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あの娘は二面性ガール  作者: 紙月三角
※ お嬢様と遊ぼう 06
109/152

08

「あー、百梨ちゃんごめんねぇー?実は私ー、ちょっと迷子になっちゃってたんだぁー。一回さよならしちゃったのに、今更戻って道聞くのとか超はずいからー、こんなとこに隠れてたんだけどー。あ、でもでも、もう正門のところに行く道は分かったから、心配しないで…」

 今更友達の演技に戻った鞠子は、床下に残っていた盗品を乱暴にスーツケースに詰め込むと、立ち上がってその倉庫を出て行こうとする。しかし、扉の前に立っている百梨が邪魔になってそれはかなわない。

 突然現れた百梨に驚いたあまり再び近くの物陰に隠れてしまった星那は、倉庫の中の様子を伺いながら、月夜に電話を掛けていた。


「じゃあねー、百梨ちゃーん。向こうついて落ち着いたら電話するねー。それじゃ……」

「あ、あの……ガラスの人形…はあ……は、別のやつと、交換してくれないかな?他のやつは全部持っていっていいから、……はあ、はあ……あれだけは、置いていって……くれないかなっ!?」

「あ?」

 ひきつった顔でしばらく止まってしまった鞠子。だがやがて、感情のこもっていない声で笑い始めた。

「は、は、は、は……」

「あ、あのね…!鞠子ちゃんが持って行った物以外で、今までに『私がなくした物』は、全部別の場所に隠してあるんだっ!それを全部鞠子ちゃんにあげるから、だ、だから……」

「はは…ははは……う、うわー、まっじでー…?驚いた―……」

 荒い呼吸で話し続ける百梨。

「お母様が前に言ってたんだけどっ!あ、あの人形って、金額的にはそんなに高い物じゃないんだってっ!だ、だから、だからきっと鞠子ちゃんが持っていっても……」

「へー、あんた、知ってたんだ?私がやってたこと、全部知ってたんだ?私があんたんちからいろいろ盗みまくってること、全部知ってて、そんで『自分がなくした』とか言ってたわけ?え、なにそれ。どういうこと?もしかして私のこと、かばっちゃったりしてくれてたわけ?」

 完全に演技をやめた鞠子。百梨は言いづらそうにうつむいて、もじもじとしている。

「え?ちょっと待って、ちょっと待って。え?え?え?しかもあんた、さっきなんて言った?え?え?『自分がなくした物』が、別の場所に隠してあるって言った?は?」

 百梨は力強く頷く。

「う、うん!ま、鞠子ちゃんが今持ってるのと同じくらい…ううん、もしかしたらそれよりもいっぱいあるかもっ!今までに私が、『自分がなくした振りをして、鞠子ちゃんのマネして別の場所に隠してきた物』が、たくさんあるんだ!宝石とか、アクセサリーとか、お母様から貰ったプレゼントとか!それを全部鞠子ちゃんにあげるから、だ、だからあのガラスの人形だけは……」

 鞠子は「はあー?なーにーそーれー…?」と言いながら、首をゆっくり左右に動かす。まるでテンポの遅いメトロノームのようなその動きは、疑問を投げかけているようでもあるが、百梨をバカにしているようでもあった。

「てーかーさー……なーんでそんなことしちゃったのー、って聞いてんだけどー?えー?えー?えー?意味わかんないんだけどー?えー?」

「だ、だって……」百梨はまた少し口ごもってから、恥ずかしそうに言った。「だってそうしないと……鞠子ちゃんにアリバイが出来ないから……」


 ば、バカな……。

 月夜との電話を終え、倉庫の外からずっと中の二人の様子をうかがっていた星那は、百梨の台詞の意味を直感的に理解していた。


「『鞠子ちゃんのアリバイがないとき』にだけお屋敷から物がなくなってたら、みんないつか、気付いちゃわないかな…?一度なくなった物が全部、どれだけ探しても二度と出てこないんだとしたら、それってちょっと、不自然じゃないかな…?だ、だから私……」

 そんな…。じゃあ、全部こいつが…。百梨の言葉の真意を考えれば考えるほど、星那は戦慄して震える。


 鞠子がこの家に来て、屋敷の物が頻繁になくなるようになったとき、鞠子の本性を知っていた星那や月夜はそれらが全部鞠子の仕業であるとはじめから決めつけていた。その頻度が余りにも高過ぎるということは少し気になっていたが、自分たちがよく知るあの強欲な鞠子ならばそれくらいはやりかねないと思って、自分で自分を納得させてきてしまった。

 しかし今思うと、自分たちはともかく自分たち以外の人間は、それを不審に思わなかったのだろうか?鞠子が現れてから物がなくなるようになった。だとしたら、それはなくなっているのではなく、鞠子が盗んでいるのではないか。そう疑う人間が出てきてもおかしくなかったのではないだろうか?

 何故、誰もそれを考えなかった?少なくとも表面上は、いつも物がなくなるのは百梨がうっかりしているせい、なんて説明が平然とまかり通っていた。それは一体何故…?

 それは、鞠子が盗んでいると考えると矛盾が生まれてしまうような事実があったからだ。


 もし、屋敷から消えた物を全て鞠子が盗んでいるのだとしたら、その犯行は屋敷の人間が寝静まった夜、あるいは鞠子が一人でいる間にしか起こらない。そして何より、鞠子が盗んだ物は彼女がこの倉庫に隠してしまうので、屋敷のどこを探しても見つかるはずがない。『手元に戻ってくるはずがない』のだ。

 だが実際には、物の紛失は鞠子がどこにいようと、寝ていようと起きていようと関係なく、どんな時でも起こった。そして、そうやってなくなった物は、屋敷中を探しても『ほとんど』見つかることはなかった。つまり、そのうちのいくつかは、ときどきは別の場所で見つかることがあったのだ。

 だから鞠子の犯行は、今まで周囲に露見することがなかった。『百梨がうっかりしているせい』といわれて、みんなそれを信じてしまったのだ。



「ほへー…」

 鞠子はあきれたように口を半開きにさせて、息を吐く。

「あーららー、そーなんだー……。私が盗んでるのが目立たないように、百梨ちゃんの方でも、時々わざと物をなくしてくれてたってわけねー…。へー、知らんかったなー……。そりゃ確かにー、私が盗んだ物じゃない物まで、しょっちゅうなくしたー、なくしたーって騒いでたからー。うわー、こいつどんだけおっちょこちょいだよー、物なくしすぎだろー、って思ってたんだけどさー。そういうことだったわけねー…、わざとやってた訳ねー…。へー、そりゃ助かっちゃったなー…」

「う、うん!だ、だからねっ!そのスーツケースに入ってるやつも、私が隠したやつも全部あげるから!私が鞠子ちゃんにプレゼントしたってことにしてもいいから!だ、だから……あの、ガラスの人形だけは…」

 鞠子はおもむろに、持っていたスーツケースを床に置いて、蓋を開けた。内側にスポンジのようなものを敷き詰めて、中の物に傷がつかないように保護しているそのケースには、きらびやかな宝石やアクセサリーがいくつも詰め込まれていた。その中央に、他の物と比べるとだいぶ安っぽい輝きを放つ、青いガラス製の天使の人形があった。

「そ、そうっ、それ!それは、お母様とお父様の思い出がいっぱい詰まっている、とっても大事な物で!わ、私、どうしてもそれだけは……」

 鞠子は相変わらずの呆けた様子で、スーツケースの中からそのガラス人形を手に取って、立ち上がる。その輝きにつられるようにしてフラフラと彼女に近づく百梨。鞠子は空いている方の手で、そんな百梨を制止する。

「そっか…。これ、そういう思い出の品だったんだ……」

 手首を回して、その人形をいろいろな方向から見ながら、感心したように呟く鞠子。

「なんかさ……あんまり高そうに見えないのに、百梨ちゃんがすっごい大事そうにしてたからさ。何なのかなって、ずっと気になってたんだよ。毎朝毎晩、一日も欠かさずに、綺麗にホコリ払ったり、磨いたりしてて……うっとりと見つめたりしてて…。だから、だから私……」


 ちょうどその時、星那のところに月夜が到着した。彼女は全力で走ってきたのにもかかわらず何度か、大きく息を吸っただけで呼吸を整えた。そして簡単に星那の説明を聞き、倉庫の中の二人の様子を見ただけで、現在の状況を完璧に把握してしまった。


「だから私、最後のターゲットにこれを選んだんだ。これ、そんなにすっごい物なのかなって……。なくなったら百梨ちゃんが困っちゃったりするような、ほんとにすごい物なのかなって思って………」

 すぅーっと手を持ち上げて、その天使の人形を自分の顔の高さまで持ってくる鞠子。百梨は好物を「おあずけ」されているペットの犬のように、その場に静止して顔だけを動かして、その人形を追う。

「ねえ、百梨ちゃん………」

 鞠子は百梨と目を合わせる。百梨は、彼女が次に何を言うのか分からずに、とりあえず同じように見つめ返した。やがてその鞠子の口元がにぃー、っと微笑むように孤を描く。よくわからないまま、百梨もそれに笑顔を返す。

 そして……。


「手が、滑った」

 鞠子はその人形を持っていた手を、開いた。


 途端、人形は地面に向かって自由落下していく。それはまるで、天使が急に空を飛べなくなって、地上に向かって堕ちていくかのようだ。

「…!」

 顔面蒼白になる百梨。すぐにその人形のそばに駆け寄ろうとするが、とても間に合わない。

 醜くゆがんだ笑顔を浮かべる鞠子を背景に、その人形はスローモーションでゆっくりと地面に近づいていく。あと十センチ…、あと五センチ…、二センチ……一センチ……。


「だめぇぇーっ!」

 百梨の悲痛な叫び声にかき消されて、衝突の瞬間の音は聞こえなかった。


 気付いたときにはただ、薄汚れた倉庫の床にバラバラになった青いガラスの破片が散らばっているだけ。落下の衝撃によって、その人形はまったく原型をとどめることなく粉々に粉砕されてしまったのだった。


「あ、ああ……ああ……」

 口を両手で覆って、その場に膝をついて崩れ落ちる百梨。肩は震えていて、目からは大粒の涙がこぼれ始める。

 屋敷の外でそれを見ていた月夜は、自分が無意識に眉に皺を寄せてしまっていることに気付いた。人形が鞠子の手を離れた瞬間、星那は反射的に自分の体を倉庫の方に動かそうとしてしまったことを、不思議に思っていた。


「あはっ……あはは、あははは」

 鞠子は、座り込んでしまった百梨を見下しながら笑う。

「あははははは…あはははははははははははは……あっはははははははー!そーそーそー!それそれそれそれーっ!その顔が見たかったんだよーんっ!」

 百梨は顔を上げて、涙を流し続けながら鞠子を見る。

「こぉーんな、どこにでも売ってるような観光地のお土産レベルの安物なんか、私、ぜってぇーいらなかったけどさぁー!これがなくなったときのあんたが悲しむ顔想像したらもう我慢できなくなっちゃって、ついつい持って来ちゃったんだよー!え?え?え?え?今どう?どんな気持ち?どんな気持ち?どんな気持ちぃー?悲しいぃ?つらいぃ?死んじゃいたいぃぃー?」

「…がな…じぃ…よぉ……」

 鼻水をすすりながら呟く百梨。鞠子の気持ちはどんどん高まっていく。

「まーじー!?でもねでもね!私の方は今すっげぇー楽しぃーのー!最っ高に気持ちいぃーのぉーっ!上から目線で私に恩売っちゃって、調子こいていい気になってるあんたに…、生まれた時から何でも持ってて今まで挫折も苦労もなーんもしてこなかった人生バラ色のお嬢様に…、この世の『現実』っていう、クソつまんなくって死ぬほど残酷なもんを思い知らせてやれて、もう楽しすぎてどうかなっちゃいそうなんですけどぉー!やっべぇー、絶頂むかえちゃった気分だよぉぉぉーっ!あはははははははははははは」


 静かなバラ園に、鞠子の笑い声がひとしきり響いた。


「ははは…………はぁーあ」

 だがしばらくすると、鞠子は飽きてしまったかのように笑い声をため息に変えて、真顔になった。そして、そのまま無表情で百梨を見下していたかと思うと、突然彼女に向かって唾を吐きかけた。

「っ……」

 百梨の頬に直撃する。彼女は手の甲でそれを拭う。


「私に同情でもしたつもり?余計なことしやがって…ムカつくんだよ」

 睨みつける鞠子。膝を落として座り込んでしまっている百梨は、友人と思っていた鞠子のそんな言葉を聞いて、涙と鼻水がボロボロと止まらなくなる。顔はぐしゃぐしゃになりながらも、自分の前に立ち尽くす鞠子を見上げている。

「ふっ…」

 やがて鞠子は少しだけ口元を緩めると、鼻をならして笑った。

「やっぱりあんたみたいなやつは、見上げるよりもこうやって見下すに限るわ…。最後にこんな最高の景色を見せてくれたことには感謝してる……あんがとね」

 鞠子は床に置いたスーツケースを拾う。

 もうその時には完全に百梨に興味をなくしてしまったようで、座り込む彼女に一瞥も向けずに、そのまま倉庫を出て行ってしまった。


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