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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
※ お嬢様と遊ぼう 06
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09

 月夜と星那がその倉庫に入ったとき、百梨は相変わらず、力なく床に膝を落としてうなだれていた。いつもころころと表情を変える感情豊かな彼女からは考えられない、生気のない抜け殻。これまで彼女をずっと見てきた二人の目には、それはとても痛々しく映った。


 だが、百梨はすぐにそんな雰囲気を吹き飛ばした。

 ごしごしと目をこすってこぼれていた涙をぬぐい、無理矢理おどけた顔を作って二人に笑って見せる。

「ああーん、もうー!あのなくしちゃったガラス人形、やっと見つけたー、って思ったのにさー!ついうっかり手を滑らせて、壊しちゃったんだよー!私のバカー!ううー…、またお母様に怒られ………る、よー…」

 しかし、取り繕った態度にはすぐにほころびが生まれる。言葉はつかえ、涙はまた流れ始める。そんな風になりながらも、百梨は必死に平静を装った。

「こ、これってさー…、昔お金がなかったお父様が、お母様にプロポーズするときに渡したもの……ら、らしくってさー……す、すっごい大事なものだから……って言って……。お母様が私を生んで、す、すぐに……お父様は………死んじゃって……だから、形見だから……って……」

 ひくひくと肩を揺らしながら、百梨は素手で、床に散らばったガラスの破片を拾い始めた。彼女の顔は、あふれ出てくる涙を抑えようとひきつっているせいでぐちゃぐちゃにゆがんでいて、もはや何の感情を表しているのか分からない。

 ガラスの破片をつまむ右手の指、そしてそれをのせる左の掌から薄らと血がにじんでくる。だが、百梨はまったくそれを気にせず、ガラス片を拾い続けていた。

「ああー、あー…こ、こんなのばれたら…絶対、お、怒られぢゃう…よ、よねー……な、なんとか破片全部拾ってくっつけたら…ご、ごまがぜない…かなあ……」


 月夜はしばらく無言でそんな彼女の様子を見ていたが、やがてため息をついて小さく首を振った。

「一体いつまで、あんなやつをかばうつもりなのですか?貴女を騙して、利用していたようなやつを…」

「み、見てたんだ……さっきの……鞠子ちゃんの…こと」

 月夜は星那に視線を送る。星那は無言で頷き、懐から携帯端末を取り出して逃げた鞠子の現在地を確認した。

「このままでは、お嬢様の気もおさまらないでしょう?実はわたくしたちもあいつには少し貸しがありまして、ちょうど追いかけていたところなのです。どうせついでですから、あいつを捕まえたなら、生きたまま貴女の前に連れてきてあげましょう。そのときに、気が済むまで先ほどの償いをさせればいい…」

 これは、百梨に情がうつったわけじゃない。ただのついでだ。月夜はそう自分に言い聞かせる。星那も月夜と同じ気持ちで、百梨の答えを待たずに鞠子の後を追って、倉庫を出ていこうとした。


「待ってっ!」

 そのとき、泣きべそを浮かべてうつむいていたはずの百梨が急に大きな声を上げて、星那を呼び止めた。星那はもちろん、月夜も突然のことに驚き、一瞬硬直してしまう。

「あのさ……鞠子ちゃんは、このまま行かせてあげて?大丈夫だから…」

「何故、ですか?」

 百梨の真意が分からない月夜は、無意識に百梨を睨みつける。

 百梨は涙を浮かべたままの瞳で、二人に向かって可愛らしくにっこりと微笑みかけて、言った。

「だって……これでよかったんだよ?これで全部が、上手くいったんだからさ…」

 星那は、意味が分からずに眉間に皺を寄せる。

 よかった?こいつは今、これでよかった、って言ったの?いいや、うそだ。そんなのあり得ない。そんなわけがない。今のこいつに、よかったことなんて何一つあるはずがない。でもどうして?じゃあ……どうして……?

「ど、どうして…そんなに幸せそうに笑ってられるんすか?」

 星那は思わず、心の中の言葉を口に出してしまっていた。

 百梨はクスリと微笑む。

「だって……さっき鞠子ちゃんが、楽しいって、言ってくれたんだもん」

「え…」

「鞠子ちゃんがあんなに笑ってくれたの、初めてだったんだもん……。一緒に遊んでても、何してても、愛想笑いばっかりで、本心じゃああんまり喜んでくれてなかったみたいだけど……さっきの鞠子ちゃんは、本当に本当に、心から楽しそうに笑ってくれてたよね?幸せそうだったよね?……だったらさ、やっぱりこれが『正解』だったんだね。みんなが幸せになるには、こうするのが一番良かったんだね…」

「な、何を言ってるんすか……」

 星那は鞠子を追いかけるという自分の役割を完全に忘れ、その場に立ち尽くしてしまっていた。月夜も、百梨の言葉にあっけにとられてしまい、しばらくの間言葉を失っていた。

「い、一体貴女は…!さっきあいつがしたことを、もう忘れてしまったのですか!?」やがて我に返ったかのように、声を張り上げる。「あいつは貴女を苦しめ、悲しませるためにわざとあんなことをした!貴女の敵なんですよ!自分の敵の幸福を喜ぶなんて、そんなの……」

「敵じゃないよ」

 百梨は、またにっこりと笑う。

「鞠子ちゃんは敵じゃなくって…友達だよ?」

「ば、バカな……」

 こ、こいつは…本物だ。本物の、バカだ…。

 自分が予想だにしなかった百梨の発言に、月夜は次第に恐怖さえ覚えはじめた。その言葉の裏に自分の知らない何か別の意味ががあるのではないかと勘繰り、頭の中は最高速でぐるぐると回った。

「ほ、本当に、理解出来ていないのですか?貴女はそこまで、無能だったのですか…?」

 しかしどれだけ考えてみても答えは変わらない。彼女は言葉通りの意味で、その台詞を言ったのだ。鞠子のことを今でも友達だと思っていて、その友達が楽しんでくれたから、自分はそれが嬉しい…そう言ったのだ。

 鞠子のような外道に、されるがままに好き勝手されたあげく、自分が悲しむ姿を見て彼女が喜んでくれたから、『良かった』?ふざけている…。そんなの、まるで筋が通っていない…そんなことあり得ない…。

 常に論理的で効率的な考え方をしてきた月夜にとっては、そのときの百梨の発言は理解の範疇を大きく超えていた。百梨が何を考えてそれを言ったのか、そして次に何を言うつもりなのかを、月夜はもはや想像することさえ出来なかった。

 そんな月夜を気にせず、百梨は続ける。

「月夜ちゃんの言う通り、私はバカだけどさ……。バカで、何にも出来ないダメダメな人間だけどさ…。でも、だからこそせめて、そんな私の友達になってくれた人には、幸せになってほしいんだ…。その人が本当は私のこと嫌いだとしても……私はその友達のことが大好き。だから、何とかしてその人の幸せを叶えてあげたい、って思うんだよ」

「…。そのためには、ご自分がどうなろうとも、構わないと?」

 そんなのは、自己犠牲を気取る偽善者だ…。そういうことを言う人間ほど、いざとなったら簡単に他人を切り捨てる。友達だ、なんて言っておきながら、きっと鞠子がもう一度目の前に現れたなら、さっきの仕打ちに対する復讐心を抑えることなんて出来ないんだ。

 そうなのだろう…?だってそうでなければ、こんなの絶対におかしい…。だから早く前言を撤回して、その通りだと言え…。

 月夜はそれまでよりも一層強く、百梨を睨みつける。

 だが百梨は、月夜の言葉に少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、首を振った。

「ううん…。私は、そんなにすごい人間じゃないよ……。私は、ただのバカだよ…」

 ああそうだ、お前はただのバカだ…。私たちの計画によって、お前は何も出来ないただのバカになったんだ。苛立ちを抑えられず、月夜はギリギリと歯ぎしりをする。

「バカだからさ……『友達の幸せ』しか『揃える』ことが出来なかっただけだよ…」

「幸せを…揃える…?」

 不審な顔になる月夜と星那。

 百梨は小さく頷くと、ガラス片を拾う手をとめ、拾った破片たちを倉庫の床に重ねていった。

 二人は訳が分からず、その様子を立ち尽くして見ていることしか出来ない。

「私は世間知らずで、このお屋敷の外のことはよくわかんないんだけどさ……。この世界には、私の知らないたくさんの人たちがいるんだよね?何百、何千…、なんてのじゃきかないくらいの、たーくさんの人が…」

 急に、彼女は脈絡もなくそんなことを言い始めた。

「貴女は…何を言って…」

「その人たちは、それぞれみんなが違う夢を持ってる……、それぞれ違う形で、幸せになりたいって思ってるんだよね?」

 百梨は拾ったガラス片をただ重ねるだけでなく、破片同士の断面が一致するように、砕けた破片が組み合わさって元の形になるようにして重ねていた。

「その幸せの形は……うまくやらないと、他の人の幸せとぶつかっちゃう。ぶつかった誰かの幸せが、他の誰か幸せを、奪っちゃったりしちゃう……」

 小さなガラス片をいくつも組み合わせて、百梨は元あった天使の人形の、土台の一部分を作った。そしてその出来かけの土台の、破片が足りなくて空いている小さな隙間に、明らかに入りそうもないような大きな破片を強引に押し込んだ。

 当然その破片がその場所にはまるはずもなく、重ねていただけのガラス片たちはカラカラと小さな音を立てて崩れてしまった。百梨は小さく微笑み、また一から破片を重ね始めた。

「誰かの夢が叶えば、他の誰かの夢はかなわない……。誰かが幸せになれば、誰かは不幸になる……。この世界には勝つ人と負ける人がいる。それが当然…、それが普通って…そう思ってきたけどさ………でも、本当にそうなのかな?」

 今度はわざと壊したりせずに、順調にガラスの人形を組み立てていく百梨。だがそれも途中までいくと、うまくバランスを取ることが出来ないのか、人形はまたしてもカラカラと崩れ落ちる。もう一度土台から組み立てなおすが、やはり途中の同じようなところで崩れる。もう一度…、更にもう一度…。百梨は、何度崩れてしまっても、めげずに人形を組み立て続けた。

「私はバカだから……、他の人なら出来るようなことが出来なくって…、他の人なら知ってるようなことを知らなくって……だから、出来ないと思い込んじゃってるだけなんじゃないかな?本当は、ちゃんと探せば方法はあるんじゃないかなあ?一生懸命考えて、一生懸命頑張ったら、…みんなの幸せが無理なく叶う、『最善の選択肢』が、見つかるんじゃないかなあって……」

「そんな……バカな……」

 月夜は、呆れて言葉が続かない。

 なんて浅はかで、なんて都合のいい理想論を言っているんだ…こいつは。この世界が、そんな単純なわけがないじゃないか。そんな風に、何もかもうまくいくわけがないじゃないか…。この世界はもっと複雑で、残酷で……お前が考えているような、そんなきれいごとでなんとかなるようなものじゃない…。そもそもこの醜い世界に、そこまでして守る価値なんて…。

 百梨は続ける。

「みんなの夢…、みんなの幸せを揃えるために、どうすればいいかを考えるのってさ、まるでパズルみたいだよね?必要なピースを揃えて、それが無理なく合わさる形を探して……」

「みんなの幸せって…おじょー様、まさか貴女は…」

 星那は何かに気付いたようで、目を見開いて硬直する。

「鞠子ちゃんの幸せは、お金持ちになること…。だから私の持ってる物を鞠子ちゃんに欲しいだけあげちゃえば、鞠子ちゃんは幸せになれる……。それから月夜ちゃんと星那ちゃんは、お母様との勝負に勝って、私とお母様が持っている物を全部取っちゃいたいんだよね?私たちが持ってる物を全部なくしてほしいって思ってて…そうなれば幸せになれるんだよね?だから私…」

「……!?」

 遅れて月夜も『その事』を理解し、戦慄した。

「そ、それじゃあ貴女は、既にわたくしたちの契約のことを…」

 言われた方の百梨は、まるで恥ずかしいことを指摘されたかのように、顔を赤面させ、モジモジと体をくねらせた。


「実は私、二人に初めて会った日ね……。生まれて初めて友達が出来たことがすごく嬉しくて、本当に本当に嬉しくって…夜になっても全然眠れなくって…、それであの日、二人の部屋に行ってみたんだ…」

 バカな……そんなことあり得ない……。

「そしたらさ…、部屋の中から二人の声が聞こえちゃって、何話してるのかなって気になっちゃって……それで…ドアに耳をくっつけて、盗み聞きしちゃったっ」

 悪戯っ子のように、舌をペロッと出す百梨。月夜は、彼女が話していることが真実だとは思えず、まるで夢の中の出来事のような気がしていた。

 だって…だってお前は…いつだってわたくしたちに…。

「何を話してるのかは、はっきりとは分からなかったんだけど、『お母様との契約』が何とか、っていうのは分かって、それで、お母様に契約って何の事、って問い詰めたの…。答えてくれなきゃ家出するよ、って脅してね…」

 そのときのことを思い出しているのか、百梨は小さく笑う。

「それで、二人がお母様と結んだ契約のことを知って、二人の幸せがわかったの。二人を幸せにするには、お母様との契約がちゃんと最後まで続いて、二人が私との勝負に勝てばいい…。お母様の幸せは、契約の勝ち負けよりも、私が私の好きなようにすることだって言ってたし…、私は、私の友達がみんな幸せになってくれれば、それが一番幸せ…みんなの幸せが、パズルのピースみたいにぴったり揃うにはどうすればいいかって考えて…一生懸命考えて、それで、『私が全部知らない振りする』のが『最善の選択肢』だって分かったんだ…」


 それじゃあいつもお前は…、わたくしたちがお前を騙そうとしていたことを知りながら、それでもわたくしたちのことを友達と呼んでいたというの…?

 自分を敵視している相手に、あんなにも無邪気に友情を捧げることができたというの…?

 そんなこと、ありえる…はずが…。

 月夜は、それまで自分が信じていたことが全て覆り、一瞬にして自分の立っている地面が消え失せて、どこまでもどこまでも落ちていってしまうような気分になった。

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