつくのお…?」って艶かしい顔で言われたから、「分かったよー、今度からはちゃんと皆にもやるよー」って言ったらこうなったんだけどね。相変わらずキレるツボが謎過ぎるぜ。
…かなたのこと、正直私の中ではまだ整理ついてない。
てか、無駄に複雑なんだよね。
私は女の子だけど、女の子のかなたが好き。だけどかなたは私のもうひとつの人格の『あいつ』が好き。そんで私の事は、かなたのもうひとつの人格の、なんかよくわかんない荊とかいう悪霊のことを好きだと思ってる。
まあいっか。やっぱりお子様だからかな、私って難しいこと考えられないんだ。うん、この際そんなのはどうだっていいの。大事なのは、私には好きな人がいて、その人は『まだ』私のこと好きじゃない、ってこと。
いいじゃん。なんかこういうの、少女マンガのヒロインみたいで。よーし、こうなったらなにがなんでもかなたのこと振り向かせてやるんだから!
「オンちゃん以外の子にはしないよー!だってお子様だから、お母さんのぬくもり?人肌みたいのが恋しくなっちゃってさあー。そんなときにオンちゃんのその高校生離れしたワガママボディを見ちゃったら我慢出来なかったんだもーん。お母さんみたいに甘えたくなっちゃって飛びついちゃったんだもーん」
「も、もう!ミオちゃんったらあ…」
顔を真っ赤にして照れるオンちゃん。中学からの付き合いの私は、オンちゃんの取り扱い説明書は熟知してる。男目線でオンちゃんのエロい体つきをいじってあげれば、どんなに怒っててもすぐに照れてそれどころじゃなくなるんだから。こう見えてオンちゃん、結構下ネタとか大好きなんだよね。あれ?でも、前に別の子がオンちゃんに下ネタ振ってたときは、すごい冷たくあしらってた気がする。うーん、やっぱり読めないなオンちゃん。
私は自分の『恋にがんばる健気なヒロイン宣言』にもう少し浸っていたかったから、オンちゃんは適当に誉めちぎって照れさせておいて、一刻も早く考え事に戻ることにした。
「ホント、毎日そのエロエロボディを間近で見せつけられる私の身にもなってヨネー…」
「ミ、ミオちゃんがそう言うならあ、私はいくらでも…」
急に言葉が途切る。あれ、と思ってオンちゃんの顔を見ると、私の後ろの方をびっくりした顔で見ていて…。
私が気づく前に、『彼女』は私に抱き付いてきた。
「ああ!待ち合わせた訳でもないのに会えるなんて、やっぱりあたしたちは運命の二人なんじゃないか?それとも一緒に学校に行くためにあたしを待っててくれたのか?よお子さん!」
女の子とは思えないようなものすごい力で私を押さえつけるかなた。感極まった様子で、私の頬に顔を擦り付けてくる。
かなたのにおい、かなたの体温、かなたの鼓動が伝わってきて、どんどん高まる私の心拍数。てか、さっき再確認したばっかの自分の好きな人にいきなり抱きつかれて、まともでいろって言う方が無理な話。
「ちょっ、ちょっ、か、かなた!?な、何して…」
「もおう!今はよお子ちゃんじゃなくって、ミオちゃんなのおー!離れてよおー!」
必死にかなたを引き離そうとするオンちゃん。私の方は、いきなりのことで意識が飛びそうになるのを何とかおさえていた。意識飛ばしてたまるかっての、こんな夢みたいなこと。『あいつ』に譲ってなんかあげないんだ!
どうしてだかそのときの私は、私に抱き付いてきたその人物が悪霊とか別人格じゃなく、私の好きになった女の子のかなただっていう確信があった。
「どおしてこんなことするのおー!離れてったらあー!」
「どうして?ふふ…寂しいんだよ。あたしにも人肌が恋しい時くらいあるのさ…」
さっきの私たちの話を聞いていたのか、そんなことを言うかなた。耳元にかなたの吐息がかかって、私の興奮は頂点に達する。
…わかってるよ。かなたは私にじゃなくて、『あいつ』に抱きついたんでしょ。こんなの、本当はあるわけないんだから。私だって分かってたら、かなたはこんなことしてくれない。私たち、ただの友達同士なんだから…。
「ミオちゃんも何とか言ってよおー!かなたちゃんに抵抗してよおー!」
「うん?君はよお子さんじゃなくて、澪湖の方か…?」
泣きそうな顔になっているオンちゃん。うん、そうだよね。オンちゃんの言う通り、こんなのおかしいもんね。間違ってるもんね。早くやめてもらわなきゃね。
私は何とか興奮している気持ちをおさえながら、かなたに答えた。
「え、えっとぉ……わ、私……こぉゆぅの……慣れてなくて……でもぉ、…優しくして……ね」
あれ?
急に押さえつける力を緩めて、私から離れるかなた。その表情は完全に無感情だ。さっきまで必死にかなたを引っ張っていたオンちゃんも、力を抜いて服についたホコリなんか払ってる。
「ミオちゃん何してるの?…てゆーか、何言ってんの?」
「澪湖…、それはイメージチェンジか?だとしたら最悪の選択だな」
二人の視線が痛い。
え、え、え!?いやいやいや、『あいつ』ってこんなんじゃなかった!?あれぇー、似てなかったかなぁー…?
「全然似てないぞ。というか、似合ってない。痛い」
真顔のかなたが冷静に言う。私の顔は、さっきまでの興奮はどこへやら、今度は恥ずかしさで真っ赤に染まる。
「…な、なによー!ただの冗談にきまってるでしょぉがぁー!てか、いきなり抱き付いてきたかなたに言われたくないんですけどー!バーカ、バーカ!この、セクハライケメン痴漢モンスター!」
ちょっとまえの自分の事ははるか高くの棚に上げて、私は恥ずかしさを誤魔化すように、その場を走り去った。
「あ、ちょっと待ってよおー」
思い出したかのように私を追いかけてくれるオンちゃんのその声が聞こえなかったら、多分心が折れてそのまま家に帰ってたかもしれない。




