05
「え?何…?よく聞こえなかったんだけど…」
「だーかーらー……自分がー、おじょー様のことをー………いして……ってー!」
百梨の耳元に口を寄せて、大声で何度もそれを繰り返すヨツハ。しかし、二人をのせたボートのすぐ近くで打ち上げられる花火の爆音が、彼女の言葉をかき消してしまう。
「ダメだわ、全然聞こえない!もおうっ!やかましい花火ですわねっ!一体誰よっ!?こんなにわたしたちのすぐ近くで花火打ち上げようなんて思ったのはーっ!?」
花火に負けじと、大声で叫ぶ百梨。ヨツハは忌々しそうに口の端を歪める。
イクちんめー…。
さっきから、まるで狙いすましたかのように、ヨツハたちがいるすぐ近くで打ち上げられている花火。いや、それは確実にヨツハたちをターゲットとして、狙いすましているのだろう。
打ちあがる場所だけではなく、全ての花火はヨツハが百梨に愛の言葉を告げようとするその絶妙なタイミングに、一番大きな音がなるように発射されている。人並外れた知能を持つ双子メイドの片割れが、既にヨツハたちがこの海上にいることを突き止めていること。さらにはどこかからその様子を観察していて、花火のタイミングをコントロールしているということは、もはやどう考えても疑いようがないことだった。
簡単にイクから逃げ切れるはずがないということは分かっていたつもりのヨツハだったが、彼女の有能さはその予想の更に少し上を行っていたようだ。しかし、今までずっと切望していた想い人があともう少しで自分だけの物になろうとしているのに、例え少し計画を狂わされたからといって、はいそうですかとヨツハがすぐに百梨のことを諦めるはずもなかった。
「ちょっとヨツハ!もう、こんなやかましいところ移動しましょう!?っていうか、早くビーチに戻らないとですわよ!?きっとパーティーはもう始まってしまっていますし、早くしないとお母様に怒られてしまいますわっ!」
「いや…、多分どこに逃げても同じっすよ…。イクちんならきっと、自分がとるだろーあらゆる逃走パターンを想定して、それに対策しているはずっす…。だから、この状態から逃げるってゆーのは意味がないっす……」
「え…?な、何を言ってるの、よく聞き取れないわ?イク?イクがどうしたって……」
「でもねイクちん…。甘いっすよ。甘々過ぎなんすよ…。自分のおじょー様への愛の前に、こんな花火の音ごときが壁になるわけ、ないじゃないっすか……」
そう呟くと、ヨツハは先ほど脱いだ自分のメイド服のポケットをあさり、一枚の紙切れを取り出した。
「おじょー様…。これは自分のおじょー様への気持ちです…。どうか、このラブレターを読んでくださいっす…」
そして、その紙片を百梨に渡した。相変わらず花火は上がり続け、そのヨツハの声は百梨には届かない。だが、言葉はなくともその動作だけで何となく意思は通じたようで、百梨はその手紙を受け取って、書かれている文字に視線を落とした。
「え?な、何?え…っと?手紙かしら?これを読めばいいの?わかったわ。んー……暗くて読みづらいわね。花火の光があるから何とか……。えっとお…『自分は、いつもおじょー様のことを…』…きゃっ」
その瞬間、暗闇の中で目をしばしばさせながら百梨が読んでいた手紙に、勢いよく飛んできたソフトボール程度の水の塊が直撃した。その水弾は手紙の真ん中に大きな風穴を開けたうえ、残った部分にも水を染み込ませ、判読不可能なほど文字をにじませてしまう。その結果、百梨はもはや手紙に書いてあった内容を読むことは出来なくなってしまった。
「あ…ああ……」
突然のことに驚き、口を開けて固まってしまっている百梨。
ヨツハは、すぐに水弾が発射された方向を確認する。すると、自分達がいるボートから数十メートル離れた暗闇の中に、一隻の小型船がとまっているのを見つけた。
船体は闇に溶け込むように黒く塗装されており、ライトの類も全て消している。常人離れした視力を持つヨツハが目を凝らしてやっと見つけられたくらいで、さっきまではその船の存在など全く気付くことはできなかった。
船の甲板には、暗視スコープらしきものをつけ、まるでライフルのような、特別な改造を施した水鉄砲を構えた、ロングヘアーの少女が立っていた。
「……やるっすね、イクちん」ヨツハは、その船の上の少女に笑いかける。「打ち上げ花火は、あの船でここまで近づくときのモーター音を誤魔化すためでもあったんすね…」
「……あ、あああっ!い、今のって、鉄砲魚ってやつねっ!?ね、絶対そうでしょ!?あー、びっくりしたわー」
気を取り直した百梨はのんきにボートから周囲を見回して、存在するはずもない、自分を狙撃した魚を探し始める。
ヨツハは百梨を無視して、船の上の少女に対して警戒体勢をとりながら考え事をしていた。
「声で告白しようと思えば花火で……、物を渡そうと思えば水で狙撃される…。どうあっても、自分の告白の邪魔をするつもりなんすね…イクちん」
小型船の上のイクは、スナイパーさながらに水鉄砲の銃口をヨツハの方に向け、いつでも狙撃できるように臨戦体勢だ。
一触即発にも見える、緊張感のある雰囲気。そこから最初に動いたのはヨツハだった。
彼女は少しもうろたえた様子を見せず、スコープで自分のことを狙っているイクに向かって、チッチッチッと人差し指を動かす。それから、百梨の方を向いて、真剣な表情で彼女を見つめた。
「ねえヨツハっ!?貴女、鉄砲魚の姿が見える?わたしには真っ暗で全然分からないんだけど…。あ、今あそこの水面が跳ねた気がするわっ!さっきのがそうかしらっ!?」
「残念っすけど…こんなんじゃあだめなんすよ、イクちん……。っていうか、自分がここまでおじょー様の近くにいる、って時点で、もう勝負は決まってるんすよ……」
ヨツハは怪しく笑う。そして、百梨へと手を伸ばした。
「ねえヨツハ聞いてるの!?鉄砲魚のこと、ちゃんと探してる?あ、そうだ!もし見つけて捕まえられたなら、折角だから持ち帰ってさばいてもらいましょうよ?鉄砲魚って美味しいのかしらね!?……って、ちょっ、ちょっと!?貴女いきなり何して…」
ヨツハは、百梨の右手首を優しくつかむと、その手を自分の胸に押し当てる。下着の上から、ヨツハの体温が百梨へと伝わる。暗闇の中では、一体自分が何をされているのかよく訳が分かっていない百梨は、手の平に感じる柔らかい感触に首をかしげている。水着と間違えているのか、ヨツハが今下着姿だということには気付いていない。
「イクちんなら、分かるっすよね…?自分たちが大好きなおじょー様なら、他人想いで、世界中の人のことを思いやってくれるお嬢様なら、『声』も、『文字』もなかったとしても、自分たちの気持ちをちゃーんとわかってくれるってこと……たとえ光も何もない、真っ暗闇の中でだって…」
百梨の手を自分の体から離し、今度は、グーの形に握りしめた自分の手を包み込ませる。
小型船の上で、そのヨツハの行動の意味に気付いたイクは、その途端に落ち着きを失って、取り乱す。ライフル型水鉄砲を乱射してヨツハの行動を止めようとするが、どれだけ水弾がヨツハの背中にヒットしても、彼女はびくともしない。船の中にあるスイッチを操作して、めちゃくちゃに打ち上げ花火を発射させる。けたたましい音が鳴り響いて、ヨツハたちの周囲が騒音に包まれるが、ヨツハの行動には全く支障が生じない。
「ちょ、ちょっと…何でいきなり手を握らせてるのよ…な、なんだか恥ずかしいじゃないっ!訳を言いなさい、訳をっ!」ぎゃーぎゃーとわめいている百梨。だが、無理矢理握らされているヨツハの手が、少しずつ形を変えていくうちに、彼女はその意図に気がついて大人しくなった。「さっきから貴女、一体何を……あ、あれ…?これは…」
百梨がふれていたヨツハの手は、グーの形から親指と人差し指と小指を真っ直ぐに立てた状態に変わっていた。百梨は真っ白ですべすべな手で傷だらけのヨツハの拳や指を撫でて、その形を何度も確認する。
「これは……もしかして手話、なの?でも……ヨツハ、貴女…この手の形は…そんな……まさか…ね…」
ヨツハの方を見つめる百梨。大量に花火が打ち上げられたその瞬間、空は太陽が昇ったかのように明るくなった。カラフルな光に照らされているヨツハの顔は、少し恥ずかしそうに微笑んでいた。
「そーっすよ……おじょー様。この手話は、自分の気持ちです。……自分は、おじょー様のことを愛しています……」
小さく頷くヨツハ。
その瞬間、今度こそはっきりと、少しの齟齬もなく、ヨツハの想いは百梨へと伝えられた。
イクはそのことを知ると、がっくりと肩を撫でおろし、小型船のデッキに崩れ落ちてしまった。どれだけやってももう意味がないので花火の打ち上げもストップし、最後の花火がさく裂したあとは、辺りは急に静かになった。
ゴムボートの上の二人は、波に揺られながらゆっくりと、体を近づけていった。




