06
「あ、月夜ちゃん!もおうー、探したんだよー?ここにいたんだねー?」
星那が去ってすぐ、百梨の勉強部屋に風間とは別のメイドが現れた。
「奥様がお呼びなんだってさー。大事な話がしたいから、仕事部屋に来てほしいってー。月夜ちゃんか、星那ちゃんのどっちか一人でいいからーってさー」
緊張感のない若いメイドが言ったその言葉は、月夜にとって青天の霹靂だった。
大事な話……?この、タイミングで…。
メイドにお座なりに返事をし、散らかっていた百梨の勉強部屋を簡単に片付けてから、月夜は零子が待っているという部屋に向かった。歩きながら、彼女が自分を呼び出す意味を、否が応でも考えてしまう。
零子との契約を知る第三者が現れ、屋敷の中で散々盗みを働いた挙げ句、今まさに外へと逃亡しようとしている。そして自分たちが、その人物を秘密裏に始末しようとしている、そんなタイミングでの、零子からの『大事な話』……。
鞠子を始末すれば、月夜たちの計画を邪魔するものはもう誰もいなくなる。今まででたらめなことを教えてきて、完全にバカとして出来上がってしまっている今の百梨には、高校卒業までに自分たちを越えることなんて、どうやったって不可能だ。
つまり、契約という名の『ゲーム』は、鞠子さえ始末できればそれでもう自分たちの勝ちが決まったようなものだ。
だとしたら零子の大事な話とは……?まさか自らの敗北宣言…、契約を無かったことにしてほしいと、頭でも下げるつもりなのだろうか。
ふんっ、馬鹿馬鹿しい。
月夜は、鼻で笑った。
自分たちは最初から、零子だけと戦っているのではない。
世界から見捨てられた自分たちが、その世界から、全てを取り返すために戦っている。すなわちこれは自分たちと、自分たちを取り囲む外の世界との勝負なのだ。たかだかその世界の一部にすぎない零子に、今更勝手に『ゲーム』をぶち壊しにしてもらう訳にはいかない。賭けからおりるなんて、そんなこと、許せるはずがないのだ。
零子の仕事部屋の前に着いた。重苦しい雰囲気の漂う、蔓のような装飾がされた古くさいデザインの木の扉を、軽く二回ノックする。間もなくして中から彼女の返事が返ってきた。
さあ、かつて世界一と呼ばれた女が、一体どんな無様な懇願をするのか見ものだわ。わたくしたちがわたくしたちの親にされたように、無慈悲にその願いを切り捨てられてしまった時、貴女は一体どんな絶望の顔を浮かべるのかしら?
悦びを隠しきれずに恍惚の表情を浮かべながら、月夜はその扉を開けた。だがそこで彼女が聞いたのは、いつも通り凛とした、自信にみちあふれる零子の声だった。
「私の娘の世話をいつもありがとうね。貴女も星那も、二人ともよくやってくれていると、みんなから聞いているわよ」
薄暗い室内に入ると、まず応接用のソファーとテーブルが目に入る。その奥に、装飾など何もないシンプルなデザインの事務机が一つあるだけの簡素な部屋。それが、千本木零子の仕事部屋だった。事務机に座っているこの部屋の主は今、絶望などみじんも感じさせない表情で、月夜に優しく笑いかけていた。
月夜たちを孤児院から連れ出してからの六年ほどの月日は、零子の顔にも皺や肌の染みとなって、相応に現れていた。だが、彼女の宝石のように輝く美しい瞳には、それを補ってあまりあるだけの魅力がかつてと変わらずに宿っている。その瞳に見つめられた月夜は、自分たちが彼女と初めて会ったときと同じように、自分の全てを彼女に任せてもよいと思えてしまうような、不思議な安らぎに包まれるのを感じた。
「ちっ、化け物が……」
心の迷いを打ち消すようにそう呟いて、彼女は零子に対して睨むような厳しい眼差しを向ける。
だが、零子はそれを少しも気にすることなく、月夜に笑いかけた。
「あの子の教育係としても、とても頑張ってくれているみたいね。こんな機会でもないと言えないのが申し訳ないのだけど、どうか感謝を言わせてね。ありがとう」
「それで…話とは?」
室内は防音加工がされているのか、二人が黙っただけで完全に無音の空間になる。部屋に入る前までは屋敷中に聞こえていた、鞠子が盗んでいったガラス人形を必死に探している使用人たちの声も、この部屋の中までは届かない。
夏の只中とは言え、午後の六時を過ぎた今は日もだいぶ沈みかけている。わずかに開けられた遮光カーテンの隙間から、薄オレンジの光がぼんやりと部屋に差し込んでいた。
「話っていうのは…実は、貴女たちにひとつお願いをしたくてね」
来た…。
月夜は、自分の思い通りの展開が訪れたことに、うっすらとほくそ笑む。
「例の契約のことでしょうか?」そして先手必勝とばかりに、あえて感情を込めずに事務的な口調で、用意してきた反論を一息にまくし立てた。「でしたら諦めて下さい。わたくしたちにあの契約を破棄するつもりは、全くありません。勿論一切の譲歩の余地もない。残念でしたね。確かに今の貴女はとても分が悪い。この契約と言う名の『ゲーム』において、貴女が勝てる確率は既に限りなく零に近いということが言えるでしょう。ですが、だからと言ってそんな要求をするというのは、いささかお考えが足りないのではありませんか?だってご自分が負けそうだからといって簡単に賭けから降りられるほど、この世界は甘くないのだから。その事は、貴女が一番よく知っているはずでしょう?貴女は今までそうやって無数の賭けに勝って、その場所にいるのですからね?弱者を蹴落として、今までさんざん敗者の屍を作って先に進んできたのですからね?それならばときには趣向をかえて、ご自分が敗者になられるというのも、一興なのではございませんか?」
言いたいことを先に封じられ、さぞ悲観しているだろう。月夜はそう思った。それを確信して、じっと零子の顔を見つめながら、彼女の顔が悲しみに歪んでいくのを待っていた。
だが、いつまでたっても、零子がそんな顔になることはなかった。
「け、契約…?」
それどころか零子は今、まるで巣穴から顔を出したプレーリードッグのごとく、目を丸くしてキョトンと月夜を見ていた。
「契約……ね?え、ええ……あ、アレよね……?も、勿論、分かってるわ。分かってるのだけど、ええと………あの、ね…」
天をあおいで、ぶつぶつと呟き始めた零子。しばらくはそんな風にして自分の非を認めずにいた彼女だったが、結局最後には観念して、『ごっめーん!それって何のことだっけー?私すっかり忘れちゃったんだけどー!』とでも言うように、舌をペロリと出して月夜にウインクして見せたのだった。
月夜は体を震わせて憤慨する。
「とぼけないで下さいっ!貴女とわたくしたちにとって契約と言ったら、ただ一つしかないでしょう!?そんなことを言って、うやむやにしようとしたって……」
「あ……、ああーっ!はいはいはいはい、あ、アレよね!?思い出したわっ!今度は本当に、ちゃんと思い出したわ!」
全く月夜の様子など気にしていない、マイペースな零子。やっと本当に月夜の言っている意味がわかったらしく、ポンと手を打って何度もうなづく。
「アレでしょ!?貴女たちがまだ小さい頃に、私と結んだやつでしょ?あの、百梨ちゃんが高校卒業したときに……ってやつ。ね?そうよねっ?で、どう?その後順調?」
思い出した後でも、彼女がその事を重要に思っている様子は微塵もない。むしろ自分がさっきまでそれを忘れてしまっていたということが恥ずかしくて、なんとかしてそれを誤魔化すことの方が大事、という様子の零子。月夜の心にはどんどん苛立ちがつのっていった。
「忘れていた………?あんな、自らの命運を左右するような重要な契約を、忘れていたですってっ!?人をバカにするのもいい加減にして下さいっ!貴女がどう考えてるかなど関係なく、この契約はずっと効力を持っているのですよっ!?このままなら、貴女が持っているものは全てわたくしたちのものになる!貴女は、全てを無くしてしまうのですよっ!?」
「そうね…」
そこで、ふっ、と零子の雰囲気が変わった。
さっきまで年甲斐もなく可愛らしく慌てていた彼女が、年相応の年季と余裕を持つ、大人の雰囲気に戻ったのだ。窓から差し込む夕日に照らされた彼女は、陰影の強調された西洋絵画のような凛々しい顔つきで、月夜を見つめる。月夜も負けじとにらみ返す。
しばしの沈黙のあと、なぜかとても楽しそうな調子で零子は言った。
「大丈夫よ。その事なら貴女は何の心配もしなくて良いわ。あと何年後かのテストで、あの子が貴女たちに勝つことが出来なかったなら、そのとき私は、ちゃんと契約を履行します。貴女たちに、千本木の財産を全て譲渡するわ。………貴女の言う通り、もしそうなったら私は何も持たない、空っぽの存在になってしまうわね…」うふふ、と上品にわらう。「けれどね、それってそんなに大変なことでもないのよ。だって、何もそれが初めてって訳じゃないんだもの……」
遠い昔を思い出すように、目を細めて天井を見上げる零子。
月夜には、どうして彼女がそんなに落ち着いていられるのかが分からない。
「だって……何も持たず、何も知らない状態から始めて、千本木をここまで大きくしたのはこの私なのよ?今また空っぽになったとしても、あの頃に戻ったのと同じこと。あのときからやってきたことを、もう一度はじめからやればいいだけなんだからね…………それに」
まるで何かを抱き寄せるように、零子は重ねた自分の両手を胸に引き寄せた。
「今の私には、娘の百梨もいるしね……」
穏やかな微笑みは、彼女が紛れもなく人の親であることを物語っていた。月夜の目の前にいるのは、世界一の資産家千本木零子ではなく、自分の一人娘の千本木百梨を愛する、優しい母親の姿だった。
ば、バカなっ!何を言っているんだ!
月夜の怒りは激しさを増し、今にも髪が逆立ちそうだ。
自分たちが今までやって来たこと。自分たちの人生を賭けた復讐を、この女は何とも思っていない。それどころか、自分が持っているものを全て奪われたとしても、そんなことはどうでも良いとさえ言うのか……?
そんなはずはない。
この女は知らないだけだ。何も持たない者の苦しみを。世界に見放された者の、孤独を。
自分には娘がいる?ふざけるな!
お前のような母親失格の人間が何を言っているんだ!自分の娘に対して、こんなひどい仕打ちをしておいて!
あの契約のせいで、お前の娘は……。
月夜は零子に詰め寄り、彼女の胸ぐらを掴む。
「そんなことを言えるのは、貴女が今まで多くの人に必要とされてきたせいで、捨てられる人間の気持ちが分からないからです。あの契約のせいで、貴女の娘は完全に無能に成り果てた…、台無しになってしまったのです。もう取り返しはつかない。全部貴女が、あの娘を見捨てたせいだ!いつか真実を知ったとき、きっとあの娘は親の貴女のことを心の底から憎むでしょう!わたくしたちのように…!」
掴まれた零子は、優しい顔つきで月夜のいる方とは別の方向を見ている。まるでその方向に、百梨の姿でも見ているかのようだ。
ふいに零子は月夜に尋ねる。
「貴女たちは、あの子のことを…どう思ってる?」
「……」
月夜は答えない。
自分を無視して娘の話を始めた零子の問いに、答えたくなどない。
それにそもそも月夜は、それまで零子と千本木の家のことを考えることはあっても、彼女と自分たちによってスポイルされた愚かな娘のことなどに気をまわしたことはなかった。だから、いくら世話係兼教育係として長い間百梨の側にいたとはいえ、彼女について思うことなど何もなかったのだ。
「あの子のガラス人形が、無くなってしまったそうね?」
そんな月夜の気持ちを悟ったかのように、別の問いをなげる零子。
「…」
月夜はそれにも答えたくなどなかった。だが、そうしている限りいつまでも続くであろう沈黙に耐えることが出来ず、しばらくすると渋々といった感じで口を開いた。
「ええ……今は屋敷の者が総動員で、必死になって探しています……」
あのガラス人形を持ち出したのが鞠子だということに、零子は気付いているのだろうか?恐らく気付いているだろう。むしろ今回だけでなく、今までの紛失騒ぎが全て鞠子の仕業であるということも、零子は知っているはずだ。
鞠子がどれだけ節操なく屋敷の物を盗み続けていたとしても、そんなものはこの零子にとっては蚊に刺さされたよりも小さなことだ。きっと全てを知っていた上であえて鞠子を泳がし、彼女の本性に百梨が気付くかどうか試していたのだ。千本木零子とは、そう言う女なのだ。当の百梨は、自分たちの手によって既に完全なる無能になりはててしまっているのだから、そんな鞠子の悪事に気付けるはずなんてないのだが…。
月夜にとって、既に星那によって始末されているはずの鞠子ももはや終わった存在に過ぎず、百梨と同じくらいにどうでもよかった。だから零子が切り出したその話題には、月夜は全く興味がわかなかった。
零子は視線を落として、少し陰のある表情になる。
「あの人形はね、私とあの子、それからあの子の父親の想いが込められているものなのよ…。あの人形をあの子にあげるときに、あれにまつわるいろんな思い出をあの子に全部教えてあげたわ。あの子はとても楽しそうに、その話を聞いてくれた。そのときから、あれはあの子にとってとても大事な物になったのね…きっと、自分の命よりもずっと大事な物にね…だから」髪をかきあげ、月夜を見つめる零子。「あの子がうっかりあの人形を無くすはずなんかないのよ。それは、あの子が一番よく知っていることなの…」
「それはどうでしょう…」月夜は呆れるように鼻を鳴らす。「だって貴女の娘は確かに自分の口で言いましたよ?『なくしてしまうなんて』、と」
「うふふ……子供というのは、不思議なものよね……」
零子は、自分の服を掴んでいる月夜の手を優しくほどく。全く力の入っていない動きなのに、月夜にはなぜかそれに抵抗することが出来なかった。
「親が子供のことを思って、どれだけ頑丈なレールを引こうと、どれだけ立派な壁で囲んで守ってやろうとしても、そんなもの簡単にとり外して、勝手に外に出ていってしまう。親の思い通りになんて、全然なってくれないのよ…」
零子は少し照れたようにはにかむ。月夜は、彼女が何を言いたいのか全く分からない。
「あの契約だって、私は私なりに、あの子のためを思ってやっていたのよ?どんな裏切りにも負けないような『強さ』を持つことが、きっとあの子の人生のためになるって…そう思ってやってたの……貴女たちには、そうは見えなかったみたいだけどね……」
真剣な顔つきで、まっすぐに見つめる零子。少しの沈黙。そして突然、彼女が月夜にウインクをして微笑んだ。
「でも既にあの子は、私なんかにはとてもたどり着けないような場所をめざして、一人で歩き出していたみたい。私なんかの助けが要らないような、ずっと高みにね…」
先ほどから、さんざん月夜を無視して、意味のわからない話を続けていた零子。だが月夜にとっては、何よりもさっきのその台詞が理解不能だった。
数年前に現役を退いたとはいえ、今もなおこの世界に絶大な影響力を持つ零子。そんな彼女に比べたら、今の百梨は誰の目から見てもただの出来の悪い欠陥品だ。そんな百梨が、零子を超えている?あり得ない。
そんなものはただの冗談、あるいは、文字通り頭の悪い本当の親バカだ。月夜には、そうとしか思えなかった。
ぼそりと、独り言を呟く零子。
「子供が自分を超えてしまうということが、親にとってこんなにもうれしいことだとは、知らなかったわ……」
零子は続けた。
「それでね……今日貴女をここへ呼んだのは、その為なのよ。貴女たちにあの子の、手助けをしてあげてほしいと思ったからなの。……あの子がこれから向かうだろう険しい道のりを、教育係でも、世話係でも、ライバルでもなく……友人として…、契約も期限も関係なく、ずっとずっと一緒に歩いて行ってほしいと思ったのよ……」
「あ、貴女は、さっきから何を言っているんだ……?」
「だめかしら?」
「わたくしたちに、あいつと本当の友人になれと?く、下らない!下らな過ぎるっ!わたくしたちにとっては、あいつはもちろん、貴女も、この家も全て、契約のための道具に過ぎない!世界への復讐が果たせたなら…、全てを手に入れた貴女から、全てを奪い取ることができたなら、こんなところにもう用はないっ!長く同じ時を過ごすうちにあいつに情が移ったとでも思っているのなら、てんで見当違いです!わたくしたちは、ひと時たりともこの世界への復讐心を忘れたことなどないっ!あいつに対してわたくしたちが抱いていたのは憎しみ、ただそれだけなのだからっ!友人になど、なるはずがないじゃないかっ!」
まくし立てる月夜。話しているうちに語調が段々強くなり、最後は叫ぶようになっていた。
彼女は零子に背を向けると、部屋の扉に向かって歩き出してしまった。
「全く話にならないっ!不愉快だっ!失礼させていただきます!」
「月夜」
立ち去ろうとする月夜の背中に、零子が言葉をかける。
「貴女さっき言ったわよね?あの契約はゲームで、私はそのゲームで負けるって…。そうね、多分そうだわ。私は多分、貴女と遊んでいるこのゲームには勝てないでしょうね…」
月夜は聞く耳を持たずに、さっさと出て行こうとする。
「でもそれは、多分貴女たちも同じだと思うわよ?うふふ……どうしてかって言うと……」
ちょうど彼女が部屋の扉に手をかけたところで、懐の携帯電話が着信を告げた。取り出すと、デイスプレイには発信者として双子の片割れの星那の名が表示されている。普段携帯電話など滅多に使わない彼女が自分に電話をかけるのは、緊急時ぐらいなものだ。少し迷ったが、月夜はその電話に出た。
「どうしたの?始末が終了しても、連絡は必要ないと言っておいたはずよ」
「そ、そ、そっ!それどころじゃねーんすよっ!ちょ、ちょっとイレギュラーが発生してっ、自分だけじゃどーしていーかわかんないっすよっ!月夜ちんも、こっちに来てもらえないっすか!?」
珍しく慌てた様子の彼女。月夜は不機嫌そうに眉を細める。
「どういうこと?まさか、あいつに逃げられたわけじゃあ……」
「ち、ちがうんすよっ!そーじゃなくって、そーじゃなくってっ!あいつは、鞠子は、今でもすぐそこにいるっす!今だって、いつでも始末できる距離にあいつをとらえてるっす!でもそれだけじゃなくって、鞠子の他に『あいつもいる』んすよ!こんなパターン想定外っすよ!自分どーしたらいーか……」
月夜の表情が変わる。
「あいつって……ま、まさか……そんなはずは…」
「と、とにかく早く来て欲しいっす!自分だけじゃ、もーわけわかんなくって…。だ、だって、ここに『おじょー様』がいるなんて、思ってなかったんすもんっ!」
電話を切る月夜。ぐるぐると頭を巡らせるが、現状の事態を説明する無理のない仮説を立てることが出来ない。月夜にとっても、こんな事態は想定外だったのだ。
「うふふ……」
星那も月夜も慌てていたとはいえ、電話の声には気をつかっていた。だからさっきの電話の内容が彼女に聞こえたとは思えないのだが、零子のその小さな笑い声は、まるで全てを知り尽くしているかのように月夜には聞こえた。
「それで、さっきの続きね。どうして私も貴女たちも、このゲームに勝てないのかって言うと……それはね……」
月夜はもうそれを無視することが出来ず、振り返って零子の顔を見つめる。
「既にこのゲームは、私たちが始めた頃と『ルール』が変わってしまっているからよ…。あの子がルールを、つくりかえてしまったから…」
「な、何を……」
零子は悪戯っ子の子供のように、得意げにニンマリと口を動かした。
月夜は一瞬茫然としてしまう。しかしすぐに気を取り直し、きっ、と一度零子を睨みつけてから、乱暴に部屋の扉を開けて、星那の元に向かって駆け出した。
室内は、零子一人になった。
気づくと日は完全に沈んでおり、夕陽に照らされていた室内は、いつの間にか薄闇に染まっている。事務机の上の無骨なデスクライトをつける零子。暗順応してしまった目を細め、今度はゆっくりとその明かりに目をならす。
簡素な事務机の上に置いてある数少ない物のうちから、彼女は一つの写真立てを手に取った。スチール製のその写真立ての中には、三人の少女たちが並んでいる写真が入っている。それは、月夜と星那が初めて百梨と顔を合わせた日、その記念として三人で撮った写真だった。
三人の真ん中で、満面の笑みを浮かべている百梨。彼女に強引に肩を組まされて、取り繕っていた無表情が崩れてうんざりとしている月夜と星那。
零子はその写真を手にしたままうっすらとほほ笑み、呟いた。
「あの子のこと、よろしくお願いね……」
写真に写った、幼い三人。
何も知らない人が見れば、そこにいるのは明らかに、どこにでもいる普通の友人同士の姿だった。




