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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
12章 終わりを告げるもの
134/152

04

「え…?ちょ、ちょっと待って…」

 ヨツハと一緒に無邪気に笑いあっていたイクが、突然顔を真っ青にして震えはじめた。

「へ…?」

 そのおかしな様子に、ヨツハも笑いを止める。

「どおしたのお…、イクちゃあん…?」

「ど、どういうこと…どういうことなの…?そ、そんな…まさか…、いや、う、嘘でしょ……」

 ふらふらと、まるで眩暈でもするように体を傾けるイク。急いでヨツハが肩を貸す。

「もー、なんなんすかいきなりー…。イクちん、一体、何をそんなに…」

「ヨツハ……あ、ありがとう。もう、大丈夫よ…」

 イクはヨツハの助けを断り、まだふらふらとする足取りで少し歩く。

 そして、振り返ってヨツハと音遠の方を交互に見ながら、まるで恐怖に震えるような表情で言った。

「ヨツハ……貴女さっき、自分がなんて言ったか、覚えている…?」

「え?」

 ヨツハは苦笑いを浮かべる。

「い、イクちん、いきなり何言うんすか…。そ、そんなの…」

「お願い…。その言葉を、もう一度だけ、言ってみてちょうだい…」

 真剣な表情のイク。

 その表情を見ているうちに、ヨツハは彼女のそれが冗談でも何でもないということが分かった。

「い、イクちん…」

「お願いよ…ヨツハ…」

「わ、分かったっす…」

 それはまるで、自分が先ほど聞いた言葉が聞き間違いであって欲しいと、心から願っているような口調だった。ヨツハは少し思い出すような仕草をしてから、厳かな語り口で言った。

「自分の言った言葉……それは確か……『折角だから、かなたちんがお嬢様の変身をしてるうちに服を脱がして、中身がおんなじかどうか確認してみたい…」

「違うわ」

 即座に切り捨てるイク。

「貴女、そんなこと一度も言ってないでしょう?そうじゃなくって…」

 それだけ余裕がないということなのだろう。そのときのイクの返しは、ひどくおざなりだった。

 ヨツハは、今度こそ本当に真剣に答えた。

「……さっき自分が言った言葉…その中でも、イクちんが気にする可能性がありそーなのっていったらー……例えば、『自分が会ったおじょー様の偽物が、わたくし様はかなたちんなんて名前じゃない、って言ってた』…とか?」

「え、ええ…」

 イクはその言葉を聞いて、自分の聞いた言葉が聞き間違えなどではなかったことを理解し、小さくため息をついた。

 言った方のヨツハには、イクのその態度の意味が分からない。

「な、なんなんすか…?そ、その言葉が、一体…」

「い、イクちゃんどおしたのお…?気分悪そうだよおー?」

 もちろん音遠にも、イクの真意は分からなかった。

 イクは目線をグルグルと回して、挙動不審な態度で言った。

「そうね…。『そいつ』は、そう言ったのよね…。『わたくし様はかなたちんなんて…』と言った…」

「…?そ、それがどうしたんすか?だってその偽物は、かなたちんが変身した姿だったわけなんすから、その言葉は当然嘘ってことっすよね…?だったら、そんなのいちいち気にすることないじゃないっすか…?ま、まあ、そもそも本物のお嬢様と一人称が違うってのは、ご愛敬って感じっすけど…」

「まず…それが問題なのよね…」

 イクは震える体を両手で押さえつける。

「確かに…、今日美河様が変身していた偽物の『お嬢様』は、物真似が下手くそ過ぎて…本物のお嬢様と『一人称すら合っていなかった』…。でも、わたくしたちが知っている偽物の一人称は、『わたくし様』でもなかったのよ…。『わたくし様』なんて言葉を使ったのは、貴女が出会った方の偽物だけなのよ…」

「あ…」

 音遠はそう言われて、さっきまで一緒にいた『偽百梨』のことを思い出してみる。確かにそう言われると、『彼女』の一人称は『わたくし様』ではなかった。音遠とイクが見たその『偽物』の一人称は、『俺様』だったはずだ。

 しかし音遠には、それがそんなに問題だとは思えない。

「で、でもお…」

「…な、何言ってんすかー!?そ、そんなことくらいで慌てちゃってー!」

 音遠の気持ちを代弁するように、ヨツハも笑いながらイクに反論する。

「だ、だって、かなたちん、どうせ適当に物真似してただけなんすよー?一人称なんて、そのときの気分でいくらでも…」

「そ、そおだよお、それくらいい…」

「いえ、それだけではないのよ…」

 いまだに真剣な表情のイク。彼女は笑うヨツハの方を、睨むように凝視している。

「ヨツハ…貴女は、お嬢様がいるお屋敷から『まっすぐここまでやってきた』のよね…?そして、『美河様の家の少し前』で、偽物のお嬢様に出会った…」

「そ、そうっすよ…。自分は、その『おじょー様』のみっともなく曲がった背中を見て、一発でそれが偽物だって気付いたっす…。つまり、それがかなたちんが変身している姿なんだって気付いて………はっ!?」

 そこでようやくヨツハも、そのことの『おかしさ』に気付いた。

 イクは下唇を血がにじみ出るほど強くかみしめて、苦い表情で言った。

「どうしてその『偽物』は、『美河様の家の少し前』にいたの…?お嬢様のお屋敷からここを目指していたヨツハにとって『美河様の家の少し前』ということは…『ここから、美河様の家までの間』ではなく、『美河様の家からお嬢様のお屋敷までの間』…。つまり、その『偽物』がもしわたくしたちが会っていた『偽物』と同一人物だとしたなら、そいつは美河様の家を通り越してしまっていることになる…。い、いえ…この場合は、それすらもあり得ないわ…。だって、だって…」

「え…?ええ…?」

「ヨツハはその『偽物』に会ったときに、まず『背中』を見た…。ここから美河様の家を目指しているはずの人間が、お嬢様のお屋敷からやってきたヨツハに、『背中』を見せることなんてありえない……。どういうことなの…そ、それじゃ、まるで…」

「ええ…も、もしかしてえ…で、でもそんなのお…」

 イクの言っていることを理解した音遠。

 イクは恐怖に震えながら、言った。

「ヨツハ…貴女は一体、『誰』に会っていたの?」




   ※




「…ひっ!?」

 『偽百梨』は、目の前に現れたその『人物』を見て、驚いて小さく飛び上がってしまった。

――………?――

 荊の頭の中にいるかなたは、最初、そこに大きな鏡があるのかと思った。

 しかし、すぐにその考えを否定した。

――あ……な、なんでこの人がこんなとこにっ…――

「お、おいカナっ!?」

 荊は取り乱してしまい、その『彼女』が聞いていることなど考える余裕もなく地の口調で話す。

「こ、こいつ『本物』じゃねーのかっ!?か、カナっ!この場合は、どうすりゃいいのさっ!?」


 荊とかなたが演じる『偽百梨』の前にいたのは、金髪ツインテールの、ひどく派手で美しい少女。それは、もう一人の『千本木百梨』だった。


――だ、大丈夫だ荊…。本物とはいえ、相手はあの、いつも抜けてるお嬢様だよ?お嬢様なら、きっと適当なこと言えば誤魔化せるよ…。い、今すぐ言い訳を考えるから…――

「あ、ああ…それも、そうか……」

 のんきにそんなことを考えているかなたと荊。だが、目の前の『百梨の形をした人物』は、そんな彼女たちのことをあざ笑うかのように落ち着いた調子で、こう言ったのだった。


「ごきげんよう荊君、そして、かなたちゃん…。ボクは、君たちのモラトリアムを終わらせにやってきたんだ」

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