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父さんが浮気をした、というのをあたしが初めて知ったのは、何故かそれまで話したこともないような、お互い友達でも何でもない同級生からだった。
母さんを裏切った酷い男、女の敵、人間のクズ…。ある日の昼休みに、突然その同級生たちに呼び出されてそんなことを言われて、最初はよく意味が飲み込めなかった。この人たちは何の事を言っているんだろう?それもすごく楽しそうに。
「あなたの辛さはわかるわ」、「私たちはあなたの味方よ」、そんな風な薄っぺらいオブラートに包んで繰り返される父さんへの非難。気付いたら、完全に無意識のうちにあたしは相手を殴り倒していた。
その日をきっかけに、あたしの中学生活は一変した。友達だと思っていたクラスメイトたちからは無視され、持ち物を隠されたり、机やノートが落書きされるようになった。面倒見のいい何人かが、あたしを助けようとしてくれた事もあったが、その試みもうまくいかず、最後には彼らも諦めてしまったみたいだった。
彼らを責めることはできないと思う。あたしが孤立し、迫害を受け続けた一番の原因は、多分あたしがいつまでも父さんの味方をやめなかったせいなのだから。
「あたしの父さんが、母さん以外の女性と何かしたとして、それがそんなに悪い事か?」
「父さんには父さんなりの、そうしなければならないような理由があったんだと、あたしは思う」
本当の父親思いの子供ならきっと、「浮気なんて嘘だ」、「私の父さんがそんな事するわけない」と主張するのだと思う。実際そういう立場からあたしを守ろうとしてくれる人もいた。でも、あたしはそうは思わなかった。
もしかしたら浮気はあったのかもしれない。もしそうだとしたら母さんは本当に可哀想だ。でもあたしはだからといって、父さんを責める気には全然なれなかったのだ。
傷害事件に加えて、あたしへのいじめのような状況が続き、先生たちも何とかしようと頭を悩ませていた。でも、あたしがそんな開き直ったような態度をとり続けていたせいか、どうしたらいいかわからないようだった。
「お父さんとお母さん、どっちと一緒に暮らしたい?」
二人が別れて暮らすことが決まったとき、母さんにはそう言われた。
「お母さんのところへ行きなさい」
父さんはそう言った。
実際のところ、あたしの答えなんか聞くまでもなくもうとっくに話は進んでいたのだから、母さんのその質問は儀礼的な意味しかなかった。あたしには友達のように仲のいい三つ年上の姉さんがいるが、その姉さんはもう母さんのところへ行くことが決まっていた。母さんの実家には、母さんと姉さんとあたしが住めるように三人分の部屋が用意されていたし、あたしの転校先になるだろう地元の中学校にも、既に話をつけてあったらしい。あたしたちが三人とも家を出ると思っていた父さんは、あたしたちのこれからの生活の足しになればと、貯金も家電も、自分が所有していたものは何もかも母さんに譲ってしまっていた。
でも、あたしは父さんと暮らす事を選んだ。他の全員に反対されたのに、最後まで強情にそれを主張し続けた。姉さんを連れて家を出ていく時の母さんの悲しそうな顔は、今でもときどき夢に見る。
でもあたしには、そのときの父さんを一人残して出ていくことが、どうしてもできなかったのだ。
それから二年間、あたしは貝のように無感情に中学をこなし、近くの高校に入学した。
それに我慢出来なくなったのはあたしじゃなくて父さんの方。なるべくあたしたちのことを知っている人がいない二つ隣の町の安いアパートに引っ越して、半ば強引に高校の転校手続きもしてしまった。




